「部下のモチベ」ではなく「成果」をあげよ──成長企業4社のマネジャーが語る、事業を伸ばすマネジメント
成長期のスタートアップにとって、常に付きまとうのは「人」の悩みだ。事業拡大に合わせた人員の増強は必要不可欠だが、人が増えれば増えるほどマネジメントは複雑化する。「人」の問題が、思わぬ組織の危機を招くこともある。
そうした課題を乗り越えて急成長を遂げたスタートアップは、いかにして組織をマネジメントし、事業成長の基盤を整えてきたのだろうか。
その答えを探るため、FastGrowは成長企業で活躍するマネジャーたちを招き、イベントを実施。今、スタートアップのマネジメント層に求められるスキルやスタンスについて語ってもらった。
イベントでは4名が登壇。40を超える事業を展開しているDMM.comの人事部長・林英治郎氏。中古マンションの売買プラットフォームである『カウル』、不動産仲介業のマーケティングオートメーション・サポートの『PropoCloud』を提供するHousmartの事業責任者・真鍋達哉氏。MarTech、X-Tech、ビジネスR&Dを中心とした事業を展開するSpeeeで、社長室長と海外事業部長を兼任する岩澤啓史氏。AI技術を活用したWEB面接/動画面接プラットフォーム『harutaka』を提供するZENKIGENの代表取締役CEO・野澤比日樹氏だ。
本記事では、2部構成で開催されたイベントより、パネルディスカッションの模様をレポートする。
- TEXT BY RYOTARO WASHIO
人に向き合うだけでは、マネジメントは立ち行かない
「そもそも、マネジメントとは何か」という質問に、マネジメントに含まれる3つの意味を説明してくれたのは、DMM.comの林氏だ。
人事コンサルティング業を展開するトライアンフで多様な企業の採用支援に従事した後、ソフトバンクにジョイン。グループ会社の人事戦略設計、人事担当者を歴任し、2017年にDMM.comへ参画した。
現在は人事部長として、グループ全体を統括するDMM.comに加え、ゲーム事業を展開するEXNOA(旧・DMM GAMES)の人事責任者も務めている。「50名の人事部メンバーのマネジメントはもちろん、事業部マネジャーの相談に乗ることも仕事のひとつ」と語る林氏は、「3つのマネジメント」のバランスを取ることの重要性を伝えた。
林まず、マネジメントには大きく分けて、ピープルマネジメント、プロジェクトマネジメント、プロダクトマネジメント─の3つがあると思っています。そして、事業部マネジャーからの相談に乗るときは、その人がどんなバランスでマネジメントをしているのかに注意を払っていますね。
ピープルマネジメントに重きを置きすぎると、メンバーから「あのマネジャー、人気取りだよね」といった声が上がりますし、プロジェクトに寄りすぎると「マイクロマネジメントすぎて、権限委譲してくれない」と言われる。また、プロダクトマネジメントにこだわりすぎると「製品を成長させることばかりにフォーカスして、僕らの話を聞いてくれない」と。
背景には、私自身が最初にマネジメントを任されたときに、プロジェクトマネジメントに寄りすぎてしまった、という反省があります。メンバーから「林さんはタスクまで細かく管理しようとするので、やりにくい」という声が上がってしまい、以来バランスを意識するようになりました。
「『マネジメント』という言葉は、そんなに狭く捉えられない」と語るのはSpeeeの岩澤氏。教育事業を展開する大手企業や外資系金融企業を経て、2009年、創業2期目のSpeeeにジョインした。セールスマネージャー、事業部長を務めた後、海外事業の立ち上げを経験。現在は現地法人CEOを務める傍ら、社長室長として新規事業戦略の立案やエグゼクティブ採用、広報など幅広いミッションを担っている。
岩澤僕が社会人1年目の頃、当時はマネジメントと言えば「ピープルマネジメント」のことでした。「子分の面倒見て、一緒に結果を出すって能力」、そう思っていましたが、次第に「どうやら違うぞ」と感じてきて。
社会人1年目のときに「セルフマネジメント頑張れよ」って言われますよね。これを僕なりに解釈すると「自分を律してちゃんとお客様喜ばせろよ」「ちゃんと任せられたことに対して結果出せよ」ということになる。
なので、本当にセルフマネジメントを実現しようと思ったら、マーケティング力やセールス力といったビジネスマン力が必要になります。睡眠や運動もちゃんとしないと、顔がビシッとしないし、スタイルも整わないので、睡眠時間は削らないし運動もする。すると時間がないから、さらに仕事の効率を上げないといけなくなる。要するに、「セルフマネジメント頑張れよ」の一言で、やらなくちゃいけないことはすごく多い。だから僕は、「ピープルマネジメント」はマネジメントに求められていることのほんの一部だと捉えることが多い。
「マーケティングマネジャーお願いね」と言われた場合は、「マーケティングチーム10人任せたから、お客さんにデカい付加価値をお届けした上で、売り上げ・粗利・営業利益を叩き出し、我が社をめちゃめちゃ儲からせてね」が注文。そのためにメンバーの面倒をみないといけないなら、それも普通に頑張ってね、という感じ。「マネジメント」という言葉は、そんなに狭く捉えられないものだと思います。
メンバーの主体性を呼び起こすため
マネジャーに求められる視座
林氏と岩澤氏によるマネジメント論に、「管理型のマネジメントは、もはや時代遅れになった」と付け加えたのはZENKIGENの野澤氏。
創業期のサイバーエージェントに入社後、支社の立ち上げや、新規事業の責任者を歴任。2011年、ソフトバンクアカデミアに外部1期生として参加する中で孫正義氏からの誘いを受け、ソフトバンクグループに入社した。電力事業であるSB Powerを設立し、事業責任者として貢献した後、2017年にZENKIGENを創業した経歴を持つ。
これまで数々の組織を率いたが、ZENKIGENで注力しているのは、メンバーが自律して働ける組織をつくること。そして、個々人の主体性を呼び起こすためのキーワードは「フラット」と「オープン」だと語る。
野澤ZENKIGENには現在35人のメンバーがいますが、マネジャーという役職は設けていません。僕も含めて取締役が2名いるだけで、全員フラットな組織にしています。それでも、組織を率いるリーダーは自然発生的に現れる。ここが重要なポイントです。
自発的なリーダーを生むために心がけているのは、情報を全てオープンにすること。情報を隠すと、「その情報をどうコントロールするか」というマネジメントの複雑さが生まれる原因になるからです。どのくらいオープンなのかというと、給与と評価以外の情報は全てオープン。取締役会の議事録も、会議が終わってから数時間以内に全社へ公表しています。
会社の方針が理解できていないと、自発的に動こうにも、どう動けば良いか判断できませんからね。メンバーの一人ひとりが、「自分はどう行動すべきか」を考えられるような環境づくりを進めています。
野澤氏の言葉に、「管理型のマネジメントが時代遅れになったのは、自らの価値観を確立している若手メンバーが増えたからではないでしょうか」と重ねたのが、Housmartの真鍋氏だ。オプトで大手法人のマーケティング戦略設計から実行支援を担当した後、2017年にHousmartへ参画。以降、『カウル』や『PropoCloud』のマーケティング責任者を務め、2020年4月からは『PropoCloud』の事業責任者も兼務している。
真鍋僕は20代前半のメンバーをマネジメントする機会も多いのですが、感じるのは「価値観がすごくしっかりしている人が多い」ということです。すでに「自分」が出来上がっていて、合う仕事と合わない仕事が明確に分かれる傾向がある。
本人の「やりたい」に合致する仕事であれば、驚くほどハードワークしてくれますし、逆ならはっきり「NO」と発信する。分かりやすくていいなと思う反面、本人の価値観に沿った仕事を渡せるかどうか、という難しさがある。
短期的な目標達成に向けて日々の行動を管理しようとしても、結局定められたアクションをするかしないかはメンバーそれぞれが決めること。個人として目指す方向や価値観を正しく理解し、適切な仕事にアサインし、自発性を発揮してもらうことが重要になってきています。
明確な判断軸を持った若手メンバーをマネジメントするためには「その人の人生に向き合う姿勢」が必要だと林氏。
林その人が今どんな仕事をするべきなのか、とことん向き合っていく姿勢が重要だと思います。ときには「社内でどう育てるか」という思考の枠すら外す必要がある。メンバーの価値観やキャリアプランのズレを無視して無理に社内に留めようとすると、そこから組織が壊れていくこともあるからです。したがって、社外のキャリアも含めて、目の前のメンバーが幸せになるために進むべき道を考えることは、個人にとっても組織にとっても利益になります。
そこまで考えた上で、「あなたにこの仕事を任せたい」と理由も含めて説明することができれば、メンバーは自らの未来に繋がる仕事だと感じ、パフォーマンスを発揮してくれるでしょう。マネジャーは、彼らの自発性を喚起するためにも、キャリアを共に築き上げていく仲間のような立ち位置にいなければならないんです。
短期的なモチベーションを喚起する“ドーピング”は、
もうやめよう
林氏の育成キャリア論を受けて、他のスピーカーからもメンバーのモチベーションを維持するための関係構築への意識が明かされた。
岩澤「モチベーション下がったんで明日休みます」っていう人で素晴らしい経営者になった人、僕は見たことなくて。モチベーションを原動力にしている人は、ちょっと冷たい言い方ですが、まだジュニアな方なのかなと思います。ただ、そういう方に対してどのように寄り添うのかと聞かれれば、やはり「自分は何になりたいのか」「どんな社会をつくりたいのか」をという長期的な目標に対して、そこに至る最短ルートを描いてあげるということでしょうか。
ひと昔前の「分かりやすい報酬を見せてモチベーションを捏造する」というのは、結局のところドーピングでしかなくて、限界も早く訪れる。なので最近は、こういう方向に回帰してきているんだと思います。
真鍋とはいえ「人から認められたい」という欲求は人間誰しもが持っているものだと思っていて、僕は「なるべく具体的に褒める」ということは意識しています。やっぱり、誰からも認められない中で頑張るのは難しい。なので、なるべく細かい部分まで目を光らせて、メンバー各自の頑張りに気付いてあげられることも、マネジャーにとって大事な要素だと思います。
林「何を褒めるのか」というのも重要な観点ですよね。僕は「成果が出ているか」だけではなく、「進捗しているか」というのも大切にしていて、「ちゃんと前進しているのを、知っているよ」とフィードバックするようにしています。
あとは、今取り組んでいることが「キャリアにとってどうプラスになるのか」という部分についても本人とディスカッションしながら、進捗を確認するようにしています。
続いて野澤氏が、「これを言ってしまうと、これまでの議論は何だったんだ!と言われるかもしれませんが……」と前置きした上で、マネジメントのポイントについて自身の見解を語った。
野澤マネジメントの最大のポイントは、マネジメントする必要がない人を採用することだと思っています。
ZENKIGENでは、自ら決断し、自ら行動を起こせる“自律型人間”しか採用しないことにこだわっています。そのため、メンバーのモチベーションを維持することではなく、メンバーが自走できる環境を整えることがマネジメント層の責務だと捉えています。
当社の行動指針に「圧倒的主体性」というものがあります。そのため、みんなが主体的に仕事に手を出し、結果的に、バッティングすることがある。そんなときには役割を整理したり、業務の交通整理することが必要になることがありますが、その程度のマネジメントが必要になるくらいで、あとは自主性に任せるのがいいと思っています。
とはいえ、今後社員数が増えていけば、ジュニアな社員も増えてきます。そういったときは、自律していない社員を切り捨てるのではなく、「あなたの成長を信じているよ」と寄り添う姿勢を持ち続けることを意識しています。
スタートアップで活躍できるのは、
“ガンプラを楽しめる人”?
最後に投げかけられた問いは、「各社で活躍している人はどんな人か」。まず野澤氏が、主体性の重要さを改めて強調した。
野澤自ら手を挙げて仕事をつくれることは大前提ですが、その中で事業目線、会社目線で仕事を生み出せる人が活躍しています。事業のビジョンを実現するために「これをやらなければならない」と考え、動けることが重要です。
ZENKIGENでは、代表である僕がプレスリリースを見て「え!こんなことをやっていたの」と気付くこともあるくらい、メンバーが主体的に動いてくれています。先ほども申し上げたようにマネジャーはいませんが、この体制のまま組織を100人まで拡大できるのではないかと思っています。
続いて発言したのは岩澤氏。Speeeで活躍している人物の共通点を、“寝食を忘れて熱中できること”と表現した。
岩澤心から面白がって仕事をしている人が活躍していますね。イメージ的には部活動やおもちゃにハマるのと同じ。男の子が、ガンプラを買ってもらって一生懸命組み立てて、「ご飯食べないの?」って言われても、「ご飯なんているはずないじゃん、ガンダムの方が大事だから」と言っているのと同じ感覚です。
「面白くて、しかも有意義だからやっている」って人を集めるのは、採用においてもすごく大事。簡単ではないけれど、とびきりに活躍するのはそういう人だけです。楽しいから徹夜もするし、面白いから捗る。僕自身も海外事業や社長室の仕事は、三度の飯よりも絶対的に好きです。息子と遊ぶのと同じくらい好きかな。
なので、部下を昇進させるときは「この仕事楽しい?」と聞くのが究極の質問だと思います。10年後20年後はトレンド変わるかもしれませんが、少なくともこの先5年10年は、「めちゃめちゃ楽しめるか」が大事だと思っています。
真鍋氏も「没頭」の要素を認めつつ、Housmartで活躍しているのは、あるポイントに強きこだわりを持つ“偏愛主義”の人物だと言う。
真鍋「ここにこだわりたい!」「ここをどうにかしたい!」と、偏っていても1つのポイントに執着できる人が活躍しています。一点に集中するからこそ、そこに誰にも負けない強い意志が生まれるんでしょうね。岩澤さんがおっしゃった「楽しいから没頭できる人」に近いと思います。
最後に口を開いた林氏は、DMM.comで活躍している人物の共通点として「好奇心と実行力を持っていること」を挙げた。
林好奇心を持って「やってみたいな」と思えること、そして、興味を実行にまで移せることが重要ですね。口だけではなく、手と足をしっかりと動かせる人がDMM.comでは活躍しています。これからも、課題に気付き実際に動ける人に仲間になってもらいたいです。
組織の目指すべき姿やフェーズ、集まっているメンバーの属性によって、必要なマネジメントは大きく変わる。しかし、旧来型の「管理する」マネジメントがもはや通用しないのは、一つの解と言って差し支えないだろう。メンバー個々人に寄り添い、彼らの能力を仕事で最大限発揮してもらうための環境づくりをする。そんな姿勢が、これからのマネジャーには必要とされている。
こちらの記事は2020年09月18日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
鷲尾 諒太郎
1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
校正/校閲者。PC雑誌ライター、新聞記者を経てフリーランスの校正者に。これまでに、ビジネス書からアーティスト本まで硬軟織り交ぜた書籍、雑誌、Webメディアなどノンフィクションを中心に活動。文芸校閲に興味あり。名古屋在住。
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