連載私がやめた3カ条

我慢するの、やめました。──エーテンラボ長坂剛の「やめ3」

インタビュイー
長坂 剛

ゲームが好きで学生時代に業務委託の仕事で貯めた300万円をアーケードゲームに使う。2006年ソニー株式会社入社。B2Bソリューション営業やデジタルシネマビジネスの立ち上げを経て戦略部門マネージャー。2011年、(株)ソニー・コンピュータエンタテインメントにてプレイステーションネットワークのサービス立ち上げに従事。ゲーミフィケーションによる行動変容について学ぶ。2015年、ソニー(株)新規事業創出部 A10 Project 統括課長として「みんチャレ」を開発。2016年エーテンラボ株式会社(A10 Lab Inc.)を設立しソニーから独立。ソフトバンクアカデミア 外部一期生。大企業のイントレプレナーからスタートアップのアントレプレナーに進化した起業家です。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。

今回のゲストは、新しい習慣を身につけたい5人でチームを組み、チャットで励まし合いながらダイエットや運動、勉強、禁煙などにチャレンジする三日坊主防止アプリ『みんチャレ』を展開する、エーテンラボ株式会社代表取締役CEO、長坂剛氏だ。

  • TEXT BY YUICHI YAMAGISHI
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長坂氏とは?──ソニーで変身した元ゲーム愛好家

映画と、ゲームと、テクノロジーが好き。ゲーム愛好家だった長坂氏が「健康を維持するためのアプリ」を作っただなんて、いったいどんな「行動変容」があったのだろう。

学生時代はアーケードゲームに業務委託の仕事で稼いだ300万円もつぎ込むほどのゲーマーだった長坂氏。映画とゲームとテクノロジー好きが高じて、その3つとも揃っているソニーへ入社した。しかし時を経て「ゲームは人を幸せにするが、人生を幸せにしない」と感じてしまったという。人々の人生を幸せにするためにゲーミフィケーションとテクノロジーを応用できないかと、社内起業を経て独立した。

エーテンラボの習慣化アプリ『みんチャレ』は、ダイエットなどなかなか定着しない行動を習慣化させるための行動変容を促すアプリだ。三日坊主で終わってしまうような健康維持の習慣化や新しい学習の継続などでも、励まし合える5人1組のチーム制と「ある仕掛け」を導入することで、習慣化を担保する。そんなサービスだ。行動変容を実現させる仕掛けには、ゲーミフィケーションの理論が組み込まれている。

ゲーミフィケーションとは、仕事や日常の行動にゲームの要素を取り入れることをいう。ゲームでは、レベルアップすれば報酬がもらえ、アイテムを獲得すると強くなり、プレイヤー同士がその場限りチームとなって一緒に敵ボスを倒す。

『みんチャレ』では例えば、アイテムを集めるように健康データを楽しく貯められ、証拠写真を投稿しあってチームで目標を共有し、AIチャットロボットがチームを励ましてくれる。自然と行動したくなり、習慣化に導かれる設計になっている。「人は自ら積極的に行動するときに幸せを感じると統計的に分かっています。これが、ゲームが楽しい理由です。その理論をアプリの設計に組み込んでいます」と長坂氏はいう。

雰囲気は終始穏やか。しかし怒りの感情がないわけではなく、性格的に外に出せないだけだという。ある意味で不器用な印象だ。しかし、やりたいことにはとことん忠実。それだけに今回の「やめ3」は裏返すとすべて「やりたいことを通す道」につながっていた。

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苦行をやめた

ソニーに入社して1カ月後、長坂氏は父親を亡くした。突然の訃報に胸を傷めただけではなく、長坂氏にとっては大きな転換点だった。

長坂元気だった人が急に職場で倒れて翌日、亡くなる。人生には何が起きるか分からないと感じさせられました。それをきっかけに、我慢したり辛いことをするのはやめようと思ったんです。楽しいことや好きなことばかりをやろうと。人生は一度きりですから。

その出来事以降は、やりたいことに素直に向き合い、辛いことや苦行はやらないと決めた。父親を突然亡くす経験がなければ、こんなふうに考えることはなかったそうだ。

長坂氏にとってのがまんや苦行とは「決まっているからやる、ルールだからという理由だけで行われていること」だ。

長坂世の中に対して価値を作れていないこと、あるいは自分の時間が無駄になることが苦痛なんです。人から指示されるまで待ってから動くこともやめました。

でも、幸いにしてソニーの社風は意見を言った人に自由にやりたいことをやらせてくれました。だから、新入社員の自分でも活躍ができたんだと思います。やりたいことをやったほうが自ずと時間を投入するし、結果的に成果も出ますから。

思考が切り替わったのはこの頃だ。起業の予定は入社当時全くなかった長坂氏だが、「やりたいこと」を追求し10年後に起業することになる。

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怒ることをやめた

ソニーに入社して5〜6年目の頃、経営企画の部門が新たなフィールドとなった長坂氏。

プロジェクトマネジメントの立場ながら、部署内では圧倒的に「若輩者」だった。周囲はベテランばかり。他事業部のマーケターやエンジニアなどのメンバーに対して業務改善のアイデアを提示したり、ディスカッションしたりする機会が多くあった。

その中で、長坂氏の提案を聞き入れてもらえないことがあったという。

長坂なぜ聞き入れてくれないのか?と、自分では押さえきれないほどやり場のない怒りの感情が沸き起こることもありました。そんなときにある人から「怒ったら感謝すること」を教えてもらったんです。

もともと外に向けて怒ることができない性格だったが「形だけでも感謝を示す対処法」を覚えてからはすぐに実践してみたそうだ。それ以降、仕事が上手くいくようになったという。

長坂心の底から感謝しているかどうかは関係ないんです。

怒りを覚えた相手に対して、深く考えずにまずは反射的に感謝を示す。「こういうことに気づかせてくれるために怒りが沸いたのだ」など、後付けの理由でもかまいません。整合性は取れなくてもいいのです。

実践してみると分かりますが、怒りは数秒でスッと消えます。これを繰り返すと次第に、周囲からの協力が増え、プロジェクトも円滑に進むようになったんです。自分に素直になれて、間違った言葉を発することがなくなりました。周囲は優秀な方たちばかりで、振り返れば完全なる自分の実力不足だったし、自分の能力不足に対しての怒りだったと今なら分かります。

「怒ることをやめる」は、怒りの感情を数秒間で鎮めるために始めたことだったが、思わぬ副産物として、自分の感情の原因に自覚的になることもできるようになったそうだ。

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未来を不安に思うことをやめた

長坂氏の次なる「やめた」は、起業したタイミングだった。起業時は不安だらけだったという。

いざ起業してみれば「メンバーが集まってくれなかったらどうしよう」、「事業ドメインは本当にこれで良いのだろうか……」、「プロダクトの機能に効果がなかったらどうしよう」。そんな不安が泉のように湧き出てきた。

長坂スタートアップの運営は、思い通りにいかないことばかりです。でも、こちらの事情や不安は、相手には関係ないこと。プロダクトが設計通りにならないことは多々あります。ユーザーが設計意図とはまったく異なる使い方をすることも、私の意図している成果と違うアウトプットになることもしばしば。

それであるときから、漠然とした不安を持たないようにしました。過去を後悔することも、未来を不安に思うこともやめたのです。

スタートアップ経営者なら、自分の思い通りにならない苦悩を痛いほど味わっているはずだ。だから長坂氏は敢えて、不安を抱いたり後悔したりするのをやめた。すると自然に、現在のことだけに意識をフォーカスできるようになったそうだ。

長坂事業計画は立てますし、シミュレーションも行いますが、思い通りにならないことも多い。今は価値創造に集中し、過去は後悔せずに振り返りだけを行い結果だけを受け入れて良かったものだけを残すことにしました。過去を後悔したり未来を不安に思っても、何も変わらないと経験から知ったからです。

一方で「本来、不安を感じるのはいいことです」と長坂氏。なぜならその感情を起点に、自分の人生の未来予測につなげることができるからだという。「なぜ不安を感じるのかに気付けたらラッキーだと思います。将来の落とし穴や選択肢のひとつに気付けたということですから」と長坂氏は朗らかに笑った。

「行動は人を幸せにする」。長坂氏は取材で繰り返しそう口にする。それは、ゲームを愛する長坂氏だからこそ見出せた“勝ち筋”なのかもしれない。

長坂ゲームをやるのって楽しいんです。苦しみながらゲームをする人はいないと思います。それは、ゲームには人を楽しませる技術が詰まっているからなんです。この技術をもっと現実世界に活用すれば、世の中の人々みんなが幸せになれるのではないか、と考えたのが私の起業の原点です。

人は自ら行動するほど幸せを感じます。私がソニーで働いていて楽しかった理由も、自ら行動できたからです。多くの人は行動の第一歩を踏み出せません。失敗を恐れ、踏み出せても続かない。これでは幸せを感じにくいのです。

「行動変容」を促し自ら行動する人を増やす。ゲームの空間以外でも、私は人を幸せにしたい。そう心から願っています。今ではこの想いにブレることなくフォーカスできています。

「やりたいことをがまんする」「怒る」「未来を不安に思う」。これらはすべて、自ら行動することを阻む要因だ。長坂氏自身、幸せになるために、行動を阻害する要因をやめてきた。「行動できないコンプレックス」は多かれ少なかれ、誰もが日常で感じているのではないだろうか。その中で今回の「やめ3」は大げさに言えば、人生を一歩前へ進めるための「ゲームの裏技」を教えてもらえた気がした。

こちらの記事は2022年06月14日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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執筆

山岸 裕一

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