思考の軌跡が、企業の資産になる。
グッドパッチがStrapと見据えるナレッジの価値

インタビュイー
土屋 尚史

btrax Inc.にてスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。自社で開発しているプロトタイピングツール「Prott」はグッドデザイン賞を受賞。2017年には経済産業省第4次産業革命クリエイティブ研究会の委員を務める。2018年にフルリモートデザインチーム「Goodpatch Anywhere」をリリース。2020年6月、デザイン会社として初めて東証マザーズに上場。

北村 篤志

エンジニア、Webディレクター、UXデザイナーを経験し、現在は株式会社グッドパッチでUXデザイナーの組織のディレクターとして従事。クライアントワークの全プロジェクトにおけるUXデザイン領域のクオリティー管理、UXデザイナーの教育、組織マネジメントに取り組む。HCD-Net認定 人間中心設計専門家の資格を保有しており、個人としての活動も行う。

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「企業の継続的な成長には“ナレッジの循環”こそが重要になる」

グッドパッチ代表の土屋尚史氏はこう語る。

企業の中にノウハウや知見は数多存在する。問題は、それらが“人”や“事象”の中にしか蓄積されておらず、循環しないことだ。同社はこの課題にいち早く気づき、数年の時間をかけながらその解消に力を入れてきた。

2020年4月23日に公開した新規事業『Strap』も、“ナレッジの循環”を見据えたプロダクトだ。なぜ同社はその重要性に気づき、プロダクトを作ってまで流通に取り組むのか。土屋氏と事業責任者の北村篤志氏に伺った。

  • TEXT BY RIKA FUJIWARA
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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ビジュアルコラボレーションの重要性を肌で感じた

リアルタイムで図解やテキストの共同編集を可能とする『Strap』。

クラウドワークスペースと呼ばれるこのツールは、議論を可視化したり、意見を集約したり、アイデアを壁打ちしたりと、オンライン上ながら顔を合わせているかのようなコミュニケーションを取れる。

『Strap』のデモ画面。テンプレートを用いて簡単にきれいな作図ができる。複数人での同時編集も可能。

近年、企業や個人間でコラボレーションが重視されるのは、背景の異なる者同士が手を取り合い、新たな価値を発見しようと試みているからだ。ただ、そのために認識をすり合わせるのは容易ではない。

事実、『Miro』や『MURAL』、『Whimsical』といったビジュアルコラボレーションツールも、ビジネスシーンで目にする機会は増えた。北村氏もその有用性を現場で感じている。

株式会社グッドパッチ Strap事業責任者 北村篤志氏

北村テキストコミュニケーションには、すり合わせられる認識に限界があります。同じ言葉を用いても、各々のバックグラウンドによって解釈は異なりますし、どうしても時間差が生じるからです。一方、それにビジュアルやリアルタイム性が加われば、認識は格段に合わせやすくなる。

UXデザイナーとして働く中でも、クライアントやパートナー、異なる職種や業種の方々と協業する上で、こうしたコラボレーションは今後ますます求められるだろうと感じていました。

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苦渋の決断が引き寄せた、新たな可能性

『Strap』が生まれた背景は、同社のプロダクト作りの歴史と関係が深い。

グッドパッチには、『Strap』と同様に認識のズレを埋める目的で開発されたプロダクトがある。プロトタイピングツール『Prott』だ。

『Prott』は2014年にローンチ。当時は珍しい、デザイン会社発のWebサービスとして注目を集め、その使いやすさから3年間は順調に成長した。しかし、競合にあたる『Adobe XD』が登場し、市場環境は激変。数億円を投資しリニューアルを進めるも、開発は難航。その間にも勢力図は塗り替えられ、戦況は大きく変わっていった。

土屋このままプロトタイピング市場で勝負しても、厳しい戦いになる。完成間近までこぎ着けていたリニューアルも、最終的には中止せざるをえない状況でした。

チームメンバーも半減し、運用体制も保守のみに絞り込まれるなど、事業自体の扱いも大きく変更される。2018年のことだ。しかし、自社プロダクトを諦めたわけではなかった。

株式会社グッドパッチ 代表取締役 土屋尚史氏

土屋グッドパッチにとって自社プロダクトの開発は、重要なアイデンティティのひとつです。『Prott』に魅力を感じて入社してくれた社員がいるほど、存在感のあるものだった。

それほど思い入れがあったからこそ、身を引くのではなく、何らかの形で次のステップを作りたいと考えたんです。そこで目をつけたのが、オンラインコラボレーションの領域でした。

オンラインコラボレーションには、『Prott』時代に感じていたいくつかの課題を解く鍵も見えていた。ひとつは「プロトタイピングフェーズが終わるとチャーンされてしまう」というものだ。特定のフェーズや領域に絞りすぎると、事業として成立させる上での難易度が格段に上がる。フェーズ、対象ユーザーも含め、幅広く価値発揮できるものとして、コラボレーションには期待がかけられた。

土屋社内で、その有用性が確認できていたのも理由のひとつでした。その上で、グッドパッチがクライアントワークで培った知見を生かせる。これであれば、我々がやる理由が明確にあると思えました。

そこで2019年の春から、『Prott』のチームを中心とするメンバーによって『Strap』の開発がスタート。「想像以上に実現の難度は高かった」こともあって、ロードマップは想定よりも伸びてしまったものの、2020年4月にβ版をリリース。

『Prott』、 『Strap』を開発する、同社のProduct Divisionのメンバー

奇しくもコロナウィルス感染症の影響によって、市場ではリモートでのコラボレーション・コミュニケーションの重要性が高まった時期と重なった。

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グッドパッチを“再現性のある組織”に変えたナレッジ

ただ、『Strap』の射程は単なるコラボレーションにとどまらない。

1年にも及ぶ開発期間の中で、『Strap』はより大きな意味を持つプロダクトになると土屋氏は確信した。それを表すように、「コラボレーションはあくまで入り口」と言い切る。

土屋クラウドワークスペースは、チーム間の認識をすり合わせるだけでなく、プロジェクトの“思考の跡”を残すという重要な役割を有します。

どのようなプロセスを経てプロジェクトが進行されたのか、メンバーは何を学んだのか。そうした軌跡は再現性を高め、会社としてのナレッジにつながっていく。その導入に、いま取り組んでいるイメージです。

同社がその重要性に気づいたのは3年程前にさかのぼる。変化のきっかけは、組織崩壊だった。

土屋グッドパッチは60〜100名に拡大する際に組織作りに苦戦し、一時は離職率が40%を超える時期もありました。その中で、提供価値や経験則が“個人”ではなく“組織”に蓄積されている重要性を痛感したんです。

ナレッジこそが会社の成長のドライバーになる。その意識のもと、数年かけて、ナレッジの循環にとにかく力を入れてきました。

それまでは、「個々の社員やプロジェクトにしか知見は貯まっておらず、車輪の再発明が各所で起こるような状態だった」という。

しかし、組織が試行錯誤を繰り返し、メンバーの入れ替わりが続く状態に強い危機感を覚えた土屋氏は、2018年度より専任の担当者を設置。全社に点在しているナレッジを集めて循環させる「ナレッジ共有プロジェクト」を推進する。

2018年度のキックオフで土屋氏が全社に提示した資料。ナレッジの重要性を挙げている

多様なプロジェクトの中から得られた経験則や、個々の社員がもつ知見やノウハウ、これまで実践してきた手法論やフレームワークなど、あらゆるナレッジを棚卸し。個人ではなく会社内に蓄積・共有できるように試みた。結果、現在では情報共有ツールの「esa」に毎月60件近く投稿され、その合計は3万件を突破。

組織の状態が回復するとともに、外部との共同イベントや勉強会、社内のLTやプロジェクトレビューなども開催数が増えた。多様な知見や経験則を積極的に蓄積・共有し続けてきた。

土屋ナレッジ共有は、情報や手法の単純なインプットだけでなく、他社の経験を追体験することでもあります。色々なプロセスやアウトプットを知って思考の幅を広げたり、さまざまなモデルケースを自分の中に蓄積し、状況に応じて引き出せるようにしたり、成功例だけでなく失敗経験も知ることで事故を防いだり。

これまでは個々人が回していた経験学習のサイクルを組織全体で回せる。今では、この仕組みそのもの、蓄積されたフレームやナレッジが、グッドパッチを支える強みになってきていると強く感じられています。

フルリモートデザインチームGoodpatch Anywhereによる、リモートでのチームづくりに関するナレッジ共有会の様子

このナレッジは、人の入れ替わりにだけ対応する仕組みではない。むしろ、優秀なメンバーと関係性を築き続ける上でも意味を持つと土屋氏は考える。

土屋ナレッジが循環し続ける環境に身を置けば、自分が担当している仕事以外の知見も得られますし、他領域、他者の経験則や強みもインプットできる。主体的に情報を得られる人であれば、成長の場としても居続ける意味にもなるんです。

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ナレッジの循環が企業の推進力へ

働き手の変化から見ても、ナレッジ共有の意義は増している。もはや一社に勤め上げる時代ではなく、企業の長期的な戦略においても「人の入れ替わり」は加味すべき事象だからだ。

高い再現性を持って成長し続けるために、経営者はマインドを変えることが必須だと土屋氏は訴える。

土屋“一つの組織に所属し続けること”は、もはや前提として成立しない。であれば、それに沿った仕組みも変えていかなければいけません。

先ほど話した通り、『Strap』の入り口はコラボレーションツールですが、中長期では知見をアーカイブし、ナレッジを循環させる“会社の頭脳”のような存在になっていく未来図を見据えています。

知識が組織全体の推進力となる。そんな世界に近づけていきたいですね。

北村氏も、その言葉に首を縦に振りつつ、ロードマップを踏まえ、展望を語る。

北村もちろん、今はその手前で、コラボレーションを促進するツールになれるように全力を注ぎます。ベータ版の利用登録を開始し、5日間で1,800以上の申込をいただきました。

想像を大幅に上回り、受付も一旦止めるほど、コラボレーションの領域でも期待はとても高い。そのニーズに応えられるものにできるよう、フィードバックをいただきながら、正式リリースに向けて磨き込みを続けます。

ただ、その先には土屋が言うように、企業の頭脳であり推進力になる──という世界をしっかりと見据えていきたい。グッドパッチでは、ナレッジの蓄積や共有を専任の担当者の力量で実現してきましたが、『Strap』はそれを代替する力を持てると信じています。

記事内写真・画像提供:株式会社グッドパッチ

こちらの記事は2020年06月02日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

藤原 梨香

ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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