「感性のデジタル化で社会課題を解決する」
シタテルが挑む、10兆円規模の衣服産業
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旧態依然とした複雑な産業構造の中、テクノロジーを通して、変革を起こす──。
印刷におけるラクスル、働き方におけるクラウドワークス、製造におけるキャディなど。ここ数年、巨大産業を変えるべく、テクノロジーを活かして挑むスタートアップが注目を集めてきた。
その中、“衣服”という10兆円規模の産業に挑むのが、デザイナー、パタンナー、縫製工場、資材メーカーなどと連携し、衣服生産を支援する『シタテル』だ。
同社CTOの和泉信生氏は、この産業を理解する上で必要なことを、テクノロジーでも、ファッションでもなく、『人と社会の理解』と語る。そこにはエンジニアの意識変化もあるという。重厚長大な産業へ挑む同社は、なぜ『人と社会』を考えるのか。その真意を伺った。
- TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
“衣服”に挑む上で向き合うべき2つの難易度
和泉氏は、10年近く熊本県の大学で情報学の助教を務め、ソフトウェア開発者としても活動してきた。研究者・教育者としての経験を活かし、2017年にシタテルの技術アドバイザーに就任。翌年からCTOとして参画している。
大学の職を辞してまで彼がシタテルにコミットしたのは、「決して衣服に興味があったからではない」。挑む課題感の大きさが背景にあったという。
和泉衣服やその製造を担う縫製業界は、様々な課題を抱えています。職人の高齢化、後継者問題、古い業界構造、作りたい人と作り手の分断……。これらの複雑に絡み合った課題を解決するにはテクノロジーの力が必要になると、代表の河野は考えていました。
ただ、私は大学で情報学を研究する中で、“テクノロジーは産業をも変えうる可能性がある”と感じていたんです。特定の技術ではなく、情報学に蓄積された知見を総動員すれば、シタテルの挑む課題を解けるかもしれない。腰を据えて挑むにはまたとない機会と思いました。
和泉氏が捉える複雑性と難易度は、大きく2つの要因に分かれる。まずは、成熟した既存の産業構造だ。
和泉多くの人が練り上げてきた衣服産業は、おそらく8割方は正しく構成されていますが、テクノロジーという観点が不足しているだけに過ぎない。大昔から長年かけて職人の方々が築いてきた現在の仕組みに敬意を払い、“テクノロジー先行の変革を意識しすぎない”ことがとても大切になる領域なのです。
技術に携わる者としては、その中で人がどのように考えて活動し、経済が周り、社会が動いているかを理解し、一つひとつに適切なテクノロジーを適用させていくことを考えるべきだと思うのです。
和泉氏も、人、産業、社会の理解に多くの時間を費やしているという。ITだけで完全に解決できる問題ではないからこそ、当事者との膨大なコミュニケーションの中から、適切なアプローチを模索する必要がある。CTOという手段を選んだのも、熊本の大学から東京へ移り、人と会う機会を得る意味合いもあったという。
要因の2つ目は、衣服が“感性”という、定量的に測りづらくエンジニアリングしにくい要素を重視するプロダクトであることだ。
和泉感性やセンスといった「クリエイティブ」は様々な業界やマーケットに存在しますが、衣服はそれが表出、重視されやすい。他の工業製品と比べても、スペックや機能、利便性以上にヒトの感性が問われるプロダクトです。しかし、そんな言語化しにくい領域をテクノロジーで扱えれば、他の工業分野にも展開できる、大きな可能性があると考えています。
人との密接な関係性を持つ、衣服の特殊性
既存の仕組みが強く、感性が重視される、衣服。この領域を扱う上で、和泉氏が重要に考えるのは「人や社会の理解」にあるという。
和泉人が作り上げた仕組みや、それぞれの感性を理解するには、そもそもの「人間」や、人間が作り出す「社会の前提」の理解が必要です。生活に密着していて、かつデータ化しづらいという特性をもった、人間の活動と非常に近いプロダクトだからこそ、「人間」や「社会」への深い洞察を切り離して考えるのは非常に難しい。ゆえに、CTOである私としては、この領域に挑むエンジニアにも「人と社会を知るマインド」を求めています。
和泉それに、衣服は身を守る以外に、その人が何者であるかというアイデンティティを表現するものだと私は考えています。「服に興味がない人」は存在しても、衣服は着ないわけにはいきませんよね。言うなれば、衣服は社会インフラとも捉えることもできます。そして、本人が意図するか否かにかかわらず、イヤホンで聞いている音楽とは違って、周囲の人が目にできる衣服はその人のアイデンティティを表現をしてしまう。社会性が高いという特性があると思っています。
この特性が顕著になったのが、インターネット登場後だ。インターネット以前は情報が少なく、衣服を選択する上での判断軸は、その時々のトレンドに寄っていた。それが、インターネット以後は、情報が格段に増え、判断軸が多様化。衣服は、ますますアイデンティティを示す存在となった。
和泉今の時代は、それぞれの選択全てが正解であり、その人のアイデンティティなんです。目立つ格好をしていても、シンプルな服でも、毎日同じものを着ていても、それがその人の毎日の選択の結果であり、アイデンティティになる。我々が事業として扱う衣服は、そういう特性を持っているんですね。
衣服は再び、所属意識のアイコンへ
トレンドにかかわらず、衣服がアイデンティティを表している例として、和泉氏はユニフォームを例に上げる。スタートアップの場合、ロゴ入りTシャツなどは各社おなじみのアイテムかも知れない。シタテルは、熊本県庁、一風堂、BAKE、蔦屋書店、など、官民や企業規模を問わず数多くのユニフォームも手掛けてきた。
ユニフォームという概念は、この数十年で一旦減退したようにも見えた。多様性を認め、学校が制服をなくしたり、ユニフォームを取りやめたりした企業が一時期注目を集めた。ただ、ここ数年でリンクコーデの流行や、スタートアップのTシャツ文化など、“衣服を通した関係性の明示”が、再び注目されていると和泉氏は考える。
和泉インターネットで社会が多様化し、衣服で自由にアイデンティティを選択できるからこそ、「所属意識」を衣服に求める側面もあると思っています。文化的にも馴染みがあるからこそ、衣服というフォーマットが再び活用されているのでしょう。
実際、シタテルが生産を手掛けるfreeeのチームウェアは、かなりの社員が日常的に着用しているという。同社では、デザインや色、アイテムのバリエーションを増やすことで、チームウェアの中でも楽しめるようにしている。チームウェアを通し『自分はfreeeの人間だ』という意識を醸成し、メンバーが家族のような存在であることを表す役割を果たしているという。
単純に解けないからこそ、チャンスがある
所属意識やアイデンティティなど、社会や人を見据えてきた和泉氏だからこそ理解できる、衣服の価値が数多く存在している。実際、シタテルにいるメンバーも和泉氏と同様、社会的価値や意義、面白さに惹かれ、ジョインするメンバーも少なくないという。
和泉エンジニアのトレンドとしても「新しい技術に取り組みたい」といったニーズが一旦は落ち着いたようです。自分が取り組むことは社会に意義を持つか、難易度が高く楽しめるかといった観点から、シタテルを選んでくれるメンバーも増えました。これも、ある種社会の変化だと思います。最近入社したメンバーエンジニアは、衣服の業界は「変数が多く難解だから」という理由を語ってくれましたね。
これまで書いてきたように、その難解さは、一見後ずさりしたくなるほどかも知れない。ただ、和泉氏は「それはとても大きなチャンスがある証でもあるんです」と言葉を続ける。
和泉変数が多く難解ですが、衣服のマーケットは非常に大きい。また、ニーズが普遍的でマーケットが無くなる可能性もほぼないでしょう。国内はもちろん、世界を含めても、とてつもなく巨大な産業です。加えて、それだけの難易度があるからこそ、取り組んでいるプレイヤーも多くない。もちろん、簡単に結果が出る場所ではないことは事実です。ですが、上手く立ち回れる仕組みを作れれば、爆発的に成長でき、社会を変えられるポテンシャルがある。
衣服、ファッションに興味が無かったとしても、難しく、社会的意義があることにチャレンジしたい人たちにとっては、それだけワクワクする領域だと、僕は思うんです。
シタテル株式会社 特集:「感性のデジタル化で社会課題を解決する」 シタテルが挑む、10兆円規模の衣服産業
こちらの記事は2019年02月21日に公開しており、
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編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
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藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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