連載私がやめた3カ条

「手放す」ことが、本質へ近づく第一歩──primeNumber田邊雄樹の「やめ3」

インタビュイー
田邊 雄樹

慶應義塾大学経済学部卒業後、日本総合研究所にて製造業向けシステムコンサルティング、それに伴うプロジェクトマネジメントに従事。その後、インターネット広告企業にてビジネス・プロダクト開発に携わる中で、広告プラットフォームの開発・事業運営を担う関連会社役員を経て、株式会社primeNumberを創業。基幹業務からマーケティング領域に至る企業業務全領域を視野に、自社、及び顧客のプロダクト開発、それに伴う事業開発のプロジェクトリードを担う。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。

今回のゲストは、「あらゆるデータを、ビジネスの力に変える」をビジョンに掲げ、データ分析基盤の総合支援サービス「trocco®」を運営する、株式会社primeNumber 代表取締役CEO、田邊 雄樹氏だ。

  • TEXT BY HOTARU METSUGI
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田邊氏とは──「エンジニアリングファースト」を叶える質実剛健な経営者

「価値を創出できる人が輝けるような組織を作りたいと考えています」。

日本においては長らく、会社のシステム関連部門は組織の傍流とされてきた。エンジニアとは、実際にモノを作れる存在である。そして、そのモノこそがお客様にとっての価値に繋がるのだ。だからこそ、自分が会社を経営するのなら、価値を作れるエンジニアが思う存分プロダクトに力を注げるエンジニアリングファーストの組織を作りたい。そんな理念を基にスタートアップを経営しているのが、この田邊氏だ。

慶應義塾大学経済学部卒業後、2001年に日本総合研究所に入社。その後、広告テクノロジーの会社に転職した。

もともとは大手志向で、起業することについて考えたこともなかったという彼だったが、新たな市場への可能性を抱き、現役員である山本健太氏と共に独立を決意した。

紆余曲折を経た後に創業したのが、代表を務める株式会社primeNumberである。自身が社会人になりたてだったころには、すでに社会の情報化が急速に進み、「エンジニアがいないと会社は回せない、成長させることもできない」という状況だった。

創業時からの想いをそのままに突き進み、現在はコーポレート部門以外の全員が、それぞれの役割で各種エンジニアリングワークができるチームを築き上げたという田邊氏だが、会社の成長のためにあえて手放してきたものも多かった。

「後悔しない選択肢を選んできた」これまでをそう振り返る彼の「選択と集中」における理念とは。

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「SNS」をやめた

primeNumberの魅力は「チームそのもの」と語るほど、組織づくりにこだわりを持って会社を成長させてきた田邊氏。

8 Elements」と呼ぶ会社の基盤となる価値観が根付いたチームを構築できた秘訣は、彼の徹底した「時間管理」にあった。

「8 Elements」の内容(同社採用ページから引用)

田邊技術的な課題や営業面、プロダクトの進化などプロフェッショナル領域は役員陣に任せることができていますが、個々にフォーカスするのではなく、全体を俯瞰して見ることで因果関係を整理し、再構成をするのが僕の仕事です。

資金調達から2年が経ち、会社も新しいステージへと変わろうとしています。事業展開や組織構成、新たな歩みについて考えるのは非常に骨が折れる作業です。真剣に向き合っていると1日もあっという間に終わってしまう。

だからこそ、時間を奪われるSNSをやめることにしたんです。

今やスタートアップやベンチャーの経営者なら誰もが当たり前に使っているSNS。会社のPRという面を考えても、SNSでの発信力を重要視している経営者も少なくない。

一方で田邊氏は、そんなSNSを株式会社primeNumberの創業当初にぴたりとやめたという。

田邊皆さんもよくご存知の通り、SNSは時間がすごく奪われますよね。暇さえあれば、アプリを開いてしまったり、パソコンではSNSのブラウザを立ち上げっぱなしにしたり。

しかし、お客様との対話や、経営課題の熟考や整理など、SNSよりも向き合わなければならないことが経営者にはたくさんあります。

自分の時間はなるべくマネジメントに割くべきだと考え、創業から約8年間SNSには連絡以外の目的ではほとんど触れていません。

現在は、FacebookはMessengerの返信のみ、Twitterは業務に必要な情報や自社のイベントやサービスの反響を確認するときだけ使っており、Instagramに至ってはアカウントも持っていないそうだ。

発信に対して誠実な姿勢を持っているのは、代表である田邊氏だけではない。会社全体で、会社を実態以上によく見せるPRや、実現可能性の低い告知などの「中身のない情報を発信しないこと」を意識しているという。

そんな企業理念が根付いた一枚岩の組織を作るために、primeNumberでは採用に力を入れてきた。事業や組織に対して、共感できる人材を採用してきたことで、実力あるチームが育ってきたという。

「SNSをやめたことで、広報に協力できず申し訳ない」と控えめに語る田邊氏だが、自身がSNSをやらない分、創業当初から広報にも手を抜かなかったそうだ。

情報漏洩や炎上などのリスクが高いSNSをやめ、社内の広報部を着実に構築するという姿勢は、まさに質実剛健な田邊氏の姿を体現しているようである。

広報の一環で、SNSでも公式Twitterや公式noteは活用されている

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「判断基準に不要な要素を入れること」をやめた

会社の未来が懸かった意思決定を日常的に行わなければならない経営者にとって、細かなストレスや不要な判断材料は、意思決定力を損なう原因になりかねない。

Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズが、毎日同じ服を着るという有名な習慣も、不要な意思決定による疲れを取り払い、より重要な課題に向き合うためだ。

田邊大企業で働いていたときは、社内の忖度を感じていました。

田邊氏にとって、会社員時代に感じていた忖度は、不要なストレスを伴う意思決定における不純物だったと言える。もちろん一般社会人にとって、細やかな配慮や丁寧なコミュニケーションは必要不可欠だ。しかし、難しい選択を迫られたとき、不要な忖度は判断に悪影響を及ぼす。

田邊採用や組織構築にコミットするため、権限移譲は積極的に行ってきました。そのため、日常的な業務や意思決定に関しては、メンバーに裁量を渡しています。

しかし、会社にとって重要なイシューが発生したときに、メンバーに対する忖度が判断基準に加わってしまうと、問題が解決しないままずるずると長引いていくことが目に見えていますよね。

ですから、なるべく短期的に、そして感情的にならず、後悔のない選択を心がけてきました。

例えば、人事の問題に、この忖度が大きく影響していきます。組織が拡大していくにつれ、年功序列とは言わないまでも、古株のメンバーの声がよく通るようになる。

本来は多様性のある組織構成のために、さまざまなパッションを持った優秀な人材を採用する必要がありますが、古株のメンバーに忖度して、その主張だけを通してしまうと、会社に新しい風を吹かせてくれるような人材を採用できない場合があります。

採用などの会社にとって重要な判断を下すときは、誰かの意見に忖度するのではなく、一定の実績と周囲の納得感を持って判断するようにしています。

事業・組織が拡大していく中で、業績が落ち込む時期が来たり、メンバーが会社を離れたりすることもある。しかし、そんなときにも彼は「仕方がない」と割り切って、できるだけ後悔をしないよう意識した判断をしてきたという。意思決定能力の強さは、資金調達の際にも表れていた。

田邊シリーズAとシリーズBで、資金調達の最終意思決定もかなり変化がありました。2021年12月にCoral Capitalさん、One Capitalさんをリード投資家として総額約13億円のシリーズB資金調達をしました(当時のプレスリリースはこちら)が、実は、シリーズAの時にCoral Capitalさんからの資金調達を断念していたんです(当時のプレスリリースはこちら)。

Coral Capitalさんのメンバーさんは非常に魅力的な面々で、ぜひ仲間になってほしいという気持ちがありました。ですが、当時はCoral Capitalさんも始まったばかりのファンドだったことなどから、シェアやバリュエーションの面でベストな形を見つけることができなかったんです。

お互いのタイミングが合わず、シリーズAにおけるCoral Capitalさんからの資金調達は見送りましたが、シリーズBを迎えてからすぐにこちらからお声掛けし、出資していただいた流れになりました。

判断基準を明確にし、不要な忖度に囚われない。言葉だけ聞けば当たり前のように感じるが、当たり前を実行するには、日々の堅実な経営の上でしか成り立たない。

着実に会社の基盤を固めてきた田邊氏はひたすらに生真面目な人物なのかと思いきや、「日々のストレスも極力減らすために、ダイエット目的の無理な運動をせず、好きなものを好きなだけ食べたら、太ってきてしまいました(笑)」と笑いながら語ってくれた。

そんな人間らしさを兼ね備えたキャラクターが、優秀な人材を集めてきた彼の人徳にも繋がっているように感じる。

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「他人を羨むこと」をやめた

インターネットの発達によって、世界中の優秀な人材が可視化されるようになった現代。自分自身よりも優れた存在への嫉妬や羨望に頭を悩ませるビジネスパーソンも少なくないだろう。

自分を律することに長け、嫉妬とは無縁のように見える田邊氏だが、そんな彼もまた他人への収まらない感情を抱えていた過去があるという。

田邊高校生くらいまでは、自分より賢い人や裕福な人を羨ましく思うこともたくさんありました。新卒入社した日本総合研究所でも、優れたメンバーに囲まれていましたが、いつまでも自分の感情に振り回されては心が保たなかったんです。

ですから、あるときからは他人に対して羨望や関心を持つことをきっぱりとやめて、自分の判断基準を信じ、自信を持つことにしました。現在は競合他社や他の起業家を一切気にしなくなりましたね。

一流のビジネスパーソンこそ、感情のコントロールに長けているというが、そんなことが簡単にできるのだろうか。その方法を田邊氏はこう語る。

田邊昔から、これと決めたことを徹底するために、自分自身にマインドコントロールをかける癖があります。さながら、数学の公式のように自分の感情を当てはめるわけです。

私のこういった考え方は経営そのものにも表れていると思います。会社を「primeNumber(素数)」と名付けたくらいです。唯一無二な存在として、他人を気にせず、自らの強烈なアイデンティティを打ち出したいという信条が込められています。

そして、自分の向き合うべきお客様に対して、価値を返していくことに集中してきました。「8 Elements」の1つである「価値を返す」という考え方にも繋がっています。

取材によって浮かび上がってきた、田邊氏の3つのやめたこと。「SNS」「判断基準に不要な要素を入れること」「他人を羨むこと」と一見するだけでは、それぞれの関連性が見いだせない。

しかし、彼の経営に対する誠実な姿勢を知るうちに、3つには一貫して「本質的な行動・思考」を最優先するべきだというフィロソフィーが根底に流れていたのだとわかった。

何かを得るためには、何かを手放さなければならない。そんな残酷で潔い自然の摂理を前にしたとき、我々の道標となるのは田邊氏が経営者として身につけたような「本質を掴む力」なのではないかと感じられた。

こちらの記事は2023年06月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

目次 ほたる

2000年生まれ、東京出身。家事代行業、起業、スタートアップ企業の経理事務、ライターアシスタントなどを経て、2019年にフリーランスとして独立。現在はライターとして取材やエッセイの執筆を手掛けるほか、ベンチャー企業の広報部に参画している。主な執筆ジャンルは、ビジネス・生き方・社会課題など。個人で保護猫活動を行っており、自宅では保護猫4匹と同居中。

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