連載私がやめた3カ条
「人と違うこと」を突き詰めよ──RESTAR右納響の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。
今回のゲストは、不動産情報に関する情報検索分析プラットフォーム『REMITIS(レメティス)』を提供するRESTAR株式会社の代表取締役社長CEO、右納響氏だ。
- TEXT BY TEPPEI EITO
右納氏とは?
スタンダードを疑う反前例主義の経営者
取材を通して感じた彼の印象を一言で表すならば、“不羈奔放”という言葉がぴったりだろう。型にはまることを徹底して拒み、「こういうものだろう」と見過ごされるような“スタンダード”を懐疑的に検証し、自分らしさを追求しようとする。
そうした彼の性質の原点は、幼少期から受けてきた教育にある。
右納両親は芸術系のバックグラウンドだったせいか、幼い頃から「人と同じことをするな」と言い聞かされて育ってきました。算数のテストでは、解答が正しいかどうかよりも、ユニークな解き方をしているかどうかということのほうが評価されていたくらいですから(笑)
“天の邪鬼”とも言える反前例主義的な考え方は、キャリアを通してより強固なものとなっていく。そして、結果としてそうした性質はRESTARにも色濃く反映され、スタートアップとして必要不可欠な「特徴」をつくりあげているのだ。
今回はその過程をじっくり聞いてきた。
日本的スタンダードにとらわれるのをやめた
RESTARでは現在、社員の約3分の1が日本語以外を母国語としている。社内のチャットは半分以上英語という、日系スタートアップでは珍しい環境になっている。
このような状況になっている背景には、日本人のエンジニア採用が難しかったからという現実的な理由ももちろんあるが、右納氏の「いろんなバックグラウンドを持つ人間と働きたかったから」という個人的な思いも影響している。
彼のそうした考え方は、新卒で入社したPwCで醸成された。
もともと入社した当時には英語もほとんど話せず、同社へ入社するための英語試験もギリギリのラインでパスしたほどだったという。
しかし、1年目で所属することになった新設の部署では、なんと上司がイギリス人。同僚も外国籍の社員ばかりという、外資系企業でも珍しいほどの国際色豊かな部署だった。
右納上司が日本語を話せなかったので、最初の頃は日常の仕事もままなりませんでした。何か報告するときには翻訳ツールを使ってましたし(笑)。
そういった環境に慣れてきたのは、自分がいろんなことを諦めだした頃です。私の英語力が低いことはメンバーにも上司にもバレてしまっているので、完璧な英語を話そうとするのを諦めたんです。文化的な違いも、最初は「何を言っているんだこいつらは」って思ってましたけど、「違って当然だよな」と思うようになってきました。
その頃からコミュニケーションもうまくいきだして、評価も上がってきたんです。私自身も、ドメスティックで多様性の薄い部署よりも楽しく感じるようになっていました。
この部署での会議では、空気を読んで意見を合わせるといったことはまったくなく、上司部下にかかわらず自分の意見をはっきりと伝えることが当たり前だったという。
幼少期からの親からの教育もあってか、彼はこうした海外的な文化をスムーズに受け入れ、むしろ望むようになったのだ。
最近では経営において「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)」が意識されるようになってきているが、それでもやはり日本的な慎みを美徳とする文化に固執してしまう企業は少なくない。
RESTARがそうならないのは、企業努力として意識的にDE&Iに取り組んでいるからではない。会社を代表する右納氏が実体験を通して、そうした環境のほうが心地よいと感じているからなのだろう。
他人と同じ道を歩むのをやめた
学生時代から投資の仕事に興味を持っていた彼は、PwCから不動産の投資を行うアンジェロ・ゴードンに転職した。
念願だった投資業務は、思い描いたとおりとても刺激的だったが、業界として古くアナログな部分が多いことに歯がゆさを感じていたという。
右納情報収集や分析などの業務において、非効率的な作業がとても多かったんです。そういう状況で、平日の自分を楽にするために週末を使って開発し始めたのが『REMITIS』の原型になるサービスです。
しばらく続けていると週末の仕事が楽しくなってきて、結果的に起業することになりました。当時は、起業するか、その会社で修業を続けて上司のようになるのか、かなり悩みましたね。でも、他人と同じ道を歩むのは面白くないと思って、挑戦することにしたんです。
自身のビジネスキャリアをどう形成していくかという問題は、誰しも一度は考えたことがあるだろう。ロールモデルとなる先輩を見つけてその後を追いかけたり、将来的なことを考えてスキルを身に着けたり……。
もちろん彼も、そうしたキャリアビジョン的な考えや、あるいは収入面についての懸念を全く考えなかったわけではないが、それよりも「他人と違う価値ある人生を」という思いが勝ったというわけだ。
「起業する」という、時には合理的とは言い難いような決断をするためには、そうした実利的ではない判断基準が必要になるということなのかもしれない。
スタートアップらしくすることをやめた
幼い頃に親から言われた「人と同じことをするな」という教えは、PwCでの経験や起業の決断を通して、彼の重要な決断指標になった。そしてそれは、起業後の会社経営にも繋がっている。
右納他のスタートアップと同じようなことはできるだけしたくないな、と思っています。
どこのスタートアップも当然会社の成長を目的に様々なことに取り組んでいます。だからこそ、他のスタートアップがしていることが、自社にとっても良いことなんじゃないかと思ってしまいがちなんです。でもそういう“スタンダード”になっていることも、世界的に見ればそうじゃなかったりしますし、自社にとっては最善策にならなかったりします。
もちろん、「他のスタートアップがやっていることはやらない」という固執した考えを持っているわけではない。懐疑的に検証して、自分の頭で考えてから行動に移すのが、右納氏の流儀だ。
右納こうした考え方は社員にも徹底してもらっています。例えば、「社長に言われたからやる」というのもだめです。もし納得していなければ自分の意見をハッキリ言ってもらう。こうした文化はPwC時代のものを受け継いでいるのかもしれません。
会社として、あるいはプロダクトとして、「差別化」は非常に大事だ。他とは違う特徴を作り出そうとするならば、他とは違う取り組みが必要といえる。多様性を重視した組織づくりは、右納氏の経験に裏打ちされたカルチャーでもあるが、ゆくゆくは海外進出を見据えていることも背景にある。創業期からこれほどまでに将来を見据え、先進的な組織作りをしているスタートアップは決して多くはないだろう。
右納あとはまあ個人的に、いわゆる「イケイケスタートアップっぽさ」が合わないなと思っているというのもありますけど(笑)
取材の終盤、右納氏の言葉を聞いて、妙に納得した。見方によっては少しひねくれているようにも感じる右納氏の性格。しかし、数多ある企業のなかで勝ち残っていくためには、そうした“他とは違う”部分が必要不可欠なのかもしれない。
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