連載次世代カメラメーカー「Snap」を紐解く

「Snapchat」を支えるのは小さなグループだ──SNSアプリを支える「ハイブ戦略」とは?

これまで数多くのSNSアプリが誕生し、ユーザーを囲えずに消えていった歴史がある。

そんななか、なぜ「Snapchat」はこれほどまで成長できたのだろうと疑問に思うはずだ。

その答えは買収先企業を紐解いていくことで見えてくる。

「Snap」はマスを狙わずにニッチなコミュニティをいくつも抱えることでネットワークを広げてきた。

地域密着型のコミュニティを獲得する考えを軸に成長してきたのだ。

こうした戦略を可能にさせたのが、ロケーションデータなどを活用する買収先スタートアップの技術である。

最終章では、コミュニティ形成をいかに戦略的におこなってきたかを買収スタートアップから考察していきたい。

  • TEXT BY TAKASHI FUKE
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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ユーザー獲得の要は“ローカル化”と“ハイブ戦略”

「Vurb」、「Zenly」

「Snapchat」がほかのSNSと大きく違う点は、コミュニティ形成の手法にある。

「Facebook」は友人同士のコネクションを増やす目的で作られたとはいえ、頻繁に遊ばない友人や、顔見知り程度の人とでも気軽に繋がることができる。広く浅いコミュニティが形成されるのだ。「Twitter」や「Instagram」は全く知らない人同士の繋がりを作ることで、新たなインスプレーションの発見を促す。

一方、「Snapchat」はセルフィー動画を送りあったりすることから、エンゲージの強い身近な友人間のコミュニティ形成に力を入れている。ターゲットユーザーは、日常生活で頻繁に出会ったり遊んだりするような友人であり、距離も遠くに離れていないような地元の友人グループだ。

ローカルベースの友人間の繋がりを1つ1つ作り上げていくことで、小さなコミュニティが幾つも完成していく。「Snapchat」はあくまでも小規模コミュニティの数を増やすことを目指しており、「Facebook」のように誰もが繋がる、マスを狙った方向性は示さない。

小さく閉鎖されたコミュニティ数が増えれば、やがてはプラットフォームになると信じて今日まで至る。こうした無数の閉鎖コミュニティが束なって集まる姿を蜂の巣になぞらえて“ハイブ戦略“と呼ぶ。

ハイブ戦略上では、友人同士のオンラインコミュニケーション数と、実際に会う回数を増やす事が求められる。そこで友人同士が気軽に繋がる事ができるように、検索機能を持ったローカルマップの開発が必要となった。

2016年に1.14億ドルで買収した「Vurb(バーブ)」は、ロケーションデータを基にしたコミュニケーションプラットフォームアプリを開発していた。

Vurb(バーブ)

ユーザーは最初に興味のあるトピック(映画鑑賞、食事、アウトドアアクティビティなど)を選択、面白そうなローカル情報を発見したら友人にメッセージで共有する。同アプリ上でチャットをしながら、どこにいくのかを決めたら、その場で予約や購入ができる。「Google Map」と北米版食べログ「Yelp」の両方の機能を兼ねたアプリである。

2017年に2.14億ドルで買収した「Zenly(ゼンリー)」も「Vurb」と同じロケーションデータを基にしたソーシャルアプリを開発していた。現在、「Snapchat」に実装されているマッピング機能は、「Zenly」のものをそのまま移行したものである。

Zenly(ゼンリー)

「Zenly」のアプリ上では、自分の近くにいる友人のアバターがマップ上に表示され、タップすると最新の投稿コンテンツを視聴できて近況を確認できる。また、チャット機能を使いながら、特定のレストランやバーで落ち合う設定までできる。最短移動ルートも示してくれるため、「Google Map」のルート検索機能を兼ねている。

ソーシャルアプリ「Zenly」と「Vurb」の違いは、機能面ではあまり見受けられないが、よりコミュニケーション機能に特化した「Zenly」のUI/UXを「Snap」は支持したと思われる。こうしたマップ機能は、実店舗で友人が落ち合うことを想定しているため、前述したQRコード「Scan」の活用事例や、オフライン店舗の広告プラットフォーム「Placed」とのシナジーが高い。

いずれにせよ、“ハイブ戦略“では密なコミュニケーションを促すことが大切になってくるため、ローカルマップ機能を拡充する戦略は、「Snap」にとって重要な要素となる。

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地元で圧倒的な影響力を持つ“マイクロインフルエンサー”に注目

「Drop」、「Mobli」

昨今、“マイクロインフルエンサー”市場に注目が集まっている。たしかに多くのファンを持つ“インフルエンサー”は高い影響力を持つ。しかし、特定地域で人気のローカルタレントである“マイクロインフルエンサー”のほうが、抜群に高い影響力を持つケースがしばしばある。地域密着型アイドルなどは典型例だろう。

「Snapchat」の“ハイブ戦略“は地域特化型のコミュニティー形成を促すため、こうした“マイクロインフルエンサー”を通じたマーケティング戦略に目を向けている。

2017年に「Drop(ドロップ)」を買収した一件は、マイクロインフルエンサーマーケティングへ注力しようとしている証左であろう。同社は、近くにいる友人をマップ上で表示させ、一定距離内に入るとアラート通知を送る、ロケーションマッピングに関する特許機能を持っている。

「Drop」の技術を応用して、たとえば近くに地元で人気のユーザーがいた場合、スマートフォンにアラートと位置情報を通知させて、即席のマッチングを行わせることができる。

マイクロインフルエンサーの現在地近くにいるファンユーザーを、特定店舗へ誘導することに成功できれば、集客率やコンテンツのエンゲージ率に応じてしてマイクロインフルエンサーが広告収益をもらえる仕組みを構築できるだろう。この点、前記した「Flite」のサービスを使い、リアルタイムビッティングの広告方式を導入できる可能性も模索できるかもしれない。

インフルエンサーマーケティングを通じて店舗へ集客した際に投稿されたコンテンツには、ロケーションリンクを貼ることで、さらに店舗の認知度を高めることができる。

今となっては「Instagram」が機能実装してしまったため、真新しさはないが、ゲオロケーションフィルターの特許を持っている「Mobli(モブリー)」を2017年に買収。こうして2017年には、マイクロインフルエンサーを活用した広告事業の基礎を完成させている。

Mobli(モブリー)

これからはローカルの人気者が力を持つ時代になる。「みんなが知っている人」の影響力より、「知る人ぞ知る」ような需要のほうが増えるに違いないだろう。

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揺るぎないメーカー企業としての長期戦略と競合対策

What is Snapchat?

ここまで「Snap」の4つの戦略を説明してきた。総じていえることは、カメラメーカーとしての企業DNAを重んじているかぎり、長期戦略の面で非常に力強い競合優位性を持っている点だ。

たしかに最新のアプリデザインの評価は低い。しかし、デザインアップデートは単なる短期戦術の一環に過ぎない。

SNSアプリの開発から始まった当初から、スマートフォンの普及に伴い、カメラの使い方を再発明する理念に基づいて成長してきた。そして次世代型端末であるARグラスの開発へと着手し、メーカー企業へと進化した戦略は見事である。

Snapchat: A New Kind of Camera

従来のカメラメーカーとの相違点は、若者向けにカメラの撮影手法を定義した点と、時代の変化とともに、多様化したコンテンツの利用シーンを、業界トレンドに先んじて抑えている点が挙げられる。

単にカメラを作って売るのではなく、どうやって使われるのかという視点を常に忘れずに、カメラの製造からコンテンツ投稿、Eコマース市場、そして広告市場にまで参入したことが「Snap」の強固な企業力である。

本記事では、競合アプリの代表として「Instagram」を度々紹介してきたが、同社はカメラ製造にまで足を踏み入れてはいない。あくまでも写真や動画の投稿プラットフォームとでしか機能していない。そのため、カメラを取り巻く包括的なUXを抑えられていない。だからこそ、「Instagram」は「Snapchat」の機能をコピーして成長するスタートアップらしくない成長戦略を採らざるをえないのだと考える。

しかし「Snap」は教訓を活かして、2017年に「Strong.codes(ストロングドットコーズ)」を買収。同社は、ライバル企業が自社アプリのコードを解読してコピーする「リバースエンジニアリング」をできないようにプロテクションをかける技術を開発。今や想像力が薄れてしまった「Facebook」グループの魔の手から逃れる対策を抜かりなく打っている。

次世代のカメラの使い方を考え、今や製造プロセスから絡んでいる「Snap」のほうが長期戦略を描きやすいといえる。競合企業の模倣戦術への対抗策も持ったことから、「Snap」の再躍進はこれからだ。

日々刻々と変わる株価や、ユーザー数のアップデートで評価するのではなく、こうした企業理念から戦略の力強さを読み解く必要性があるだろう。そしてこうした視点を最も持つ必要があるのが、日本の製造業であり、カメラメーカーであるはずだ。

こちらの記事は2018年08月16日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

福家 隆

1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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