こだわりのコーヒー屋はなぜVCから資金調達したのか?
成長速度を求めてオフィス向けコーヒーサービス「WORC」をはじめた理由

インタビュイー
川野 優馬
  • 株式会社WORC 代表取締役 

1990年東京都生まれ。慶應義塾大学在学中に「LIGHT UP COFFEE」を吉祥寺に創業する。大学卒業後、リクルートホールディングスに就職し、新規事業開発等を経験。現在は退社し、2019年5月、川野氏は淹れたてのコーヒーをポットで毎日職場に届ける、オフィス向けのサブスクリプションコーヒーサービス「WORC」をスタートさせる。

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事業を作るために、事業戦略や組織、もちろんキャッシュも大切だ。だが、何よりもまず、起業家の「情熱」がなければ事業は成り立たない。

オフィスの福利厚生コーヒーサービス「WORC」を立ち上げ、ANRIから資金調達を実施した川野優馬氏が情熱を捧げたのはコーヒーだった。

大学生からカフェ「LIGHT UP COFFEE」を立ち上げ、経営者となりながらも、卒業後はリクルートに就職。新規事業開発等を経験してきた川野氏。

彼はどのような視座でコーヒーに向き合い、事業の種をみつけ、新たに立ち上げたWORCを成長させようとしているのか。その意思決定の変遷、情熱の源泉を探ってみたい。

  • TEXT BY INO MASAHIRO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY JUNYA MORI
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一番のリスクは、“やりたい”を我慢すること

"The most personal is the most creative."

かの映画賞での名スピーチで引用されたキラーフレーズに照らし合わせれば、川野氏にとっての「The most personal」とは、「コーヒー」に他ならない。

大学2年生の頃にコーヒーの魅力に憑りつかれた彼は、それを愛するがあまり、銀行から金を借りて焙煎機を購入。「コーヒーの美味しさを突き詰めたい」という衝動に身を任せて、自ら焙煎したコーヒー豆を販売するWebショップを立ち上げた。

しかし、彼の愛は、ECのフィールドでは収まらなかった。大学3年生の時に「コーヒーの美味しさをより多くの人に、この身を持って伝えていきたい」との思いから、吉祥寺にカフェ「LIGHT UP COFFEE」をオープンさせた。

もはや起業する学生自体は珍しくない時代ではあるが、実店舗の経営者になる学生起業家は、まだまだ数少ない。

「ITで勝負できるこのご時世、ハードの維持費を背負うのはリスクでしかないし、ビジネスとしてスマートじゃない」なんて一般論を言われたら、多くの人はそこまで違和感なく首肯するだろう。なぜ、川野氏は学生ながらリスクを取って、店舗を立ち上げる決断ができたのか。

その答えは明白で、彼“個人”の「リスク」の対象が、“一般”のそれとは、大きく異なっていたからだ。

川野僕はずっとワクワクしながら働いていたいし、生きていたいと思っていて。そう考えると、自分にとって避けるべきは、“やりたい”を我慢することなんですよね。

だから、何かを『やりたい!』と思って、少しでも『できそう!』と踏めたら、すぐに行動に移します。好きならその気持ちで突き抜けたほうが、絶対に楽しいから。

『やりたい!』『できそう!』と思ったその瞬間を逃したら、二度と動き出すチャンスが来ないかもしれない。ワクワク切り拓ける可能性のひとつが、閉ざされてしまうかもしれない。それこそが、僕からすると一番のリスクなんです。

人の気持ちも周りの環境も、刻一刻と変化し続ける。「やりたい」と「できそう」が重なるタイミングは、それ自体が小さな奇跡とも言えるのかもしれない。

川野氏はそんな好機を逃さないで、些細なリスクをものともせず飛び込んでいく。誰も侵すことのできない、個人的な衝動を大切にしているからこそ、彼の言葉は聴く者の耳に、力強く届く。

川野そこまでコーヒーを愛している理由ですか? なんだろう……シンプルに美味しいコーヒーは美味しいし、愛すると楽しいから、ですかね。僕はそれだけで幸せな気分になれるし、そこにはそれ以上のロジックを求めなくてもいいような気がしてるんです。

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リクルートで得た経験値と、新事業のインスピレーション

川野そう、僕が人生を通してやりたいのは、コーヒーで人を幸せにすることなんですよね。僕が感じているような幸せを、多くの人と共有したいから。

川野氏のビジョンはLIGHT UP COFFEEを立ち上げた頃に、ほぼ固まっていた。ずっとコーヒーの事業をやっていく覚悟もあった。けれども彼は、卒業後は自らの事業経営を続けながらも、新卒でリクルートに就職するという、二足の草鞋を履く道を選んだ。

川野これから自分のサービスを広めていく上で、ITの技術やUXの知識は絶対に必要だなと感じていて。それを現場で勉強しつつお金をもらえるのであれば、正直かなりお得だなと思いました。

ともあれ、就活はホントに真面目にやっていなかったので、ご縁があってよかったなと。もちろん、面接の時には水筒にコーヒーを淹れて持っていって、相手に飲んでもらってましたよ(笑)。

個人的な衝動を原動力とする人間は、端的に強い。その衝動の赴くまま突き進むために必要な、あらゆる努力を惜しまないからだ。

川野氏も例外ではなかった。プログラミング経験ゼロの状態から、3カ月の研修期間でサービス設計と実装の基礎をあらかた修得。入社から1年を待たずにUXデザイナーとして頭角を現し、その後は自ら希望して精鋭が集まる新規事業開発の部署に異動。

すべて自らの事業の糧とするべく、貪欲に経験値を稼いでいった。

川野リクルートに入って一番良かったのは、ロジカルなサービスづくりの方法論を体感として学べたことです。

あらゆる課題を洗い出して、それぞれに対する解決策を並べ、工数やインパクトの大小を検討した上で、最小コストで最大限の成果を得られるよう、打ち手の順番を決めていく。これを毎日のように詰められたおかげで(笑)、思考体力と意思決定の速さや精度はかなり上がりましたね。

タフな環境で日々数字に追われながらも、コーヒーへの情熱は、片時も冷めることはなかった。彼はその偏愛っぷりを、惜しげもなく社内で披露した。

川野社内にもコーヒーを売っているお店が入っているんですけど、正直言って、めちゃくちゃマズかった(笑)。それに、缶コーヒー飲んでる人も多くて。『もっと美味いコーヒー飲ませたるわ!』って気持ちになって、昼休みに自分のデスクでドリップして、同僚に一杯100円で配り始めたんです。

そしたら段々と評判になって、いちいちドリップしてたら間に合わないから、まとめて淹れてポットで置いておくスタイルにして。それも毎日すぐに完売しちゃってました。

こうした光景から「あ、オフィスに美味しいコーヒーがあれば、みんな飲むんだな」「飲んでる人たち、生き生きとした顔してる」「飲みながら、会話が弾んでるな」と、いろいろな気づきを得られたんですよね。

美味しいコーヒーが、オフィスにいる時間を幸せにする。いつもより少し楽しく働くための環境づくりに、コーヒーは役立つかもしれない──3年勤めてリクルートを卒業した川野氏の胸の内には、そんな思いが渦巻いていた。

「自分にとって避けるべきは、“やりたい”を我慢すること」。

彼は生き方を曲げない。2019年5月、川野氏は淹れたてのコーヒーをポットで毎日職場に届ける、オフィス向けのサブスクリプションコーヒーサービス「WORC」をスタートさせた。

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「もうカフェで待っていてはいけない」

「やりたい」という情熱だけで、川野氏はWORCの立ち上げを決めたわけではない。その背景には、5年間リアル店舗を経営し続けて肌で感じていた課題感があった。

川野今の店舗は土日は混んでも、平日は主に会社勤めをしていない人しか来れないから、集客力が倍くらい変わってくるんです。

「じゃあ、このビジネスモデルで平日の客をどう伸ばすか?」と考えた時に、就職をするまでは「ビジネス街に出店するしかない」と思っていました。

一方、彼は実際にオフィス勤めを経験して「コーヒーを飲むためにオフィスから出る人なんて、ほとんどいない」という事実に気付いた。大きなビルならば、なおさらだ。下手したら階下のコンビニまで行って帰ってくるだけで、15分以上かかってしまったりする。

同時に「オフィスワーカーたちはコーヒーを飲まないわけではない、需要はある」との確信も握っていた。それはリクルート時代に、毎日昼休みに数十人分のコーヒーを淹れ続けて体得した、手触りのある確信だ。需要はあるのに、届け手がいない。川野氏はそこにビジネスとしての勝機を感じ取ったのだ。

川野これは僕個人の見立てですが、多くのオフィスワーカーの人たちにとって、コーヒーは働く上でのパートナーとして機能していると思います。

缶コーヒーのCMとか見てても、そういうイメージで売り込んでいるもの、結構多いじゃないですか。でも現状、彼らに“本当に美味しいコーヒー”を届けているプレイヤーは、ほとんどいない。

僕は彼らに、“本当に美味しいコーヒー”を届けられる自信がある。そして、彼らにこそ届くべきだと感じている。仕事中に美味しいコーヒーでちょっと気持ちが上がれば、働くことはより豊かな体験になるはず。

『もうカフェで待っているだけじゃだめだ、こちらから届けにいこう』と、意志が固まっていきました。

WORCのサービス構造は至ってシンプルだ。「コーヒーの福利厚生」と銘打ち、事業形態は法人単位で契約を結ぶサブスクリプションモデルを選択した。

登録しさえすれば、バリスタが丁寧にドリップした高品質のコーヒーが毎日オフィスに届く。ポットで提供するのは、飲み手側の体験を考慮した上でのこだわりだ。

川野コーヒーマシンでは、豆の品種や焙煎度合いごとに淹れ方もコントロールできない。それに、はっきりとコーヒーが好きな人しか触らないんですよ、マシンって。

最高のコーヒーを、より多くの人に飲んでもらおうするなら、『あとはコップに注ぐだけ』の状態が、最適なUXだと考えました。

本質的な事業を作り上げるには、ビジョンの実現にふさわしいビジネスモデルを選ぶ必要がある。サブスクリプションというビジネスモデルを選んだ背景には、コーヒー業界全体に対する、彼の切実な願いが込められていた。

川野現状のコーヒー業界は、農家が潤わない構造になってしまっています。直取引じゃないと農協に買い叩かれるし、他の1,000人の生産者の豆と混ぜられてしまうから、つくる情熱も失せていく。

ここ数年で、ケニアなどのいい農家さんがどんどん廃業しているんです。今なんとかしないと、10年後にはカフェで飲むちょっといいコーヒーが、1杯2,000円になってしまうかもしれない。

僕は、誠実にいいコーヒーをつくっている農家さんたちを守りたい。サブスクリプション制にすれば、毎月まとまった収益が見込めるから、農家さんにも継続的な買い付けを約束できます。

質に見合ったコストで定期的に豆を購入して、事業に関わる人たちみんながサステナブルに、幸せになれるような事業のエコシステムを確立していきたいんです。

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成長スピードを求めた資金調達、その裏側にある情熱

サービス開始から5カ月後、川野氏は大きな決断をする。LIGHT UP COFFEEの一事業として位置付けていたWORCを独立させて、新たに「株式会社WORC」を設立。

佐俣アンリ氏が代表パートナーを務める独立系ベンチャーファンドのANRIより、3,000万円の資金調達を実施したと発表した。この資金を元手に、事業規模の拡大に向けてエンジンをかける。

川野当面は3,000社の導入を目標にして、事業計画を組んでいます。判断材料はいろいろあるんですけど、モデルが似ている法人向け社食宅配サービス「オフィスおかん」さんの導入が現状で2,000社ほどなので、そのスケール感はひとつの目安として捉えています。

こういうtoBの事業は、いかに早く事例を積み上げていけるかが勝負ですよね。知り合いづてで評判が広まっていって、ある程度の導入数に達すると、一気に伸びていく傾向にある。その伸びるフェーズに、いち早く押し上げたい。少なくとも、今年中に3ケタの導入数まで持っていきたいと思っています。

事業としての伸びは堅調で、おぼろげながら勝ち筋は見えていた。コーヒーのクオリティでの差別化は充分できており、真似されない自負はあったから、じっくりと着実に市場を拡げていく選択肢もあった。それでもエクイティファイナンスを実行した理由は、「成長スピードへの執着」だった。

川野このビジネスモデルを、一気に確立したかったんです。5年でできることを、1年に縮めたい。その縮めた4年で、いくつの農家が救えるか……とか言ったら、カッコいいですね(笑)。

もちろんそれも本心ですが、単純に『美味しいコーヒーがあること、美味しいコーヒーを飲むと幸せになるという体験を、早くもっと多くの人に伝えたい』って気持ちも大きいです。

理屈では捉えきれない衝動が、彼の成長を加速させる。そのドライブを支えているのは、数多のトライ&エラーから培った、確固たるロジックだ。

川野僕の事業の核は、提供するコーヒーのクオリティです。最高の一杯を安定して出せるために、ドリップの仕方は定量的に要素分析して、独自の公式を編み出しました。

豆の焙煎率、豆の量、水の温度など、変数として捉えられるものをすべて洗い出して、「どこをどのくらい変えたら、どう変化する」と何度も試して。変数同士の関係性を掴むことで、感覚に頼りがちだったドリップの方法を、定量的に教えられるようになりました。

このロジックがあるからこそ、僕の生産力の限界を越えて、理想的なコーヒーを多くの人に届けることができているんです。

“やりたい”ができないことこそ、リスク──再現性のない個人的な情熱を貫き通すために、川野氏は再現性のあるロジックを突き詰め、それを糧に目指す世界へと駆け上がっていく。

とびきり芳醇な香りと共に、力強くコーヒー市場の構造変革にチャレンジする彼の歩みを、誰が止めることなどできるだろうか。

こちらの記事は2020年03月24日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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執筆

イノウ マサヒロ

ライター/編集者。1991年生まれ。早稲田大学卒業後、ロンドンへ留学。フリーライターを経て、ウォンテッドリー株式会社へ入社。採用/採用広報、カスタマーサクセスに関わる。2019年より編集デザインファーム「inquire」へジョイン。編集を軸に企画から組織づくりまで幅広く関わる。個人ではコピーライティングやUXライティングなども担当。

写真

藤田 慎一郎

編集

モリジュンヤ

1987年生まれ、岐阜県出身。大学卒業後、2011年よりフリーランスのライターとして活動。スタートアップやテクノロジー、R&D、新規事業開発などの取材執筆を行う傍ら、ベンチャーの情報発信に編集パートナーとして伴走。2015年に株式会社インクワイアを設立。スタートアップから大手企業まで数々の企業を編集の力で支援している。NPO法人soar副代表、IDENTITY共同創業者、FastGrow CCOなど。

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