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課題の前提を疑え──世界の住所を作り変えた英国スタートアップに学ぶ、事業アイデアのつくりかた

指定された住所にたどり着いたものの、敷地が広く、相手がどこにいるのかわからない
──そんな課題をテクノロジーで解決するとして、
あなたならどのようなソリューションを提案するだろうか。

「どうして誰もこの解決策を思いつかなかったのか不思議に思う」

そう語るのは、地図アプリを展開するスタートアップ「What3words(ワットスリーワーズ)」の
創設者Chris Sheldrick(クリス・シェルドリック)氏。

彼は上記の課題に対し、「住所の仕組みを置き換える」という答えを出した人物だ。

本記事では、課題の前提となっている“仕組み”に着目した、
What3wordsの巧みなサービス戦略を解き明かしていく。

  • TEXT BY HARUKA MUKAI
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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3つの単語で世界地図を区切るアプリ「What3words」

What3words」は、2013年3月にロンドンで設立された。「世界地図を3メートル四方に分け、各エリアに3つの単語をランダムで割り当てる」という新しい住所の仕組みを開発、提供している。

例えば、What3wordsで東京スカイツリーを検索すると、「みそしる・あんず・よこせん」という住所が表示される。簡単な3つの単語で構成されるため記憶しやすく、3メートル四方のグリッドにより、緻密に位置を指定できるという。

同社はブラウザやモバイルアプリで、位置情報とWhat3wordsの住所の相互変換、取得した住所の外部共有機能を無料で提供。

これらの機能を既存のシステムに組み込むAPIやSDKを配布し、そのライセンスから収益を得ている。宅配会社の業務用システムなどで、顧客の位置情報や住所を3つの単語に変換し、地図上に表示させることも可能だ。

すでに日本語を含む26カ国語に対応し、企業や政府機関、NPOなど合わせて650もの組織に導入されている

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シンプルかつエラーの少ない“新しい住所”への需要

創業者のSheldrick氏は、音楽プロモーターとしての経験から住所をめぐる課題に着目した。イギリス国内外でコンサートの企画や運営に携わっていた彼は、住所が正確に定められていない地域において、機材を積んだ車が道に迷ってしまうトラブルに絶えず悩まされていたという。

住所の示すエリアが広すぎる、あるいは近くに同じ名前の通りが複数存在するなど、既存の仕組みが持つ課題を解決するために、「便利かつエラーの少ない」住所の開発に着手。数学者の友人と議論を重ね、住所をたった3つの単語で表現するアルゴリズムを練り上げた。

What3wordsが2013年にローンチされると、「住所を持たない地域に住所を与える」スタートアップとして一躍脚光を浴びた。日本にいると実感する機会は少ないが、世界には住所を表記する方法の整っていない国が135カ国も存在する。そうした地域において、同社の提供する新たな仕組みの需要は大きい。

例えば、ブラジルのロヒーニャ地域では、小さな住居が密集しており、正確な住所を割り当てられなかったという。What3wordsの仕組みを採用したことにより、すべての住民が固有の住所を持てるようになった。

また、人口の4分の1が遊牧民で構成されるモンゴルでは、郵政公社がWhat3wordsを自社のシステムに搭載。現在では、郵便局だけでなく、タクシー会社や銀行、観光業者にも利用が広がり、一国のインフラとして活用されている。

モンゴルの郵政公社で利用されているシステムの画面

緻密に位置が把握でき、間違いも起きづらいことから、災害支援においても同社の仕組みが活用されている。国連が被災地支援に活用する情報共有アプリ「UN−ASIGN」がその代表的な事例だ。混乱時にもより正確かつ迅速な支援を提供できるよう、同アプリでシェアされる写真やテキストにWhat3wordsの住所を紐付けている。

国や自治体以外にも利用は拡大している。世界69カ国に展開するドバイのロジスティクス企業Aramex(アラメックス)は、従来の住所をWhat3wordsの住所に置き換え、ドライバーが宅配にかかる時間や、確認に必要な電話の数を大幅に短縮した。ほかにも「Domino Pizza」が、オランダ自治領シント・マルテンで、同社の住所を使って宅配を行なっている。

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音声入力の時代、自動車業界から注がれる熱視線

最近では自動車業界からの期待が高まっている。メルセデス・ベンツは昨年、新しいナビゲーションシステム「Mercedes-Benz User Experience」に、What3wordsの住所を活用する旨を発表した。すでに「Navmii」などのカーナビゲーションシステムに導入されてきたが、音声入力のシステムに搭載されるのは今回が初めてだ。

従来の住所に比べ、3つの単語は入力ミスが起こりづらく、ユーザーにとってメリットが大きい。先日には中国の自動車企業「SAIC Motor」と、フォーミュラ1のチャンピオン「Nico Rosberg」、オーディオーとナビゲーションシステムの「Alpine Electronics」が同社に投資を行うなど、音声入力の拡がりに伴い、What3wordsに追い風が吹いているようだ。Sheldrick氏は「(上記の3社の)投資を受け、進むべき方向が固まった」と述べている。

アルゴリズムを開発した頃から音声入力での利用を想定し、同音異義語は避け、似た組み合わせは離れた位置に割り当てるよう設計したという

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課題を引き起こす“仕組み”自体を作り変える──What3wordsから学ぶ戦略論

「たった3つの単語の組み合わせだけで、地球上のあらゆる場所に住所を付与できる」

Sheldrick氏は起業のきっかけを問われた際、この“アイディアの美しさ”に魅せられたと振り返っている

「住所がわかりづらく道に迷ってしまう」という課題が提示されたとき、真っ先に思いつくソリューションは、丁寧にガイドしてくれる地図アプリの開発だ。しかし、地図アプリ市場は「Google Map」の独壇場となっており(iPhoneユーザーの70%がGoogle Mapを利用しているという)、従来のような地図アプリを新たにつくろうとすると、厳しい戦いを強いられることは必至だろう。

そこで、What3wordsは発想を転換し、「住所そのものを作り直す」という一見単純なアイディアで答えてみせた。課題の前提となっている“仕組み”自体を、より便利なものへと作り変えたのだ。人の移動や、物を運ぶ際に不可欠な「住所」に着目したことにより、事業が大きくスケールする余地も生まれた。

事業アイディアやビジネスモデルを練る際、ターゲットの課題や活用するテクノロジー、市場規模など、考慮すべき要素は無数にあるように思える。しかし、ユーザーの抱えている課題の根本にある仕組みに目を向けると、よりシンプルな解決策が見えてくるかもしれない。

たった3つの単語で世界を再構成し、順調に成長を遂げるWhat3wordsは、その最たる例といえるだろう。

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執筆

inquire所属の編集者・ライター。関心領域はメディアビジネスとジャーナリズム。ソフトウェアの翻訳アルバイトを経て、テクノロジーやソーシャルビジネスに関するメディアに携わる。教育系ベンチャーでオウンドメディア施策を担当した後、独立。趣味はTBSラジオとハロプロ

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。東京大学(教育思想)→某AIスタートアップ(マーケティング・事業開発)→現職。関心領域は、ビジネス・テクノロジーから人文知まで。

デスクチェック

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

こちらの記事は2018年09月07日に公開しており、記載されている情報が異なる場合がございます。