“全く売れない”で始まった起業から「開発を手伝ってもらえるほど熱いユーザーヒアリング」に目覚め、逆転のプロダクトを作った話

インタビュイー
山田  裕一朗
  • ファインディ株式会社 代表取締役 

同志社大学経済学部卒業後、三菱重工業、ボストン コンサルティング グループを経て2010年、創業期のレアジョブ入社。レアジョブでは執行役員として人事、マーケティング等を担当。その後2016年、ファインディ株式会社を創業。

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「当初は、海外の潮流を読んで、違うサービスを展開していました。けれど、なかなか売れなくて。現場は何に困っているのかヒアリングベースでの事業づくりに徹したところ、上手く回り始めたんです」

そう語るのは、ファインディの代表取締役・山田裕一朗氏だ。同社はAIによるITエンジニアのスキルの「見える化」をコア技術に、ITエンジニアの転職や組織の生産性向上を支援している。

主力サービスの『Findy』と『Findy Freelance』は、ITエンジニアの採用における課題を的確に捉えていると話題を呼び、現在は約3万人が利用する。鳴かず飛ばずの日々を送った後に、ユーザーの声をもとにキャッチした「ITエンジニアの採用市場」。ニーズを自らの足で見つけたことで、どんな変化が起きたのか。

  • TEXT BY RIKA FUJIWARA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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始まりは、全く売れなかった求人票解析サービス

ファインディは、ITエンジニアのスキルや適正年収を独自のAIで算出し、企業とITエンジニアのマッチングを促す転職プラットフォームを展開している。GitHubの開発履歴を「偏差値」という形で言語ごとに可視化し、魅力を感じた企業がスカウトを送る仕組みだ。

『Findy』で表示されるITエンジニアのスキル偏差値。言語ごとの偏差値のほか、強みや興味も可視化される。

現在は、正社員採用を支援する『Findy転職』と、副業やフリーランスに特化した『Findy Freelance』を推進。2017年のリリースから約3年で登録者数は3万人を超えた。登録企業も『Findy』は300社、『Findy Freelance』は200社に及ぶ。日本マイクロソフトや三菱重工業といった大企業から、メルカリやサイバーエージェントなどのメガベンチャー、LayerXといったITスタートアップも顔を揃える。

ただ、ファインディは当初からITエンジニアに特化したサービスを提供していたわけではない。2016年の創業当初、山田氏が思い描いていたのはAIを活用した求人票解析サービス『Findy Score』の展開だった。自社の求人票を入力すると、数秒でAIが採点し、応募率を上げるためのアドバイスをしてくれるサービスだ。

『Findy Score』を構想した背景には、前職のレアジョブ時代の人事やマーケティングの経験が大きかったと山田氏は振り返る。

山田私はもともと、Webマーケティングの経験が長かったんです。Webマーケティングの基本は、「ターゲットを決めてペルソナを設計し、彼らの行動変容を促すような広告を配信する」こと。この発想を求人票に持ち込めば、初期の段階から自社にマッチした人材にアプローチできると考えたんです。実際にターゲットに合わせて求人票を書き換えてみたところ、その後の内定率が上がったという経験がありました。

ファインディ株式会社 代表取締役 山田裕一朗氏

アメリカでも類似のサービスが立ち上がりつつあり、将来性を感じたのも後押しになった。そこで山田氏は、レアジョブ時代にITエンジニアのアルバイトをしていた佐藤将高氏(現 取締役CTO)に声をかけ、『Findy Score』を開発。数万件以上の求人票を読み込ませ、プロダクトに落とし込んでいった。

だが、ここで不足していたのが「ニーズの把握」だ。ユーザーヒアリングをほとんど実施せず、ユーザーのニーズの検証が不十分だったのだ。リリースを控えたある日、約30社の人事担当者に見せたところ、「このサービスは、広く受け入れられないのではないか」という予感がよぎる。

山田アイデアは「面白い」と言ってもらえたのですが、実際に欲しいかどうかを尋ねると、途端に反応が鈍くなりました。そもそも「求人票の採点」は、とてもニッチな市場。人事の仕事においても、求人票の作成は多くても週に一度ほどです。良い求人票を書けるに越したことはないのですが、タッチポイントが少ないですし、そこに対して企業が本当にお金を払うかどうか疑問を感じ始めたんです。

それでも山田氏は、一縷の望みにかけて『Findy Score』をリリース。しかし起業の神様はそう甘くなく、結果は散々だった。プロダクトの説明をすると興味は持ってもらえたものの、受注に至るケースがほとんどなかったのだ。

山田今思うと、自分の経験と海外の潮流を過信していました。海外でマーケットができていたとしても、日本でニーズがあるとは限りません。マーケットの“中”にいる人たちの声を聞いて開発にあたらなければ、必要とされるサービスは展開できないと痛感しました。

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“苦肉の策”から見つかった、真のニーズ

反省点が見つかったものの、当時の山田氏には『Findy Score』に代わる新たなアイデアはなかった。そこでまずは前職の人事の経験と、起業準備で培った知識を基に、無料の「求人票作成サービス」をスタート。このサービスこそが、人事担当者の隠れたニーズに気付く契機となったのだ。

山田サービスに応募してくれた10社のうち9社から、「ITエンジニアの求人票を書いてほしい」という相談があったんです。人事担当者の多くは、営業やカスタマーサポート出身。経験のある領域ならば、書くべき求人票もピンときますが、ITエンジニアは全く畑違い。しかし、ITサービスが増えていく中で、採用は急務です。

知見はないけれども、採用を進めなければならない。そんな課題を持つ人は多そうだなと思いました。

山田氏は、採用を受ける側の現状も探ってみようと、周囲のITエンジニアへのヒアリングも開始した。すると、ITエンジニアと人事の間には、高い壁があることが見えてきた。

山田「面接で技術への理解度が低い人事が出てきて、途中で話が噛み合わなくなってくる」「スカウトメールが明らかなテンプレートなので、もらっても応募しようとは思えない」「自分の実力が正当に評価されているのか不安」といった声が挙がりました。

実際に検証してみようと、CTOの佐藤にITエンジニアのスカウトサービスに登録してもらい、スカウトメールのテンプレートの割合を測ってみました。すると約9割が、個別にカスタマイズされていないメールだったのです。

ITエンジニアと人事側との間にある意識の乖離を解消することこそが、必要とされているのではないか。山田氏の頭に、新たなプロダクトの構想が浮かんだ瞬間だった。

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三菱重工で見てきた、技術愛にあふれたエンジニアが産業を牽引する姿

山田氏には、この乖離を見過ごせない理由があった。新卒で三菱重工業に入社し、工場の設備投資部門に配属された。技術の力で日本の製造業を牽引するエンジニアを間近で見てきて、その姿に感銘を受けたのだ。

山田技術に対するリスペクトや愛がとても深く、一緒に働いていて非常に面白かったです。ある同期のエンジニアは、歯車がものすごく好きで、顔を合わせるといつも歯車の話をしてくれましたし、わざわざ有給休暇をとって、歯車の展示会に足を運んだりしていて。自分が開発するものに対して、夢中になっているエンジニアたちが何人もいました。

日本は、モノづくりで産業を発展させてきた国。彼らのように、心の底から技術を愛してきた人たちがいるからこそだな、と感動しました。

さらに三菱重工では、事業部長の8割がエンジニア出身だったという。モノづくりを牽引してきたエンジニアたちが経営に参画し、プロダクトの方向性を決めることが当たり前に行われていた。だが、IT業界に転職したところ、同じ「エンジニア」でもその立ち位置が違うことに気付かされた。

山田経営層にITエンジニア出身者が少なく、テクノロジーへの理解が不足している企業を何度も目にしたんです。反対に、ITエンジニア自身にもビジネスへの関心が薄い方も多いように感じられました。

GAFAのように世界的な影響力を持った企業で働くITエンジニアに話を聞いたのですが、そこではあらゆる開発において「ビジネスインパクトがどれぐらいあるのか」「ビジネスを成長させるために、そのようなアクションを取るか」という説明が求められるそうです。経営の方針を決めるビジネスサイドと、技術力のあるITエンジニアとの間に意識の差がないからこそ、事業を急激に成長させられているのだと実感しました。

今や、世界の時価総額ランキングのトップをIT企業が占めます。ITが産業の主流になっていく中で、このままでは日本は大きな遅れを取ってしまうかもしれない。そういった危機感が募り始めましたね。

人事や経営といったビジネスサイドと、ITエンジニアの間に存在する「相互理解の溝」を埋め、両者が手を取り合って活躍できる世界を作らなければ手遅れになる。モノづくりの世界で働いた経験と、ヒアリングを通して得たニーズが重なり、山田氏はITエンジニアの採用市場への参入を決めた。

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スキルの可視化とマッチング機能で乖離を埋める

自社にマッチしたITエンジニアを採用し、事業成長に繋げられる企業には、共通点があると山田氏は言う。テックサイドのメンバーが採用にコミットしたり、人事側の技術理解が深かったりと、相互理解に努めていることだ。

山田相互理解は不可欠です。しかし、ITエンジニアの本分は開発ですし、人事側もITエンジニア以外の職種にも目を向けなければいけません。そのような状況下で、双方の「努力」だけに頼っていては根本の解決には繋がりませんし、業務を圧迫して事業成長に遅れが出てしまう可能性があります。お互いの理解を促せるような仕組みを搭載し、プロダクトで解決しようと考えて開発したのが『Findy』でした。

『Findy』の大きな特徴は、「スキル偏差値」と「マッチング機能」によって、人事側とITエンジニア側の相互理解を促す点だ。

冒頭でも紹介した「スキル偏差値」を導入したきっかけは、100人以上の人事担当者やITエンジニアへのヒアリングで得た、「双方の基準となる数値が欲しい」という声だった。

山田ITエンジニア側からは「自分たちの技術力を可視化したい」、人事側からは「実力の高い人を見分ける基準があると嬉しい」という要望をいただきました。

「偏差値」は、私が教育系のサービスにいたことから着想しました。多くのITエンジニアがソースコードを公開しているGitHubと連携し、アルゴリズムでITエンジニアの実力を算出する仕組みを構築できれば、橋渡しになるのではと考えたんです。

「マッチング機能」は、企業側が関心のあるITエンジニアに「いいね!」を送り、ITエンジニアが「いいかも」と応えるとマッチングが成立、メッセージをやりとりできる仕組みだ。

山田ITエンジニアへのスカウトメールは、一人ひとりに対してカスタマイズした方が返信率は高くなります。しかし、人事担当者は多いときは週に数十通ものメールを送る必要がある。全員のカスタマイズは難しくても、「自社に興味のありそうなITエンジニア」にターゲットを絞ってみるだけでも変わってくるはずだと考えました。

仕組みは、マッチングアプリや不動産のマッチングプラットフォームを参考にしました。かつてエウレカにいたことがある庄田さん(現 HERP代表取締役CEO 庄田一郎氏)にもマッチングの仕組みを聞きながら取り入れていきましたね。

2017年12月に『Findy』をリリース。ITエンジニアと人事のニーズにフォーカスしたサービスは、当初から注目を浴び、2日間で2,000人のITエンジニアが登録した。

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ニーズにアプローチしたからこそ、協力者が増え始める

リリース後、ユーザーのITエンジニアたちの反応は賛否両論だった。「自分の実力を可視化できてアピールポイントになる」といった声がある一方で、データ量やアルゴリズムの開発力が不足していたことから、「偏差値の精度が低い」との指摘も相次いだ。

スタートアップにとって、賛否を問わず、反響が届くというのは幸せなこと。そう理解していた山田氏はさっそく改善すべき点を徹底的にチェック。改善を重ねるべく、自らの足でユーザーの元に赴いた。そこで、意外なことが起きた。

山田ヒアリングを重ねていくうちに、フィードバックだけでなく「開発を手伝います」というユーザーが現れ始めました。スタートアップのCTOクラスの人たちや、ディー・エヌ・エーやヤフーといったメガベンチャーで活躍している人たちが手を挙げてくれて。副業で、スキル偏差値の精度を上げる部分やフロントエンドの基盤づくりなどを担ってくれました。

時に厳しい指摘をいただくこともありました。でも、私が「相互理解の壁」を崩そうとしていることが伝わり、本気で共感してくれているからこそ応援してくれているのだと感じ、胸が熱くなりましたね。

彼らの助けにより、アルゴリズムに磨きがかかり、偏差値の精度は着実に上がっていく。年収との相関関係も明確になり、2019年11月には年収予測機能をリリースできた。

『Findy』のスキル偏差値と年収の相関関係。一定の偏差値を超えると、年収の平均値も比例して上がることがわかる。

山田年収予測機能は当初から構想していたものでしたが、彼らの協力があって、形にできたのだと思います。机上の空論ではなく、ITエンジニア自身のニーズを探り、サービスに反映してきたからこそ、多くの人たちが協力してくれました。自ら耳を傾け、ニーズから逆算してプロダクトを作ることの大切さを実感しましたね。

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採用だけではなく、「組織」へのアプローチも強化する

2020年4月、ファインディはITエンジニアの転職支援だけでなく、組織の生産性向上にも踏み出した。データ解析やアルゴリズムを活用してITエンジニア組織の生産性を自動で診断し、改善のためのアドバイスをする『Findy Teams』のβ版をリリース。このサービスを開発した背景となった、「多くの組織が陥りがちな課題」も、ヒアリングをする中で見つけたのだという。

山田『Findy』を通して入社したITエンジニアが入社後に活躍できているかをクライアントにヒアリングしてみると、「入社後の活躍が見えにくい」「ITエンジニアの人数が増えるにつれて各チームの生産性を把握しづらい」という声が多かったんです。そこを視覚化してチームのレベルを上げていきたい、状態を改善して定着率を高めたいというニーズをプロダクトに落とし込んでいきました。

『Findy Teams』は、ITエンジニア個人だけでなく、チームメンバー全員のGitHubを独自のアルゴリズムで解析。開発プロセスの活動量や改善点を、グラフや数値を用いて視覚化する。

この結果をいずれ、社内だけではなく外部にも公開できる仕組みにしていく。チームの生産性や活動状況が採用候補者に伝わることで、成長が見込める企業に優秀なITエンジニアを結びつけていきたいという想いがあるからだ。

山田2030年には約79万人のITエンジニアが不足すると言われています。優秀なITエンジニアが生産性の低い組織に入社してしまうのは、大きな機会損失につながりかねません。

それを防ぐために、『Findy Teams』でITエンジニア組織の健康診断を行い、状態を可視化させていくことが欠かせない。組織の状態がスコアリングされて外部に公開されることで、生産性の高い組織に優秀でポテンシャルのあるITエンジニアが集まりやすくなる。さらに、企業側にとってもいい組織を作る動機付けにもなっていく。日本のテクノロジーを前進させるためにも、そういった好循環を生み出していきたいです。

ファインディは、2020年8月に総額7.7億円を新たに調達。その出資者は多岐にわたる。グローバル・ブレイン、ユナイテッド、SMBCベンチャーキャピタル、KDDI Open Innovation Fund 3号、JA三井リース、博報堂DYベンチャーズ、みずほキャピタルと、様々な期待を背負っていることが分かる。

あらゆる業界でDXが進むにつれて、ITエンジニアの需要が増加し、スタートアップ出身のITエンジニアが大企業に転職するといった流れも生まれてきている。その流れを追い風に、ファインディはITエンジニアの声に向き合いながらプロダクトを磨き、日本の技術発展に貢献していく。

山田プロダクトをローンチした当初は、スタートアップのクライアントが多かったのですが、近年は大手のニーズも捉えられるようになってきました。私の古巣の三菱重工業でも、スタートアップ出身のメンバーが『Findy』を経由して入社し、活躍しています。今はまさに時代の転換期に来ていると実感できて、面白いですね。

こういった変化が起きている中で、ITエンジニアの転職と組織の活性化にアプローチをして、日本のテクノロジーを加速させていきたい。私たちは、その接続点となるような存在になりたいです。

こちらの記事は2020年12月01日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

藤原 梨香

ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。

写真

藤田 慎一郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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