人を超えた将棋AI・Ponanzaの
裏側を支える秘密と存在意義とは?
囲碁、将棋、チェスなどボードゲームでAIが人間を圧倒している。
2017年、HEROZのリードエンジニア山本一成開発の将棋AI「Ponanza」が佐藤天彦名人に勝利したのを皮切りに、ここ日本でもAIが人を圧倒しているかと感じる。
ディープラーニングを取り入れて日々進化するPonanzaについて、同社エンジニアの大渡勝己氏に聞いた。
- TEXT BY KEI TAKAYANAGI
- PHOTO BY YUKI IKEDA
- EDIT BY MITSUHIRO EBIHARA
名人を超えた将棋AI、Ponanza
AI(人工知能)に詳しくない多くの人々が、AIの進化を実感する情報として、「AIがゲームで人間に勝利した」というニュースがあるかもしれない。特に、将棋においては、人間がAIと連動したロボットの差し手と対峙している場面を目にすることがある。正式ルールで行われた大会で、将棋でAIがプロ棋士に勝利したのは2013年。
2017年、将棋の名人とコンピュータ将棋ソフトウェアが対戦する将棋電王戦の第2回大会において、「Ponanza(ポナンザ)」が史上初めて名人に勝利したのを皮切りに、様々なAIソフトウェアがプロを圧倒し、世間の注目を集めた。
Ponanzaを10年以上に渡って開発してきたプログラマーの山本一成氏は、現在、HEROZ株式会社のリードエンジニアであり、Ponanzaは彼を中心としたチームによって強化された開発、強化された。
第五回将棋電王トーナメントのPonanzaには、ディープラーニングが取り込まれるなど更なる挑戦が行われた。同社のエンジニアの一人が大渡勝己氏である。
大渡私は、AIの中でも将棋や他のゲームなど“探索”を含むAIの開発を行っています。弊社においては、現在、将棋AIのPonanzaに、ディープラーニングを取り込むことをメインに手掛けています。
探索というのは、ゲームのルールに従って先読みをすることです。先読みをするので、1つのルートを考えて終わりではなく、時間があればあるほど、更に先の所を探すことが重要になる。AIが広く活用されている画像処理のように、画像をAIのモデルに入力して、計算し出力して完結するプログラムとは異なる点です。
将棋AIにおいては、AIにおける先読み予測を、ゲームのルールにいかにうまく落とし込めるかが技術的な肝になります。
優秀なプログラムを生み出すためのノウハウ
同社には、複数のエンジニアがプログラムの開発に取り組み、「将棋ウォーズ」や「囲碁ウォーズ」といったゲームアプリを提供する他、独自AI「HEROZ Kishin」を用いて、企業の事業におけるデータを価値化するプラットフォームなどB to Bでのサービスを展開している。
開発を通じて蓄積されたAI関連のノウハウが、更に次のプログラムの性能の向上にもつながっていく。
大渡仮にどんなゲームも解ける万能なAIがあればよいですが、それはまだまだ難しい。現状、汎用的なものは目指しておらず、一つひとつのゲームに対して特化したプログラム開発を進めています。
そこでポイントとなるのが、蓄積したノウハウや新しいアイデアを、いかに早く検証し、取り込んでいけるか。将棋AIとしてPonanzaが強い理由はそこにあると考えます。
Ponanzaと聞くと、将棋のプログラム自体のことだと思われがちですが、実際は、将棋を指すプログラムはPonanzaというプロジェクトの一部でしかありません。プログラム開発をスムーズにするための検証システムこそがPonanzaの核なのです。
仮に何かのプログラムを開発する際に、実装よりも時間がかかるのが検証だという。Ponanzaでは、例えばゲームに関するプログラムを考えた時に、Ponanzaのシステムに打ち込むと、全自動で処理して、そのプログラムが強かったか弱かったかを評価できる。
大渡あまり詳しいことは言えないのですが“いつどんな工夫で強くなったか”、“過去のプログラムと比べてどの点が強化されているか”といった点が一覧形式で分かるようになっている。
将棋AIは業界全体としては、個人で開発に取り組んでいる人が多いため、個人の頭の中でプログラムの特徴が分かっていれば基本的には問題ありません。
一方でPonanzaは、プログラムの特徴や良し悪しを多人数で共有できるフレキシビリティーの高さに強みがあると言えます。
一つプログラムを組み上げて、Ponanzaのシステムで検証しているうちに、別の切り口のアイデアを並行して形作れるということは、開発のスピード向上につながる。他の将棋AIとの大きな違いはプログラムとしてよりも、様々なチャレンジに取り組めるこの開発の仕組みにあるようだ。
Ponanzaの技術のノウハウは「囲碁ウォーズ」などのアプリや独自AI「HEROZ Kishin」に活用されている。
大渡Ponanzaをメインで開発しているリードエンジニアの山本が以前に『Ponanzaのプログラムは黒魔術のようなもの』という表現を使っていて、私はPonanzaの開発チームに入る前にはどのような複雑なプログラムなのだろうと想像していました。
しかし、実際にPonanzaのプログラムに触れてすごいと感じた点は、不要な部分を捨ててシンプルに構築されていること。一度書き上げたプログラムを削ることは、普通、プログラマーとしては抵抗のあることで、もしかしたら後で使えるかもしれないと思ったりもします。
だけどPonanzaにおいては、現状で不要であれば無くすということが徹底されている。これは将棋AIに限らず、一般のプログラム開発において鉄則とされることです。開発スピードを向上させるための小さな積み重ねが、Ponanzaの強さを支えていたのです。
ゲームを通して社会にAIの存在を発信する
自身が開発に携わったプログラムの性能を勝負で決めることに対しての思い入れが、開発のモチベーションになっていると語る大渡氏。その一方で、Ponanzaの将棋を入り口として「情報科学が面白い」と感じてもらいたいという思いがある。
大渡人間の脳は複雑で、長い時間の中で進化してきたものなので、人間の脳が一番すごいという考えもあるかもしれません。
しかし、ゲームのように、一部の思考に似たものはAIにもできるという事実を、多くの人に感じてほしい。そして人類にできることは何かということを見つめ直していくきっかけになれば良いですね」
高度なAI技術が生まれると同時に、語られることが多くなったシンギュラリティーに対する漠然とした忌避感も、プログラムをつくるのは人間であり、使うのも人間であるということを念頭において向き合えば、また違った視点で語られるようになるかもしれない。
どれだけ優秀なAIも、高度な思考ルーチンを考えたり、開発全体をコントロールするマネジメント能力など、開発する人間の才能やセンス、目的意識に左右されるのだ。
今後、Ponanzaのような開発の速度を向上させるシステムが発達したり、リソースさえあれば誰でも高度なプログラムの開発に取り組めるようになった時、プログラマーに限らず世の中の多くの人が、より個人として何を目指してAIを扱うのかが問われることになるはずだ。
こちらの記事は2018年02月07日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
高柳 圭
写真
池田 有輝
編集
海老原 光宏
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