PdMとBizDev、領域侵犯してこそ“事業家”だ──ラクスル初のエンタープライズ向けビジネスを立ち上げた平光氏に、N=1顧客を起点にした事業創造の秘訣を聞く

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平光 竜輔
  • ラクスル株式会社 ラクスル事業本部 / グロース事業統括 / エンタープライズ事業部(部長) 

新卒でラクスル株式会社にプロダクトマネージャーとして入社。カスタマーリレーション部でオペレーション改善・プロダクト開発を行ったあと、印刷ECとサプライチェーン基盤のプロダクト開発に従事。その後、大企業獲得を目的としたエンタープライズ事業部を立ち上げ。新規プロダクトの開発、セールス、マーケティングなどを担う。現在は、当事業の事業部長として事業全体を管掌。

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ほぼすべてのスタートアップが悩む、「エンタープライズへの事業展開」。

起業や新規事業立ち上げを検討する際、必ずと言っていいほど悩むことのひとつに、ターゲット特定が挙げられる。グロースフェーズでも、「どの業界のエンタープライズから攻めるべきか?」と悩み、組織づくりにおいても「エンタープライズセールス経験のある人材はどこにいる?」と悩む。

そんな中でも、エンタープライズ向けに事業拡大して結果を残し始めているスタートアップが日本でも増えてきている。特に、注目度の高いモデルケースを挙げるとすれば、この会社だろう。FastGrowでもおなじみの国内スタートアップの雄、ラクスルだ。

文字通り、エンタープライズ向けの事業の『ラクスル エンタープライズ』は、ラクスルグループの屋台骨としての地位を確立しつつある。だが、そもそもラクスルの祖業である印刷事業では、SMBが主要顧客であった。どのようにしてエンタープライズ特化の事業を立ち上げ、グロースしているのか。気になるスタートアップパーソンは多いはず。

今回は、その立ち上げを担い、今も現場の最前線にいるプロダクトマネージャー(以下、PdM)兼BizDevの平光 竜輔氏を招き、詳細なストーリーを披露してもらった。

PdM兼BizDevというロールで担うのは、「つくって売る」「売ってつくる」という二刀流。まさに時代に即した“理想の事業家像”と言えるのではないか。その秘密に迫ろう。

  • TEXT BY WAKANA UOKA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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新卒4年目の時点で、ラクスルの屋台骨を生み出す!?

FastGrow読者にとってラクスルは、BizDevあるいは事業経営者を多く輩出する絶対的な企業、というイメージが強いだろう。

一方で、直近の細かな事業状況について把握している読者は、そう多くないかもしれない。物流領域の『ハコベル』のジョイントベンチャー化や、コーポレートIT領域の『ジョーシス』の大型資金調達に目を奪われ、祖業である印刷事業の真価を見逃しているとしたら、なんともったいないことだろうか。

この記事の主役である平光氏は、印刷領域の複数事業を統括するラクスル事業本部における、エンタープライズ事業部の事業部長。『ラクスル エンタープライズ』は、まさにこの平光氏が新卒4年目という驚くべき若いフェーズで立ち上げた新規事業だ。既に述べた通り、現在はラクスルグループの屋台骨となっている。

当事業は、大手企業や中堅企業を対象に、印刷・販促活動に関するコスト削減と業務効率化、管理統制を一貫して提供しているのが他にない大きな強みである。印刷物をネット注文できるEC型、企業が購買を集約管理するSaaS型の2つの側面を持った、ユニークなプロダクト構造だ。

PdM兼BizDevという特異なロールを担うに至った平光氏のキャリアと共に、この事業の立ち上げストーリーを紡いでいく。事業立ち上げの妙を、学んでいってほしい。

新卒入社した平光氏が最初に経験したのはカスタマーサポート(以下、CS)。「まずは顧客を、現場を知ることが重要だ」という当時のラクスル全体の方針からだった。

入社半年から1年は、顧客の声を知るためにCSメンバーとプロジェクトを進めたり、社会人としての基礎を学んだりする期間とされていたのだ。その後、平光氏はPdMとなる。

平光入社1年目はCSとして、事業と顧客についての解像度を高めるという慣例があり、その経験をした後、2年目にPdMになりました。

学生時代にエンジニア経験があったことから、全社で課題になっていたビジネスサイドと開発サイドの橋渡し役としてアサインしてもらった形で、とてもうれしい出来事でした。

あくまで事業を伸ばすため、という目的意識を持ちながら、要件定義や仕様書づくりといった要素を細かく区切り、やること・やらないことを意識的に決めながら過ごしていました。

3年目には、携わる事業の幅を大きく広げるチャンスを得る。プロダクト開発部に異動し、顧客向けのマイページのリニューアル、お届け日指定機能、印刷会社への印刷発注基盤など、顧客(toC)向け・パートナー企業である印刷会社(toB)向け問わず、さまざまなプロダクトを開発する経験を積んでいった。そんな彼に手ほどきをし、事業家への道に導いた先輩が、現在は執行役員CPO / VP of Product,Raksulを務める水島 壮太氏だ。

平光顧客はもちろん、BizDevやCSといった顧客に相対する現場担当の先輩や、工場のようなパートナー事業者など、事業が実際に動く関係各所からさまざまな要望を聞いていきました。そしてそれらを整理し、まとめ、優先度をつけて、基幹プロダクトの開発と改善を進めていくのがPdMの役割です。

「単なる御用聞きにならないように」という教訓を肌感覚で得たのが、この時の大きな学びですね。

というのも当時の私は、持続的な事業成長を念頭において検討することができていませんでした。「何をコア機能にしていくべきなのか」という軸を、持てていなかったんです。

その結果、スピードも質も大きく損なってしまっていました。デザイナーに何度も修正をお願いせざるを得なくなってしまったり、想定するリリースタイミングでの課題解決のスコープが広がってしまったりして、収拾がつかなくなることが少なからずあったんです。

この時に水島さんから何度も言われた「もっと意志を持とう」というアドバイスが、今も胸に残っています。

開発優先度の答えは、顧客や営業が持っているわけではない。それを聞こうとして受け身になってはいけない。自分のスタンスをしっかり持ち、正解をつくろうとし続けなければならない。そういう進め方が大切だと学びました。

プロダクトを基にして、事業成長をいかに形づくるか。そんな稀有な経験を入社3年という短期間で濃く得てきた平光氏。これだけでも現代を生きるスタートアップパーソンとしてうらやましがられそうだが、ラクスルにおける成長とは、もちろんこんなものではない。

次のセクションからは、ビジネスサイドに近づいてのチャレンジの日々、そして経営に近づくキャリアの中から、エンタープライズ事業をグロースさせていくことについての学びを探っていく。

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先輩事業家たちの刺激を受け、自ら新基軸への本格展開を志す

経験を積み重ねた4年目。平光氏は木下 治紀氏(現ラクスルグループのダンボールワン・ 取締役COO)と共に、エンタープライズ事業の前身とも言える、“あるプロジェクト”に携わる。

それは、印刷事業全体を大きく成長させるための種を探し、育てていくためのプロジェクト。ラクスルの経営戦略上、非常に重要なものであった。ここでも平光氏は、若手ながら成長を評価され、抜擢されたと言えるわけだ。

そこで向き合ったのは「ラクスルのサービスを深く、長く使ってくれている顧客は誰なのか」という問い。その頃から既に“大手企業”というテーマが持ち上がり、どのような事業戦略を描くべきかという議論になっていた。

平光それまでに経験してきたプロダクト開発は、あくまで企業成長、あるいは事業成長のための手段です。他の手段についても深く理解したいと思っていたところで、このプロジェクトに携わることができました。木下さんはBizDevの先輩として、発想の仕方や、実行に向けた動き方が自分にないものばかりで、毎日多くのことを学ばせていただきました。

ただこの時は、エンタープライズ向けに何か具体的な取り組みを始めたわけではありませんでした。当時はまだ顧客に対する解像度が低く、私には事業の形を描き切れなかったんです。

それでも、「エンタープライズへの本格展開ができる事業を、しっかり立ち上げるべきだ」という思いが明確に芽生えた、印象的なプロジェクトになりました。

そうした日々の中でついに、新規事業立ち上げチームへのアサインが決まった。

平光事業立ち上げというよりむしろ、CX(カスタマーエクスペリエンス)部を立ち上げないかと社内で声をかけてもらったんです。ラクスルでは事業においてLTVを重視するカルチャーがあるので、要は“リピートを増やす仕組みをつくる”というミッションを追うことになりました。

ですが、リピートの増加はあくまで、既存事業に新たな非連続成長をもたらすための手段。もっとサプライズを起こせる形を目指そうと話し、エンタープライズ向け事業としての立ち上げを目指すようになったんです。

単に「新たな仕組みをつくろう」というだけでもなければ、「プロダクトだけをつくりたい」というのでもない。そうして視座が高まり、「事業の将来を見据えて、成長責任を背負っていこう」「ラクスルでいうところの“BizDev”になろう」と思うに至ったのだ。

だが、そもそもで言えばおそらく、先輩社員からの学びがきっかけになっているのだろう。プロダクトで生み出せる非連続的な価値がイメージできるようになってきた平光氏は、ここから事業にのめり込む。

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ラクスルのBizDevは、PdMとの共創によって新たな価値を出し続けることがミッション

平光ラクスルのBizDevに求められるのは課題と解き方を考え、PdMと一緒に事業をつくっていくことです。私はそのように認識しています。ひとことで言えば、PdMは“プロダクトをつくる人”で、BizDevは“事業戦略を実行する仕組みをまわしていく人”。ですが、この二つの存在が別々に動くようではいけない。互いにその戦略部分を深く理解し合い、共創し続ける必要がある。私は、そんな立場に身を置きたいと考えました。

また、これまでなかなか上手くいかずにいたエンタープライズ向けの展開を、私が関わることで成功に導けたとしたら、これ以上ない事業貢献になるだろうと。そんなことも考えながら、自分の中で期待感を膨らませていたんです。

なお、誤解を防ぐために補足しておくと、平光氏が取り組む以前にラクスルでおこなわれていたエンタープライズ向けの事業展開は、「従来のセールスやマーケティングの範囲内で、エンタープライズ企業にアプローチしていたことがある」という程度のものだという。つまり、エンタープライズ向けに特化して本格的な事業展開を検討したのは、平光氏らが初めてだったわけだ。

と、ここまでが平光氏がラクスルに入社し、エンタープライズ事業に携わるまでの軌跡だ。以上を踏まえ、読み解けることが3点ほどある。

まず1つ目は、事業成長のためのプロダクト開発を実地で経験し、深く学んだこと。

そして2つ目は、ラクスルですらうまく進められていなかったエンタープライズ展開という難題に、自ら飛び込もうと意志を示したこと。

最後の3つ目は、数多くの先輩事業家らに師事し、そこから得たフィードバックを貪欲に繰り返し、さまざまな学びを吸収してきたこと。

そう、大切なのは、商談スキルやエンタープライズセールス経験などでは決してないのだ。事業成長を担おうとする強い気持ちと、実際に大きくコミットしてきた経験。これらが合わさることで、「大きなチャンスをつかみ、成果を創出しよう」と躍起になって動けるわけだ。エンタープライズ向けは特に障壁が高く、大きくなるため、意志の強さが試される。BizDevの本質も、おそらくここにある。

とはいっても、誰しもがBizDevの素養を持ち得るわけでもないはず。ラクスルのように、歴史ある産業に挑みながら成果を創出する事業家人材を求める環境でなら、求められる素質のレベルはなおさら高い。

そこで、そもそもなぜ平光氏はラクスルに入社しようと思ったのか、その動機を確認すべく、さらに過去へと遡ってみよう。

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一過性でなく、長く使われ続けるプロダクトをつくりたかった

平光氏は2社での学生インターン経験を経てラクスルに入社している。当時から経営者や事業家といったものを明確に意識していた、というわけではないが、周囲の影響もあり自然とそうした界隈に足を踏み入れるようになった。1社目は海外SaaSを日本で独占販売するWebマーケティング支援の会社だ。ここで、平光氏は顧客からフィードバックを得ても、プロダクトをつくれない以上、スピーディーに改善を施すことができない悔しさを覚えた。

「自らの手でプロダクトをつくれないと、この時代の経営者、事業家になる道はおそらく、ない」。そんな焦りを学生時代に早くも抱いた平光氏。2社目のインターン先である、教育/人材系のWebサービスを手掛ける会社では、本人の強い希望でエンジニアリングを経験することとなる。

平光私が大学生だった2013〜2017年は、『MERY』や『iemo』といったキュレーションメディアが盛り上がりを見せていました。同時に、プログラミングを手軽に学べる環境が増え、Webサービスを立ち上げるハードルが下がってきていました。

私も、大学生向けのWebサービスを自ら開発してリリースし、実際に使ってもらえた時には大きな喜びを得ました。ただ、それが長く使われていくイメージは持てなかった。

長く使われるプロダクトとはどういうものなのか。しばらく考えて出した結論は、IT×リアル。Web完結ではなく、リアルが絡んだWebサービスが大きな必要性を持つようになり社会インフラとなれば、永続的なものになるのではないか。そんな仮説を立て、それが叶う環境に身を置こうと決めたんです。

しかし、平光氏が理想とするプロダクトを手掛けている会社はそう簡単には見つからなかった。最近でこそバーティカルSaaS、あるいはデスクレスSaaSといった言葉でブランディングするスタートアップが増えてきているが、数年前の日本ではまだほんの一握り。しかも、それほどスタートアップ界隈で注目される存在でもなかった。そんな中、唯一と言っても良いようなIT×リアルで事業展開していたのが、このラクスルだったのだ。

半ば無意識的ながら、経営者や事業家へのキャリアを漠然と描き、直感的に歩みを進めていた平光氏。仮説を検証するため、レベルの高い現場に臆することなく飛び込もうとする姿勢は、まさに事業家マインドを持ち合わせていたということができよう。

「ラクスルはまさに、そうした若者が躍動するにふさわしい場所である」。読者もそんなイメージをきっと抱いているはず。

加えて、当時、新規事業系の経営企画を担当していた社員の人柄も、自身の興味を引くには十分すぎるほどのユニークさがあったと平光氏は振り返る。

平光面接の中で、事業や仕事のことを本当に楽しそうに話すんですよ。その話しぶりから、仕事を自分ごと化していることがヒシヒシと伝わってきました。

熱量の高さと優秀さに強く惹かれ、「ラクスルで働きたい」と思ったんです。

理想とするIT×リアルに携われ、若手でも裁量を持って働ける社風に魅力を感じた平光氏。

では、そんな平光氏、そしてラクスルは、どのようにしてエンタープライズ向けの事業を軌道に乗せてきたのだろうか。どのような市場だと捉え、課題を特定し、ソリューションとプロダクトで解決を図ってきたのだろうか。

ラクスルならではの“臨場感”すなわち、事業家の先輩から学びを得るという環境を追体験できるように意識しながら、記事の本題に入っていこう。

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ネット印刷市場でのエンタープライズ領域は、ホワイトスペース

『ラクスル』の事業領域は、主にネット印刷市場だ。DXが求められるこの時代にあって、的確なソリューションを提供するラクスルが、市場の成長を牽引していると言っても、過言ではない。

国内の印刷市場規模は3兆円に上り、そのうちネット印刷市場が占める割合はわずか3%の1,000億円ほど。この割合を、これから非連続的に拡大させていくため、『ラクスル』は新たな事業フェーズに入っているわけだ。

ここに、読者の勘違いしやすいポイントがある。ラクスルの新展開と言えば『ハコベル』や『ジョーシス』といった事業を思い浮かべるはず。だが、祖業である『ラクスル』事業にこそ、同社の真髄があるとFastGrowは考える。ここを深く知らずして他の事業に興味を持つようでは、ラクスルの事業の本質を見誤るかもしれない。

と、やや大げさに書いてしまったが、FastGrowが大真面目にそう感じる所以をここから具体的に示していこう。

まずは『ラクスル』がなぜ今、エンタープライズ展開を進めているのかという、根幹の部分に迫る。どのスタートアップでも立ち上げ期を過ぎれば「どのように顧客セグメントを拡大していくか?」という課題にぶち当たる。ラクスルでも、そうだ。

平光掲げている戦略は2つあります。1つ目は商品カテゴリーの拡充です。これまでメインとしてきた紙への印刷から、ノベルティアパレル、またダンボールパッケージといったモノへと対象を広げています。ダンボールワンの買収はまさにこの一環。ペライチも、CMSという商材を増やしたという整理で見ることができますね。

そして2つ目は顧客セグメントの拡大。これまでメインだったSMBや個人事業主から、大手企業に広げていこうということですね。ここを担っているのが、エンタープライズ事業です。

と、こんな説明でFastGrow読者が納得するわけもないだろう。掲げる戦略をもう少し詳細に語ってもらう。

平光資本や事業、従業員の規模が大きな大手企業群に、継続的にサービス展開ができる仕組みを整えていく。それができれば、ラクスルの企業成長の角度は大きく高まるはず。そんな野望を私は抱いています(笑)。

平光でも、当然ですよね。現状の印刷市場全体のうち、エンタープライズが動かす領域だけで1.6兆円もの規模があります。これまでの私たちは、ネット印刷をSMB向けに展開しているにとどまっていましたから、市場にはものすごく大きな伸びしろがある。攻めない理由がありません。

国内スタートアップの中では圧倒的な事業成長を実現し続けているラクスルだが、まだまだ貪欲に、さらなる成長を追い求める。では、具体的に、どのような企業に対して事業展開を進めるのだろうか。

平光まずターゲットとするのは、“多店舗・多拠点展開事業者”です。業態で言えば、学習塾やフィットネスジム、飲食店、メーカーといった、全国に店舗や営業所を抱えている企業ですね。

多店舗・多拠点展開事業者をターゲットに据えた理由は、明確だ。どの企業も、「日本全国各地域において、印刷物を活用したエリアマーケティングならびに営業活動が、事業成長を続けるための重要な施策となる」という共通点を持っているからだ。

この共通した課題に対し、ラクスルは解決する力を既に持っている。SMB向けに提供してきた価値と重なる部分が多くあるのだ。PdMとして、C向けもB向けも担ってきた平光氏だからこそ描けた戦略だとも言える。

平光こうした事業者は全国で、似たようなチラシを印刷し、地域で配っていきます。ただし、あくまで“似たような”です。まったく同じ内容のチラシをつくるのではなく、地域の特性に応じてローカライズさせたチラシにする必要があるんです。

一方で、最低限のクオリティは保ちたいと考えるのが、本社の担当者。各地方で勝手気ままなクリエイティブでマーケティングをされては、ディスブランディングになってしまい、困るんです。

そんな課題を、『ラクスル』でならまるっと解決できるはず。この戦略で推し進めることを決め、具体的な事業とプロダクトを描き始めました。

ペーパーレスが進む中でも、印刷物の必要性はまだまだある。だが、全国でまったく同じ印刷物を配るのならば、大きな工場を抱えるプレイヤーが強みを発揮し、コストだけの競争になるため、ラクスルが本腰を入れて戦う必要がまだない。

目をつけたのは、「大手企業の印刷ニーズ=大量印刷とは限らない」という点だ。チラシを地方ごとにカスタマイズしたいというニーズを捉え、仕組みとして対応しようとしたわけだ。

と言っても、このまますんなりと事業立ち上げ、となるわけでは決してない。ラクスルならではの高い壁が、ここで目の前にそびえ立つ。

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「N=1の顧客は誰か」。
ラクスルCEO・松本 恭攝に学んだ1人の顧客に徹底的に向き合う重要性

「これ、N=1の顧客は誰?」。

立ち上げが加速するきっかけは、代表取締役社長CEOの松本 恭攝氏によるこの指摘だ。そこに対してうまく答えることができなかった平光氏。当時を振り返って、苦笑いで「ボコボコにフィードバックを受けた」と語る。

『ラクスル エンタープライズ』事業への投資を獲得するため、松本氏や上級執行役員COO / SVP of Raksul 福島 広造氏といったボードメンバーの前で行ったオンラインプレゼンで投げかけられたのが、先の一言だ。

平光先ほどお話ししたように、ターゲットを多店舗・多拠点展開事業者に絞りました。課題もだいたい分かっている。なのでPdMとしての経験を活かし、プロダクトアウト的に戦略を描き始めました。今になって振り返れば、これがいけなかった。

さすがに二転三転はしながらも、それらしい事業の構想ができました。あとは経営陣からフィードバックをいただいてブラッシュアップしつつ、リソースを確保して推し進めれば立ち上がっていく……そんなイメージで、社内プレゼンに臨んだんです。そこで、“文字通り”ではもちろんないのですが、松本さんからボコボコにされるという(苦笑)。

松本氏らからの指摘はこうだ。「提供価値は何?それをどういう名目にしてお金をもらうの?そのお金を払うのは誰?どんな事業をしていて、どんなミッションを追っているの?役職は経営者?責任者?担当者?そもそも、誰?……」。

やや誇張も含んでしまっているのは否定できないが、平光氏の述懐を聞いた取材陣の脳裏に浮かんだのは、こんなやりとりのイメージだ。強調されたのは「誰?」という部分だった。

平光印刷って、どこの企業でも少なからず利用しますから、抽象的に課題を解決できるホリゾンタルなサービス像を描いてしまうんです。SMB向けのマーケットプレイス型事業には、そういう面も実際にあったので。

ですが、そうだとしても、まずはN=1を深く深く理解しなければならない。それをすっ飛ばして近道しようとしてしまっていたんです。松本さんは、お見通しという感じで、もはや怖かったですね(笑)。

でもこの経験をしたおかげで分かったことがあります。それは、松本さんや福島さんといった存在よりもずっとずっと緻密に、顧客について理解を深めていなければならないということ。もちろん、そうすべきと耳で聞いたことはありましたが、本当に腹落ちしたのはこの時でしたね。

そして平光氏が踏み切ったのは、シンプルかつ、非常に効果的な打ち手。セグメントをさらに絞り、製薬会社を差し当たってのターゲットに据えることを決めた。

平光事業を進めていく中で製薬業界のお客様の問い合わせが何度かありました。どうやら、コロナ禍で営業所の撤廃や統廃合が積極的に進められており、これまで社内営業所の複合プリンターでおこなえていた印刷業務をネット印刷に切り替えたいというニーズが存在してたようです。

しかし、会社全体でネット印刷を活用するにはハードルがあった。そのハードルを解決できるプロダクトを提供できれば一気に利用が広がるのではないか。要は、ニーズが確かにあって構造的にラクスルが選ばれやすいという状況をつくれるのではないかということ。

この意思決定が奏功し、ついに『ラクスル エンタープライズ』は立ち上がり始めた。

“エンタープライズ展開における悩みあるある”の一つ、「個別の顧客企業に、カスタマイズをし過ぎてしまう事態を、どのように防ぐか」についての考え方。それを指摘したのが松本氏である。平光氏はここから、浮上のきっかけを得た。

エンタープライズ1社からの受注が決まると、スタートアップにとって売上に与えるインパクトは非常に大きなものになる。だから、個別に機能開発要求を受けると、開発優先度をつい高めてしまう。そんな課題にラクスルもぶつかり、乗り越えてきているのだ。

新卒入社から3〜4年という短い期間でCS、PdMを経験し、BizDevを兼務して新規事業の立ち上げを担った。それも、難度が高いと言われるエンタープライズ向けの事業。「怖かった」と苦笑いを見せる場面もあるほど、失敗や苦労が少なくないそのストーリー。臨場感をそれなりに伝えられただろうか。

だが、まだまだこの記事は終わらない。事業を立ち上げたというだけなら、日本でも事例はかなり増えてきた。この後に深掘りするのは、満を持してセグメントの拡大を決め、グロースを実現していく過程だ。

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顧客に伝えるべき価値は、コストカットではなく、事業成長への寄与

「持続的な事業グロースのためには、一部の顧客に刺さるだけでは全く不十分だ」。

そんなことくらいなら、FastGrowの読者は深く理解しているだろう。なので、ここで平光氏に披露してもらうのは、“起業や新規事業でぶつかる悩みあるある”の一つ、「存在しない市場を、どのようにつくればいい?」。その一つの答えだ。

平光印刷という業務は、それ自体がメインになることがありません。他の重要な仕事を前に進めるための手段として存在しています。

だから、印刷のコスト削減や業務効率化を一番のミッションとして抱えている人など、基本的にいないんですよ。いるとしたら、外資系の総務部門や購買部門の人ですかね。かなり少数のはずです。

つまり私たちは、「企業が、印刷業務を効率化し、さらには継続的な事業成長につながるような仕組みをつくる」という状態に導く、そんな市場創出を目指しているとも言えるんでしょうね。

ここで平光氏が言おうとしているのは、「印刷コストを削減できます」といったアピールでは、市場創出どころか、受注にもつながらないという、なんとも厳しい現実の話だ。

SMB向けなら、商談において経営者との距離も近いため、コストカットの効果がうまく伝われば導入を検討してもらえるかもしれない。だが、大手企業においてはそうはいかない。コストカットの対象は多岐にわたるため、印刷業務だけが効率化されるという程度ではなかなか検討の俎上にのぼらないだろう。自分ごととして捉える経営者も担当者も、まず見つからない。

平光伝えるべき価値はコストカットではなく、事業成長につながるといった「企業価値に直結するもの」であるべきです。

だからこそ私たちは、製薬業界の課題を把握し、中長期的にそれを解消していく唯一のソリューションであるという売り込みをしたんです。

ターゲットを絞ったからこそ、業界課題を解像度高く捉え、理想の営業を描き、確実に価値を伝えることができました。結果として、受注をしっかりと積み重ねることに成功しました。

ここでは、受注額の向上や顧客数の増加といった、事業成長に直結する価値を提供できたわけではない。だが、業界が次の時代に向かうための礎を築くという、またとない価値を提供できたわけだ。ややビジョナリーな方向に寄っているが、市場創出にはこうした進め方が重要である。

さて、平光氏はグロースを成し遂げ始めたわけだが、同時に、この勝ち筋を横展開しようと考えてこそ事業家だ。一旦は絞ったターゲットを、今度は広げるという意思決定を下した。

平光新たにターゲットとして定めたのが、フランチャイズ型のビジネスモデルを採用している企業です。

フランチャイズでの事業運営においては、本部・加盟店それぞれで、印刷に関連するニーズを持っています。これらをうまく捉えれば、良い展開になるはずだと考えました。

本部が抱えるメインのニーズは、一貫したブランドコントロール。全国各地の店舗で、アウトプットのクオリティを担保したいと考えるわけだ。加えて、うまくマーケティングできている店舗があれば、その事例を全国展開したいものだが、そのためには小さくない管理コストがかかってしまうという悩みが存在していた。

加盟店がそれぞれに持つニーズは、自由な販促がしたいということ。本部から言われるがままではなく、もっと自由にやりたいと感じがちになる。だが一方で、クリエイティブをゼロからつくるのは面倒で、時に投げやりなアウトプットになってしまう懸念もある。

平光本部と加盟店、それぞれのニーズを満たすプロダクトを実現することは不可能じゃないはず。私はそう考え、しっかりとしたヒアリングを基に、開発を進めました。そうしてできたのが、フランチャイズの関係性の中だけで自由に使える印刷物発注クラウドサービスです。

本部からは、洗練されたデザインを画一的に複数パターン提供します。加盟店側は、使用したいクリエイティブを自由に選択して組み合わせることができます。

このサービスなら、本部がブランドコントロールをした範囲内で各店舗がカスタマイズでき、自由に販促し、売り上げを伸ばせます。しかもその経緯と結果まで、本部は追うことができるんです。

まだ、『ラクスル』の売上に影響を与えるほどの進捗はありませんが、製薬業界向けの立ち上げ期より大きな手応えがあります。既に、年間数千万円の受注が見込める案件が複数生まれていますから。

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“領域侵犯”。
今のキャリアはこのスタンスによって築かれた

先ほども触れたように、短期間でCSからPdMを経てBizDev兼務という、ラクスルならではのキャリアを歩む平光氏。ロールで担った経験だけでなく、それぞれのタイミングで師事した先輩事業家たちからの学びを最大化してきた姿勢にも、学ぶべきことがきっとあるだろう。

平光エンジニアリングを経験してからPdMになったので、プロダクトをつくるという面でも自分の強みを持てるようになったと感じられるのが、自信になっています。

加えて、事業を伸ばすために不可欠な“売ること”についても、楽しいと感じるようになりました。学生インターン時代は、とにかくセールスが楽しくなくって、むしろ、しんどかった。でも、今はセールスを通じて顧客の課題を発見すること、課題解決の仕組みを提供できると思うと、ワクワクするようになりましたね。自分が主体的に事業に取り組むようになると、こうも変わるのかと自分でも驚いています(笑)。

平光これら両方を推進できるようになってきたことが、ラクスルのBizDevとしての一歩目だという感じがしています。PdM兼BizDevという立場を自分なりに担うことが、最近ようやくできていますね。

次に担うべきこととして、今注力しているのが組織づくりです。特に、採用活動ですね。これはまた、全く異なる難しさがあり、四苦八苦の毎日です。日々たくさんのレジュメに目を通し、直接スカウトを打つなど、地道に取り組んでいます。

平光氏が当然のように挙げる、さまざまな兼務。ラクスルにおける働き方の特徴の一つでもある、“領域侵犯”だ。ビジネスサイドやプロダクトサイドなどの表現で使われる「~サイド」という固定観念に縛られず、自由に行き来することを指す言葉であり、今の平光氏を形づくった働き方であるといえる。

繰り返しになるが、事業面もプロダクト面も組織面も、松本氏や福島氏らに相談を持ち掛けながら進める部分が多くある。もちろん、責任は平光氏が負うわけだ。その中でも特に強く意識すべきこととして、「自分が最も正解に近い」と自信を持って語るべきだと話す。

そう、松本氏や福島氏ですら、エンタープライズ事業の正解を持っているわけではない。事業責任者こそが、その事業に対する解像度を最も高く持つべき。そうでなければ、事業の構想や戦略は一般論の域を超えていかない。

また、このエンタープライズ特化事業は、ラクスルで唯一、セールス主体のビジネスモデルとなっている。つまり、平光氏は同社の中でこれまで誰も取り組んだことのない未開の領域にて、事業づくりにチャレンジしているということなのだ。

ただでさえ高難度の事業創出を繰り返してきたラクスルにおいて、最高難度かもしれないのがこの事業。「大変なことばかりでは?」といたずらっぽく聞きたくなる読者も増えてきていることだろう。だが平光氏自身、この状況を大いに楽しんでいる。

平光ラクスル エンタープライズ』は、一般的なSaaSのように、導入して月額料金をいただくものとは異なり、導入後にEC上で顧客にサービスを購入していただくことが売上をつくる上で重要となってきます。

SaaSという形をとってはいるものの、テレビCMやWebマーケティングで伸ばすのではなく、セールスで開拓していく。そして、導入後も継続的に使い続けてもらうために、常にサービスを刷新して利便性を高めていく必要がある。

これだけ複合的な要素が絡み合うビジネスモデルは、今までのラクスルにはありませんでした。それを任せてもらっている。こんなにワクワクすることはありませんよ。

繰り返しになるが、ターゲットは日本を代表する規模の企業群になるわけだから、平光氏が真価を発揮した時には、日本経済・日本社会に与えるインパクトも非常に大きなものになり、ラクスルという企業も同様に大きな存在となっているはずだ。

今をときめく職種であるPdMとBizDevを兼務しながら、唯一無二の経験とインパクトが得られるこの環境に、改めて強い興味が湧いてきたのではないだろうか?

とはいえ、「印刷業界の知見がない」「まだ今でもチャレンジできる余地があるのか」と疑問や不安を抱えている人もいるかもしれない。最後の章では、そんな人たちに向けて、ラクスルのエンタープライズ事業部で活躍できる人とはどういう人なのかについて触れていこう。

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つくって売れる・売ってつくれるハイブリッドな事業家を目指せ

「ラクスルで活躍するにあたって、印刷ドメインの知識や興味の有無が関係あるのでは?」

採用候補者からしばしば寄せられる質問だと言うが、その答えは「関係ない」というのが平光氏の見解だ。

平光印刷に関わる知識や興味があった方がプラスに働くことはもちろんありますが、別に必須条件ではないですよ。むしろ、「印刷が好き!」という想いでラクスルに入ってきている人はほとんどいないと思います(笑)。

重要なことは、ラクスルのビジョンにあるように、“仕組みを変えること”。産業の中に存在している、今まで変えられてこなかった課題を見つけ、テクノロジーを用いて変革していく。そうした取り組みに興味がある人こそが我々の求める仲間であり、今ラクスルで活躍している人たちです。

“仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる”。今回の連載の1記事目で、同社の上級執行役員 COO / SVP of Raksul・福島氏は以下のようなコメントを残している。

「ラクスルでは、100%過去の経験だけを買って採用するということはない。もちろん本人のこれまでのキャリアにはリスペクトを持ちつつ、そこへの期待は50%。残りの50%は、未知への挑戦心、新しいことを取り入れて変化していける向上心への期待です」。

これを見てもらえば、「自分でもチャレンジできそうだ」と感じてもらえるはず。

平光また、ポスターやチラシといった、日常生活で頻繁に目にするサービスに携われているという点も魅力に感じています。

街を歩いていて、ラクスルを使ってくれているブランドを目にすると、「お!◯◯のブランドの看板だ」と嬉しくなりますし、「この街のすべての印刷をラクスルで担えたら楽しいだろうな」なんてことを考えながら散歩するなどしています(笑)。

そんな風に、自分で顧客を獲得して、その顧客のために事業をつくっていける。こうした点に面白みややりがいを感じられる人にとって、働きがいのある会社です。

もちろん、今後さらなる事業拡張も考えていますよ。これまでは提供してこなかった、デザインの企画制作や印刷物の効果測定などといった領域にも染み出すことを想定しています。なので、「既に出来上がった市場では?」といった懸念は一切不要。開拓の余地はまだまだ大きいです。

最後に、平光氏にはラクスルの中でもエンタープライズの領域でこそ得られる経験や魅力について見解を述べてもらった。

平光エンタープライズ事業は、まだまだ事業としてゼロイチ、始まったばかりのフェーズです。先ほども申し上げたように、BizDevとPdMの垣根がありませんから、つくって売れる・売ってつくれるといったハイブリッドな事業家を目指せるユニークな環境だと思っています。

ちなみによく聞かれる誤解があって、それは「事業側が決めたことをプロダクト側が実行するような構図なんですよね?」というもの。これについても、なぜそう思われているのか疑問もありつつ(笑)、「そんなことはありませんよ」と伝えたいです。

実際に、ラクスルのサービスラインナップの1つである『販促・ノベルティ』の事業では、PdMが事業責任を担いつつあります。プロダクト・バックグラウンドの人材でもビジネスサイドのBizDevに進出し、事業の上流から意思決定に関われる会社だということは強くアピールしたいです。

今回の2連載を通じて、我々はあらためてラクスルのBizDevについて理解を深めることができた。

記事を読む前に抱いていた、「ラクスルは完成しきった会社で、今から参画する旨みはないのでは?」といった懸念は、どこかへ消え去っているはず。

産業の変革という北極星を目指し、急激なスピードで事業も組織も変化し、成長していくラクスル。その環境において、自らの手で変革を起こし、事業が、産業が変わっていくさまを体感できるのは、事業家冥利に尽きる。

「若手事業家人材を志すならどの会社へ?」と問われれば、我々は間違いなく、「ラクスル」の一声を上げるだろう。

こちらの記事は2022年12月27日に公開しており、
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藤田 慎一郎

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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