連載私がやめた3カ条

後列左から4番目、僕はそこがいい──ファインディ山田裕一朗の「やめ3」

インタビュイー
山田  裕一朗
  • ファインディ株式会社 代表取締役 

同志社大学経済学部卒業後、三菱重工業、ボストン コンサルティング グループを経て2010年、創業期のレアジョブ入社。レアジョブでは執行役員として人事、マーケティング等を担当。その後2016年、ファインディ株式会社を創業。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。

今回のゲストは、ハイスキルなエンジニアと企業のマッチング転職サービスやエンジニア組織支援SaaSを展開するを展開する、ファインディ株式会社代表取締役、山田裕一朗氏だ。

  • TEXT BY MARIKO FUJITA
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山田氏とは?──「会社の主役はCEOにあらず」を貫き通す創業者

新卒で三菱重工に入社し、工場の設備投資部門に配属。日本の製造業を牽引するエンジニアたちの姿に感銘を受ける。2年後にはボストン・コンサルティング・グループに転職するも、同期のレベルと熱量の高さに圧倒され、「彼らと優秀さを競っても全く勝てる気がしない。それならば、彼らのような優秀な人材のやる気を引き出す立場になろう」と考えるようになる。

その後、オンライン英会話事業を手がけるレアジョブに入社。執行役員として、人事やマーケティング、新規事業領域、ブラジル事業、三井物産株式会社との資本業務提携などに従事した後、2016年にファインディを創業した。

創業当初は、AIを活用した求人票解析サービス『Findy Score』を構想、リリースするも、市場のニーズを捉えきれず、「全く売れない」受難の季節を経験。その反省をもとに、ユーザーである人事担当者へのヒアリングを重ねる中で、「ITエンジニアの採用需要が高まっているにも関わらず、エンジニア領域の特性を理解している人事が少なく、採用に困っている」というニーズに気づき、2017年にエンジニアのスキルを可視化して企業とのマッチングを促す『Findy』をリリース。

リリースから約4年で8万人を超えるITエンジニアが登録し、トヨタや三菱重工のような大企業から、メルカリやサイバーエージェントなどのメガベンチャー、LayerXといったITスタートアップまで、約700社が登録する一大転職サービスへと成長させた。

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「主役=俺」をやめた

会社の「顔」であるCEO。集合写真においては大体中央に陣取り、その次が執行役員やマネジャー、最後が若手、メンバークラスと並ぶ。いわゆる「偉い人順」が世の一般的なコーポレート写真ではなかろうか。

誰も違和感一つ抱かない、そんな当たり前ともいえる慣習に“あえて”異を呈するのが山田氏だ。

まずは実際にファインディの採用サイトにメインで掲載されている集合写真を見てみよう。すると、山田氏が立っているのは“後列左から4番目”。初見ではまさか誰も彼がCEOだ、とは思うまい。これはほとんどの集合写真において同様だ。極め付けはコーポレートサイトであろう。なんと、メンバーは五十音順に並んでおり、山田氏が出てくるのはほとんど一番下なのだ。取材の前日事前リサーチに...とこれを目にした取材陣は、文字通り目を丸くして驚いたのを記憶している。

これについて率直に訳を問うてみると「そもそも真ん中に写るのが恥ずかしい、端っこの方が落ち着く」と照れながら答えを濁す同氏ではあるが、何を隠そう幼少期はいつも生徒会長を勤めていたという。

その経歴とは裏腹にあまりにも謙虚な姿勢、その言葉の背後には何が隠されているのか、いざ解き明かさん。と背筋を伸ばし取材を続けていくうちに彼の経営者としてのコアを築く理念に辿り着くことができた。「自分よりもメンバーにスポットを当てたい」という想いである。

山田創業経営者は、ほっといてもスポットを当てていただく機会があるんですよね。でも、転職サービスにおいて重要なのはそこにいる「人」であり、主役はユーザーの方と実際に接するメンバーたち。僕の仕事は、彼らが活躍できる基盤をつくることです。そうした想いから、社員が10人を超えたあたりからは、意識して写真の端っこに写るようになりました。

メンバーが主役という価値観は決して写真やコーポレートサイトだけにとどまることはない。「ビジョンは創業者が作るもの」とは一体誰が言い始めたのだろう──。ことファインディにおいては、それさえ主役はメンバーだ。創業期、山田氏含む経営陣が策定したビジョンを社内に公表したところ、あーだこーだと多くのメンバーから意見が上がったという。実際にその意見の多くが今の同社のビジョンに反映されている。

「こんな議論がありましたね、懐かしい」と当時の社内チャットの履歴を肴に過去を振り返る中、我々が注目したのは交わされる議論の活発さ......ではない。メンバーから上がるさまざまな意見に対し、山田氏が一人一人丁寧にコメントを返しているその愚直とも言えるほど直向きな姿であった。

「主役はメンバー」、言うは易く行うは難しとはまさにうってつけ。決して美辞麗句で終わらないその姿に彼のCEOとしての器の大きさが垣間見えた気がした。

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「短期で成果を出せ!」をやめた

「世の中、中途は半年で成果出してなんぼだ!」という雰囲気を変えたい。これも「メンバーこそが主役」を謳う山田氏ならでは理念だ。

転職・中途採用市場において「即戦力人材」という言葉が用いられるように、新しく入社したメンバーに対して「いち早く成果を出すこと」を期待する企業は多い。また、転職者や新入社員の側でも、「早く会社で活躍したい」と意気込んで入社する人は多いだろう。

しかし山田氏は「これこそ結果的に成果も早く出る方法だ」と断言した上で、「短期間で結果を出そうとすること」をやめてもらったという。いったいどういうことなのだろうか。

山田きっかけは、フリーランスマッチングの事業責任者を務め、現在は執行役員を務める田中に、「自分の仕事人生において、ファインディに入社してからの1年半が一番しんどかった」と言われたことです。なぜかと訊くと、「エンジニア領域というものを理解するのにすごく時間がかかり、すぐに成果が出なかったから」と赤裸々に語ってくれました。

ファインディのビジネスモデルは比較的シンプル。ただ、エンジニアの人が何を求めているのか、どういう基準で意思決定をしているのか、といった業界の特性は全くの他業界から来た人にとって理解が非常に難しく、最低でも半年はかかる。なので、極端な話「最初の半年間は目標シートなんて書かなくてもいい」くらいのスタンスで意識的に早く成果を出そうとすることをやめてもらいました。

すると、みんな焦らず安心して仕事に取り組めるようになり、結果的には早く成果が出る人の数も増えたのです。

大きく飛躍するには、一度しゃがみ込む時間が必要だ。常に人手が足りないスタートアップでは、ついつい新しく入ってきた人に「あれもこれも」と求めてしまいがち。急がば回れ、特にこのような“扱う領域が難しい場合”においては、まずはしっかりと事業の特性を理解してもらうことが、個人としても、そして組織としても成長の近道なのかもしれない。

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秘技「なんでもパワポに」をやめた

新たな方針の発表や月次報告といった会議の場では、社内であってもPowerPointなどのスライド資料を用いてプレゼンするのが一般的だろう。

しかし山田氏は、社内向けのスライド資料の制作を「禁止」し、ドキュメント形式の資料を使うよう徹底した。

ジェフ・ベゾス氏がAmazon社内に出したことでも知られている「パワポ禁止令」。同様に山田氏も「ムダな時間の削減」と「コミュニケーションの質の改善」を目論む。

山田社員数が増えるにつれて、子育てをしながら働くメンバーも増えました。「スライドの見栄えをよくする」といったムダな時間を無くし、クライアントやユーザー、そして何より家族と向き合う時間を増やしてもらいたい。そのためファインディでは、スライドの使用を禁止し、経営会議なども全てドキュメントの資料を使うことに決めました。

もう1つの理由は、きちんと言語化して伝えることで、コミュニケーションロスを減らすためです。口頭の補足を前提にしているスライド資料では、その意味やニュアンスを資料だけで伝えることはできない。スライドでは思考のプロセスが甘いのを誤魔化せてしまうんです。文字に落とし込む方がよっぽど難しい。なのでファインディではロジカル・ライティング研修を用意し、メンバーのライティングスキル向上にも力を入れています。

「スライドやめます」。BCG出身の彼が発するには意外すぎる言葉だ。前職で得た経験即や慣習を、無意識のうちに組織に強いてしまう経営者は少なくない。なぜならそれこそ、他のメンバーに向けていちビジネスパーソンとしての実力を披露することのできる、格好の舞台なのだから。一方彼にその傾向は当てはまらない。彼が発する全ての言葉の主語は、やはり一貫して「メンバー」だ。

すべては「メンバーに主役として活躍してもらう」ために。これは決してプロモーションではない。ビジョン、社内コミュニケーション、組織設計、どれひとつとってもその細部に、いや根幹にというべきであろうか、メンバーへの思いやりがひしひしと見て取れる。そんな山田氏の一貫した姿勢が、真っ直ぐと、取材陣の心に突き刺さる、そんな取材であった。

こちらの記事は2022年04月22日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

藤田マリ子

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