最多の取り組みは「理念や戦略の明確化」──ベンチャー企業の人的資本経営、現状調査と5社の実践例

「人的資本経営」という言葉を聞くと、実践するのが難しそうなイメージがあるのではないか。しかし、少ない人数で大きな成果を挙げなければならないスタートアップの経営においては、死活問題でもある。実際に、経産省発表の未来人材ビジョンにおいても「人的資本経営は、スタートアップの方が既に実践に移せていることも多い。スタートアップから学ぶことが多いのではないか」と指摘されている。

そこでFastGrowでは2022年、スタートアップをはじめとする新産業領域65社に、人的資本経営についてのアンケート調査を実施した。すると、既に96%もの企業が「人的資本経営に取り組んでいる」という。

本記事では、アンケート調査から得られた各企業が取り組んでいる人的資本経営施策の概要と、うち5社の施策の具体例について詳説する。

  • TEXT BY SHO HIGUCHI
SECTION
/

人的資本経営に資するものとして取り組んでいることは?

企業の内訳として、上場企業が17社、未上場企業が48社となっている。なお上場企業には、上場子会社も含む。

まず「人的資本経営を意識して取り組んでいますか?」との問いに対しては、96.9%(65社中63社)が「はい」と回答。未上場企業が大半を占める中、非常に高い数値となった。昨今の流れか、はたまたそもそも当然のように取り組んできていたのか、どちらの可能性も高いであろうことが想像される。

「人的資本経営に資するものとして取り組んでいること」を聞いたところ、トップは「企業理念や経営戦略の明確化」で88.9%、2位は「1on1の実施など組織開発」で85.7%、3位は「カルチャーの言語化と浸透」で74.6%だった。人的資本経営という言葉だけ聞くと、「よくわからない」という印象を受ける方も多いかもしれないが、このトップ3項目を見れば、「自社でもできそう」などという思いを抱くのではないだろうか。

Q.人的資本経営に資するものとして取り組んでいることをすべてご選択ください(複数選択可)

  • 企業理念や経営戦略の明確化と浸透施策 56(88.9%)
  • 社内人材向け成長支援・教育・研修などへの投資強化 46(73%)
  • 1on1の実施など組織開発やキャリア支援の強化 54(85.7%)
  • DE&I(Diversity・Equity & Inclusion)の実践 16(25.4%)
  • 育成・研修など社内人材の成長支援・教育投資 42(66.7%)
  • 福利厚生の充実化 28(44.4%)
  • 既存社員の年収・報酬アップ 34(54%)
  • インナーコミュニケーションによる社内エンゲージメント向上施策の強化 44(69.8%)
  • カルチャーの言語化と浸透施策の強化 47(74.6%)
  • 配属・転勤ルールの変更(例:社員の同意なき転勤の廃止など) 12(19%)
  • IRにおける人的資本関連コミュニケーションの強化 6(9.5%)
  • CHROの設置 8(12.7%)
  • 採用広報施策の開始・強化 42(66.7%)
  • 新卒採用による若手タレント獲得施策の強化 37(58.7%)
  • 第2新卒採用による若手タレント獲得施策の強化 19(30.2%)
  • 中途採用による即戦力人材獲得施策の強化 41(65.1%)

以下、「その他」の回答

  • CHROではないが、バックオフィスの所管および改革を担当するVPを設置
  • 副業やインターン生をプロジェクトベースで活用
  • 副業の制度化、サテライトワークスペースの設置、博士人財等の採用

人的資本経営の最もわかりやすい解釈は、「良い人材をいかに多く獲得して、その人材が自社で活躍し続けられるようにするか、ということ」。その文脈において、「CHROの設置(12.7%)」や「採用広報施策の開始・強化(66.7%)」などの施策に、今後より注目が集まっていくだろう。

次のセクションからは、具体的な取り組みを紹介したい。

SECTION
/

元甲子園出場経営陣が始めた「野球部採用」でトップセールス集団を作り上げた──DORIRU(旧ギグセールス)

所属型営業フリーランス制度「TEAMZ」など、営業力が高いメンバーを最大の武器として各種BtoBセールスマーケティング支援サービスを展開しているDORIRU(旧ギグセールス)。代表取締役社長の小林竜大氏がBMW正規ディーラー、投資用不動産での営業経験、もう一人の代表取締役・福山敦士氏はサイバーエージェントでの営業経験を持ち、まさにトップセールスパーソンが集結している会社という印象を受ける。

2022年8月にはシリーズBラウンドでケップルDXファンドを含めた複数社から約3億円の資金調達を実施し、累計調達額は約6億円にまで達した。

福山氏にはもう一つの顔がある。かつて同氏は、慶應義塾高校のエース投手として、2005年の高校野球・春のセンバツ大会にて、同校を甲子園ベスト8にまで導いた。その経験から同氏は、「野球部出身者を贔屓する」と公言しており、2020年から「野球部採用」を続けてきた(2022年7月から大々的に発信、プレスリリースはこちら)。専用の採用ページも開設している。

既にロッテ・日ハムなどの元プロ野球選手をはじめ、大学野球や高校野球など、さまざまな野球経験者を採用してきている。その理由として、「野球部出身者は簡単に諦めない」「成果を継続的に出している人に野球部出身者が多かった」と述べている。

またこの野球部採用に関連して、同社には実は、社員よりも「プロ営業™️」という業務形態で働く営業パーソンのほうが多い。「プロ営業™️」とは、社員よりも報酬が上がりやすい雇用形態だ。

人材獲得競争が高まる中、独自の仕組みを構築し、活躍人材を採用・育成しようとする同社の試みには、学ぶことが多そうだ。

SECTION
/

月に1回、各自の好きを持ち寄る「クロスシンク」から多様なプロジェクトが生まれる──FICC

エフアイシーシー(FICC)は2005年創業、数々のブランドビジネスを成功に導いてきた実績あるマーケティングエージェンシーだ。同社は、あらゆるブランドと人がパーパスによって、未来を創り続けている世界の実現」というビジョンを体現すべく、一人ひとりの想いや強みを踏まえた案件のアサインだけでなく、新しい価値を生み出す取り組みを行っている。

その一つが、毎月、全社員が集まる全社会の場にて実施される「CROSS THINK (クロスシンク)」というワークショップだ(紹介記事はこちら)。代表取締役の森啓子氏は「私がFICCで目指すのは『みんなそれぞれの思いや学びが、社会やクライアントの価値になる』ということ。それが『学際的リベラルアーツ』です」と述べている。同氏が述べる「学際的リベラルアーツ」を引き出すための手段が、「CROSS THINK 」というわけだ。

「CROSS THINK」では、それぞれのメンバーが興味・関心を持つ事柄について自由闊達に議論が交わされる。そうした意見交換から、使わなくなったコスメをアートにアップサイクルする「COLOR Again」プロジェクトや全国各地の祭りを応援するサイト「祭エンジン」が生まれてきた。今後も、「CROSS THINK」から数多くのビジネスが生まれてくることだろう。

SECTION
/

スピーディーな人材育成を可能とする「トライアル部長/マネージャー制度」──プロジェクトカンパニー

大手コンサルティングファーム出身の若き取締役会長、土井悠之介氏が率いる株式会社プロジェクトカンパニー。新規事業開発からUI・UX改善、SNSマーケティング、コンテンツマーケティングなど、一気通貫のDX支援を得意としているプロフェッショナルファームだ。

同社は2016年1月に創業し、わずか約5年半後の2021年9月には上場を果たした。Financial Times社発表の「High Growth Companies Asia-Pacific 2022」でも、国内上場企業2位にランクインしているスタートアップである。

同社が実施している「トライアル部長/マネージャー制度」、今回はフォーカスを当てよう。これは最速で「経営人材」を生み出すための仕組みだという。

3カ月に一度の正式な人事評価とは別に、トライアルで一つ上のポジションにチャレンジしてもらう制度のこと。完全な昇格要件を満たしてから昇格してもらうのではなく、ポテンシャルベースで大胆に抜擢をして任せることになるため、「できる」前からひとつ上の視座・視野・視点で物事を捉え、当事者がトライアンドエラーの中でスキルアップできる人材育成システムだ。

まさに、スピーディーに人材育成をすることが不可欠なスタートアップならではの制度といえよう。だが、大企業においても学ぶべき部分はあるはずだ。各企業において、こうしたチャレンジを検討したいところ。

SECTION
/

経営陣以下、真摯に「人的資本経営」に向き合う──
ココナラ

「知識・スキル・経験」を売り買いできるスキルマーケットの『ココナラ』をはじめとする各種Webサービスを展開するココナラ。2021年3月には東証マザーズ(現グロース)に上場したスタートアップだ。

そんな同社では、「そもそもの“人的資本経営”なるものの意味合いの整理をしている」。VMVや経営戦略との関係性やアラインメントを定義し直し、従来の人材マネジメントポリシーに加えて「キャリアマネジメントポリシー」の策定や、各種人事組織施策との整合性の見直しを実施しているところだという。

同様に、各人的資本の独自定義化・定量化を行い、散らばっているデータを『SmartHR』の活用でDS統合。人事組織戦略に紐づくモニタリング項目の優先順位付けも行っている。さらに、IR観点を踏まえた開示・非開示情報の整理についても、現在CHROがオーナーとしてプロジェクト推進中だ。

「いずれも、会社と個人のあり方を経営戦略と人事組織戦略のアラインメント、VMVと人事ポリシーとの一貫性を大切にしながら、中長期からの逆算で新規策定、改善、廃止などの見直しが必要という主旨で取り組んでいる」。「IR的にやらなければいけないので取り組む」「バズりワードなので使ってみる」という企業も多いが、ココナラではそうした態度に流されないよう、真摯に人的資本経営に向き合っている。

SECTION
/

ビジョンの浸透や1on1、リモートワーク支援など人的資本経営施策の基本を徹底──LIFULL senior

LIFULL介護』や『tayorini』『買い物コネクト』など、介護領域を中心とした各種Webサービスを展開するLIFULL seniorは、「老後の不安をゼロにする」というビジョンを掲げている。

同社ではまず、人的資本経営施策として、ビジョン・理念浸透を徹底させているという。ビジョンを戦略策定の下敷きにしたり、何らかの情報共有時に同時に発信するなどして、ビジョン浸透を図っている。ビジョン・戦略などは社内オンラインMTGでも共有し、MTG後にも可能な限り共有できる状態にしているそうだ。

また、各チームで上長との1on1を定期的に実施している。リモートワークではなかなか気付きにくい個人の状態やキャリアへの向き合い方を知り、ケアすることで、若手社員をサポートしている。

さらに、リモートワーク中心の働き方に変わったことに対応し、各種制度のアップデートも行なった。例えば、在宅で仕事をする社員を支援するために、オフィスツールの購入支援金や月額ランニングコスト(光熱費や通信費)支援金などの制度を作った。

また、本社オフィスに加え、移動先やワーケーション支援目的でスポットで利用できるレンタルオフィスを契約。さらに、住まいの選択により自由度を持ってもらえるよう、交通費の支給制度を見直し、飛行機代も支援対象に。出社義務もなくしたという。社員がより付加価値を発揮しやすい労働環境にアップデートされたのだ。

LIFULLグループ全体での取り組みだけでなく、子会社・グループ会社独自の取り組みも今後は強く期待されるところ。ぜひ参考にしたい事例だ。

こちらの記事は2023年03月01日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

執筆

樋口 正

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン