“課題のユニークさ”こそ起業家の魂。
Cansell山下の常識を超える事業構想法
「Cansell」のサービス内容を聞いたら、誰もが「なんて便利な」と感じることだろう。
同サービスは、ホテルや旅館の宿泊権利を売買するためのもの。
急な用事や天候トラブルなどで宿泊予約をキャンセルせざるをえないとき、第三者に権利を譲渡できるのだ。
キャンセル料を支払わずにすむのならありがたい、と思う反面、「それってどれだけマーケットがあるの?」と疑問に感じる人もいるかもしれない。
Cansell代表取締役である山下恭平のビジネス哲学を聞いた。
- TEXT BY MISA HARADA
- PHOTO BY YUKI IKEDA
業界未経験者の参入こそ、業界革新を生み出す
山下は2010年、新卒でSIerにエンジニアとして就職。しかし、「自ら面白いものを生みだしたい」という想いが募り、起業家が集まるイベントに参加するようになる。
その中で出会ったのが、リクエストの多い映画を映画館で上映するオンデマンドサービス「ドリパス」創業者の五十嵐壮太郎だった。ビジネスモデルのユニークさももちろんながら、「映画が好きだし、純粋にこのサービスを広めたい」。
そう感じた山下は、「無給でいいです」と懇願し、「ドリパス」を運営するブルームに入社。同社がヤフーに買収されてからは、ヤフーでディレクターを担当し、2016年1月にCansellを創業した。
山下のキャリアを見ていくと、映画の次は旅行とまとまりがない印象だが、それは“あえて”のことらしい。
山下「ドリパス」のサービスなんて、映画業界の人からすると絶対ありえないものなんです。映画館の一枠をもらうのがどれだけ大変か知っていますから。
でもそこにトライしていくと、面白いものが生まれます。僕はCansell創業前も旅行・観光業界のことは何も知りませんでしたが、知らないからこそ課題に対して純粋なアプローチができる。
業界を変革するようなポジティブなインパクトというのは、他業種からの参入によって生まれるものだと、ドリパスの経験から感じています。

では、山下はどのようなきっかけで旅行業界に興味を持つに至ったのか?実は起業した当初、インバウンド観光者向けのグルメ予約サービスを構想していたというが、「ヤバそう」だと感じたいう。
確かにインバウンド市場は盛り上がっているが、グルメ予約は“なくても困らない”ものでしかない。同じ旅行・観光の分野でも、移動と宿泊は“なくてはならないもの”であるから、ニーズも市場も大きいはずだ。
山下は、新たな事業を生み出そうと再び頭を働かせた。
そんなときにたまたま目にしたのが、海外送金サービスであるTransferWiseだった。TransferWiseの仕組みは通常の海外送金と全く異なる。実際には海外送金を行っているわけではなく、ただ国内送金をしているだけだからだ。
例えば日本円と米ドルの海外送金を例に取ると、「日本円をドルに両替して海外送金したい人」と「ドルを日本円に両替して海外送金したい人」をTransferwise側でマッチングさせ、実際には通貨の両替をせずに送金先に送金主が指定した額の通貨を届けている。
つまり、Transferwiseが仲介役になることで、海外送金と同様の価値を、無駄な手数料を省いてユーザーに提供しているのである。
TransferWiseが提供する、「あえて」企業が仲介することにより、ユーザーが負担するコストを削減するというコンセプト。このコンセプトをトラベルとかけ合わせることはできないか?と考えていたとき、「宿泊キャンセルの領域なら形になるかもしれない」と直感した。これが「Cansell」の事業アイデアが生まれた瞬間だった。
アイデアが固まり実際にCansellの開発を始めてから、自身も沖縄旅行を計画した際に、台風が接近し、ホテルのキャンセル料を支払うことになりそうだとやきもきした経験もしたという。その経験が「このコンセプトはイケる」と山下に確信させた。

「ドリパス」で学んだ、業界新規参入時の立ち回り方
しかし、それ自体がビジネスになるほど、トラベル業界ではキャンセルの発生件数が多いものなのだろうか?素直な疑問を山下にぶつけると、「キャンセル件数の公表データはないからわからないんですよ」と、表情1つ変えず驚きの答えを返してくれた。
山下ロジカルに考えると、市場規模もわからないし類似サービスもない。普通ならこのアイデアはダメそうだな、ということになりますよね(笑)。でも僕は、「いろんなリスクはあっても間違いなく課題としては存在するし、ダメなら別の事業にチャレンジすればいいか」と考えました。
トラベル業界はそもそもの市場規模が大きいので、宿泊予約のマーケットでキャンセル料が発生する割合が1%でもあれば、Cansellが狙える市場も、ベンチャーにとっては十分勝負できる数字になるんじゃないかと思ったんです。
どうやら山下はビジネスにおいて本当に、儲かるかどうかではなく、面白いかどうか、ユーザーを幸せにするサービスかどうか、を重視しているようだ。「Cansell」をスタートさせたばかりの頃にも、メンバーの間で“高額転売を許容するべきか?”という議論が巻き起こった。
もちろん売上拡大だけを考えたら、高額転売を認め、その手数料を受け取るのが良いだろう。極端な話、「Cansell」自ら日本全国のホテルを予約しつくして品薄状態を作りだし、自社のプラットフォームで転売するという手もあるだろう。だが、山下はそれを是としなかった。
山下それでハッピーになるのって、転売業者だけじゃないですか。それに「Cansell」の事業は、多くのホテル・旅館が予約の名義変更をOKにしているからこそ成立しているものです。
予約の高額転売が蔓延すると、業界全体で名義変更を禁止にする動きが起こり、本当に予約を譲渡したい人が困る状況になりかねない。高額転売を許容するのは、長い目で見たら自社にもユーザーにも、全くメリットがありません。
最近でもCtoCのチケット売買サービスが高額転売をきっかけに、サービスクローズせざるを得なくなったという大きなニュースがありましたが、僕らは収益は二の次にして、とにかくエンドユーザーに長く愛されるサービスを作りたいんです。

長く続くサービスであり続けるためにも、「Cansell」では純粋なCtoCのマッチングモデルを採用していない。一度Cansell自身が仲介することにより、不正出品ではないか?このホテル・旅館は名義変更を受け付けているのか?といったことを人力で審査し、名義変更を代行する。
山下は、「真新しいサービスは、業界から受け入れられないと拡大するのが難しい」と語る。これまでの「Cansell」は、サービスコンセプトの検証期間だったが、今後はホテルや旅館とパートナーシップを組み、業界のスタンダードとなるべくポジションを確立することを目指していく。
意外にも山下は、今まで“あえて”ホテル・旅館とコミュニケーションをとらないようにしていたそうだ。
山下「こういうサービスを始めます」と実績もない時期に説明に行って、「難しいし実績もないなら、うちは賛同できません」と言われたら、何も出来なくなってしまうじゃないですか。考えて見れてば当然ですよね。今までになくて、よくわからないんですから。
だから、法的にも問題がなく、宿泊権利の名義変更は問題ない、という事実だけ確認がとれているなら、サービスを小さく始めてしまったほうがいいんです。
「気づいたら『Cansell』というサービスのメリットを享受していた」、「これは自分たちとしてあったほうがいいかも」というポジティブな空気や状況を業界内で作ってしまう。そうなれば、ホテルや旅館の方々にとって、Cansellを否定する理由はもうありませんから。
関係者にまずは圧倒的なメリットをGiveしてからはじめて、自分たちもお願いする。そういった交渉術は、「ドリパス」で学んだものです。
実際、ホテルや旅館から「おたくはどんなサービスをやっているんですか?」といぶかしげに問合せをもらうこともある。しかしほとんどの場合、きちんと手順を踏み、「あなたたちと同じく、宿泊したいユーザーを幸せにするサービス」であることを説明すれば、理解していただけるという。
HOWが進化しただけのビジネスに興味はない
Cansellでは今後、旅行サービスを軸に、柔軟に事業を展開していく。
山下テクノロジーの力で、トラベル業界の“マイナスをゼロ”にしていこうと思っています。現状では“プラスをよりプラスにする”、付加価値を提供するサービスがトラベル領域には多いと認識していますが、Cansellではマイナスになっている部分をゼロにしたいんです。

そこで山下が現在構想を練っている新ビジネスが、“航空マイルの現金化”だ。そのサービスアイデアによって、大企業とのオープンイノベーションを誘発するためのピッチコンテスト「IVS Connect」(2017年12月、石川・金沢にて開催)では、優勝ともいえる「ANA賞」(この回のIVS ConnectはANAが共創パートナー)を受賞した。
飛行機に乗るために使ってほしいマイルを現金化するなんて…というのが航空会社としては本音である。しかし山下は、「社内からは出づらいアイデアこそ、スタートアップと共創する価値がある」とプレゼン。
DMM.comに70億円で買収された「CASH」 や「メルカリNOW」といった即金サービスの成功事例からも、多少安くとも迅速にマイルを買い取ってほしい、というニーズが消費者にあると考えたという。
そんな山下はこれからCansellを、「多角的に事業を展開したり、ユーザーに付加価値を提供したりすることで、多くのマネタイズポイントを生み出していきたい」と意気込む。
「旅行業界、とくに宿泊の領域は課題が多いので、しばらくは今の領域に集中する」と語るが、将来はシリアルアントレプレナーを目指しているそうだ。「次は何をやるのか?」と問うと、やはりどこまでいっても、“課題がユニークである事業”だと教えてくれた。
山下最近でもAIをテーマにしたスタートアップがホットですが、結局解決しようとしている課題は、昔からあるものなことが多い。そのような“HOWが進化しただけ”のビジネスにも意義はあると思いますが、僕にとっては面白くない。
Cansellが今扱っている“キャンセル料”の問題は、他社がどこもやってこなかったことだから、やり続ければ自然とその課題に注目が集まる。
誰もチャレンジしておらず、解決しようとしている課題がユニークであることが、僕がやりたくなるビジネスの条件なんでしょうね。多分(笑)。
売上や規模でいうならば、Cansellよりも大きなポテンシャルを秘めたスタートアップはゴマンといるだろう。しかし、山下のような「誰もやっていないユニークな課題を解決する」という価値観とマインドセットこそ、“起業家”が“起業家”である所以なのではなかろうか。
どこまでも「人がやっていないこと」「ユニークであること」を追求する彼が、今後どんなビジネスを行っていくのか──。こちらまで自然とわくわくさせられてしまう。
こちらの記事は2018年03月16日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。
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