これぞひらめきを与える“食”の形。
フードハックで起業家を育てるImpact HUBとは?
1からフードビジネスに参入するには、数々の障壁が存在する。
メニューや価格、立地などはもちろん、マーケティングや情報発信などあらゆるノウハウが必要になる。
しかし、これらは既存のフードビジネスのモデルだから生まれる問題であり、スタートアップにしかできないフードビジネスをハックする手法があるはずだ。
スタートアップのコミュニティーを醸成し、新たな化学反応を生んでいる「Impact HUB Tokyo」が始めたフードビジネス起業家向けコースにその可能性を探る。
- TEXT BY KEI TAKAYANAGI
- PHOTO BY YUKI IKEDA
- EDIT BY MITSUHIRO EBIHARA
起業家のためのグローバルなコミュニティー
東京・目黒の住宅街に佇む元印刷工場。外観は無骨な雰囲気を醸している。エントランス脇にはコーヒースタンドの看板が立ち、鉄扉には「Impact HUB Tokyo」のロゴが記されている。内部に足を踏み入れると、外観からは想像できないほどの人の賑わいで溢れている。
「Impact HUB」は、2005年にイギリス・ロンドンで生まれたアントレプレナー(起業家)のためのコミュニティーネットワーク。現在、欧米やアジア、アフリカなど、世界95カ所にあり、15000人を超えるメンバーが加入している。
2013年2月に開設されたImpact HUB Tokyoは、150名以上の個人起業家やスタートアップ企業、エンジニア、アーティストなどが参加。
単なるシェアオフィスではなく、メンバー同士で知識や経験、ネットワークをシェアし、時にメンバー間でコラボレーションを生み出しながら活動していくための場だ。
施設内はカフェカウンターがあり、自由に仕事やミーティングができるラウンジ、セミナーなどのイベントを行えるスペース、そしてデスクや会議室が設けられたコワーキングスペースで構成されている。
Impact HUB Tokyoでは、メンバー間だけでなく、ホスティングチームとのコミュニケーション、そして3~6カ月のコースプログラムが特徴だ。オフィスとしてImpact HUB Tokyoを使いながら事業のプロトタイプを模索していき、月1回のセッションで進捗状況を確認する。
時に、ホスティングチームからは、Impact HUBならではの知見やネットワークを踏まえたアドバイスなどがなされる。
フードビジネスをPDCAする場所
このコースプログラムにおいて、2016年からフードビジネスをテーマにした「キッチンラボコース」がスタートした。
同施設のラウンジエリアには、中央に大きなキッチンスペースとカウンターがあり、そのスペースを使ってフード起業家が試行錯誤するのだ。
Impact HUB Tokyoの共同設立者で代表取締役である槌屋詩野氏は、キッチンラボコースを設けた目的と経緯について次のように語る。
槌屋施設を運営して分かったのですが、事業のひらめきやコミュニケーションのために“食べる行為”がとても重要だと気付いたんです。
“水商売”とも言われるフードビジネスは、立ち上げるだけでなく、継続させていくことが難しい分野の一つ。
Impact HUB Tokyoのコミュニティーの力をうまく活用しながら、ただ食べ物を出すだけではない新しいフードビジネスの在り方を生み出していってもらうためにこのコースができました。
キッチンラボコースでは、通常のレンタルキッチンとは違い賃料を取らない。その代わりに、定期的に料理を販売することで、施設側にとってはコミュニティーメンバーの食事面をケアできるメリットがある。
料理を提供する側には、食べる側もアントレプレナーであり、味や価格設定、アイデアについて意見をその場でヒヤリングできるのがメリットだ。
槌屋このメニュー・味で価格が高いか安いかという感覚は、他人の意見を聞くことがとても役に立つと思います。
食べた人からの意見を翌週には反映して、また提供して意見をもらうというスピード感はこの形態だからこそ生まれるものです。更に、ここでファンをつくることで、他の場所でフードビジネスを始めた時に、すでにリピーターがいるというアドバンテージも生まれるかもしれない。
食は味だけじゃなく、体験なんです。ターゲットに本当に届けたい価値は何かということは常に追求していってほしい。
現在、カレーやビリヤニ、タイ料理を扱うメンバーが特定の曜日に料理を提供。ランチで多い時は15~20食を売り上げる。営業許可はとっているが、火気が使えないため、他所で仕込みを行って、ここで仕上げるという形式がほとんどだ。
キッチンスペースの対面には、同じくコミュニティーメンバーが店主を務めるコーヒースタンド「フィッツロイ」のカウンターがあり、こちらはワークスペースに欠かせないコーヒーを毎日提供している。
これらの料理は、メンバーだけでなく外部の人間であっても食すことができ、地域住民が利用することもあるという。
槌屋食はコミュニティーにとって大切な要素です。
元印刷工場で、周辺からは『何をやっているのか?』と怪しく思われていたかもしれませんが、食事やコーヒーを飲みに来る人が増えることで、地域にも溶け込むきっかけとなっています。
食をハックする
キッチンラボコースを利用するメンバーがすべて、スタートアップで店舗をつくることを目的にはしていない。おいしいカレーについて研究するコミュニティーの講師や店舗を持たずにフードビジネスを展開することを模索しているメンバーもいる。
Impact HUB Tokyoコミュニティー&アントレプレナーシップ プログラム マネジャーの岩井美咲氏は、「最近はUber Eatsなど、食を直接提供するのとは別のフードビジネスも増えてきています。新しいお弁当ビジネスを考えているメンバーもいる。さらに、Impact HUB Tokyoには、食以外の分野のアントレプレナーがいるため、パッケージデザインや食材の調達などさまざまなアイデアをもらったり、コラボレーションしたりしながら、フードビジネスのモデルをハックすることを目的として試行錯誤ができるのもメリットです」と話す。
“フードビジネスをハック”という言葉通り、1期生では海洋管理協議会の認証を取った魚を用いるサステイナブルシーフードレストラン「BLUE Seafood」が巣立った。現在東京・八幡山で開業している。
また、地域ごとのクラフトビールを醸造するベルギーのビール「Brussels Beer Project」の日本ローンチをサポートした。両者ともに既存分野の課題と盲点をハックしたフードビジネスだ。
最近は、空き地などのオープンスペースに複数のフードトラックや屋台を集めて料理を提供するスタイルも街で見かけるが、数には限りがあり、更に集客のためには有名な店やブランドが採用されるため、実績の少ないスタートアップには参入する余地がない。
「ここはアントレプレナーのためのベースキャンプです」という槌屋氏の言葉通り、Impact HUB Tokyoが、フードビジネスの次のステージを目指す人々の良き通過点であり、また迷った時に道標となる存在となって、豊かな食文化を創造していく未来が来ることを期待したい。
こちらの記事は2018年03月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
高柳 圭
写真
池田 有輝
編集
海老原 光宏
おすすめの関連記事
【保存版】“食”の起業家たちがおススメする絶対外さない飲食店8選
- 株式会社βace 代表取締役CEO
“ワンプロダクト”でなければ、グローバル競争には勝てない──ノーコード時代を牽引するため、北米展開を自ら推進するSTUDIO代表石井氏の「原点回帰」
- STUDIO株式会社 代表取締役CEO
プラットフォームは、「ステークホルダーの結節点」を押えよ──“オセロの角戦略”を起点に市場創造を行うHacobuとセーフィーが明かす、事業の意思決定軸
- 株式会社Hacobu 代表取締役社長CEO
“生きづらい”子どもたちをゼロに──増加する特別支援教育、ユナイテッド × Gotoschoolが提唱する「非量産型教育」のあり方
- 株式会社Gotoschool CEO/代表取締役
起業家の真贋は「言葉の破壊力」で見極めよ──ラクスル福島、オイシックス・ラ・大地松本、新規事業家守屋が推す、次代のBizDevのホットスポット
- 新規事業家
【Asobica今田×鹿島アントラーズ・メルカリ小泉対談】AI革命の先にある、人類の“余暇”が増えた世界。「心の豊かさ」を再定義し、事業のヒントに昇華する思考法
- 株式会社Asobica 代表取締役 CEO
「経営者の志」こそ海外事業成功のカギ──世界の“食”を変革。ものづくりスタートアップ・デイブレイクに学ぶ、海外進出に必須の4条件
- デイブレイク株式会社 執行役員 海外事業部長
「スタートアップの通説」に惑わされるな──僅か2年でエンプラ市場を席巻するCloudbase・岩佐氏に訊く、toB SaaSで急成長を遂げる術
- Cloudbase株式会社 代表取締役