「同性婚」や「事実婚」への対応を、組織設計に反映できているか?
リブセンスの「事業成長だけを目的にしない」組織デザイン

インタビュイー
桂 大介

2008年早稲田大学理工学部卒。早稲田大学入学後、2006年2月、リブセンスを共同設立。創業後は取締役として経営を行う傍ら、開発、人事、マーケティングなど様々な部門を歴任。現在は取締役を退任し、マッハバイトのプロモーションに従事しながら、社外でも寄付・発信活動に取り組む

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たとえば、同性婚や事実婚が社会的なイシューとなっているとき、それを組織制度へ反映するための議論を行う企業が、どれだけ存在するだろうか。

企業にとって、事業と組織は切り離せない。

組織のあり方が事業にとっても重要であることを体感し、プロダクトの改善さながらに組織改善にコミットしている企業がある──2011年に史上最年少で上場を果たし、現在は『マッハバイト』や『転職会議』をはじめ複数のインターネットメディア運営事業を展開する、リブセンスだ。

退職率や入社辞退率が改善されない問題に悩んでいた同社は、2019年上半期、数ヶ月かけて組織改善に取り組む「経営デザインプロジェクト」を実施した。主導したのは、共同創業者であり、現在はマッハバイトのプロモーションに従事しながら、社外でも寄付・発信活動に取り組む桂大介氏。

桂氏は、世の中の企業は「経営の目的が事業成長に寄りすぎている」と疑問を投げかける。リブセンスが直面した「会社の希薄化」という問題、それを乗り越えるために行われた「対話」の全容とは。さらに、プロジェクトの結果として生まれた指針やメディアまで、その組織デザインに迫る。

  • TEXT BY MASAKI KOIKE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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複数事業を軌道に“乗せたからこそ”直面した、「会社の希薄化」

リブセンスは近年、退職率や入社辞退率が改善されない悩みがあったが、状況改善のために、ビジョンの再策定への指揮を執ったのが桂氏だった。

同氏は、現在は取締役を退任し、ひとりの現場社員として働いているが、リブセンスを最年少上場に導いた共同創業者である。明確な答えが見えづらいカルチャー改革においては、創業時から会社をよく知る桂氏が適任だった。

では、リブセンスの悩みの原因は、いったい何だったのか。桂氏は「いま思えば『会社の希薄化』が問題だった」と語る。複数事業を展開「できていた」からこそ、会社としての統一感がなくなっていたのだ。

株式会社リブセンス 共同創業者・桂大介氏

みんな「事業部愛」は大きいのに、「会社愛」が小さかったんですよ。自分の手がける事業への想いは強く、個々の事業部のコンディションも良い。だけど、事業部のカルチャーが強いがゆえに、相対的に会社の存在意義が薄れていたのだと思います。

結果として、事業部の枠を超えた取り組みが実現しづらくなっていました。たとえば、リファラル採用を進めようとしても、「自分の事業部以外には紹介しづらい」と懸念を示すメンバーが多かった。そもそも他の事業部の情報さえ入ってこなかったんです。

すると、会社としての面白さも見失ってしまう。採用時にも、他社と比べた際の「リブセンスとしての魅力」を明言できていませんでした。

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あえて若手メンバーを中心に構成し、具体的な議論から始めなかった

経営デザインプロジェクトを開始するにあたり、桂氏は8名のメンバーを指名した。20代の若手社員5名と、人事部長やベテランのデザイナーなどシニアメンバー3名だ。

「組織改革」というと、経営層や管理職がアサインされがちです。しかし今回は「次の世代から見て、かっこいい会社を作らなければいけない」と、基本的には若手メンバーで固めました。

シニアメンバーは完全にアシストしかせず、5名の若手に方向性を整えてもらう体制です。独自のセンスを持っており、「この人が会社を作ったら面白そう」と思える5名にお願いしました。

桂氏は「会社の問題点を改善するという形では面白くない」と、社会的なテーマに沿った「対話」を重ねるスタイルを採用。毎週3時間のディスカッションを、2ヶ月間かけて計8回行った。

3時間のディスカッションで、毎回約4つほどのテーマを取り扱ったという。桂氏が「ポスト・シリコンバレー」や「シリコンバレーの疲弊」という大方針のもと、テーマを考案。透明性とプライバシー、採用とシチズンシップ、GAFAとB Corporation、市場価値とウェルビーイング……こうしたテーマのもと、対話を進めた。

実際のディスカッションで使用された、テーマについての概要ドキュメント。「Key Points」と「References」を押さえたうえで、「Questions」について対話する。

対話のルールも設定した。合意形成が目的ではないので、反対意見をねじ伏せることは是としない。基本的には桂氏がメンバーへインタビューし、メンバー間での意見の対立も含め、それぞれの考えを引き出していく形で対話が進められた。

実際のディスカッションで適用された「対話のルール」

対話を進めていくなかで、桂氏はすぐに「ビジョンに問題があるわけではない」と気づく。

「あたりまえを、発明しよう。」というビジョンと、メンバーが思い描いている社会像に齟齬はないと分かりました。そうではなく、ビジョンに向かっていくための道筋に、足かせが多かった。

長時間労働、正社員、定時退社など、世の中としてもその自明性が疑われてきているようなトピックについて、メンバーは等しく「変えなければ」と思っている。しかし、それらの問題が放置されていることこそが問題だったんです。

全8回のディスカッションのうち、後半4回は、見えてきた問題を解決するための具体的な実施案の検討に時間を割いていました。経営陣へ提案するために、これからリブセンスが取るべき指針と、その指針に紐づく施策案をまとめていきました。

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「バリュー」でも「行動指針」でもない。“9つの指針”に込められた意図

対話の結果、編み出されたのが、以下の「わたしたちが変わるための9つの指針」(以下「9つの指針」)だ。

  • 特定の利益に偏らない
  • 事業価値の反復的見直し
  • 学びとキャリアアップの推進
  • 挑戦を後押しする機会の提供
  • 自律性のための情報共有
  • 多様な働き方の実現
  • 差別、ハラスメントの根絶と平等の実現
  • 公正で納得のいく評価
  • 事業以外でも社会に貢献する

「9つの指針」は、一般的な企業におけるバリューや行動指針とは違う。桂氏によれば「バリューや行動指針は、あくまでも経営としてのトップダウンな管理の手法」である。

「9つの指針」の原案は経営陣を交えず、若手社員5名がメインで作り上げたものなので、トップダウンにはなり得ません。とはいえ、限られたメンバーで決めたものではあるので、完全にボトムアップでデモクラティックなものでもない。あえて主語を曖昧にし、経営側と従業員側、両者の目線が包摂されたものにしたんです。

また、それぞれの指針の背景を、長いテキストでしっかりと伝えることにはこだわりました。指針は復唱してもらうのではなく、内容を咀嚼してもらうことが目的ですからね。

「わたしたちが変わるための9つの指針」のドキュメント。それぞれの指針について、丁寧な背景説明や施策案が添えられている。

指針の文言は、あらゆる角度からの検討を経て制定されている。

一例で「特定の利益に偏らない」は、売上至上主義に陥らないようにする目的で考案された。指針策定にあたり、売上偏重から脱する方法を議論していた際、桂氏は安易に「ユーザーファースト」を掲げたり、Googleが掲げている“Do the Right Thing”のように単純化された善悪の図式に持ち込んだりすることに違和感を覚えたという。

取引先企業、従業員、ユーザー……あらゆるステークホルダーに配慮しようとした結果、「特定の利益に偏らない」という言葉が生まれたのだ。

そんなに大したことを言っているわけではなく、日本で昔から言われているような「三方良し」と同じことなんですけどね。

また、「人間らしさ」への十分な配慮も、こだわったポイントのひとつだ。「挑戦を後押しする機会の提供」の背景テキストには、「わたしたちは人間だから仕事に飽きたりするし、新しいことを憶えなくなったりする」と明示されており、そうした性質を前提に「社内インターン制度の活性化」という施策が提案されている。

「多様な働き方の実現」で提唱されている、「人とかチームとか仕事とか家庭環境とか健康状態とかその日の天気とか」を考慮した働き方も、「人間らしさ」へ配慮の結果だ。

機械のように働くことが、プロフェッショナリズムではありません。私たちが持っている身体のリズムや調子にあわせるという点は、かなり意識して指針をつくりました。

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なぜ「ごく普通」な組織デザインが行われないのか?

「9つの指針」は、経営陣のチェックを経て、全社員に向けて公開された。反応は「概ね良い感じ」で、なかには「利己的な考えが蔓延するこのご時世、企業の意志としてこの言葉を聞けただけで、リブセンスに入社してよかった」とコメントしてくれる社員までいたそうだ。

反応が良いということは、働きづらさを感じていた人も多かったということ。それだけ社会や会社が劣悪になっているというわけだし、今まで申し訳なかったと思いました。

面白いのは、このプロジェクトの方針や施策案に、ほとんど反対意見が出ないんですよ。たとえば、「事実婚や同性婚を、法律婚と同じ扱いにしましょう」という施策に反対した人は誰もいなかった。誰も反対しないものを、なぜ実施していなかったのか、不思議ですよね。

だから別に何も高尚なプロジェクトを行ったわけではなく、今の20代や30代が当たり前に思っていることを、ただ方針と施策案に落とし込んだだけ。すごく「普通」のことなんですよ。

では、なぜこれまでは「普通」のことを実施できていなかったのか。桂氏は、一般的な企業がこうした取り組みに踏み切れない理由を「経営の目的が事業成長に寄りすぎている」点に見出す。

今回の「9つの指針」に書かれていることは、必ずしも全てが事業成長のために導き出されたわけではありません。でも本来、経営において、事業成長はあくまでも目的のひとつに過ぎないはず。事業成長に直接は寄与しなくても、会社を過ごしやすい場所にすることも、経営の役割のひとつだと思います。

いまは、あらゆる経営施策が「事業成長に寄与するか否か」でしかジャッジされていない。採用や利益という物差しでしか、価値判断ができなくなってしまっているんです。「会社を作りたいのではなく、世界を変えたいんだ」というシリコンバレー的なプロダクト至上主義が支配的すぎて、その他の部分がおざなりになっているのではないでしょうか。

特に、イグジットを目指すスタートアップは、事業偏重になりやすい。しかし桂氏は、「組織について考えることは、事業成長とトレードオフにはなり得ない」と力説する。

シンプルに「事業へ目が向きすぎだから、組織についてもちゃんと考えなきゃいけないよね」と言っているだけなので、事業成長とかち合うことはありません。にも関わらず、特に創業初期は、事業ばかりに目が取られ、なかなか組織に目がいかない。

たとえば、人事部を立ち上げるとき、みんなどこかの会社の制度をコピーしてつくるがゆえに、古い制度がいつまでも温存されてしまう。だから、「法律婚は福利厚生の対象になるけど、同性パートナー婚では適用されない」状況が、いつまでも続く。

また組織施策への注力は、事業成長が行き詰まった際のリスクヘッジにもなります。特にリブセンスのように複数事業を展開している会社は、すべての事業が成長し続けることはありえません。事業に歪みが出たときでも、組織デザインがしっかりとなされていれば、従業員に「変化」や「満足感」を提供でき、リテンション向上につなげられます。

桂氏は「規模がある程度大きくなると、会社は“ソサイエティー化”する」と指摘する。社内規定は法律として機能し、オペレーションは行政と同様の働きを持つ。もちろん経済や技術、そして文化も生まれる。

事業が複数化し、人材の多様化も進むと、会社は社会の中に埋め込まれたサブシステムのようなものになります。そうしたなかで、事業成長だけを考えていても不十分です。

会社を「社会」として捉えるようになったのは、上場もひとつの契機となったという。「上場後はパブリックカンパニーとして“社会的な責務”が生じる」からだ。

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「オリジナリティの追求」そのものが、チープ化する時代

今後は「9つの方針」に記載された施策案を実行に移していく。2ヶ月間、毎週行った「対話」も、社会の変化に対応すべく、毎年実施する意向だという。

そして、並行して桂氏が注力しているのが「新聞」の刊行だ。『Livesense Times』と名付けられたその新聞は、タブロイド紙で隔週刊行される。経営デザインプロジェクトの進捗報告のみならず、「つねに社外と社内の境界に立ち、経済・技術・文化の潮流を掬い上げ、混ぜ返す」。社員とOB・OGをメイン読者とするが、社外にも公開予定だ。

創刊を決めたのは、桂氏の「経営デザインプロジェクトの場をもっと広げたい」という課題意識からだった。経営デザインプロジェクトにおいても、希望者30人を募り、Slackベースで意見交換を行う「デザプロ・ダイレクト」を実施したが、こうした場を全社に広げるために、新聞という手段を取ることにしたのだ。

情報を一方的に伝えるだけでなく、問いを投げかけるものにしたい。つまり「考える場」をもっと展開したいんですよ。

先ほども触れましたが、企業は事業成長のための運動体として完結し過ぎている。それゆえに、社会の変化に対応しきれていないと思います。たとえば、同性婚が社会的に話題になっていて、社員のほとんどが潜在的には賛成していたとしても、会社の制度にはなかなか反映されない。提案したら誰も反対しないはずなのに、対応されないのはおかしいなと。

社会で問題が生じたときに、社内でもパッと応じられるよう、社内外の“境界”として新聞を刊行しようと思ったんです。

筆者が話を伺っていて繰り返し感じたのは、「一見、先進的な取り組みかのように見えるが、実際は『当たり前』のことを当たり前に遂行しているだけ」だということ。桂氏も「奇抜なものではない」と自認する。

では、多くの企業が、その「当たり前」に対応できていないのはなぜなのだろうか。桂氏は、差別化偏重の風潮へ疑問を投げかける。

「他社に模倣されない奇抜さを打ち出し、差別化しよう」という志向性に、みんな消耗してきていると思います。誰もがSNSのフォロワーを増やそうとオリジナリティを求める時代だからこそ、そうした独自性志向がチープになりつつある。

だから唯一無二の存在なんて目指さずに、純粋に「いい組織」をつくればいいのだと思います。独自性を過度に追求し、突飛な制度ばかり作っていては、いつまで経っても「普通に、いいこと」は実現できないのではないでしょうか。

「事業と組織は車の両輪」。リブセンスはこの言葉を、綺麗事ではなく、着実に実行している。結果、着実に「働きやすい組織」としての価値を高めつつあると言えるだろう。

市場環境の変化に応じて、スピーディーにプロダクトを改善していく経営手法は、あらゆる企業が当たり前に実践している。その「当たり前」を、組織デザインにおいても実行することで、結果的に企業としての競争力も高まるはずだ。

「事業成長」は、言うまでもなく大事だ。しかし、リブセンスのように「組織」にも真摯に向き合っていくことで、新たな視界が拓けてくるのではないだろうか。

こちらの記事は2019年09月06日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

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藤田 慎一郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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