連載Growth Human Capital Summit
流行りの“自律分散型組織”、実際どうなの?
Growth Human Capital Summit「ホラクラシーに学ぶ強い組織の作り方」
「ティール組織」「ホラクラシー」「ノーレイティング」──国内スタートアップシーンでは、従来のピラミッド型組織からの脱却を唱える新しい組織形態が勃興している。しかし、一見無秩序な指揮系統で企業は成り立つのか、懐疑的な人も少なくないだろう。
そんな疑問の答えを探るべく、FastGrowは数々のHRトレンドの実態に迫り組織設計のヒントを得られる場として「Growth Human Capital Summit」を開催した。本記事では、「自律分散型組織」にフォーカスした第二部講演「ホラクラシーに学ぶ強い組織のつくり方」における議論を、ダイジェストでお届けする。
- TEXT BY TAKUMI OKAJIMA
- EDIT BY TOMOAKI SHOJI
“自由が過ぎる”3社の組織設計
同講演に登壇したのは、秋山瞬氏(株式会社ネットプロテクションズ)、木村智浩氏(株式会社ガイアックス)、森山雄貴氏(株式会社アトラエ)の3名だ。
自由な人事・評価制度を掲げ、事業・組織の両面で成長を続けるパイオニア3社のキーマンたちに、組織設計の要諦を語ってもらった。
まずは3社それぞれの企業紹介が行われた。トップバッターは、ネットプロテクションズで執行役員を務める秋山氏だ。
一般的な会社が事業戦略に基づいて組織戦略を構築してるのに対し、ネットプロテクションズは両者を対等なレイヤーとして捉え、組織設計を行なっているという。
秋山組織戦略を重んじるのは、メンバーの心理的安全性を保てる環境にしたいからです。事業戦略に傾倒すると、組織に利益をもたらす人の地位が相対的に高まるので、メンバーは我先にと手柄を立てようとする。結果、「成果」は上がるかもしれませんが、メンバーは「競争疲れ」してしまうんです。
人事制度をつくる際にも、組織戦略重視の姿勢を大切にしています。10月からスタートする新しい評価制度「Natura」は、ホラクラシー・ティール組織的だと評されることが多いです。しかし、当初からそれを意図していたわけではなく、「成果・成長・幸福」の両立を考え、メンバーの成長支援やマネージャーの負担解消を突き詰めた結果、このような形になっただけなんです。
Naturaについて、秋山氏が紹介した主な特徴は次の3つ。まず、マネージャー職の廃止。これは、「全メンバーがマネージャー的な働き方をすべき」との考えから実施された。
2つ目は、「カタリスト」という役割の配置。「情報」「人材」「予算」の采配権限をもつ彼らのミッションは、従来のマネージャーのような権限の「行使」ではなく、各権限をチームメンバーへ流動的に「移譲・共有」することだ。面談も上司と部下での1on1ではなく、メンバー同士が入れ替わりで行う体制へと変わり、評価にフォーカスするのではなく、相互に成長支援することを目的にしているという。
3つ目は、細分化された職務グレードを廃止した「バンド制」の報酬体系。メンバーは遂行できるプロジェクトの規模ごとに5つのグレード(=バンド)へ分類され、全メンバーにバンドが開示された上で、対応した報酬が支払われる。
他にも、異動希望から退社意向まで各々が描くキャリア像を全社員が共有する「ビジョンシート」や、関心のあるプロジェクトに自由に参加できる「ワーキング・グループ制度」などが紹介された。
続いて、ガイアックスで人事労務・広報IRに従事しながら、新しい働き方を実現するための組織づくりに挑戦する木村氏がマイクを取った。
まず紹介されたのは、ガイアックスが掲げる「フリー・フラット・オープン」文化だ。場所や時間に縛られずに働ける(=「フリー」)、報酬プランを自分でつくる、事業部を会社化しメンバーに株式と資本政策決定権が付与される(=「フラット」)、経営会議や取締役会の議論がすべて開示される(=「オープン」)といった点を重視しているという。
降ってきた指示通り動くのではなく、自分でやりたいことを見つけて学ぶ文化があり、入社2年目の新人が社長に物申すこともあるという。「そうした開放的な環境で育った社員は、サラリーマンとして働けなくなってしまうんです」と木村氏は笑みをこぼす。なんと、新卒社員が退社する際は、6〜7割が起業するのだそうだ。
木村ガイアックスは、2017年に社外にも開かれたシェアスペース「Nagatacho GRiD」をオープンし、本社もそちらへ移転しました。そのタイミングでリモートワーク制度を推し進め、GRiDで働くかどうかも社員の一存に任せられています。中には、社員自ら別拠点を借りている例もあります。
時々「自分たちが楽しいだけで、業績が伸びないのではないか?」と懸念を示されますが、事業KPIを追いかけるのではなく、社員の幸福や信頼関係を基準にマネジメントしはじめてから、業績は驚くほど伸びました。中には、5倍成長を実現した部署もあります。
二人に引き続き、アトラエ経営メンバーであり「wevox」事業責任者を務める森山氏は「意欲のあるメンバーがストレスなく活き活きと働ける組織」を目指すアトラエの社是を紹介する。
アトラエでは「全メンバーが仕事や組織に対して誇りを持ち、活き活きと働くこと」を重視するなかで、現在のようなフラットな組織体ができあがったという。
森山仕事観について議論しているときによく名前が挙がるのが、サザンオールスターズの桑田佳祐さん。社員一人ひとりが、彼のように楽しんで仕事をこなす姿勢を重視しているんです。
また、社員が自発的にプロジェクトごとのチームを組成する例も多くあります。事業部ごとのプロジェクト以外にも、「ADC」というデザインチームや、エンジニアによる「匠チーム」などが結成されていますね。
情報共有から働き方まで、自由を尊重する社風を持つアトラエ。インサイダー取引を防ぐための注意喚起はしつつも、すべての従業員に経営にまつわる全情報を開示しており、働く場所や時間もすべて社員任せだ。
一方、企業文化をつくるための具体的方策はとても独創的だ。週一回開催される「アトラエBar」では酒類が無料で提供され、社員それぞれがアトラエにおける仕事観について活発にコミュニケーションしているという。
「あくまで副次的効果でしかない」はじめからホラクラシーを目指すべきではない理由
ユニークな組織体制をとっている3社だが、いずれの企業も最初からフラットな仕事環境の組成を目指していたわけではないようだ。
ネットプロテクションズは2000年から2007年までずっと赤字続きだったという。秋山氏はそういった紆余曲折に言及したのち、事業の成長に併せてようやく自律分散型組織を目指せるフェーズに到達したと語る。
秋山ネットプロテクションズが辿ってきた道を振り返ってみれば、トップダウン的な指揮系統だった時期もあります。むしろ、収益が安定しないうちから、フラットな組織で事業に臨むのは難しい。事業が軌道に乗るにつれ余裕が生まれ、徐々にメンバーの意見に耳を傾けていき、メンバーの幸福を追求していけるようになったんです。
続けて木村氏は、「ガイアックスにも事業維持の観点からトップダウン体制にならざるを得ないフェーズがあった」と振り返る。しかし、代表である上田氏の根強い働きかけによって、ホラクラシー化が進んだという。「資本市場のプレッシャーから社員の給与決定まで、経営者の苦悩をすべからく共有する彼の振る舞いが、組織の気風を生んだのではないか」と木村氏は推察する。
一方で、そのような経営体制ゆえの悩みも頻発したという。
木村事業が成長するにつれ、立ち上げから牽引してくれている社員から、想像を超える要求が出てくるようになりました。また一定の利益をあげた者の中からは、報酬提案の権利にのっとり、社長以上の給料を求める者も。起業へのハードルが低いこの時代、株を要求したり社外での起業を志向しはじめたりするんです。
そこで、代表の上田が彼らの要求をのんでサポートしてみた結果、むしろうまくいったんです。中には、IPOを達成する者もいました。そのような流れから、従業員主体の現在のカルチャーが生まれたんです。もはや、「従業員が主体性を奪い取った」とも言えますね。
続く森山氏も、ホラクラシー的な組織が成立している現状は結果に過ぎないと語る。社員それぞれが「オーナーシップに基づいた誇りをもてる組織」を目指していたことが原点だと言及し、フラットな関係性が企業へもたらす利点へと話を広げた。
森山ホラクラシー的な企業の強みの一つは、各メンバーからの率直な意見をもとに経営判断を行える点です。
たとえば、株式市場の波にあおられ、短期的な利益に逃げそうになる瞬間があっても、若い社員たちが忖度なく提言し、本流へと引き戻してくれるんです。
新卒採用と中途採用を、いかにして使い分けるか
アトラエが若手社員でも自社の舵取りに対して意見できる組織風土を実現できているのは、採用の時点で工夫しているからだと森山氏は続ける。
森山新卒採用では、目指す組織像を強くアピールしています。そして、ホラクラシー的な組織体や企業としてのパッションに惚れ込んで入ってきたメンバーは、上層部がアトラエらしくない判断をしそうになったとき、真っ先に異論を唱えてくれるんです。
入社したメンバーにアトラエの文化や空気感を理解してもらい、同じ視座へと引き上げるためのオンボーディングには、特に注力していますね。入社後に全社員とアトラエに属する理由について話し合う場を持ってもらうなど、社員とコミュニケーションできる機会を頻繁に用意しています。そうした場で積極的に意見を求め、オーナーシップを醸成してもらっているんです。
続けて木村氏は、森山氏の考えに同意を示しつつ、新卒採用と中途採用で得られる人材の能力面の差異について持論を展開する。
木村社是に共感した人材を得られる点で新卒採用はとても重要視していますが、そうすると必然的に同じタイプの人材ばかりが集まるので、社員の多様性が生まれにくいという問題も生じてきます。僕たちの「人と人をつなげる」というビジョンに賛同してジョインする新卒社員たちは、対人能力に秀でている傾向がある。一方で、新規事業の創出に一点特化したような、“頭がイカれ気味”な人材は採用が難しいんです。
そういった新卒採用では得がたい強みを持つ人材を取り込めるかが、中途採用の鍵になります。僕たちがそうした人材を獲得する場として最重要視しているのは、リファラル採用です。また多様な人材を確保するため、正社員のみならず業務委託やダブル社員など、採用形態も多様化しています。
続く秋山氏は、二人と同じく社是の重要性に触れたのち、ネットプロテクションズ特有の採用戦略の骨子を明かす。約130人の正社員に対し2~3倍の非正規・外部メンバーが関わる同社では、高い生産性を維持するため、業務の内容に応じて異なる採用形態を敷いているという。
秋山正社員が担うべき役割は「企画」と「マネジメント」です。その他の業務は、専門のプロフェッショナルへ外注したほうが生産性は高まるはず。
Naturaの対象は正社員のみですが、これは元々、自走できるメンバーを増やすためにつくった制度です。130人いる正社員のなかでも新卒3年目までの比率は高く、約半数ほどにあたりますから、もはや新卒メンバーを育てるための制度といえるかもしれません。
新卒の社員は経験が浅いゆえに、ポテンシャルはあれどいきなり自走を求めるのは難しい。しかし、早い段階から被評価者でありながら評価者の立場も経験させることで、視座を引き上げることができる。そういった環境で業務を遂行していくことで、マネージャー的な視点を持ちながら相互に成長支援もでき、組織全体に良い影響がもたらされるはずです。
ホラクラシーはそれ自体を標榜すべき概念ではなく、あるべき組織像の模索の末にたどり着く一つの形に過ぎない──三人のトークを聞き、そんな印象を受けた。事業成長と社員幸福の二兎を追う企業組織に求められるのは、社員に当事者意識を根付かせる工夫かもしれない。ホラクラシーの枠組みにとらわれるよりも、一人ひとりの社員に目を向け、彼らが自走できる環境設計を行うことが重要なのではないだろうか。
こちらの記事は2018年12月17日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
岡島 たくみ
株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。
編集
庄司 智昭
ライター・編集者。東京にこだわらない働き方を支援するシビレと、編集デザインファームのinquireに所属。2015年アイティメディアに入社し、2年間製造業関連のWebメディアで編集記者を務めた。ローカルやテクノロジー関連の取材に関心があります。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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3記事 | 最終更新 2018.12.17おすすめの関連記事
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