連載次世代カメラメーカー「Snap」を紐解く
カメラメーカー「Snap」が仕掛ける新たな収益源は小売広告市場──コマース市場参入から分析ツールまで
「Snapchat」が一台プラットフォームとなったいま、次なる一手として仕掛けるのが広告とコマース市場の開拓だ。
競合アプリにはない「Snapchat」だからこそ楽しめる体験を軸に、新たな切り口で市場創出を目指す。
FacebookやInstagramはすでに広告コンテンツの投稿で収益化を果たしているが、「Snap」はオフラインとオンラインの両チャネルをうまく使うことで、独自の広告戦略を打ち出そうとしている。
また、AR技術を活用したコマース市場参入は、未だ他社サービスにはみられない面白い取り組みである。
本章では8社の買収企業を説明しながら、「Snap」が目指す収益展開を紐解いていきたい。
- TEXT BY TAKASHI FUKE
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
アニメーション技術応用と購買体験向上
「Obvious Engineering」、「PlayCanvas」、「Scan」、「Bitstripe」、「Cimagine Media」
アニメーション機能の追加実装はまだまだ続く。
2016年に買収されたObvious Engineering(オブビアスエンジニアリング)」は3Dモデリング技術を開発。たとえば、ユーザーが自撮りをすると、顔を自動で識別してアニメーション処理してくれる。こうして取得した画像データをVRのアバターと連携させて、まるで自分がバーチャル世界にいるような演出が可能となる。
iPhoneXで登場した動くアニメーション絵文字のような新しいコミュニケーションへの展開も期待できる。また、もしかしたら5-10年後にはVRヘッドセットを開発しているかもしれない。事実、2018年3月には3Dモデリングゲームを開発する企業「PlayCanvas(プレイキャンバス)」を買収しており、事業シナジーは十分にある。
筆者が最も注目する利用価値は、3Dモデリングを応用した広告事業である。
「Obvious Engineering」の技術を使えば、レゴやバービー人形を認識させて、口を動かすエフェクトをかけることで、レンズ越しに見ている“物”が語りだすような仕掛けも作ることができる。こうした仕掛けを通じて、たとえば「Spectacles」を通じてみる街並みの中で見つけた物体が、ユーザーに話しかけてくれる世界観を描くことができるだろう(現在「Spectacles」にMR機能はないため、同機能を備えた新型を開発する必要がある)。
さびれたオブジェが話しかけてくれたり、チェーン店舗や公共施設のキャラクターが話しかけたりしてくれることで、よりインタラクティブなコミュニケーションが期待できる。映画やアニメの聖地巡礼のような観光業のサポートや、店舗の広告訴求にも役立つはずだ。同じような演出はすでにほかのスマートフォンアプリで行われているが、未だAR/MRグラス市場では開拓されていないため、「Snap」が参入する可能性は十分にある。
2014年に5,000万ドルで買収されたScan(スキャン)」はQRコードアプリを開発していた。ユーザーはオリジナルQRコードを発行することができ、「Scan」のアプリを通じて読み込めば、各ユーザーの紹介文や、各種SNSアカウントへ友人リクエストを送れるサービスを展開。企業向けにもQRコードを発行しており、ユーザーが読み込んだ場合、専用の決済ページへ飛ぶ仕組み。買収当時は7,500万ユーザーを誇っていた。
買収後には「Snapcodes(スナップコード)」と呼ばれる「Snapchat」ユーザー専用のQRコードへと応用させた。「LINE」のQRコードを通じて友人リクエストを送り合うのと同じ仕組みだ。
しかし、友達のスマートフォンに映り込んだQRコードをスキャンするより、直接ユーザー名を検索してリクエストを送ったほうが便利な場合もたしかにある。
それではなぜ「Snap」はQRコードを率先して導入を進めているのだろうか?理由は2つ挙げられるだろう。
1つは、オフライン店舗の事業支援だ。筆者はシリコンバレーにある家具店で、しばしば商品横に「Snapcodes」が掲げられているのを目にしたことがある。「Snapchat」を開いて読み込めば、商品内容が盛り込まれたオンラインコンテンツが流れたり、企業ページへと飛んだりする導線だ。
「Snapchat」ユーザーが直接店舗に赴き、商品をリアルの場で体験してもらうだけでなく、オンラインコンテンツの側面からも商品を楽しんでもらう仕組みになっている。
こうした小売市場における「マルチチャンネル化」のサポートを行えるのがQRコードの魅力である。オフラインとオンラインの両軸から商品訴求を向上させる広告事業の一環であると捉えられる。
もう1つの理由は、AR/MRグラス時代を見据えたUXだ。日本ではQRコードが爆発的に普及した中国などと比べて、店舗に置かれたQRコードをわざわざスマートフォンを取り出してまで読み込む必要性を感じないだろう。
しかし、「Spectacles」や「マイクロソフトホロレンズ」のような次世代メガネ型端末が普及したハンズフリーの世界では、QRコードの利用価値が再燃する。QRコードを視界に入れたら瞬時に情報を手にすることができるUXを「Snap」は着々と目指していると考えられるからだ。
現在の「Spectacles2.0」では実装されていないが、視界に入れて読み込んだQRコード情報をメガネグラス上で表示することができれば、スマートフォンアプリを開くことなく、店舗に置かれた商品をオフラインとオンラインの両方で体験できる。こうしたQRコードを発行する広告主とユーザーを、瞬時に繋ぐことができる世界観が考えられる。
今は時期尚早だと考えていたとしても、常にカメラの使い方を研究しているからこそ、未来から逆算してすでに布石を打っているのだ。このような未来志向を持ちながら取り組む大型買収と、戦略を迅速に形にするスピード感を持っているのが「Snap」であり、日本のカメラメーカーとの大きな差別ポイントになっている。
2016年に6,400万ドルで買収した「Bitstripe(ビットストライプ)」は、QRコードの利用シーンを拡大させる一手となった。同社はユーザーに似たアバターを手軽に作成でき、面白いスタンプ画像を送信できる「Bitmoji(ビット文字)」を提供。今では3D技術を使った動くアバターを作成でき、動画コンテンツの形式で送れるようになった。
3Dアバターを使ったQRコードの展開が広がり、今では大手小売チェーンで導入されている。たとえば、「McDonald’s」ではマックカフェの認知度を高めるために専用「Snapcodes」を発行。「Snapchat」ユーザーがコードを読み込むと、ユーザーを模した3Dアバターがマックカフェと戯れているオンラインコンテンツを視聴できる。
こうした取り組みにより、インタラクティブな広告展開が可能となった。実際、「Snapchat」のカメラレンズを通じたAR広告は、商品認知度を19.7%、ブランド認知度を6.4%向上させている。
ここまで広告事業拡大のためのスタートアップ買収案件を説明してきたが、「Snap」は自社コマースプラットフォームもすでに展開している。
「Snap Store(スナップストアー)」と呼ばれるARコマースプラットフォームを2018年2月から開始。現代段階では、「Snapchat」から誕生した人気ARキャラクターDancing Hot Dog」のオリジナルグッズを販売する小規模コマースに留まっている。AR技術を使って制作された商品動画を視聴した後は、ストアー上で購入ボタンを押すだけだ。
こうした自社コマース事業を強化するため、2016年に3,000万ドルでCimagine Media(シマージンメディア)」を買収。同社はスマートフォンアプリを通じて、手軽に家具や家電を自宅の部屋に再現できるARプラットフォームを展開。バーチャル上で物体を実寸大に再現できる。
現在の「Snap Store」ではPR動画が流れるだけだが、たとえば「Cimagine Media」の技術を応用させ、動画の代わりにその場で商品をカメラ越しに体験できる仕様にすることが考えられる。
ユーザー投稿型のコマース事業展開も考えられるだろう。大企業の卸売商品だけではなく、ハンドメイドグッズをARで再現して、気に入ってもらえたら購入してもらう仕組みだ。ARコマース版メルカリともいえよう。
すでに「Instagram」は購入ボタンの実装しているため、ビジュアルコンテンツを通じたコマース分野では先を行かれてしまっている。しかし、高いアニメーションおよびAR技術面では「Snap」のほうが勝っている。
「Instagram」は過去に「Snapchat」の主力機能であるストーリーズをコピーしたことがあるため、再び事業アイデアを真似される危うさはあるが、技術面で大きな投資が必要となるため、ARコマースプラットフォームの拡大において、「Snap」は競合優位性を十分に持つ分野であるだろう。
広告分析プラットフォームを着々と準備
「Flite」、「Metamarketers」、「Placed」
広告とコマース事業への展開で大切となる、データ分析の側面にも重きを置いている。
2016年に買収された「Flite(フライト)」はバーティカル動画(スマートフォンに特化した縦型動画)や360度動画のプログラマティック広告(リアルタイムに自動で広告を買い付ける)を支援するプラットフォームを構築。広告の制作から費用対効果のデータ分析までを行う。
2017年に買収した「Metamarketers(メタマーケターズ)」も、同じく広告分析プラットフォームを展開。単なる広告費用対効果を計算するのではなく、なぜ効果が上下したのかを解析するツールとして使われる。
2017年に1.25億ドルで買収された「Placed(プレイズド)」は、オフライン店舗の広告プラットフォームを展開。実店舗に訪れてセルフィーコンテンツを配信した「Snapchat」ユーザーの広告効果測定を行うのだ。
ユーザーのロケーションデータと、該当ユーザーのコンテンツを紐付ける。もしコンテンツが「Snapchat」の広告ネットワークに参画する店舗内で撮影されたものであれば、何人のユーザーにコンテンツが視聴され、どのようなリアクションが発生したかを自動で計測する。こうして店舗を訪れたユーザーが投稿したコンテンツのエンゲージメント率を計測し、広告効果を測るのだ。
オフライン企業の参入を促すため、広告費用対効果の分析・最適化までのバックエンドシステムの構築を行った具合だ。店舗側が広告効果を知ることができることから、今後インフルエンサーと店舗をマッチングさせて、コンテンツを配信してもらう事業展開も想定できる。
過去2年以内に3社もの広告分析プラットフォーム企業を買収しており、広告出稿から分析までを自動で行える体制を着実に整えている。
改めて「Snap」の本質であるカメラメーカーの立ち位置に戻ってみよう。するとカメラを通じてできることは撮影だけではないことに気付く。単なる10秒間限定のコミュニケーションから広告、小売まで手を伸ばすことができるのだ。
こうしたカメラの利用価値拡大のため、先進ソフトウェア企業を積極的に買収してきた。ARやMR機能を充実させた次世代端末の登場を想定すると、より買収価値が高まることも想像に難くない。今後さらにアニメーション技術やQRコードの応用展開が期待できるだろう。
日本企業も「Snap」が5-10年後に仕掛けてくるであろう世界観から逆算して、どのような策を打てばいいのか考える時期に差し掛かっているはずだ。
こちらの記事は2018年08月11日に公開しており、
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執筆
福家 隆
1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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4記事 | 最終更新 2018.08.16おすすめの関連記事
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