「カスタマーサクセス」は3つのキーワードで理解する。
HiCustomer 鈴木大貴氏が語る、サブスク時代の顧客との向き合い方

インタビュイー
鈴木 大貴

高専卒業後、医療器械メーカーや人材系企業、ITベンチャーを経てB2Bスタートアップへの投資を行うアーキタイプに入社。スタートアップ支援と事業会社向け新規事業開発コンサルティング業務に従事した後、2017年12月にHiCustomer会社を創業。国内初のカスタマーサクセス管理ツールをSaaS事業者向けに提供している。

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サブスクリプションサービスは、変えた。モノの価値観と、顧客との関係性を。消費者はモノを「所有」する代わりにサービスを「利用」するようになった。「所有」の時代は顧客にプロダクトを購入してもらうことがゴールだったが、「利用」の時代は使い始めるタイミングから関係性が始まる。

顧客の課題解決に継続的に貢献するにはどうすればいいのか──。そんな問いに応えるように登場したのが、「カスタマーサクセス」の考え方だ。

B2BのSaaSスタートアップのインキュベーションで投資・支援の経験を積んだ後、カスタマーサクセス管理ツールを開発するHiCustomer株式会社を創業した鈴木大貴氏。同氏にスタートアップがカスタマーサクセスを実践するための方法を語ってもらった。

  • TEXT BY HARUKA MUKAI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY KOTARO OKADA
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サブスクリプションを下支えする「カスタマーサクセス」の考え方

所有から利用への変化は、クリエイティブツールを提供するAdobeや、顧客管理プラットフォームのSalesforceなどのソフトウェア領域、「Netflix」や「Spotify」といったエンタメ領域にも広がっている。最近では処方箋の定期デリバリー「Alto Pharmacy」、車の定額乗り放題サービス「NOREL」など、ほかの業界でも取り組みが進む。

企業も意識変容を迫られている。従来のモノ型ビジネスでは、プロダクトを販売した段階で利益が生まれ、その後のカスタマーサポートはコストと考えられていた。

一方で、サブスクリプション型のビジネスでは、顧客が継続的に利用することで利益も増え続けるため、良好な関係を構築するための施策がいる。これまでコストと考えられていたカスタマーサポートにも、顧客関係構築の役割が求められるようになってくる。

顧客のロイヤリティが高い状態を維持できなければ、収益は安定せず、上位プランへの移行(アップセル)も起こらないからだ。

こうした取り組みや考え方は「カスタマーサクセス」と呼ばれ、国内外で注目を浴びている。

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「サービスの継続率を高めたい」企業側の意図、「サービスを長く使い続けたい」ユーザーの欲求。

カスタマーサクセス勃興の背景には何があるのか。企業側には、サービスの利用継続率を高めたいという意図がある。

鈴木サブスクリプションサービスを提供する企業にとっては、チャーンレート(解約率)が高いままで新規獲得に注力しても、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるような状態になります。利益率を上げるためには、既存顧客の継続率を向上させることが重要なんです。

鈴木氏は消費者側にとってもひとつのサービスを継続的に利用したいという潜在的なニーズがあるのではと指摘する。

鈴木消費者も生活のあらゆる場面で、どのサービスが良いかを調べ、ひとつに絞り、新たに使い方を学習するのは手間だと思っている。消費者側も自分に合うサービスを長く使いたいというニーズはあるはずなんです。企業と消費者の双方にとってメリットのある提案ができる可能性があるからこそ、『カスタマーサクセス』に注目が集まるのだと思います。

北米では数年前からカスタマーサクセスに関する大規模なカンファレンスが開かれ、部署内に専任担当がつけられるケースも珍しくないという。例えば、Salesforceは2000年初頭から継続的な利用を促す施策を打っている。

日本でも、飲食店向けの予約台帳サービスであるトレタや、クラウド労務サービス「SmartHR」などのSaaSスタートアップを中心にカスタマーサクセス部門の開設が進んでいる。書籍『カスタマーサクセス――サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則』が満を持して翻訳出版されるなど、注目度は高まりつつある。

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まずは「カスタマーにとってのサクセス」を定義する

これからカスタマーサクセスに取り組むスタートアップは、何から始めるべきだろうか。

鈴木まずカスタマーにとってのサクセスを定義します。「自社のサービスにとって真のカスタマーは誰か?」を考え、サービスを利用する上での理想の状態を定義します。HiCustomerであれば、SaaSスタートアップが提供するサービスの収益向上などが該当しますね。

定義するためには、仮説とデータの両面から状況を整理していく必要がある。しかし、「顧客関連のデータが複数のツールに分散されている」「そもそもログが残っていない」といった、データにまつわる課題を鈴木氏は指摘する。

鈴木特にスタートアップであれば、そもそもデータがなく、顧客の状況を判断しようがないといったケースも多いでしょう。その場合、まずはユーザーがどんな機能を使っているかや、サービスを使う頻度を把握することが大切です。それだけでも“動き”が見えてくるはずです。

そこがクリアできたら、継続につながらない最低限のラインを見極めるためのアクティビティを注視するといいでしょう。例えば、チャットツールであれば、利用しはじめているのにひとりも社員を招待していなければ、そのサービスが使われていないと判断できますよね。

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カスタマーサクセスは、この3つのキーワードで実施する

「顧客の成功」を定義することで、カスタマーサクセスを実践する組織への第一歩を踏み出せる。鈴木氏は、その次に頭に置いておきたい概念が3つあるという。

オンボーディング

オンボーディングはカスタマーサクセスの要だ。ここで言うオンボーディングとは、新規の顧客にサービスに親しんでもらうプロセスを指す。迅速かつスムーズにサービスに慣れ、求めていた成果を実感できれば、早い段階から顧客はロイヤリティ向上が見込める。

オンボーディングでは、顧客がサービスの利用を通じて得たい成果を把握し、その指標を決めるプロセスも含まれる。このプロセスを省略してしまうと導入後の成果を顧客は測ることができない、顧客にとってもサービスを使う理由を実感できず、結果的にサービスの評価も下がってしまう恐れがあるためだ。

ハイタッチ、テックタッチ、ロータッチ

カスタマーサクセスでは、基本的に顧客の単価ごとにアプローチを使い分ける。そのアプローチは「ハイタッチ」「テックタッチ」「ロータッチ」に分けられる。

鈴木主にサービスの単価や専門性、顧客によってアプローチは変わります。月額単価の高いサービスであれば、新規顧客が途中で解約してしまった場合の影響も大きくなります。

例外として、顧客単価は低くともネームバリューのある企業であれば、逃したくないはずです。その顧客に利用してもらうことがブランディングにつながるからです。

こうした場合に効果的なのがハイタッチです。対面での定期的なMTGの場を設けることで、活用の度合いを細かく確認。コンサル的に関わっていく手法です。

ハイタッチの顧客よりも単価が低い場合には、テックタッチやロータッチと呼ばれるアプローチを中心に実施していく。

鈴木「テックタッチ」はメールや管理画面のツールチップ、ヘルプページなど、顧客が単体で課題解決するためのコンテンツを用意する手法です。「ロータッチ」はハイタッチとテックタッチの間に位置づけられており、対面とオンラインを併用して顧客をサポートします。

サービスの継続利用の鍵を握るオンボーディングでは、アプローチはどう異なるのか。

鈴木ハイタッチであれば対面で面談をし、プロジェクトの目的やスケジュールを握り、設定や活用のマイルストーンを設定、そのモニタリングも行います。

テックタッチであれば、登録後すぐに使用法を書いたメールを送る、ツールチップを用意するなど、ユーザーが最短でサービスを理解できるよう支援します。機能面での改善も含まれますから、プロダクト改善の仕事に近いといえるもしれません。

引用:https://api.slack.com/best-practices/onboarding

鈴木氏が優れたテックタッチとして挙げたのは、「Slack」のツールチップだ。登録時にBotとメッセージのやり取りをする中で、ユーザーが自身の情報をSlackに登録できたり、Botの使い方やチャンネル機能の説明がステップごとに表示されたりする。プロダクトの改善を通じて、ユーザーのオンボーディングを支援している事例だ。

また、自社サービスの顧客数や平均販売価格を参考にすると、自社に必要な施策の見極めにつながるという。

仮に、年間で数百万円の契約が獲得できるなら、マンツーマンで丁寧なオンボーディングを行い、その顧客の成功に寄り添う。一方、月単価が数千円のユーザーを数万人抱えている場合は、顧客が“自ら”の力でサービスを使いこなせるような環境を整える必要がある。自社サービスの状況に合わせた施策の選択が、カスタマーサクセスの第一歩だ。

ヘルススコア

オンボーディング後は、定期的に顧客の状態を把握し、優先度にしたがって支援を行う。その優先順位づけには、顧客の“健康状態”を指す「ヘルススコア」を用いるという。

鈴木どのような状態をプラスに判断するかといった基準は、企業が達成したい目的やサービスの中身によって異なります。100点満点制を用いる企業もありますが、HiCustomerでは、よりアクションに結びつけやすいようGOOD、NORMAL、BADといった3段階の指標を用いています。

例えば、有料へのコンバージョンを目的とするならば、無料会員で料金ページを何度も閲覧していればGOOD、有料会員になって一定期間が経っているが、サービス利用のための環境設定が途中で止まっているならBADといったように、ヘルススコアによって顧客の状況を一元的に把握できるんです。

サービスの内容によって、顧客の健康状態を表す数値は異なる。利用頻度やカスタマーサポートへの問い合わせ数、コミュニティへの参加頻度など、健全な顧客を表す指標はいくつも考えられるだろう。

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「顧客ファーストな文化」を組織にインストールする

こうした取り組みと並行し、組織づくりやインセンティブの設計も重要だという。カスタマーサクセスの導入によって、各部署の目標設定や重視すべき施策も変化するためだ。

例えば、営業部門なら契約の更新数、開発部門であればカスタマーからのフィードバックに基づいた機能開発に、より重きが置かれるようになる。全社的に影響を与える点から、組織のトップが旗振り役になれるかどうかが、カスタマーサクセスの成否を左右するという。

鈴木カスタマーサクセスは複数の部署にまたがって実践していくので、組織の構成や部署、個人のインセンティブも含めて、顧客のLTVを最大化する目標設定ができているかを見直さなければいけません。そのためにも組織のトップが、カスタマーサクセスが何であるか、そしてなぜ自社で取り組むのかを理解しておく必要がある。

例えば、Salesforceは営業チームの評価に解約率を置いているそうです。それにより営業はただ導入させるのではなく、継続して利用してもらうための売り方ができるようになります。こうした改革をトップが率先して進める姿勢が求められます。

顧客データの整理や組織づくり、インセンティブ設計と並行して、顧客を第一に考える文化の醸成もカスタマーサクセスの導入には欠かせない。

鈴木氏は、社内で繰り返し『顧客にとって“サクセス”とは何か』を議論し、共通言語をつくっていくことで「“顧客ファースト”な文化を育てなければいけない」と語る。

そうした文化を根付かせるために必要なのが、対面で顧客とコミュニケーションする機会づくりだ。

鈴木多くの組織のマーケターやエンジニアは、現場に立つ営業を通して顧客の意見を受け取っていると思います。しかし、顧客と直接対面して声を聞けば、さらにリアルな改善に取り組める。

労務管理システム「Gozal」を運用する株式会社BECでは、失注した顧客をオフィスに招いて、営業やマーケティング、エンジニアが参加して『なぜ、導入しなかったか』について代表がヒアリングを行っています。これを繰り返すと、顧客が何を感じているのかがダイレクトに理解でき、改善のスピードが上がるのだそうです。

こうして顧客からダイレクトに意見を聞くことの意義は、サービスの改善や利益の最大化だけではない。鈴木氏はカスタマーサクセスの浸透によって、働く人のマインドにもポジティブな変化が起こり得るのではと考えている。

鈴木SaaSに限らず法人向けシステムを開発する企業の多くは、営業が顧客に受けたフィードバックから、『改善すべき内容』のみを選び、エンジニアにフィードバックします。そうすると、顧客が喜んでくれているという状況を知らないまま、プロダクト改善に取り組まなければいけない。この状態は結構つらいと思うんです。

カスタマーサクセスはLTVの最大化を目的に置いていますが、その過程で必ず顧客との心理的な距離が近くなっていきます。すると開発メンバーも含め『この仕事が誰をどのように幸せにしているのか』をよりダイレクトに感じられる。

目の前にある仕事の意義を感じられるかどうかは、仕事への満足度を大きく左右します。カスタマーサクセスの浸透により、働く人のモチベーションもより良い方向に変わっていけるのではと思っているんです。

業種の枠を超えてサブスクリプション化が進む今、どの業界のスタートアップであっても、カスタマーサクセスへの理解が求められるはずだ。

顧客の成功に向けて各部署の目標を設定できれば、組織として「顧客のための」施策を徹底できるようになる。顧客の成功やチャーンの低下に対して、組織が一丸となって取り組めるはずだ。そのためには、まず自社サービスの「本当の顧客」を定義し、彼らの「成功」について議論していく必要があるだろう。

こうしたプロセスを経て自分の仕事が顧客の成功に寄与していると実感できれば、鈴木氏の指摘したとおり、組織全体のモチベーションも高まるはずだ。今後国内でカスタマーサクセスの導入が進むと、組織のあり方そのものも変化していくのかもしれない。

こちらの記事は2018年08月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

向 晴香

inquire所属の編集者・ライター。関心領域はメディアビジネスとジャーナリズム。ソフトウェアの翻訳アルバイトを経て、テクノロジーやソーシャルビジネスに関するメディアに携わる。教育系ベンチャーでオウンドメディア施策を担当した後、独立。趣味はTBSラジオとハロプロ

写真

藤田 慎一郎

編集

岡田 弘太郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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