連載After IPOの景色

「自己成長だけが目的なら、スタートアップは向いてない?」
実直にプロダクトを磨き続けたBASEの軌跡と“ECだけじゃない”未来

インタビュイー
山村 兼司
  • BASE株式会社 取締役COO 

1978年生まれ、京都府出身。立命館大学卒業後、サントリー清涼飲料部門の営業を経て、2004年株式会社リクルートに入社。学び事業にて、営業、商品企画を担当、2009年 『ケイコとマナブ.net』編集長、2010年 共同購入サービス『ポンパレ』事業(ゼネラルマネジャー 以下GM)の立ち上げに参画し全国拡販を推進。その後、CS推進部(GM)、ECビジネス推進室(GM)を歴任。関連企業での経営企画部長、『ショプリエ』『Airレジ』等の新規事業企画を経て、2017年1月にBASE株式会社に入社。Eコマースプラットフォーム「BASE」事業を統括するチームの立ち上げをはじめCOO / BASE Business DivisionのDivision Managerとして事業・組織体制の強化を図り、2018年6月に同社取締役に就任。

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上場はゴールではない──。IPOを経て、さらなる挑戦に踏み出しているベンチャー・スタートアップを取り上げる連載企画『After IPOの景色』。第5回は、Eコマースプラットフォーム『BASE』を展開する、BASEが登場。

市場規模20兆円に達する巨大マーケット・EC市場で、2012年の創業以来、着実に事業を成長させてきたBASE。2019年10月の東証マザーズ上場後も着実に成長を続け、2019年12月の売上高は前年比50%増をマークした

だが、同社の事業成長を牽引してきた取締役COO・山村兼司氏は「ECはあくまでも、ペイメント機能を提供するための手段にすぎない」と語る。BASEの事業の根幹には「個人や小さなチームが持つ価値を正当な対価に変え、新たなチャレンジを応援する」という想いがあるからだ。

「スタートアップでの仕事が本当におもしろくなるのは、上場してから」と語る山村氏に、上場準備時にすら予実達成を声高に求めず事業を進めた、BASEの“プロダクト第一”の経営哲学を聞いた。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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EC機能は、付随的なサービスに過ぎない

ECプラットフォーム事業のイメージが強いBASEだが、「創業時から一貫して、ECは企業ミッションを実現するための手段だった」と山村氏。

2012年にローンチした主力サービス『BASE』は、誰でも簡単にネットショップが作成できるECプラットフォームだ。決済機能やショップ作成機能、注文管理機能など、ネットショップ運営に必要な機能を無料で提供。資金力や技術力が足りず、ネットショップを持ちたくても持てなかった事業者のニーズを満たし、90万以上の出店を後押ししてきた。

『BASE』の特徴は、ショップ開設からペイメント(決済)まで、ワンプロダクトで完結させている点だ。山村氏は「ECは手段だ」と言うが、その理由は「ペイメント」にあった。

山村創業時は「決済の導入を簡易化し、より多くの事業者にペイメント機能を提供すること」を第一目的としていました。インターネットを通じた新たな経済活動に踏み出す人たちをエンパワーメントしたかったんです。

BASE株式会社 取締役COO・山村兼司氏
提供:BASE株式会社

まだ信用が蓄積されておらず、大手企業が提供するペイメントサービスの利用審査を通過できない小さな事業者に、ペイメントというインフラを提供したかったのだ。ECプラットフォームは、それを提供する場所として開発したものに過ぎない。

2015年には、オンライン決済サービスを手掛けるピュレカを子会社化したことをきっかけに、オンライン決済サービス『PAY.JP』をローンチ。あらゆる開発者が導入しやすいシステムを設計し、挑戦の裾野をさらに広げた。

2018年にローンチしたショップオーナー向け金融サービス『YELL BANK』は、資金調達面で小さな事業者を支える。2020年以降は、物流面や配送面でのサポートも強化しはじめている。

Payment to the People, Power to the People.──これがBASEのミッション。ペイメント機能を主軸に、ECと金融の側面からも支援しながら、個人や小さなチームのチャレンジを後押しする企業なのだ。

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実感した「成長の踊り場」、機能拡充に注力し生まれ変わりを図る

BASEは、創業時より、「個人や小さなチームが強くなる未来において、必要とされるプロダクトを提供し続けることで、事業は必ず成長していく」という経営哲学を貫いてきた。

ローンチ時より、小さなショップ運営に最適化したプロダクトづくりを進め、順調に店舗数を拡大。しかし、2017年頃、大きな壁に直面した。

現在でも、BASEで展開するショップの平均月商は、十数万円。しかし、リリースから数年がたち、数百万円・数千万円規模の月商に達するショップも現れはじめると、問題が起きた。成長して規模が大きくなったショップに対して、小規模ビジネスにフォーカスした当時のBASEでは運営を最適化できないケースも現れたのだ。

高度なマーケティングやCRM機能、外部ツールとの連携、大量の注文を処理する際のユーザビリティ……こうした機能の不足から、他のプラットフォームに移るショップが出てきたため、山村氏は「成長の踊り場に入ってしまった」と感じたという。

それ以降、誰でも簡単に使えるシンプルさは維持しつつも、成長したショップも利用を継続できるような機能拡充にも注力し、プロダクトを進化させた。たとえば、海外販売への対応や、物流倉庫との連携など、機能拡張のためのAPI連携を進めていった。

またUI / UXも根本から改善すべく、ショップオーナーが使う管理画面のフルリニューアルを2017年から進めている。これらの努力により、事業規模の大小を問わず成長しても使い続けることのできるプラットフォームへと生まれ変わり始めたのだ。

提供:BASE株式会社

2015年にCFO・原田健氏がジョインし、本格的に上場準備を始めた際も「プロダクトにこだわる」方針は変えなかった。上場のために売上や利益という経営指標の重要度が増していく中でも、あえて社内に対して明言しなかったという。

山村そもそも僕たちは、上場を目的にプロダクトをつくってきたわけではありません。

もちろん事業運営においては、売上や利益は大事な指標です。でも、そうしたメッセージをいきなり発信すると、それまでに培ってきた、プロダクトを第一とするカルチャーが崩れてしまうと思ったんです。

優れたプロダクトでマーケットに価値を提供できていることが、何よりも大事です。そうすれば、売上や利益は後からついてくる。

創業当初からのメッセージを変えず、売上や利益にまつわる話は必要最小限にとどめ、上場承認まで走り切りました。

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スタートアップは、上場後こそ面白い

プロダクト第一主義を貫きながら、売上を伸ばすための基盤も構築することで、上場審査を突破したBASE。企業として安定期に入ったようにも思えるが、「上場を経て、より仕事が面白くなった」と山村氏は語る。

山村スタートアップは社会を変えるために存在する──僕はそう考えています。世の中を変えるための挑戦は、充実した資金調達の環境を手にし、長期的な事業成長に向き合うところから始まる。

ときどき、「上場したら仕事がつまらなくなるのでは?」といった意見も聞きます。でも、自己成長ではなく、世の中を変えるためにスタートアップに来た人にとって、そんなことはあり得ないと思いますね。

提供:BASE株式会社

M&Aやアライアンスをはじめ、事業成長を加速させるための選択肢が広がったのはもちろん、「メンバーの視座が高まった」と山村氏。

これまではどちらかと言えばプロダクトや事業の短期的な課題に注力していたが、上場後は数十年スパンでマーケットに価値を提供し続けるための議論が増えたという。

山村中長期的な事業成長は、偶然の積み重ねからは生まれません。それぞれの施策の成功だけでなく、長期スパンで成果を出し続けられるかを考えていかなければいけない。

資金があるからといって、うまく行くかは未知数だけど、とりあえずやってみようといった場当たり的な意思決定は難しくなります。その上で、スピードや新たなチャレンジはより必要となってくる。一つひとつの意思決定の重みが増しましたね。

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事業を拡大すべく、“経営目線”を持ったメンバーを増やす

現在のBASEは、商品の販売を前提とするプラットフォームだ。しかし、今後は「Payment to the People, Power to the People.」を実現すべく、価値提供の範囲を拡大させていく。

山村これまで、その人がもつ価値を対価に変える手段は限定的でした。それゆえ、好きなことを自分の仕事にするという挑戦に踏み出せない人も少なくなかったでしょう。

でも、対価に変える仕組みが整っていれば、「好きなことに本気で取り組む」という人はきっと増える。意欲的なチャレンジが、きちんと実を結ぶ社会をつくり上げていきたいですね。

2019年9月20日、東証マザーズ市場の上場承認がおりた記念に撮影した写真。
(上段左から)山村氏、マーケティングマネージャー・松坂謙一郎氏、代表取締役CEO・鶴岡裕太氏(下段)執行役員VP of Product・神宮司誠仁氏
提供:BASE株式会社

こうした構想を実現すべく、現在は経営陣とメンバー層の“目線合わせ”に注力している。プロダクト第一主義は前提としつつ、上場によって生じた戦略や戦術の変化を言語化し、社内に共有していく。

決裁権が経営層に集中していては、施策の実行スピードが鈍化してしまう。経営層と同じ目線で意思決定できるメンバーを増やすため、各々がより事業へのオーナーシップを持ち、主体的に施策を進められるような環境構築を進めることが、現在の経営課題だという。

そのために、既存メンバーの育成はもちろん、経営目線で動ける新規メンバーの採用も積極的に進めている。

山村上場後の現在は、ビジネスパーソンとして大きく成長できるフェーズでもあります。上場前は、VCをはじめ出資いただいた皆さんと一緒に成長シナリオを実現していく側面が少なくありません。でも今は、投資判断や回収のタイミングなど、あらゆる意思決定を自分たちで行っていかなければいけない。

ひとりひとりがミッションを理解し、強い思想を持って引っ張っていくことがより重要になります。また一つひとつの意思決定の責任も大きくなり、自由度が高いからこそ、難易度もあがったなと感じています。

それでも僕たちは、「Payment to the People, Power to the People.」の世界観を心から信じ、実現するためのチャレンジを楽しんでいます。

短期的な事業成長ではなく、意志を持って未来を描き、オーナーシップを持って推進していく気概がある人と、ぜひお話がしたいです。

こちらの記事は2020年05月01日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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