徹底した現場主義が、産業変革を加速させる。10兆円の衣服産業の「標準化」に挑むシタテルの勝算
【特集:Vertical SaaSの精鋭たち】

インタビュイー
和泉 信生

2009年に博士(情報工学)を九州工業大学大学院情報工学府にて取得。専門はソフトウェア工学。同年4月から9年間熊本県の崇城大学情報学部助教として教育・研究活動に従事。「市民共働のための雨水グリッドの開発」や「市街地のユニバーサルデザイン支援ツールの研究」などの学術研究を行う。 一方、iOSやアンドロイドアプリを企業と共同開発するなどエンジニアリングを実社会に応用するソフトウェア開発者としても活動。社会活動として、スタートアップイベントのメンターや、ソフトウェア技術者の育成を目指した「社会人若手エンジニアのための逆インターンシップ」「子供向けプログラミング教室」などを実施。2017年4月、シタテル技術アドバイザーに就任。2018年4月、シタテル株式会社入社。

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「いきなりシステムを売らない」ことでDXを推進していく戦略。エンジニアであっても、誰もが自発的に現場に赴く組織風土──FastGrow注目のVertical SaaSスタートアップを紹介していく特集「Vertical SaaSの精鋭たち」の3社目は、衣服生産のプロセスを一気通貫で支援するオンラインサービス『sitateru』をはじめ、衣服業界を変革する事業を複数展開するシタテルを取り上げる。

累計調達額は20億円を突破し、2019年12月には新サービスとしてアパレルブランド向けの生産管理システム『ダイレクト取引』をリリースした同社。2014年6月にシードラウンドで資金調達したのを皮切りに、2016年4月にシリーズAラウンド、2018年5月にシリーズBラウンド、そして2019年5月にシリーズCラウンドの調達を果たした。

本記事では、シタテルのCTO・和泉信生氏に話を伺う。「まず生産管理を押さえたうえで、無償提供からシステムを広めていく」グロース戦略から、情報工学の研究者だった和泉氏がジョブチェンジした理由、そして他部署への“留学”、エンジニアの営業同行は当たり前だという「現場主義」まで、同社の強さの裏側に迫る。

  • TEXT BY MASAKI KOIKE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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DX推進のポイントは、いきなりシステムを売ろうとしないこと

シタテルが変革する「衣服」産業は、国内約10兆円の市場規模を誇る。世界にも目を向けると、アジアを中心に約150兆円のポテンシャルを持つ。縫製、編み立て、染屋、プリント、加工、検品、流通、小売、商社、広告…多岐に渡るプレイヤーで構成される巨大マーケットだ。

しかし、このプレイヤーの多様さこそが、大きなペインを生んでいる。それぞれの領域で個別最適化がなされているがゆえに、業界全体としての標準化が進まないのだ。たとえば、電気機械におけるISO認証制度のように、共通するプロトコルが整備されていない。特定の工場でしか縫えない衣服も多く、プレイヤーどうしのシナジーが生みづらい状況だ。

シタテル株式会社 CTO/開発R&D・和泉信生氏

和泉各々のプレイヤーが、長い時間をかけて独自のやり方を洗練させてきたことが、業界全体の生産性を下げてしまっている。そもそも着る人間の身体のバリュエーションが無数に存在するうえに、衣服はシーズン性が強くて流行の移り変わりが早いので、標準化に取り組む力学が働きにくかったのでしょう。

そうした衣服業界を変革すべく、シタテルは戦略的に標準化を進めている。現時点での同社のコア事業は、衣服“生産”の領域だ。衣服生産のプロセスを一気通貫で支援するオンラインサービス『sitateru』、受注販売・生産一体型ECパッケージサービス『SPEC』、ユニフォームなどのカスタムオーダーサービス『CSTM』…生産を支援する事業を多角的に展開している。「現状は、ある程度人力で生産を支援している」と和泉氏。

とはいえ、同社の最終目標は、共通のITプラットフォームを導入し、衣服業界全体のDXを進めることだ。“生産”領域を重点的に攻めている背景には、その先を見据えた戦略が隠されていた。

和泉まずは生産をフルカスタマイズで支援したうえで、オプションとして無償でプラットフォームを提供する戦略を取っています。これまでも衣服業界にITシステムを導入する動きはありましたが、個々のプレイヤーの売上規模が小さいため、導入コストに対してメリットを感じてもらいにくかった。

だからこそシタテルは、顧客が「今までと同じ仕事をしているところに、無料でシステムが来るだけ」と思える状態をつくろうとしているんです。そうすれば、既存の衣服産業のプレイヤーにとっては、システム化へのハードルが低くなりますから。

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他部署への“留学”、エンジニアの営業同行は当たり前。全社に通底する「現場主義」

シタテルには、決してアパレル業界出身のメンバーが多いわけではなく、全メンバーの4割ほどしかいない。業界出身者の割合が低い背景には、「既存のやり方を変革する立場として、業界の色に縛られないようにする」明確な意図があった。

アクセンチュアやKPMGといったコンサルティングファームや投資銀行、そしてリクルート、アマゾンジャパン、セールスフォース・ドットコムといった一流企業から、スタートアップや大手商社まで、多様なバックボーンの人材が集う。しかし、メンバーの一番の強みはビジネススキルの高さではなく、全社員に通底する「現場主義」だ。

和泉たとえエンジニアであっても、自ら手を挙げて、営業同行や現場へのヒアリングに赴くメンバーばかり。現場から粗い状態で飛んできた「生の声」を、エンジニアリングで適切に解釈し、システムやアプリケーションに落とし込むために、ものすごい行動量を見せてくれます。

もちろん、「三度の飯よりも技術の話が好き!」といったタイプのエンジニアもたくさんいます。でも社会全体として、新技術ではなく既存技術の活用方法を模索するフェーズに差し掛かっている潮流にも後押しされ、「自分が作ったものが誰かの役に立つこと」にモチベーションを感じているメンバーが増えていると感じます。

現場にこだわるのは、エンジニアだけではない。他部署への“留学”が実施されることもある。たとえば、経理部門のメンバーが全社の業務プロセスにまつわる管理ツールを導入するときのこと。生産管理のプロセスを高い解像度で理解するため、工場とのコミュニケーションから、アイロンがけまで実体験した。

しかし、現場へ赴くことを後押しする制度が存在するわけではない。エンジニアも現場メンバーも、「現場を知る」ことの重要性を十分に理解しているため、何の違和感もなく自発的に現場主義を貫けているのだ。「業務スコープに入っていないから」「面倒だから」と現場理解を疎かにするメンバーは、ひとりもいない。

現場へのコミットメントが高いメンバーを、いかにして集めたのか。

和泉よく「どんな人を採っているんですか?」と聞かれます。強いて言うなら、“いい人”が多い。プロフェッショナルとしてのプライドはもちろん、顧客から他部署のメンバーまで、関わる人たちの仕事への深いリスペクトも持っている。

だからこそ、その人たちの見ている景色をできるだけ理解しようと努めるので、当たり前のように現場に赴けるのではないでしょうか。これは「他者への共感力が高いメンバーが集まっている」ともいえるかもしれません。

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情報工学の研究者が、スタートアップのCTOにジョブチェンジした理由

和泉氏はもともと、崇城大学の助教として、情報工学の研究・教育活動に従事していた。地元の企業という縁もあり、シタテル創業初期に代表取締役CEOの河野秀和氏と知り合い、技術顧問として定期的な技術相談に乗るように。

当初より「ビジネスモデルに惚れ込んでいた」が、2018年春にはついにCTOとしてジョインすることを決意。当時の社員数は20人に満たないほど。和泉氏が「次のチャレンジをしたい」と思うようになっていたのに加え、シタテルとしても工場向けのITシステムを本格的に開発しはじめた、ちょうどいいタイミングだった。

和泉研究者だった頃から、最新技術を追い続けることよりも、既存技術の産業応用を考えるほうが好きでした。専門にしていたソフトウェア工学は、「ソフトウェアをいかにして活用するか」「どのように設計すればメンテナンスしやすいか」といったことを考える学問。防災や建築に技術を応用するプロジェクトも手がけてきました。

そうしたバックグラウンドを積み重ねていくなかでシタテルに出会ったんです。「これは世界を変えられるビジネスモデルだ」と惚れ込みました。

ジョイン当初は、現在ほど現場主義も浸透していなかったため、最新技術を追いたいエンジニアとの意識の齟齬が生じることもあった。しかし、和泉氏は研究者として学生とコミュニケーションを取ってきた経験を活かし、一人ひとりと丁寧に対話。個々の求めているものと会社としての方向性を調整し、メンバーの目線を合わせていった。

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「今が一番面白いフェーズ」。情熱と能力をバランス良く発揮できる

シタテルは、直近でも新メニュー「ダイレクト取引」をリリースするなど、ますます多角的に事業を展開。何より、売上以上に粗利が伸びているという。和泉氏はその要因を、着々とシステム化が進捗していることに見る。

和泉以前は、コミュニケーション齟齬によって納品物が顧客の要望を満たせていなかったりと、“事故”が起こることも少なくありませんでした。でも、工場とのやり取りをプラットフォーム上で行うようになってから、事故率が40%も減ったんです。納品までに必要な(発注先企業との)電話の回数が、半分以下まで減った拠点もあります。

もともと、メールやFAX、電話など、コミュニケーションラインが分断していました。でも、「ここさえ見ておけば意思疎通がずれない」システムにコミュニケーションの場を集約したことで、速度も確実性も格段に向上しました。「衣服業界の標準化」が、着実に進んでいるのを感じますね。

2020年は、パタンナーや流通企業など、その他のプレイヤーにもシステムを本格展開させていく構想だ。

順調な事業成長を見せているだけに、「いまジョインしても、“勝ち馬に乗る”だけで刺激は少ないのではないか」「成長環境ではないのではないか」と考える読者もいるかもしれない。しかし、和泉氏は「いまが一番面白いフェーズだ」と語る。

和泉たしかに、何も形になっていないシード期のスタートアップではなくなりましたし、業界に対してある程度の価値を提供できるようにもなったと思います。でも、だからこそ個々のメンバーが持っている能力を最大限活かせるんです。

シード期は、会社を生き延びさせることに大きなリソースが取られてしまいます。それはそれで面白いのですが、事業成長以外のことに気を取られすぎるため、ミッション実現にフルベットすることは難しい。一方で、数百人規模になると、全員が加速度的な成長を体感するのは難しくなってくる。

その観点で考えると、いまのシタテルは、能力と情熱をバランスよく発揮できるタイミングに置かれていると思います。衣服業界だからといって、いわゆる“オシャレ好き”である必要は全くありません。シタテルの描く道筋に乗ってみたい人は、ぜひお話を聞きにきてください。エンジニアリングの力と、事業開発の力を融合して、衣服業界のDXを実現しましょう。

シタテルがVertical SaaSとして急成長を遂げられているのは、いきなりシステムを売ろうとせず、まずは生産管理を押さえにいくグロース戦略と、職種問わず「自分の目で確かめる」ことを重視する現場主義が掛け合わされているからだろう。

戦略性と、泥臭さも厭わない現場志向の共存は、Vertical SaaSスタートアップをグロースさせるためにきわめて重要なファクターだといえるだろう。

こちらの記事は2020年02月19日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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執筆

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

写真

藤田 慎一郎

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