「空調メーカーのダイキン」は、なぜ東大やベンチャーと連携できたのか?──非公認組織「アベンチャーズ」メンバー近藤氏に訊く、オープンイノベーションの突破口

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インタビュイー
近藤 玲
  • ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター テクノロジー・イノベーション戦略室 技術戦略担当課長(東京大学駐在) 

同志社大学大学院を修了後、2008年にダイキン工業へ新卒入社。技術研究所において約10年間に渡りインバータエアコンやモータの研究開発に従事してきたが、2018年にテクノロジー・イノベーション戦略室へ異動。以来、産学協創協定を結んだ東京大学に駐在しながら、東大関連ベンチャーをはじめとする協創パートナーの発掘と新価値開拓を任されている。

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東京大学と締結した産学協創協定に100億円を拠出。東大関連ベンチャーとの協創でコネクテッドワーカーという働き方を実装。同じく東大関連ベンチャー連携によりアフリカのタンザニアでエアコンのサブスクモデルをスタート。大阪大学との連携で育休社員の就学プログラムを開始。ダイキン情報技術大学を開講し、新卒社員100名が“働かず”に2年間の教育カリキュラムを受講……。

これらは、この1〜2年でダイキン工業(以下ダイキン)が始動した取り組みのごく一部。とかくオープンイノベーションや産学連携が「枠組み作りや実験をするだけで終わるお題目チャレンジ」と揶揄されがちな中で、次々「本気の証し」を示しているダイキンは今、大企業からもベンチャーからも教育機関からも熱い視線を集めている。

そこで、こうした活動の切り込み隊長ともいえる近藤玲氏に「お題目をホンモノに変換する」極意を聞いた。

  • TEXT BY NAOKI MORIKAWA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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ベンチャーなんて全くわからない技術屋が、オープンイノベーション担当に就任

入社以来10年間、ひたすら研究所でR&Dに取り組んできた近藤玲氏のもとにテクノロジー・イノベーションセンター(以下、TIC)から連絡が来たのは、2018年のとある日。同センターのセンター長であり、大先輩である米田裕二氏からの呼び出しだった。

近藤てっきり「知らないうちに何かやらかしていて、叱られるのかもしれない」と戦々恐々の思いで汗をかき出向きました(笑)。

TICはその名の通り、ダイキンの主要な開発製造ラインとは独立した格好で、イノベーションの可能性を技術的な見地から追求するために創設された部隊。そのトップを務める米田氏から直々に呼び出されたわけだから、近藤氏が戸惑うのは無理もなかった。

その中身は「難しい宿題」だった。

近藤「空調・IoT・エネルギー」の3分野について、30年後にダイキンがどうあるべきかの「未来ビジョン」を考えて提出してくれ、というものでした。

私は一貫してインバータとモータという特定の世界に携わってきたコテコテの技術人間ですから、「そういう宿題を出すならば、もっと適した人が社内にいくらでもいるだろうに」と思いました。

実際、私よりも広く技術畑を見渡せる人間は社内に何人もいますし、トガった先端技術に関わっている人間ならばいくらでもいるんです。なので「なぜ自分なのか」という部分に腑に落ちない感覚はあったものの、きっと他の人にも同様に宿題を出しているだろうし、とにかく提出することを約束しました。

当時、近藤氏は複数の技術分野にまたがるインバータエアコン関連の開発プロジェクトを手がけ、それがようやく1つの形になりかけている時だった。そのため多忙を極めていたこともあり、「宿題」のほうはその本業の合間を盗み、短期間で書き殴るように仕上げて提出していたという。

その後も仕事に忙殺され、数ヵ月を経た頃、近藤氏は再び米田氏に呼び出された。

近藤別に時間がなかったからといって、やっつけ感覚で作成したわけではないのですが、「イノベーションを目指すならば、空調・IoT・エネルギーの3分野それぞれに計画を立てるよりも、その3つが全部絡み合ってこそ実現されるような壮大なビジョンのほうが、本当の意味で30年後のダイキンのあるべき姿、ということができるだろう」と考えて提出していたんです。

すると米田から「このビジョンをもっと詳しく聞かせてくれ」と言われ、またしても戸惑いましたが、とにかく開き直ってかなり大胆な方向性で説明をしていったんです。

「これが達成できたら、こんなスゴイことができますよ」と(笑)。

その直後だった。近藤氏を三たび困惑させる連絡が届く。最初に米田氏から連絡が来た時には「叱られるのかも」と思っていた近藤氏だったが、3度目の連絡の要件はむしろもっとショッキングな「宣告」だった。

近藤要は「TIC戦略室の一員になって東大に駐在し、イノベーションの芽を見つけて育ててこい」という話です。

その時は東京大学との協創プロジェクトは水面下で準備を進めていた段階だったため、全く状況が分かりませんでした。でも、ダイキンはもともとイノベーション創出に力を入れてきましたし、米田はもちろんのことTICにも現場にもそうした分野に精通している人間が何人もいましたから、どこか「自分はイノベーションと縁がない」と思っていたんです。

だから、まず驚き、そしてすぐに「無理、無理だよね」という正直な気持ちが湧きました。

驚くことに「迷うことなく」この異動話を辞退した、という近藤氏に理由を尋ねると「そもそもベンチャー企業と一緒に働いたこともなければ、1社として名前を知っている企業すらない」状態だったからだとのこと。

さらに本音を言えば「せっかく力を注いできた開発プロジェクトがようやく形になりかけている時に、よく知らない世界に飛び込んでいる場合じゃないだろ。異動しろって言われても、今の開発プロジェクトメンバーになんて説明すればいいんだ」とも思っていたという。

近藤もっと言えば、ずっと関西にいましたし、下の子どもも生まれたばかりでしたし、マンションも購入したばかり……というプライベートな事情もあったんです。

「東大は知っているけれど、東京のどこらへんにあるのかも知らない。行くとなったら単身赴任になるし、イヤだな」と、もうネガティブ精神のカタマリみたいになっていたんですが、結局はこの話を受けることにしました。

なぜ引き受けたかといえば、「自分でまいたタネ」だったから。

近藤普通ならこの話って、大喜びするような話ですよね(笑)。やりたくてもなかなかやらせてもらえないような大きなチャンスを、この会社が私に与えてくれたわけです。

コテコテの技術者として大阪で生きていくつもりでいましたけれども、もとはといえば自分から実現性もよくわからない、壮大過ぎるイノベーションビジョンを提言したのが原因でこうなった。

さらに迷っている私を横目に、妻は止めるどころか「異動するなら単身赴任ね」と言ってくれて、優しく「やってみたらいいんじゃない」とでも言うように、背中を押してくれました。

だったらこのチャンス、乗っかろうじゃないかと開き直ったんです(笑)。

必死で望んで手に入れたチャンスではないけれども、会社が自分を評価し、期待してくれたのは間違いないのだから、「クビになってもいい」くらいの姿勢で妥協なく取り組んでやる……そう決心した近藤氏。

スタイリッシュな風貌からは予想できないほどストレートに本音を話すコテコテの技術人間は、妻の理解と声援も受けて、単身赴任で東京大学に乗り込んだ。

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ダイキン発オープンイノベーションの突破口は「お友達」?

近藤氏が触れていたように、ダイキンは2018年の早い段階から東大との連携へ動き出していた。公にその取り組みが発表されたのは同年の12月。東京大学と結んだ「産学協創協定」は、拠出額100億円という破格さも手伝ってニュースにまでなった。

しかし、ともすると日本の産学連携や、「大企業×先鋭ベンチャー」という図式のオープンイノベーションは、「構想はダイナミックだけれども、なかなか事業として成立していないじゃないか」というように見られがちな風潮がある。このあたりを近藤氏はどう捉えているのか?

近藤先ほどお話をしたように、私自身が産学連携やオープンイノベーションに明るい人間だったわけではないので、世間の評価については何とも言えません。

しかし少なくとも、ダイキンの社員としては「また新しいことをするんだな」というように、わりと自然な成り行きとして受け止めていました。

ダイキンは米国のシリコンバレーや中国の深圳に早期からオフィスを設けて現地の企業との連携を模索してきましたし、大学との連携や協創関係についても大阪大学等と様々な取り組みをしてきました。

その都度、これらの最前線に社員の誰かしらが開拓者のように抜擢されてもいました。まあ、それが私になったのは驚きでしかありませんでしたし(笑)、100億円を投じることになったことは、さすがに驚きましたけれども。

その驚きの抜擢人事で東大内にオフィスを立上げながら着任した近藤氏は、どのようにイノベーションに挑んでいったのだろうか?

近藤ベンチャー企業、スタートアップ企業というところがどういうもので、そこにどんな人がいるのかも知らない人間ですから、まずそこをなんとかしなければいけないと思いました。

方法は単純です。ベンチャーのことはベンチャーに聞け、です。

ご存知のように今、東大関連のベンチャーが続々生まれ、市場からだけでなく連携を望む大企業からも注目されています。私も東大関連ベンチャーにどんどんお会いして、そこにいるかたがたの人となりや考え方に触れながら勉強させてもらおうとしました。

この発想で着任早々に出会ったのがフェアリーデバイセズの代表取締役・藤野真人氏。

後に近藤氏のダイキンと協創を果たし、同社開発のスマートウェアラブルデバイス『THINKLET™』を用いた“コネクテッドワーカー”創出事業を立ち上げ、ダイキン社内に実装するに至ったパートナーである。

近藤私としては当たり前な感覚で「お友だちになってください」と藤野さんに話したのですが、笑われました(笑)。「米田さんに聞いていた通り、面白いかたですね」と。

でもこの後から次々にベンチャーのかたがたにお会いしていったのですが、同じようにお願いをしていきました。そして、1人にお会いして友だちになってもらう約束をすると、そのかたからまた知り合いのベンチャー関係のかたを紹介していただき、どんどん友だちの輪を広げていったんです。

名付けて「お友だち作るぞ作戦」。天下のダイキンが産学連携ベースでオープンイノベーションに乗り出したと知れば、黙っていたってベンチャーが挨拶に来そうなものだが、近藤氏は都内どころか日本中を巡りながら、規模も歴史も技術領域も様々に異なるベンチャー企業のキーマンに、直接会いに行ったという。

その会社のことについて教えを請いながら「お友だちに……」の殺し文句を使い続けてきたと聞き、笑い出してしまったのだが、近藤氏は目をキラキラさせながらこう話す。

近藤とにかく会って話すと楽しいし、面白いし、尊敬せずにはいられない人ばかりなんですよ。だって皆さん、技術屋としても一流で、かつ、ビジネスや経営についての知見も深いんですから。ダイキン内に閉じこもっていては、なかなか出会えないかたがたと話せることが、めちゃくちゃ楽しかった。

最初にお会いした藤野さんもそれこそ強烈でした。藤野さんのお友達のベンチャーさんのオフィスでベンチャーさんのお友達も呼んでいただいて飲んだりもしました。オフィスのお酒を飲み切ってしまったので、近くのコンビニでお酒を買い込んで冷蔵庫パンパンでお返ししました。

このプロジェクトのメンバーの皆も一緒に乾杯までしましたし、その後も会うかたが皆、本当に夢を持って、真剣に、でも実に楽しそうに新しい挑戦に取り組んでおられたので、夢中になって会いに行ったんです。

約1年で少なくとも120社のベンチャー企業のかたにお会いして、優しいかたがたに「お友だち」になってもらいました(笑)。

「コテコテの技術人間と自称していましたが、むしろ昔気質の営業マンみたいですね」と伝えたところ、「普段の自分はそんなに熱い感じを表に出さないタイプだと思うのですが、いったんスイッチが入ると、どうやら変貌するようだ、と最近になって自分でも気づきました」と笑う近藤氏。

近藤ただ、私がコテコテの技術開発の人間だったからこそ、ベンチャーで新しい事に挑戦している皆さんをリスペクトし、強く共感できたんだろうな、という自己分析はあります。

知らない領域の先端技術の話を聞くのは楽しいですし、技術そのものばかりではなく、インバータの技術者には思いも寄らないような、現場を知っているベンチャーだからこそできる発想をしているかたもいて、実に勉強になる。心の底から、嬉しい出会いしかありませんでした。

気鋭のベンチャー企業との出会いや意見交換によって「スイッチが入る」のは近藤氏だけではないようだ。例えば、先のフェアリーデバイセズ・藤野氏と対話する機会を得たダイキンのメンバーたちは皆が皆、目を輝かせながら前のめりで話すのだという。

近藤もちろんダイキンの中にも魅力的な技術や情報や発想が無数にありますけれども、今まで知らなかったものに出会って、それを実際動かしている生身の人間の口から聞かされていると「これをこうしたら世の中が変わるかもしれない」というアイデアが湧いてきたりするんです。

するとやっぱり、熱が入るんですよ。Webでも最新の情報を拾うことはできるけれど、それとはまったく違う感覚が走ります。「仕事してやっている。やらされている」という感覚とは無縁の「やりたい。やるなら絶対に自分がね!」みたいな熱が自然発生する。

「イノベーションの種って、こうやって産まれるんじゃないかな」なんて思い始めているんです。

自分ばかりでなくメンバーの熱も上がる中で生まれた成果の1つが、先に紹介した“コネクテッドワーカー”創出事業だった。

フェアリーデバイセズが開発したスマートウェアラブルデバイス『THINKLET™』を前にして、「これをうちの熟練エンジニアと現場にいるエンジニアが装着してクラウドでつながったら、実際に隣で作業を支援しているかのように、遠隔でもこれができる、あれもできる」という盛り上がりが生まれ、「ワーカーを細かなところまでコネクトする」という働き方改革につながるような事業モデルにまで発展したというわけである。

オープンイノベーションがうまく回らないケースについて有識者が語る際、必ず問題点として指摘されるのが「大企業側のベンチャーとの向き合い方が前時代的なまま」であるという点。

まるで下請け企業と接するように「うちの事業規模やネットワークを使えたら、あなたたちも大きなビジネスができるだろ」という“上から目線”が大企業にあることが原因で、協創関係によるシナジー効果など決して生まれはしないという指摘だ。

だが、ここにいる世界一の空調事業を持つ大企業の面々は、自然に素直に敬意をもって接している。「産学連携に経営トップが100億円も投じたから、結果を出さなければいけない」などという妙なプレッシャーは微塵もない。

切り込み隊長役の近藤氏による「お友だち大作戦」は、ベタなようでいて、オープンイノベーションがうまくいかない原因を乗り越えられる、何より正しいアプローチと言えるかもしれない。

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「近藤! もっと盛大にやらんかい」。 それが「空気をデザインする会社」の「ほんまもんの空気」

フェアリーデバイセズとの取り組みが正式に発表された2019年11月、ダイキンはもう1つユニークな事業を発表している。やはり東大関連ベンチャーの1つであるWASSHA(ワッシャ)は、独自のIoT活用による電力サービス事業の一環としてLEDランタンのレンタルサービスをアフリカのタンザニアで展開。

その成果はこれまで数々のTVでも紹介されてきたが、ダイキンと連携することにより高効率インバータエアコンを「利用した分だけ支払う」というサブスクリプションモデルで普及させていくというのである。

このWASSHAの代表取締役CEO・秋田智司氏と出会った時にも、近藤氏をはじめダイキンのメンバーたちは「アフリカが変わる」「世界に貢献できる」という興奮と秋田氏らWASSHAの関係者への尊敬の念とで盛り上がったというが、プロジェクトが動き出すうちに違う感情も近藤氏は味わったという。

近藤「総論だけなら大賛成だけれど、実際には動けない」とか「結局は実証実験だけやって終わりになる」とか、そういうオープンイノベーションあるあるに陥ってしまったらどうしよう、という冷や冷や感を味わうようになりました。

この「冷や冷や感」が、「自社(ダイキン)の上司に怒られるかもしれない。査定が下がるかもしれない」という種類のものだったとしたらガッカリなのだが、そうではなかった。

近藤こんなに素晴らしい技術と発想と情熱を持っているWASSHAのかたたちと、せっかく一緒にチャレンジをしているのに、何かこちら側の事情で形にすることができなかったら、秋田さんと仕事ができなくなるばかりではなく、出会った数々の素晴らしいベンチャーのかたがたからも「やっぱりダイキンもダメか」と落胆され、一緒に働けなくなってしまう。それが何よりも怖かったんです。

だから早く形にしたかったし、早くプレスリリースを打って、「ダイキン、本当にスタートアップと一緒にやりますよ」と宣言したくて焦っていた時期があったわけです。

これまた、オープンイノベーションがうまくいかない場合に有識者らが指摘する点だが、「古い発想しか持たない大企業は、自分たちがベンチャーを選んでやっている」という感覚でいるようだが、実情はそうではない。

DXやオープンイノベーションでブレークスルーを目指す大企業はいくらでもいるし、突出した価値を持つスタートアップ等のもとには連携や協創を望むリクエストが多数集まっている。「選ぶのはベンチャーの側なのだ」という現実があるのだ。

近藤氏の場合、以上のようなもっともらしい理屈からではなく、シンプルに「尊敬できて、前向きな刺激をくれる相手と協働できるチャンス」を失いたくない、という部分が大きいようだが、むしろだからこそスタートアップやベンチャーのピュアな志とシンクロできているに違いない。

近藤結果として、一緒に取り組もうと決めてから半年程度で社外への正式発表にこぎつけましたし、実証実験も終えて、いよいよ今年度中の本格事業化へ向けて動き出しているところですが、ともかくここまで来られた背景にはもちろんWASSHAのかたたちの脳と技術と経験がありましたし、嬉しいことにダイキンのグローバル戦略本部の人間がとびきりのスピードと実行力を発揮してもくれたんです。

なにもダイキンでイノベーションに挑戦しているのは東大チームやTICのメンバーばかりではないのだ、ということを近藤氏は満面の笑みで語る。

WASSHAとの取り組みでは現地タンザニアで進めなければいけない事柄も多数発生していったが、そこで期待以上に情熱的に機動力を発揮したのが海外と本社機能とを結ぶグローバル戦略本部の有志だったというわけだ。

近藤この事例ばかりではないんです。対外的には「お友だち作戦」を実行中ですけれども、社内では自然発生でいろいろな部署の有志社員が自分から動いて、私たちとの連携を望んでくれたり、アイデアや意見をくれたりする動きが広がっていったんです。

それじゃあ、大阪と東京に大半の人間も分かれていることだし、Web上でつながってしまおうということになり、今では約50名が部署を超えてつながっています。名付けて「アベンチャーズ」(笑)。いつの間にか皆がこの笑っちゃう名前を付けていました。

世界的に大ヒットした映画タイトルである「アベンジャーズ」と、「ベンチャー」の掛け合わせ。笑ってしまうほどの命名だが、その意義は大きい。

経営陣が「イノベーションを起こせる組織」にするべく「タテ割りの部署に横串を指して部門横断するようなつながりを設ける」話ならば“耳にタコ”だろうが、アベンチャーズのような現場社員による自然発生の横連携となると、なかなか聞こえてこないところ。

近藤私もこの会社に10年以上いますが、今の役目を担ってから、改めてダイキンという会社を知った感覚でいます。

アベンチャーズのような“ゆるい横連携”こそが、現実に計画を動かす時にはものを言うんですが、黙っていてもこうやって人が集まってきてつながってしまう風土が、ダイキンにはあったんだなあ、と。しかも、現場の人たちだけじゃないんですよ、ここでは(笑)

意味ありげに笑う近藤氏に「え?なにがあったんですか上層部で」と尋ねると、「めちゃめちゃ発破をかけてくるんです」とのこと。

近藤お友だち作戦で外の皆さんとのネットワークも急加速で広がり、内部でもアベンチャーズが広がっていることに、私としてもそれなりに達成感を持っているんですが、あちこちの部署のお偉いかたがたから「近藤!もっと周りを巻き込まんかい」とか「近藤!いいぞ、もっとやれ。盛大にやれ」と発破をかけられたり、手荒く応援されたりしています(笑)。

これはもうストレートに嬉しいです。中も外も、上も下も、タテもヨコも、うちは人と人とがつながって、本気で会社を変えていこうと動こうとしている。

そして、おかげさまで少しずつですが結果が現れようとし始めている。もちろん、私自身は徒労に終わるような無駄な動きをしている自覚はあります。つながっていることの全部が全部、形になっているわけではありません。

例えば、前述の通り1年で約120社のベンチャーとつながった近藤氏だが、その中でリアルに協創の取り組みをスタートできているパートナーは10社ほどだという。実行に向けてプランを練っている段階にいるのがプラス10社で、残る100社とは「まだ何も始まっていない」と説明してくれる。

近藤でも、どんな仕事でもそうですよね。形や結果につながるのはごく一部。ただ、だからといって何もしなければゼロのまま。非効率なのはわかっていますが、徒労に終わるかもしれなくても、とにかく無数に「つながっている“点”」を増やしていくしかない。

そもそもイノベーションなんてものは効率良く、都合良く発生させられるわけもない代物だと思うし、「何も始まっていなかった“点”と“点”がある日突然くっついて、面白いビジョンが広がり始める」なんて経験もしています。

それに、スタートアップの皆さんなら、私たちの何倍も、何十倍も失敗を経験しているじゃないですか。ですから、これからも私は“点”を求めて動きます。「近藤、もっとやれ」と言ってくれる会社ですし(笑)

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「行動できる大企業」であるために。ダイキンは、スタートアップと共にイノベーションに挑む

「無駄かもしれなくても動きまくって、つながってくれる“点”を外にも中にも上にも下にも増やしていく」と宣言している近藤氏。事実、東京-大阪間をはじめ、全国を駆け巡る日々を送る中で、あるとき思い立って走行距離を計算してみたのだという。

近藤ビックリしましたよ。1年間で地球を2周していました(笑)。しかもほとんどが新幹線で。そりゃあ、グローバル部門の連中の中には「1年で4周以上っすよ」という猛者もいますが、こっちはほぼ日本国内の移動だけですからね、消費エネルギーや疲労感では負けていません(笑)。

意味不明のドヤ顔が人柄を物語る。だが、それがおそらくは「本気で実行する」を大切にしている、ダイキン流なのだろう。改めて「ダイキンって、どんな会社ですか」と尋ねてみる。

近藤グループ全体でいったら7万人以上も従業員のいる大所帯ですから、そりゃあ色々なキャラクターがいます。キャリアもスキルやバックボーンも違います。

ただ、先ほどの話からも察してもらえると思いますが、変にルールや仕組みでがんじがらめになっていたりはしない。私などはまさに「ルールなし。なぜなら前例がないから」という中で自由にやらせてもらっていますが、そういう人間が私一人かというとそうではない。

あちこちの部門やプロジェクトにそういう人間がいて、周りもそれを当たり前の風景のように認識していて、つながりたくなったら自由に近寄ってくる。

おそらく上のかたがたもそういう環境で育ったからでしょうね、大胆な取り組みをトップが発動してくれたり、上司たちが「もっと巻き込め」「もっと暴れろ」と背中を蹴飛ばしてくれたり(笑)。

大組織ですからルールや決め事は大切ですし、原則としてそれを守っているけれども、いざとなったら感情や感性という人間臭い部分で、みんなで本気になって動き出すのがダイキンという会社だと思いますし、実際に「大企業だけれど行動に起こせる」ことこそが、最高の強みじゃないかと自負しています。

「ベンチャーなんて知らないし、興味もなかった」と言いながらも、取材中終始、満面の笑みでいまの業務の面白さ、醍醐味を語ってくれた近藤氏。そんな彼に最後、これからの展望を聞いた。

近藤まだまだ変に賢く振る舞うタイミングではないと思いますし、私自身が刺激をもらって成長させてもらうためにも、これからも人と会うことを中心にやっていきます。

探して、つないで、育てていく。それを自分の使命だと思っていますし、チームの皆には「人として好きになれる相手を探し続けてください。好きな人とのつながりをつくっていくことこそ、イノベーションにつながるはずです」としつこく言っています。

個人的な目標は、壮大すぎるビジョンを発信したせいで東京に単身赴任したこんな父親のことを、娘が好いてくれるように頑張ることです(笑)

近藤氏が口にしたように、ダイキンが長きに渡り空調事業領域で世界ナンバーワンである所以も、お題目だけで終わらないイノベーションへの取り組みをダイナミックに展開し続けている所以も、すべては人間臭さを失わない点にあるようだ。

それに近藤氏は何度か「ダイキンだっていつまでも業界1位でいられるかわからない」ということを語っていた。グローバルのスタートアップと接するからこそ、健全な危機感を感じているのであろう。

Web等で目にする理屈や情報や正論らしきロジックだけでイノベーションを語ってしまう前に、まずは人と会って互いに感情や感性を動かしていく。そこにこそ、ダイキン流の、変革の起点があるのだろう。

こちらの記事は2020年04月03日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

森川 直樹

写真

藤田 慎一郎

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