「社会を変えるんだ、プロダクトアウトで」
カオナビ柳橋氏が描く人材マネジメントの未来

インタビュイー
柳橋 仁機
  • 株式会社カオナビ 代表取締役社長 CEO 

東京理科大学大学院 基礎工学研究科電子応用工学専攻修了。2000年6月、アクセンチュア株式会社へ入社。教育機関や官公庁の業務改革プロジェクトにて、業務基盤の整備や大規模データベースシステムの開発業務に従事する。2008年5月に株式会社カオナビを設立し、代表取締役へ就任。人事業務コンサルタントとして、クライアントの人事制度の策定・業務フローの整備、人事システムの導入などを支援する。そして2012年4月より、顔写真を切り口とした人材データベース「カオナビ」を開発し、クラウドサービスとして提供を開始する。

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上場はゴールではない──。IPOを経て、さらなる挑戦に踏み出しているベンチャー・スタートアップを取り上げる連載企画『After IPOの景色』。第3回は、クラウド人材管理ツールを提供するカオナビを紹介する。

2012年4月にローンチした『カオナビ』は、顔写真が並ぶシンプルな画面で人材情報を管理できるタレントマネジメントシステムだ。中小・ベンチャー企業から大手企業まで、約1,600社(2019年12月末時点)が導入。2019年3月に東証マザーズ上場で勢いを得て、経営を支援するあらゆる人材データを管理するプラットフォームの構築を進めている。

本記事では、代表取締役社長 CEOの柳橋仁機氏に話を伺う。東日本大震災の直後、スタートアップ“冬の時代”を生き抜いてきた軌跡からは、早期にユニットエコノミクスを成立させることの重要性、そして創業時から貫かれるプロダクトアウトの思想が浮かび上がった。

  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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プロダクトビジネスでは、顧客の声を鵜呑みにしてはいけない

「AppleのiPhoneも、任天堂のWiiも、誰かに『欲しい』と言われて作ったわけじゃない。プロダクトアウトの思想を極めているじゃないですか!社会を変えるようなプロダクトには、そうした発想が必要だってことです」

ああ、この経営者は、本当に社会を変えたいんだな──別に怒っているわけでは決してない。聞き手にはそう気を遣いながら、でも、信念がこもっていることがわかる強い語気で話す柳橋氏を眼前に、取材に同席した誰もがそう思った。

「顧客の要望を鵜呑みにして、プロダクトをつくってはいけない」

「本当に欲しいものが何かは、顧客自身も分かっていない」

数々の革新的なプロダクトで世界を驚かせてきた、スティーブ・ジョブズが残したことばだ。マーケットインではなく、プロダクトアウト──その思想こそが、今日のAppleをつくり上げてきた。

ジョブズが大切にしたスタンスを実直に守り続けることで、HRマーケットに変革を起こしてきたのが、この柳橋氏だ。

株式会社カオナビ 代表取締役社長 CEO・柳橋仁機氏

柳橋お客様の意見に引っ張られすぎず、僕ら主導でプロダクトをつくる方針を貫き通してきました。安易にカスタマイズするなんて、ありえない。プロダクトの方向性を徹底的に考え、それに納得してくれるお客様だけと取引してきました。

吹けば飛ぶような小さな会社だった創業時から、一度も譲らなかったですね。

世の中のイケてるプロダクトの成り立ちを調べると、マーケットインの発想でつくられているものは、ほとんどなかったんです。AppleのiPhoneも、任天堂のWiiも、プロダクトアウトの思想を極めている。

短期的な売上欲しさに、顧客に迎合するのは絶対にダメ。自分たちの信念を体現したプロダクトで新しいマーケットをつくっていかないと、社会を変えるプロダクトは生み出せないと思っています。

売上がまだ小さかった頃のこと。実際に大手企業から大型受注できそうな案件があった。しかし、あえてそれを受けなかったという。受けてしまえば、売上全体に占めるその企業の割合が異常に大きくなってしまうからだ。

プロダクトアウトを徹底するためには、売上を特定の顧客に依存するようではいけない。その大手企業の細かな要望を聞きたくなる力学が働くのを防ぎたかった。

大型顧客向けのカスタマイズを繰り返すようになると、あらゆるクライアントに価値を発揮できるプロダクトとはならない。短期的に売上が確保できても、中長期的には自分たちが本当に実現したいプロダクトの開発が立ちゆかなくなる、というのだ。

柳橋ただ単純に顧客の言うことを聞くのであれば、工数の対価をいただく、人月型の、受託ビジネスの形を取ったほうがいい。僕の前職のアクセンチュアは、まさに顧客の要望に応えながら、発生した工数に応じてお金をもらうビジネスでした。

一方で、プロダクトビジネスは、工数ではなく製品にお金を払ってもらうモデル。原理的には、顧客の言うことを聞いても追加費用は取れず、経済合理性が成り立たないんです。

カスタマイズして稼ぎたいなら、アクセンチュアに戻ってますよ。その方が、企業ブランドと給料も高いぶん、プライドも保てますしね(笑)。

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“仮説”にすべてを投資してこそ、スタートアップは成功する

カオナビは、シンプルな画面で人材情報を管理できるタレントマネジメントシステムだ。顔写真が並ぶので社員を一目で把握でき、優秀な社員が能力を発揮しやすい配置・抜擢、社員のスキルを踏まえたうえでの配置・育成を、クラウド上での評価をもとに実現する。

カオナビのサービス画面イメージ
提供:株式会社カオナビ

ローンチしたのは、2012年。HRテック市場はもとより、「働き方改革」という言葉すら存在しなかった時代だ。しかし、柳橋氏は、「いずれ人の個性を活かすためのITサービスが求められるようになる」という明確な仮説を持っていた。

一般に、人口統計の変化は、あらゆるビジネスにインパクトを与えると言われている。当時から日本国内ないしは先進国の人口減少が加速していく点は自明だったため、企業が社員一人あたりの労働生産性アップに乗り出すのは必然だと、柳橋氏は見ていた。

当時の日本には、給与計算ツールや勤怠管理ツールこそあれ、一人ひとりの個性やポテンシャルを発揮しやすくするためのサービスはなかった。片やアメリカでは、従業員のスキルや能力を最大限活かすためのタレントマネジメントシステム市場が勃興。日本にも同様のマーケットが生まれるはずだ──柳橋氏はそう確信していた。

柳橋やっぱりあるのかアメリカには。ならば、これはいける。そう確信しました。こうやって自分で考え抜き、検証を加えた仮説に腹落ちできていたからこそ、顧客の声ではなく、市場の未来だけを見据えてプロダクトアウトを貫けたんです。

「これが来る!」「このプロダクトが必要とされる世の中になる!」 。そう信じた仮説に全てを投資してこそ、スタートアップは社会を変えうるのだと思っています。

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冬の時代だからこそ最重要視したのが、ユニットエコノミクス

2012年のローンチ当時、スタートアップ市場は“冬の時代”真っ只中だった。2011年の東日本大震災から1年あまりしか経っておらず、年間の資金調達総額は557億円。2018年の総額が4,000億円を超えていたことを鑑みると、その厳しさが窺える。

柳橋氏も「資金調達はすごく難しかった。5,000万円調達できただけで、ものすごく舞い上がっていましたね」と振り返る。ファイナンスの環境が厳しくても、カオナビが着実に事業を伸ばし、上場まで漕ぎ着けられた鍵は「ユニットエコノミクス」にあった。

柳橋VCの方々からの助言もあり、どんなにスモールでもいいから、まずはユニットエコノミクスを黒字で成立させることに心血を注いだんです。とにかく資金繰りが厳しかったので、一刻も早く成立させようと必死でしたね。

単月黒字が実現できるまでの2年半は、本当に生きた心地がしませんでした。

そうしているうちに、2015年の頭にようやく成立させられました。月次で2万円ほどの黒字を達成したんです。今振り返ると、そこが勝負の分かれ目だったと思います。

黒字のユニットエコノミクスさえつくってしまえば、あとはマーケティングコストをかければかけるほど利益が増えていきますから。逆に、利益の出せるユニットエコノミクスが完成する前にアクセルを踏んでも、資金が溶けていくだけです。

一方で、先述のように、プロダクトビジネスゆえ、個々の顧客の要望にすべて応えていては成り立たない。値引きを要求されても、個別には一切対応しなかった。これも創業時から上場後の今まで、ずっと変わらないカオナビという会社のカルチャーだ。

創業から間もない頃、外回りを担当していた佐藤寛之氏(現取締役副社長 COO)に対し、「顧客の値引きしてほしいっていう気持ちもわかるけど、こっちだってお金に余裕はないんだから…」と言ったことを思い出し、苦笑いを見せる。プロダクトアウトに徹底的にこだわる、そのぶれない姿勢の一端が垣間見えた。

もちろん、現経営陣のこの2人が、顧客のこうした要望を完全に無視してきたわけではない。とにかく彼らは、「社会を変えたい」。それしか考えていないのである。だから、「個別のお客さんがどうだって言われても、すべてを受け入れるわけにはいかない」というのが本音だ。

全ての顧客が満足して利用できるプロダクトをひたむきに目指すなかで、届いた要望をどうすれば汎用的なニーズを満たす仮説に昇華できるか。そうした観点から常に考え抜いてきた。

プロダクトの機能や料金体系そのものを見直したりすることで、より多くの顧客に対応することを、「社会を変えるプロダクトに昇華させること」を目指したのだ。

だからこそ、価格、機能、サービスの説明方法……各所から上がってくる要望に対して、常に汎用的なニーズと照らし合わせて考えなければいけなかった。「徹底した全体最適思考、仮説思考が求められ、頭から煙が出るほど考え続けました」と柳橋氏。

当時の経験がもととなり、「その要望、いま契約がある全部のお客さんが満足する論理にできる?」と問い続けることは、現在でも社内で徹底されている。この思考法が、後に上場を果たした同社が事業をさらにスケールさせていく上で必要不可欠でもあるのだという。

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上場済・業界No.1だからこそ取り組める、「業界標準づくり」

ユニットエコノミクスが成立した2015年以降、カオナビはきれいな成長曲線を描く。販促も採用も一気に加速させ、2019年3月の上場まで駆け抜けていった。

しかし、カオナビの挑戦は、ここからが本番だ。「従業員数が100人を超えると、人材情報が活用されにくい」というデータがあるといい、ターゲットとしているのはまさにこの規模の企業だ。該当するのが国内で約54,000社あり、カオナビの導入社数は、約1,600社ほど。市場の3%にも満たない。

まずは市場シェア10%を獲得すべく、2024年3月期までに5,000社の導入を目指す。これまでの2倍以上の成長率が求められる、チャレンジングな目標である。マーケットリーダーとしての先行優位性を活かし、一気に走り切る算段だ。

そして、トップランナーだからこそ、引き続きプロダクトアウト思想での事業推進に専念できる。市場のリーダーとして、「業界標準」をつくる立場でいられるからだ。

柳橋「上場して業界シェアNo.1だと、もうやることなくてつまらないですよね?」と採用候補者から言われることがありますが、むしろ逆です。

競合は4P(Product、Price、Place、Promotion)のすべてをカオナビに倣っていますし、他領域のトッププレイヤーがHRTech関連の提携企業先を探すときも、真っ先に当社が候補に挙がります。業界内の情報も、マーケットリーダーに一番多く集まってきますしね。No.1企業こそ、成長市場をリードし、10年後の社会を創造していくことができるんです。

ただし、かつてのように、柳橋氏ら経営陣がすべてを「頭から煙が出るほど考える」スタイルは取っていない。盤石なユニットエコノミクスが成立しているからこそ、個々の機能、価格、販促、提携についての意思決定は、現場マネジャーやメンバーに裁量を委譲していくことが可能となっている。

HRメディアとして人事担当者からの評価が高い『カオナビ人事用語集』は、現場メンバーが発案から制作・運用まで担った。うまく回るようになってきたインサイドセールスの仕組みも、現場だけで構築が進んだ。採用面接も経営陣の手を離れているという。「業界標準づくり」の多くを、現場メンバーが直接押し進めているのだ。

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あらゆる企業の経営を変える「人材データプラットフォーム構想」

そうして社内からも次なる経営層、事業リーダーを輩出しながら、全社一丸となってタレントマネジメント業界のスタンダードを更新し続けた先に、柳橋氏は、『カオナビ』が「人材データプラットフォーム」としてあらゆる企業の経営を支援する未来を構想。

2020年現在、世界は「石油の時代」から「データの時代」へと移り変わりつつある。「あらゆる領域において、データを握ったプレイヤーが強くなるのは間違いない」と語る。

なかでもカオナビは、「人材データ」のプラットフォームを構築し、果ては「経営を司るプラットフォーム」になっていくことを志向している。

人材のスキルや資格、経験にまつわるデータを一元化することで、あらゆる人材ビジネスの基盤をつくる。業界ごとの組織拡大のサクセスモデル、ハイパフォーマーの条件、個々人に向いている仕事、チームを組ませるべきメンバー……人材データをもとに、人びとが個性や才能を開花させ、社会に還元するための、あらゆる知見が得られるようになることを目指している。

柳橋カオナビを、ただのHRTech企業にとどめておくつもりはありません。経営においてきわめて重要な「人材マネジメント」を最大限に支援する、人材データプラットフォーマーを目指しています。

経営者がどのようなことに頭を使うべきか。それを重要性で測るなら、人材マネジメントはその8〜9割を占めるほどの経営マターだと思っています。はっきり言って、経営を一言で表現するならば「人材をうまく活用する競争」です。

毎年の採用や人材配置、誰かが辞めそう、さらに仲が良いとか悪いとか、派閥だとかといった話まで、これらが全て人材マネジメントに関する話題であり、経営者の悩みの種ですよね。

我々の構想が実現すれば、経営者の人材活用面、マネジメント面における悩みが徐々に解消され、ビジョンを描いたり戦略を考案したりすることに頭や時間をもっと振り向けられるようになる。ですから、カオナビを活用する企業を増やすことによって、あらゆる産業や企業に大きなインパクトを与えていけると信じているんです。

そんなもの、とんだ絵空事だろう──そう思う読者もいるかもしれない。だがしかし、既にその影響力の大きさに気づきはじめたプレイヤーもいる。2017年3月にリクルートホールディングスが資本参加し、昨年(2019年)5月にはリクルートマネジメントソリューションズと代理店契約を結ぶに至った。

そうした構想を実現していく際、メンバーに求められるのは“思考体力”だ。柳橋氏が化粧品コミュニティサイト『@cosme(アットコスメ)』を運営するアイスタイルに在籍していた際、コンサルティングファーム出身である、代表取締役社長CEOの吉松徹郎氏に叩き込まれた“クリティカルシンキング”が、柳橋氏には染み付いている。

柳橋あるアイデアを考えついたら、その案を批判するロジックを無理やりにでも100個出して、自分のアイデアを否定する論理をすべて否定する。そこまで考え抜いてはじめて、アイデアが徹底的に理論武装され、説得力ある“仮説”に昇華します。

多くの人はそこまで粘れず、途中で考えることを諦めてしまいますけどね。“全体最適”を目指して“クリティカルシンキング”を徹底し、新たな仕組みをつくり続ける。これができるのがカオナビという会社です。

コンサルティングファームよりも、売上を作るのに必死なスタートアップよりも、経営視点を学ぶには格好の環境ですよ。

そして、若い社員たちには、人材データベースを本質的に活かして日本の企業経営のスタイルを変えていく仕事を担っていってほしい。まだ土台づくりの段階ですし、次なるビジネスモデルの構築に注力するのは、早くても3年後か5年後の話です。

しかし、僕が次のビジネスの立ち上げでもトップを張っているようでは、この会社、いや、日本の将来は明るくないと本気で思っています。30代前半で上場企業の部長を張っているメンバーもいることが、「当社の未来も暗くはないな」と思わせてくれるんです。

強い気概で、「カオナビがいう全体最適、仮説思考っていかがなもんよ」と思って当社に参画し、突き上げてくれる方々が、これからもガンガン集まってくるのを楽しみにしています。

こちらの記事は2020年04月24日に公開しており、
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藤田 慎一郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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「上場後こそ楽しい、今が人生で一番働いている」ツクルバ村上浩輝が挑む“第三創業期”

村上 浩輝
  • 株式会社ツクルバ 代表取締役CEO 

1985年東京生まれ。立教大学社会学部(現:経営学部)卒業。不動産ディベロッパーのコスモスイニシアにて事業用不動産のアセットマネジメント事業を経た後、不動産情報サービス企業のネクスト(現LIFULL)にてSaaS型サービスなどの企画開発及びマーケティングに従事。2011年8月に中村真広と共にツクルバを共同創業し、代表取締役CEOに就任、現職。国内先行事例となるコワーキングスペース「co-ba」、ITを活用したリノベ住宅流通プラットフォーム「cowcamo」などを展開、国内著名投資家などから資金調達を実施し急成長を遂げている。共著に「場のデザインを仕事にする」。

公開日2020/04/27

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