経営課題も積極的に公開。
SmartHRの急成長を支える、徹底して“先回り”する経営哲学

インタビュイー
宮田 昇始
  • 株式会社SmartHR 代表取締役 

株式会社SmartHRの代表取締役CEO。2013年に株式会社KUFU(現SmartHR)を創業。2015年に自身の闘病経験をもとにしたクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を公開。利用企業数は公開後4年で30,000社を突破。2019年にはシリーズCラウンドで海外投資家などから62億円の資金調達。

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スタートアップ経営は、バーンレートとの戦いだ。

限られた資金で、組織拡大と事業成長を効率良く、スピード感を持って進めなければならない。

この難題を乗り越えるヒントを提示してくれたのが、クラウド人事労務ソフトを提供するSmartHRの代表取締役社長である宮田昇始氏だった。2018年から1年半で社員数を40人から150人に拡大したにも関わらず、組織の瓦解は見られない。継続利用率は99.5%、売上は1年で3倍と、順調な成長を続けている。

ただ、彼らは特別な施策を打っているわけではない。組織運営で起こりがちな問題は、ビジョンや戦略の浸透、経営情報の公開、3ヶ月に及ぶオンボーディングなどで未然に防ぐ。

今やどれもスタートアップの定石に思えるが、SmartHRのすごさは、その裏側にあった。

  • TEXT BY INO MASAHIRO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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応募前/面接時/入社後、あらゆるフェーズで「納得感の醸成」にコミット

社員の考え方を揃え、戦略に沿う行動を取ってもらうため、同社は「納得感の醸成」に徹底して取り組んでいる。

その綿密なコミュニケーションは、入社前から始まる。そもそも納得感を抱く“見込みのない”人を採用しないよう、徹底して先回りしているのだ。

SmartHRといえば、宮田氏のブログをはじめ、社内の情報を積極的に発信している印象がある。特に話題となったのが、2018年8月に公開された会社説明資料だ。2019年11月現在、閲覧数は90万回超え。

また、エンジニアとデザイナーを対象に、体験入社の機会も提供している。あらかじめ同社の価値観をオープンにしておくことで、考え方に共感できない人は、そもそも求人に応募してこない構造になっている。

同社が実施する「先回り」は情報発信だけではない。SmartHRの門を叩いた候補者に対しても、面接の場でさらに慎重なコミュニケーションを取っているという。

株式会社SmartHR 代表取締役社長・宮田昇始氏

宮田候補者の方には、『価値観に沿った行動が多ければ活躍できるし、評価も上がっていきます。そうでなければ活躍は難しい』と正直に伝えています。採用面接の時点で、ミッションやビジョン、価値観に共感しているかどうかを、念入りにすり合わせているんです。

入社に至った後も、納得感を醸成するコミュニケーションを怠らない。ミッションと同じくらいに、「半期ごとの戦略」への理解と納得も重視しているという。

宮田どれほど優れた戦略であっても、メンバーの納得感が低いと、机上の空論で終わってしまいます。戦略を実行するのは、現場の各メンバーですから。戦略が自社の状況や、市場環境とどのようにリンクしており、いかにして実現に落とし込まれるのか──背景や展望を、入念かつ丁寧に伝えるようにしています。

同社ではデータによる戦略の裏付けを欠かさない。参考指標の一つには、アメリカのSaaS企業が公開している、事業成長にまつわる数値のレポートを使用。組織フェーズごとのチャーンレートやネットリテンションレートのデータを見せることで、メンバーへ戦略の妥当性を伝えているという。

戦略をスムーズに実行するため、評価制度との整合性にも気を配っている。2019年11月現在、SmartHRでは「ミッション達成度」「価値観マッチ度」「基礎スキル」を評価指標に設定している。

「ミッション達成度」は、半期ごとの会社の目標と結びついており、戦略に沿って行動すれば評価も高くなる。「価値観マッチ度」は、日々の行動が価値観に当てはまっているかを抽出し、マッチ度合いを具体的理由とともに評価する。評価は各期末ごとに決定するが、期の半ばで中間評価によるすり合わせを行っているそうだ。価値観は、チームや部署によって、キャッチコピーのようにまとめられている。

宮田ひとつ例を挙げます。「一語一句に手間ひまかける」という価値観は、テキストやコード、UIなどの細部の細部までこだわろう、というものです。採用スライドの作成ひとつとっても、「職種分布のグラフの色が見づらい」と気づけば、とことんブラッシュアップする。そうした小さなこだわりの強さを評価しています。

ただ、ものによってはチームの行動に合わせにくい価値観もあるので、解釈に幅を持たせるようにはしています。たとえば、積極的なリスクテイクを推奨する「ワイルドサイドを歩こう」という価値観。営業やマーケターは積極的にリスクを取りやすいですが、法務や経理といったポジションは、むしろリスクを減らすことが本来の役割ですよね。そこで、「ワイルドサイドを歩こう」を「リスクを明らかにすることで、ビジネスサイドが動きやすくなるよう後押ししよう」と解釈し、職務上の役割との整合性を取っています。

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P / L、口座残高、M&Aオファー…なぜ、全てをさらけ出すのか

限られたリソースの中でスピード感を失わないために、同社は「100の問題を100人で解く」も大切にしている。社長1人で100の問題を解くよりも、それぞれの問題に対して専門性を持つ人がトライ&エラーを重ねる方が効率は良いはずだ──そうした想いから、このコンセプトが掲げられている。

そのために必要不可欠なのが、あらゆる情報のオープン化だ。

宮田経営情報がオープンでないと、経営陣とメンバーの間で、意思決定にズレが生じてしまうと考えています。たとえば、資金状況を知っていれば、取るべき手段も変わります。誰もが同じ精度で課題解決に向き合うことで、事業成長の速度を最大限に高められるんです。

オープンにしている情報は、P / Lや銀行口座の残高、M&Aのオファーまで、「経営に関する全て」だ。経営会議の議事録を含め、全ての情報がGoogle ドライブに保存され、社員であれば誰でも参照できる。ただし、1on1の内容や給与額といった情報は、「公開することで、メンバー間のギスギスの温床になったり、大事なことを相談しづらくなるなど、デメリットが多い」ため除いているという。

いくら情報をオープンにしても、個々のメンバーが能動的に取れる情報量には限界がある。情報格差を最小限にすべく、経営陣への質問方法にも工夫を重ねてきたという。

宮田社員数が十数名の頃は、経営会議が終わったあとに全メンバーを呼び、質問があれば、その場で挙手してもらっていました。40名ほどの規模になると、質問が出にくくなったため、気軽に質問を投稿できるサービスSlidoを導入しました。

しかし、社員数が100名を超える頃、Slidoでも質問が出にくくなったという。そこでも宮田氏は、最適解を探り続けてきた。

宮田人は誰しも周りから無能と思われることを恐がります。「こんな質問をしていいのだろうか?」と躊躇する心理が働いてしまっていたんです。

そこでSlackにスレッドを立て、自由に発言できるようにしました。質問でなくてもOKです。すると、日常会話の延長のような雰囲気となり、大半は雑談ですが再び質問が集まるようになったんです。

経営情報のオープン化は、意思決定のズレをなくしてスピード感を上げるだけでなく、将来起こりうる課題の早期発見・解決にも繋がる。

宮田情報をただオープンにするだけでなく、「現状から考えると、将来こんな課題が起こる可能性がある」といった仮説も一緒に伝えています。すると、メンバーはその可能性を潰すために自発的に行動を起こしてくれるので、大きな壁にぶつかる確率を減らせます。

「オープンにすることで、課題の大きさに不安になる社員も出てくるのでは?」との疑問も湧いてくる。宮田氏は「さらけ出している方が、逆に親身になってくれる」と宮田氏は言う。

宮田経営陣で秘密裏に課題を処理して、無かったことにもできるでしょう。無事ならそれでもいいかもしれないですが、クローズドにすると課題が膨らみ、対処が難しくなるリスクも高くなる。正直、隠すデメリットの方が大きいと考えています。

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「入社歓迎ランチ」も侮らない。綿密に設計されたオンボーディングフロー

100人を超える組織となったいま、SmartHRはどのような課題に立ち向かっているのだろうか。

宮田いま注力しているのが、新旧メンバー間でのコミュニケーション齟齬をなくすことです。いくら仕組みが整っていても、人間関係は働くモチベーションを大きく左右します。

そのために重視しているのが、「自分はここに居ていい」と感じてもらうこと──すなわち、「場の承認」の担保だ。

宮田氏がその重要性を感じたのが、組織のメンバーが20名ほどの頃。多忙ゆえ、新メンバーの歓迎会が開催されない期間が続いた。すると、入社メンバーが組織に馴染むスピードが遅いと感じたという。それ以来、すべての社員に対して歓迎会が開催されている。

SmartHRのオンボーディングフローは、内定承諾後、入社当日、入社後3ヶ月間のフェーズに分かれるという。

内定承諾後、メンバーは新入社員用のSlackチャンネルに招待され、入社前に必要な備品の整備や書類の提出を行う。Slackの使い方を知ってもらうのはもちろん、社内のコミュニケーションの雰囲気を感じてもらうことで、入社後すぐに活躍する基盤が整えられるという。

入社当日はオリエンテーションを実施。「会社からどんな情報が提供されるのか」「能動的に取りにいく必要がある情報は何か」について認識を合わせる。入社したメンバー全員と採用人事による入社歓迎ランチも、必ず行われる。

宮田以前は受け入れ先のチームに入社歓迎ランチの実施を任せていたのです が、スケジュールの都合上、ランチに行けない場合もあるんですね。すると、新メンバーは「別のチームの人たちは連れて行ってもらっているのに、なぜ自分のチームはないのだろう」とネガティブな気持ちになってしまうかもしれません。

入社同期と採用人事であれば、よほどのことがない限りは皆でランチに行けますし、同期のつながりを作るきっかけにもなります。入社体験を高めることも採用担当者の重要な仕事の一つ。採用担当者を複数人ランチにアサインし、もし誰かが行けなくなっても、他のメンバーでカバーできる仕組みにしています。

入社3ヶ月目までには、複数の面談機会がある。入社後1ヶ月目には、人事と面談。入社2ヶ月目には、宮田氏との1on1が設けられる。最後に、入社3ヶ月目に、再び人事との面談で振り返りを実施するのだ。

オンボーディング施策に加え、「場の承認」の促進という明確な意図のもと、所属チーム以外のメンバーともコミュニケーションを発生させるため、部活動や毎週のシャッフルランチも行われている。業務以外の雑談を通じ、社内のつながりを広げることで、新入社員が覚えがちな孤独感も軽減されるという。

成果は社員の意識調査に現れている。月次の社内調査で「今の仕事は楽しいですか?」という質問に、8割以上が「YES」と答えた。「場の承認」こそが、規模が急激に拡大しても、瓦解を起こさない極意だといえよう。

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オフィス移転から間もなく、次のオフィスを探し始めるのはなぜ?

2019年7月に調達した61.5億円のうち、半分を人件費に使うと発表したSmartHR。社員数が倍増するのも、そう遠い未来ではないだろう。

「日本のエンタープライズにSaaSを広める」と目標を掲げ、その実現に向けた戦略も立てはじめている。具体的には、ARR100億円超え、時価総額1,000億円以上の組織を目指すという。

今後の拡大に向け、SmartHRはどのような施策を打つのだろうか。宮田氏は既に、「先回り」をはじめているようだ。

宮田2019年4月に、現在のオフィスに移転したばかりですが、実は次のオフィスを探しています。譲れない条件は、ワンフロアに全社員がいること。今よりもっと狭いオフィスの頃、ついたてが一つあっただけなのに、コミュニケーションの断絶が起きてしまったからです。

メンバーが十二分に力を発揮するための仕組みも、今後の課題だ。社員調査の結果を見ると、「自分の専門性をしっかり活かしきれている」と答えたのは約6割で、改善の余地が大いにあるという。

宮田自分の専門性が活かせていないと、「活躍できていない」と感じることにもつながりかねません。組織に生じはじめるズレに、できるだけ早めに対処し、一人ひとりがいきいきと活躍できる環境をつくっていきたいですね。

「社会の非合理を、ハックする」というミッションを達成するため、SmartHRは新たに会議の効率化サービスを手がけるSmartMeetingと、確定拠出年金の導入支援サービスの開発を担うSmartHR Insuranceの2社を立ち上げた。これまで積み上げてきた「先回り」施策を、新会社にも応用。本社以上のスピード感での成長が期待される。

課題が膨張し、手に負えないHard Thingsとなって襲いかかってくる前に潰す──SmartHRが、急激な人員増加にも耐え、事業成長を続けられている秘訣だ。

その成長度合いは、海外のユニコーンSaaS企業にも引けを取らない。企業向けにファイル共有サービスを運営するBox、電子商取引プラットフォームを運営するShopifyとも肩を並べる。

SmartHR会社紹介資料 / We are hiringより引用

リスクを承知で経営情報を公開し続ける胆力と、「弱みを見せても付いてきてくれる」とメンバーを信じる勇気。これこそが、SmartHRの「先回り力」を支える最大の強みだと伝わってきた。

こちらの記事は2019年12月09日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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執筆

イノウ マサヒロ

ライター/編集者。1991年生まれ。早稲田大学卒業後、ロンドンへ留学。フリーライターを経て、ウォンテッドリー株式会社へ入社。採用/採用広報、カスタマーサクセスに関わる。2019年より編集デザインファーム「inquire」へジョイン。編集を軸に企画から組織づくりまで幅広く関わる。個人ではコピーライティングやUXライティングなども担当。

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藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

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長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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