【トレンド研究:トラベルテック】
日本人が海外旅行に行かない“4つの理由”に切り込む──「これからの旅行トレンド」を令和トラベルに訊く

インタビュイー
受田 宏基

2017年株式会社Loco Partnersにインターン生としてジョイン。マーケティングやセールス、新規事業開発など横断的に活躍。その後2018年同社に新卒入社、民泊事業の立ち上げ、新卒7名の部門長、首都圏外資系ホテルチェーンの担当などに従事。2020年4月には「TASTE LOCAL」を共同創業、グロースを担当。2021年2月、令和トラベルに執行役員CSOとしてジョイン。

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2022年6月10日、新型コロナウイルスの影響により停止されていた外国人観光客の受け入れが再開された。対象国や入国者数などに一定の条件はあるものの、水際対策の緩和という意味では、大きな前進と考えていいだろう。

一方、日本だけでなく世界各国でも制限が緩和されつつあり、旅行代理店では、米国・ハワイを中心に海外ツアー商品の取り扱いを再開。約2年ぶりに「海外旅行」が復活の兆しを見せている。

こうした状況はもちろん喜ばしいことに間違いない。しかしこうした状況だからこそ、ただ楽観的に「これまでの海外旅行」を夢想するのではなく、改めて「これからの海外旅行」について考えてみたい。コロナ禍で浮き彫りになった課題を突き詰め、レガシー産業であった旅行業界にDX化の波を起こすのは今しかないのだから。

そこで注目されているのが「トラベルテック」という存在だ。これは「紙での管理を電子化する」や「旅行の予約をWebでできるよう」などといった単なる業務効率化に終始するものではない。従来の業界のルールにメスを入れ、より最適な価格を消費者に届け、同時にユーザー体験も追求する。そんな消費者に新たな選択肢を与えるものだ。

今回は、トラベルテックの第一人者である令和トラベルのCSO(Chief sales Officer)を務める受田宏基氏を迎え、「トレンド研究」と題してトラベルテックの今を読み解く。

  • TEXT BY TEPPEI EITO
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“デジタルトラベルエージェンシー”に資金や人が集まる理由

本題に入る前に、簡単に令和トラベルについて紹介したい。

同社は、宿泊予約サービス『Relux』を運営するLoco Partnersの創設者、篠塚孝哉氏が立ち上げたスタートアップ。「あたらしい旅行を、デザインする。」をミッションに掲げるデジタルトラベルエージェンシーだ。

創業はコロナ禍真っ只中の2021年4月。「大手の撤退が相次ぐ今がチャンス」と思い、あえて旅行業界が苦しいこの時期に立ち上げたのだという。

そして創業からたった2カ月の21年6月に22.5億円の資金調達を実施し、採用を進めて組織体制を強化。同年12月には海外旅行予約アプリ『NEWT(ニュート)』を発表し、2022年4月に満を持してサービスローンチ。旅行業を本格的に開始した。

『NEWT』が販売しているのは“パッケージツアー”だ。航空券や宿泊施設、送迎などがパッケージ化された海外旅行商品を、アプリで簡単に購入することができる。

このように紹介すると、「これまでもスマホで旅行の予約はできたけど……」と思う方もいるかもしれない。確かにそのとおりだ。しかし今の時代に果たして、ただ“できる”だけでいいのだろうか。

これからの時代の海外旅行は、もっと簡単で、お得で、選べて、安心であるべきだろう。「トラベルテック」という存在の価値が、ここにある。

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日本人が海外旅行に行かない4つの理由

新型コロナウイルスが旅行業界に及ぼしたインパクトの大きさは、今さら言うまでもないだろう。緊急事態宣言下では、海外旅行も国内旅行も、もちろん訪日外国人旅行(インバウンド)も、すべてがストップ。世界的に移動が制限された。オンラインでの旅行商品は比較的好調だったJTBやエイチ・アイ・エス(HIS)では、拠点数や人件費の削減を進め、販管費を圧縮。JTBによる本社ビルの売却も記憶に新しい。

そんな背景を踏まえ、まず早速“旅行業界の現在地”について伺ってみた。

受田ご存知の通り、2020年は旅行業界全体が落ち込んでいました。しかし、第4回目の緊急事態宣言が解除されてからは、少しずつ良くなってきています。2021年の11月頃から「GoToトラベル」や「県民割」といった行政施策の効果もあってか、国内旅行は徐々にコロナ前の状況に戻ってきていますし、インバウンドも先日から受け入れが再開されたので、徐々に外国人観光客も増えてくると考えています。

海外旅行についても、今年に入ってから水際対策の緩和が続いている。各国の持つ「入国に際しての条件」も緩和されつつある。しかし、それでもなお、受田氏は「コロナ前の状況に戻るには少し時間がかかる」と話す。

受田海外旅行が解禁されてもなお、需要回復を妨げている要因は4つです。

一つは、入出国における手続き。ワクチン接種証明の提示や陰性証明書の提出、帰国後の隔離など……国ごとに条件は異なりますし、タイミングによっても変わってきます。そうした煩雑な手続きや細かい情報収集が海外旅行のハードルとなっているのは間違いないと思います。

二つ目は、お金です。ただでさえ高い海外旅行ですが、今は円安と原油高によってさらに値上げ傾向にあります。例えば、日本─ハワイ間では燃油サーチャージがほぼ倍増(2022年6月時点)していて、これまでよりも行きづらくなっているんです。

三つ目は、心理的な不安です。海外旅行において少なからず心理的な不安を感じる人が多少はいますよね。例えば、旅行先の国の衛生面や感染状況、感染した際のリスクなど。そこに、新型コロナウイルスという新たな不安が加わりました。

そして最後に、世論もかなり影響しています。「海外ってまだ行っちゃダメだよね」とか、「SNSで発信したらバッシングされそう」とか。特に日本では、そういった“雰囲気”は重要なポイントだと思います。

海外旅行に行けるようになったとしても、こういった問題点が解決・解消されない限りは、旅行者の数は増えていきづらいんじゃないかと考えています。

新型コロナウイルスの影響を受けて、旅行業界はこのように新たな問題を抱えることになった。しかし、受田氏は神妙な面持ちで「実は、コロナが始まる前から業界には大きな課題があったんです」と語り始めた。

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「最安値」は、システムから作り出せる

コロナ禍以前より旅行業界が抱える大きな課題、それは「デジタル化の遅れ」だ。

今なお続く店舗中心型の販売、店頭に並ぶツアーのチラシ、予約に必要な数多の書類……。アナログなのはフロント部分だけではない。代理店が企画した旅行プランを手配するランドオペレーターたちも、移動手段や宿泊施設の手続きにPDFを印刷した紙を使ったり、場合によってはFAXを使っていたりする。

直ちに問題というわけではないが、やはりデジタル化という観点での伸びしろは大きいだろう。こうした点に対して、今どのようなアプローチが求められているのだろうか。

受田 解決策として、ITエンジニアリングのアナロジーを用い、フロントエンドとバックエンドで分けた考え方で説明しますね。

まずフロントエンドでいうと、重要なのは「いかにスムーズに旅行の予約を行えるか」という点です。今、旅行代理店を通してパッケージツアーを購入しようとすると、例えばハワイなら数万という膨大な数のツアーが選択肢として出てきます。

その中からなんとかツアーを選んだと思ったら、次は注意事項がずらっと並んでいる詳細ページに移ります。それを乗り越えいざ購入しようとすると、会員登録を迫られ、同行者の情報入力を求められ……なんだかんだ10ページほど遷移させられます。これを「仕方ないこと」として受け入れている人も多いと思いますが、はっきり言ってUX改善の余地はかなり大きいでしょう。

そして、バックエンドで必要になるのは統合システムです。海外旅行には様々なステークホルダーが存在します。旅行会社、ホテル、アクティビティ、ランドオペレーター。それらが世界各国にあり、使っているシステムもバラバラなんです。これらを統合し、最適化していくことが不可欠なんです。

システム統合による消費者側の最大のメリットは、旅行代金が安くなるということだろう。

例えばホテルの代金ひとつとっても、「スタティックレート(ツアーパッケージレート)*1」「ダイナミックレート*2」を代表に様々なレートが存在し、「どのレートが最安値か」というのはそのタイミングによって変わってくる。旅行代理店ではパンフレットに掲載するツアーの料金をころころ変えるわけにもいかないため、スタティックレートを採用することが多いが、もちろんそれが常に「最安値」というわけではない。

一分一秒ごとに変わっていく在庫と料金をシステム上で管理し、最適な価格を提示してはじめて「最安値」を実現することが可能となる。この運用が実現すれば、一連のサプライチェーンで必要な人件費や店舗コストなどを大きく削減できるため、その分を消費者に還元することも可能になる。

令和トラベルが打ち出すソリューションの新規性とは、つまりこういうところなのだ。

これまでにも旅行業界に新規参入するスタートアップは少ないながらも存在していた。しかしその多くはオンライントラベルエージェンシー(OTA、インターネット上だけで取引を行う旅行会社)からAPI連携でリアルタイムに在庫を買い付け、レベニューシェアモデルで販売するというやり方が主流であった。当然、このモデルでは“最安値”の実現は難しいため、単純な価格競争では見劣りしてしまう。

また、大手のバイイングパワー、アドバンテージ、というそもそもの構造を打開することはできない。手間はそれなりにかかりつつ、それほどの財務優位性を築けず、どうしても利益が少なくなる傾向にある。新興企業が参入しても、大胆なマーケティングを実行できず、撤退を余儀なくされる所以がここにある。

このように、従来の業界のルールに乗っかるビジネスでは、どうしても「旅行代理店」の延長線上にあるイメージがぬぐえない。そこで、新たな姿を模索しているのが令和トラベルだ。

独自のシステムを構築し、業界のルールを変える「デジタルトラベルエージェンシー」を目指している。先にも述べた通り「トラベルテック」とは、単に業務効率化にとどまることはない。業界の慣習をサステナブルなものに変革させ、その結果としてお得な商品を消費者に提供し、同時にユーザー体験も進化させる。すべてをかなえるための構想なのだ。

*1:スタティックレート(ツアーパッケージレート):直訳すると「静的な料金」。旅行会社がツアー用のレートで仕入れた航空券やホテル料金をさす

*2:ダイナミックレート:直訳すると「動的な料金」。「高頻度で商品価格を変更させる仕組み」で、商品の需給に合わせて価格を変更させた適正価格を指す

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トラベルテックが持つ、事業展開余地の大きさ

今触れたように、令和トラベルが解決しようとしているのは業界慣習やお金の問題だけではない。前述した「煩雑な手続き」や「不安」といった問題にも向き合おうとしている。

受田パスポート・ビザ手続きや手順に関しては、民間企業だけではどうにもできません。しかし、それをいかに簡略化できるかとか、いかにミスなく実行できるかという点においては我々も近い将来ソリューションを提供していきたいと考えています。

例えば、パスポート情報をOCRと呼ばれる文字認識技術で読み取ってデジタル化することで、入力ミスをなくし、簡単に登録できるようにしたり、入国の際に必要な手続き等をリスト化し、同行者全員でシェアするツールをつくったり。

こうした地道な活動を重ねて、少しでも旅行者の負担を減らすことで、海外旅行のハードルを低くしたいですね。

同社では入出国の手続きをサポートする『海外渡航らくらくパック』というサービスも展開している。これを利用すれば手続きの代行等、旅行のための面倒な準備を丸投げすることができるのだ。

受田旅行者に安心を感じてもらいたいという思いもあります。『トラベルコンシェルジュ』というサービスを展開しており、ここでは、旅行中はもちろん、旅行前であっても不安な点を相談することができます。

ツアーパッケージを申し込んでいただいた方に対しては現地で24時間365日のサポート対応を提供しており、旅先でのトラブルやアクティビティ予約等、いつでも日本語でサポートしています。

また、令和トラベルでは旅先の情報をオープンに発信するWebメディアも運営している。旅行者が持つ不安を少しでも解消しようと多方面から働きかけているのだ。

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トラベルテックだから創れる「より良い海外旅行」

受田氏曰く、「海外旅行に行きたいという思いは多くの人が持っているはず。そのためのハードルを下げていくことさえできれば、まちがいなく旅行者の数は戻ってくる」とのこと。

そのためには先に上げたような問題の解決が必要不可欠だ。しかし、令和トラベルがやろうとしていることはそれだけではない。つまり「これまでの海外旅行」に戻すことだけを考えているわけではない。

受田これまで以上に、海外旅行を身近なものにしていきたいと考えています。そのためには障壁を取り除くだけでなく、より良いUXの提供が必要になります。

例えば、「選べる」という点は我々もこだわっています。パッケージツアーはホテルやアクティビティなどが含まれており、値段がお得になる代わりに、好きなように選択するというのが難しいという特徴があります。我々は、お得で簡単というパッケージツアーの良さを残しつつ、さらに「選べる」という利点も加えられるようにしたいと考えています。

支払い時にも、BNPL(Buy Now Pay Later)を選べたり、積み立ての仕組みをつくったり。そして先ほど説明したように、現地でのサポートや、情報が得られるメディアなども駆使して、「旅行を検討し始めてから、実際に出国し、帰国して自宅に帰るまで」のすべてのユーザー体験を刷新していきます。

ここまで見据えて戦略を立てたうえでプロダクト開発を進めることを通して、消費者にとっての新たな選択肢を生み出していきます。そうすれば間違いなく、「海外旅行に行ってみよう」と思う人は増えると思っています。

コロナによって生じた新たな問題に対応しつつ、コロナ前からあった潜在的な課題をITの力で解消していく。それは既存のプレーヤーではなくスタートアップだからこそできることなのかもしれない。

とはいえ、この業界ではやはり大手旅行代理店が持つアドバンテージは大きい。予約が入ってから手配するのではなく、一定の席数、あるいは一定の部屋数をブロックし、事前に確保するというやり方もある。

コロナの影響で今は少なくなったようだが、またいつそうした“パワープレー”が再開するかわからない。今の仕組みが継続したままそうなってしまえば、スタートアップには歯が立たない戦いになってしまう可能性もある。そうならないために、今のうちに流通規模を出し、影響力のある存在にならなくてはいけないのだ。

海外旅行の波が戻ってきた、と楽観視などしていない。トラベルテックにとっては、むしろ今が正念場なのだ。

こちらの記事は2022年07月01日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

栄藤 徹平

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山野 智久
  • アソビュー株式会社 代表取締役CEO 
公開日2022/05/10

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