「組織は一度、完全に崩壊しました」──グッドパッチの再起は、組織がWHYを突き詰める重要性を教えてくれる

インタビュイー
土屋 尚史

btrax Inc.にてスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。自社で開発しているプロトタイピングツール「Prott」はグッドデザイン賞を受賞。2017年には経済産業省第4次産業革命クリエイティブ研究会の委員を務める。2018年にフルリモートデザインチーム「Goodpatch Anywhere」をリリース。2020年6月、デザイン会社として初めて東証マザーズに上場。

柳沢 和徹

横浜国立大学大学院環境情報学府修了。マーケティングリサーチ会社を経て2017年7月にグッドパッチに入社、経営企画室を担当。主な管轄領域は人事・広報・事業開発。2019年より事業開発室長を兼任。

高野 葉子

千葉大学大学院工学研究科 博士前期課程修了。学生時代にデザイナーを目指し、高度デザイン教育プログラムに参加。デザインマネジメントやUI/UXデザインを学ぶ。卒業後、ベンチャー・スタートアップ企業にて新規事業開発・事業推進を担当。2016年1月より株式会社グッドパッチに広報として入社。現在は経営企画室にて「デザインの力を証明する」というミッションのもと、Public Relations & People Experienceを担当する。

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「ビジョン、ミッション、バリュー」はコンパスだ。

道なき道を歩むスタートアップにとって、迷った時に立ち返る重要な役割を担う。創業時に作る企業もあれば、プロダクトや事業領域の変遷、メンバーや企業文化の変化によって、拡大後にまとめ上げるないしは作り変える企業もいるだろう。

ただ、その浸透には相応に力を要する。

「正直、“組織が崩壊しかけていた”といっても過言ではない状況でした」

グッドパッチ代表取締役社長の土屋尚史氏は、言葉を選びながら、苦心した日々を振り返る。同社は、拡大期を迎えたタイミングでビジョン、ミッションを策定。1年半遅れてバリューを策定するも、浸透に失敗し、組織の危機を迎えた経験を持つ。

ただ、土屋氏がこの話をあえて語ってくれたのも、それを乗り越えたからにほかならない。組織をたてなおし、バリューを再構築。同社らしさを再び言葉に落とし込み、社内への浸透と、新体制でのリブートを果たした。

その道のりと歴史を、土屋氏に加え、経営企画室室長 柳沢和徹氏、経営企画室 高野葉子氏の3名に伺った。

  • TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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会社の未来を打ち立てる上で犯した、たった1つのミス

歴史は、グッドパッチがビジョン、ミッションを定めた2014年にまで遡る。ビジョンに「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」を、ミッションに「デザインの力を証明する」を掲げたのは、デザインファームとしては異例の資金調達をした後だった。

株式会社グッドパッチ 代表取締役社長 / CEO 土屋尚史氏

土屋会社の規模が30人を超えるまで、グッドパッチにはビジョンやミッションはありませんでした。ただ、1億円の資金を調達し社員が30人を超えたあたりで、「この会社はどこへ向かっているのか」というコミュニケーションが一人ひとりと十分にできなくなってきたんです。

調達を経て、グッドパッチはオフィスを移転し規模を急拡大した。ただ、同時に皆の向くべき方向性にブレが生まれてくる。そこで土屋氏は社員の声を集めつつ、ミッション、ビジョンを定めることにした。

土屋我々も生き残れるかの瀬戸際でずっと経営をしてきたので、正直この時点までビジョン、ミッションをセットする余裕もありませんでした。ただ調達を経て「10年後」を明確に意識し動くようになった。そのタイミングで、全社員を巻き込み「10年後を考えるワークショップ」を実施。集まった言葉を元に、ビジョン、ミッションをまとめ上げました。

ここで生まれた言葉は社内外から高い評価を得た。特に「デザインの力を証明する」というミッションは、デザイナーを中心に強い共感を集めた。しかし、グッドパッチはある失敗を犯す。それは、優れたビジョン、ミッションを浸透させるためのバリュー(=行動指針)作りに時間をかけすぎてしまったことだった。

土屋組織の急拡大に飲まれ、バリュー策定が後手に回ってしまったんです。半年ごとにワークショップを2回行い、決め切れたのは1年半後。社員は70人規模にまで達していました。

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一方的に突きつけられたバリューへの反発

このタイムロスが致命傷となる。1年半で社員は2倍以上に増加。社内には創業以来積み上げてきたカルチャーや価値観があるにも関わらず、それを共有するものが存在しなかったことで、古参メンバーと新規メンバーの間には溝が生まれた。急成長による歪みがグッドパッチの前に立ちはだかったのだ。

土屋一刻も早くバリューを浸透させなければいけない状況でした。当時、広報を担当し自社への理解も深かった高野が様々な手を打ってくれたのですが、後からバリューを浸透させるのは非常に難しかった。いま思えば、マネジメント層総出でのコミットが不可欠だったのですが、当時はマネジメントの中でもバリューに対する意見が割れ、それをやりきれなかったんです。

現場を中心に施策を打つも、社内に顕在化していた課題や溝は根深かった。高野氏の努力も、中々実を結ばなかったという。

高野様々な施策を試しましたが、力を入れるほど逆効果といった状況で。壁に貼ったはずのバリューを書いたポスターが剥がされ、私の机に置かれていたこともありました。

後出しで生まれたバリューに対して納得できない人が一定数存在していた。にもかかわらず、彼らとの対話やマネジメント層からの浸透がないまま、手段だけが一人歩きしてしまっていたのだ。

土屋施策そのものではなく、我々の“やり方”がよくなかったんです。わかりやすい例が、バリュー軸での評価です。手法としてはよくあるものですが、社員がバリューに対する納得度や解像度が低いまま、一方的に評価だけを突きつけてしまった。結果、猛反発をうけ、評価面談を終えると「辞めます」と申し出る人がいるくらいでした。

反発の声が大きくなることで、マネジメント層も、受け身の姿勢をとらざるを得なくなっていく。誰もバリューについて言及しなくなり、マネージャーからも退職者が出るように。社内のガバナンスが弱まり、現状維持にマネジメント層は手一杯になった。

土屋一度壊れたものの回復には、時間を要します。まずは、組織の心理的安全性の確保が最優先。みんなが自信を取り戻し、マネージャー陣が受け身でないマインドへ転換するために1年弱を要しました。その中では、中核メンバーが辞めることもありましたが、事業は順調に成長を続けており、新たに中核となるメンバーも入るなどネガティブなことばかりではありませんでした。

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「新卒の声」がバリュー再構築への歩みを助けた

社内の荒波が静まりかけた頃、新たな風を起こす出来事があった。そのきっかけを作ったのは、マネージャーでも、経営陣でもない。新卒入社の社員だった。

土屋グッドパッチは創業当初から新卒を採用しているのですが、彼らは基本的に会社へ好意を持って入社してくれます。ですが、当時の社内は「会社が好き」とは言えない空気だった。その中、新卒のメンバーがSXSW行きのチケットをかけた全社のピッチ大会で突然、「僕はこの会社が大好きです。世界で一番有名なデザイン会社にしたい。会社の未来のために、会社のことを好きな僕がいくべきだ」と声を大にして話してくれたんです。これが大きな転換点になりました。

その様子を、高野氏は「社内の空気が一変した瞬間だった」と振り返る。

高野びっくりするほど、社内で拍手が起こったんです。それまでは、まるで土屋と私の二人だけが会社を良くしようと戦っている感覚だったのですが、その構図を崩し「そうだよね。会社を良くしたいよね」と声を上げる人が次々と出てきてくれたんです。

株式会社グッドパッチ 経営企画室 高野葉子氏

この声をきっかけに、土屋氏は組織のリブートに向け動き出す。前回の失敗を踏まえ、FacebookやShopify、Netflixといった著名企業の組織分析をしていた土屋氏は、リブートにはバリュー再構築が欠かせないと考えていた。

土屋どういった人材を獲得し、育て、評価していくか。分析する中で、事業戦略、組織戦略のおいて、バリューは必要不可欠な存在であると確信していました。今こそ、ここをやりきるしかない。そう思い、他を差し置いてもバリューを含めた、カルチャーの再構築に心血を注ぐ決意をしました。

再構築を主導するキーマンが、柳沢氏だ。柳沢氏は社員が激しく入れ替わる時期に入社した新しいメンバー。前職でバリューが再構築され浸透する様子と、その重要性を体感した同氏の経験が、ここで存分に発揮された。

柳沢氏は、まず再構築に携わりたいメンバーを募集。新卒メンバーのプレゼンのおかげもあり、声かけに応じた30人をプロジェクトメンバーとしてまとめ上げ、軸足を作った。

株式会社グッドパッチ 経営企画室室長 柳沢和徹氏

柳沢この30人とまず行ったのは、失敗の分析です。そこでは、とても大きな学びがありました。メンバーはみな、ビジョンやミッションへ高い共感を持っているということです。つまり目指す方向性はブレていない。であれば、トップダウンではなく、ボトムアップでバリューを設計していくのがよいだろうと考えました。ボトムアップでまとめるならば、全社員の声を聞くことが必要です。しかし、100人を超えるメンバーの意見をまとめ上げるのは容易なことではない。それでも、時間をかけて対話を繰り返し、納得を持って「グッドパッチらしさ」を紡ぎ上げることにこだわったんです。

時間がかかることは覚悟した。意見を集めるために、まず全社員に各3案ずつ「維持すべきこと」「変えるべきこと」「新しくとりいれるべきこと」を募集。そこであつまった計900の案を集計、分類。計25案にまとめ上げた。そのアイデアを役員陣でディスカッションし、5つのフォーカスを決める。この5つを、再び社員に戻し、事業部ごとでディスカッションを経てブラッシュアップ。最後にコピーへと落としていった。

柳沢集まったアイデアを5つに絞るのに3ヶ月、言葉にするまでに3ヶ月、計6ヶ月かかりました。ただ、バリューとは、これだけの時間をかけ、全員に向き合ってもらわなければいけないものでもある。そう信じてやりきりました。

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経営陣も覚悟を決め、浸透へと邁進する

バリューを再構築する中で、柳沢氏は経営陣の他メンバーにもコミットを求めるコミュニケーションを重ねた。そこには、前回の失敗を踏まえ「経営のコミットが不可欠である」という強い意識があったからだ。

柳沢経営陣が覚悟を持てなかった反省から、バリューに責任を持ってもらえるよう、日常的な会話で何度も口を衝くほどすり合わせました。土屋にも、「これに納得できない人は辞めてもらうくらいの覚悟は持てますか」「売り上げよりも大事にできるバリューですか」と何度も問い、意識をすり合わせていきました。

再構築した5つのバリュー

グッドパッチのようなクライアントワーク事業の場合、社員数と稼働時間によって売り上げが上がる。つまり、成長には人を増やすことが重要になる。資金調達をし、目標へのコミットが求められる中、「合わない人を辞めさせる」判断は容易ではない。

土屋確かに、柳沢が入社した当時の僕は「辞めさせられない」と言っていました。ですが、柳沢と何度も会話を繰り返し、再構築が終わった後には、メンバーも一体感を持ち始め、組織もよい空気になっていた。その姿を見て、「バリューが合わない人には居てもらっては困る」と心から思えるようになったんです。

経営層が意識を合わせ、まず自分たちがコミットする意識を持った上で、バリューは浸透フェーズに入る。浸透とインターナルブランディングの主導を任されたのが、高野氏だ。

柳沢高野は社歴も長く、前回の失敗を経験している。加えて、全社で1番と言っていいくらいに会社のことが好きで、土屋の発言に対する共感度も高い。インターナルブランディングを担うには彼女以外考えられないと思っていました。

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バリューを浸透させる施策、達成に向けた2つのポイント

ただ、前回失敗したときより拡大した組織に、バリューを浸透させるのは容易ではない。全員の合意を通して再構築したとはいえ、社歴や会社への共感度に差のあるメンバーがいる。高野氏はこの多様さ・複雑さを理解した上で、中長期で向き合う前提で指標と施策を設計した。

高野指標は可能な限りシンプルに、施策は多面的に動かすように設計しました。指標では、全員をフラットに扱えるような形を選択。浸透度で「行動層」「理解層」「認知層」「そもそも知らない」の4段階に分類しました。一方の施策は、全員に効くものは存在しません。ですから、10個以上の施策を並行で動かし、施策全体で全ての人を網羅できる状態にしました。

この設計を終え、施策を動かしはじめたのは2018年9月頃。当時の浸透率は20%ほどだったが、高野氏は3ヶ月で50%を目標に掲げた。この数値を達成するうえで、高野氏は2つ重視するポイントを置いた。ひとつは“巻き込むこと”だ。

高野とにかく、プロセスに参加してもらうことを大切にしました。参加することで自分を行動層と認識します。社員のスキルセットを活かせる浸透施策を作り、必然的に認知する人が増えていくような施策を中心に展開していきました。

具体例としては、バリューを表現するポスターやステッカーのデザインがわかりやすい。バリューごとにデザイナーが一人担当し、各バリューを表すポスターを作成。同様に、バリューを表現するステッカーも4人のデザイナーが4種類作成した。ここで携わった人は周囲のバリュー浸透を助けるエバンジェリストにもなり得る。巻き込むことは、変化の渦の中心をより大きくする意味合いもあった。

バリューが描かれたポスター

もうひとつは“マネージャー陣を起点とすること”だ。

高野マネージャー向けにワークシートを用意し、自分たちがバリューを体現できているかを月1回振り返ってもらいました。このシートはマネージャー自身が振り返ってバリューを意識するのはもちろん、シートをメンバーに展開し、チームでワークショップ形式で活用してもらい、メンバーとバリューに対して対話するきっかけ作りにも活用しました。

この尽力の結果、浸透率は3ヶ月で68%に上昇。目標を大幅に超える成果を上げた。さらにその3ヶ月後には81%まで高まり、着実に社内での認知は広まっていった。ただ、目標は認知ではない。行動できる人をいかに増やせるかが今後の鍵になる。

高野現状、浸透度を行動層、理解層、認知層と分けていますが、行動層の数を広げ、皆がバリューを体現できる状態が組織としては理想です。これを目指すには、ひたすらやり続けるしかない。その上で、巻き込まれるのではなく、自ら行動している人を増やせていければ理想ですね。

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人は言葉に動かされる、だからWHYを突き詰めよ

2016年のバリュー策定から、およそ3年。グッドパッチは失敗と復帰にこれだけの時間をかけた。ビジョン、ミッション、バリューはそれだけ組織にインパクトを与える存在ともいえる。土屋氏はこの経験を多くの経営者に活かして欲しいと語る。

土屋とにかく、「ビジョン、ミッション、バリュー」を大事にして欲しい。それだけは伝えたいんです。ここにコミットしない会社に長期的な繁栄はあり得ません。デザイナーのように「なぜやるのか?」というWHYを突き詰める職種が集まる会社だからこそ、我々はこの数年でそれを実感しましたが、このWHYを突き詰める動きは今後更に強まるでしょう。

「『妄想』を駆動力にできる人・組織は、やはり強い──」

戦略デザインファームBIOTOPEを率いる、佐宗邦威氏は著書『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』の前書きでこのように語る。会社としてWHYを突き詰める姿勢はより求められるはずだ。

土屋会社を経営することを考えたときに、ビジョン、ミッション、バリューは欠かせないフレームなんです。言葉を掲げることで何が変わるんだ、と思う人もいるかもしれませんが、人は言葉によって動かされる。人の根底には、WHYを求める心があるからです。

こちらの記事は2019年04月22日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

写真

藤田 慎一郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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