連載MBA再考

「起業を学ぶにはMBAより起業がよい」
インダストリア代表取締役・橘芳樹

インタビュイー
橘 芳樹
  • Industrea Pte. Ltd. CEO/Director 

大学卒業後、J.P.モルガン証券にて機関投資家向けデリバティブ商品開発業務に従事した後、米国MBA留学を経て、国内最大級のプライベート・エクイティ・ファンドであるユニゾン・キャピタルに参画。投資案件発掘・実行、投資先の成長戦略立案・実行業務に従事。スシロー(国内回転寿司最大手)、エノテカ(国内ワイン販売最大手)等を担当、社外役員。両社の株式価値向上の大幅な向上に寄与。2013年に独立しインダストリア株式会社を設立、M&A/PMI支援、新規事業開発支援、自己投資業務に従事。2019年4月にJIX CAPITALを設立、同社代表取締役に就任。

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ベンチャー企業が少ない時代、自由闊達を求めた先の外資系企業へ就職。

その後MBA留学後、転職を経てなぜ起業に行き着いたのか。

REAPRAグループで日本企業の東南アジア進出・新規事業開発支援を行うインダストリア株式会社創業者で代表取締役の橘芳樹氏にMBAについて思うことをざっくばらんに語ってもらった。

  • TEXT BY SAKYO KUGA
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見識を広げたいという思いの加速。MBA留学を決心した理由

大学卒業後の就職は外資系企業しか考えていなかったという橘氏。その理由は今ベンチャー企業への就職を考えている若者とも少なからず通ずる部分があるように感じた。

両親ともに海外経験が長く、自身も幼少期は海外に住んでいたという家庭環境だった。橘氏が就職活動をした90年代後半は、終身雇用制やタテ社会が機能しなくなり「失われた10年」と言われた時代。そんななか自由闊達なイメージを持っていた、外資系企業に絞った就職活動をしていたという。

「外資系企業であれば、オープンな環境の中で働けるのではないか、投資銀行であれば、将来に役立つ広いビジネスの見識が得られるのではないかという思いでJ.P.モルガンに就職しました」

しかし、

外資は基本的にジョブローテーションが一切ない。最初にはじめたことを、一生その専門家としてひたすらやるということが、自分には窮屈に感じるようになりました。

と語るように、5年間従事しても仕事の幅が広がらないことに対して抱いた将来のキャリア形成における不安、もともと投資銀行での業務を生業にするという軸ではなかったこと、気持ちにブレが生じていく中で漠然と持ち続けていた海外留学への思いが交錯した結果、彼はMBA留学するという決心を固めた。

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MBAへの挑戦。1年間ひたすら出願準備に時間をつぎこむ

橘芳樹という男はなんとも不思議な雰囲気を感じさせる男で、物静かそうな見た目とは裏腹に饒舌に物事を語る。

優等生タイプでは全くなく、周りが優秀だったのでズリズリと引っ張られるように勉強してきたという橘氏だったが、MBAの受験だけはプライベートを犠牲にして、仕事と勉強の両立に励んだ。

大学生の頃ってMBA留学するなんて考えてないじゃないですか。卒業以来大学に連絡して成績を取り寄せて、計算したら米国のトップスクールにはとても入れる成績ではありませんでした…

MBA留学するうえで、重要な項目の1つに該当するGPA。大学での成績が就職でも重要視される米国では、特にトップスクールの入学者にはオールAといった人も珍しくない。

大学の成績って変えられませんよね。それ以外でなんとか並み居る世界中からの受験生から抜きん出なきゃいけないわけです。それに向けできることは全てやりきる覚悟で挑みました。

合格者平均を大きく下回るGPAであったにも関わらず、最終的にはトップ校と言われる学校に合格した経緯をこう振り返った。就業前後、週末も地道に準備に費やし、自身でも“運が良かった”と控えめに評しつつも、橘氏はペンシルバニア大学ウォートン校へのMBA留学を勝ち取った。

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MBA留学時代の苦難とその意外なメリット

MBAは入学が難しいけれど卒業は簡単、日本人であってもついていけずに卒業できない人は稀。

そう前置きしながらも、留学中の毎日の勉強は想像を超える苦難の連続だったようだ。授業は基本的に週4日、残り3日は休日というスタイルであるものの、それでも全然時間がなかったと語る橘氏。後学のため、その理由を尋ねると、世界中から集まった優秀な人材に埋もれずに単位をとっていくための勉強量はやはり並大抵ではなさそうだ。

それだけの経験をしつつも橘氏は、MBAで得たものは知識ではなく仲間、そして仲間から受ける刺激であるという。その結びつきは卒業後10年以上経った今も活きているという。

MBA時代の友だちとは毎日話すというのは言い過ぎですが、1週間誰とも話さないということはないですね。3日に1回は誰かしらと会ったり話したりしています。

なお、橘氏の日本人の同級生の多くが現在はスタートアップ企業でCEOやCFOとして働いているとのこと。

MBAホルダーにとって強みともいえる人脈形成、縦横の関係性は起業、キャリア形成などさまざまな場面で最大のメリットといって間違いなさそうだ。そして橘氏も起業するにあたって、有形無形にMBAにより得た人脈の影響を受けているのではないだろうかと感じた。

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MBA卒業後のキャリア選択で「あれ?」

MBAで学ぶ者の多くが卒業後のキャリアとして投資銀行、戦略コンサルティングファームを選択する。事業会社に進むものもいるが、それも含めほとんどの人が大企業に帰っていく。

海外MBAまできて、強く惹かれる企業になかなか出会えず茫然としました。

今でこそベンチャー企業が多数登場し、選ぶことができる時代だが当時はまだ数えるほどもなかった時代。卒業後は小さな組織で働きたいと思ったものの彷徨ってしまったという。そんな中で、優秀かつ個性的なメンバーが自由な雰囲気で働いていると感じた先がPE(プライベートエクイティ)ファンドであるユニゾン・キャピタルだった。

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経営のさらに深い部分が知りたい

橘氏はユニゾン・キャピタルに7年間勤務。退社後、1度事業の立ち上げに失敗している。元グリーのパートナーと教育系事業を立ち上げるも、収益化できずに1年を待たずサービスを終了した。

しかし、それでも橘氏の起業家精神は衰えることはなかった。インダストリアとしてREAPRAグループに所属した理由もそこにあるという。

PEは既に収益がでている企業を磨きこむ事業。でも必ずどの企業にも最初の収益モデルを作った起業家がいる。REAPRAはその0→1の方法論を確立させようとしています。

インダストリアは日本企業の新規進出・海外展開を、REAPRA流の経営手法を用いて支援する事業を行っている。企業にとって海外展開や新規事業創出は、数ある経営課題の中でも最も難易度の高い領域。

橘氏は自身が数多くの会社の経営に携わってきた経験に、REAPRA流の手法を加え、その最高難度の経営課題を解決しようとしている。

インダストリアは投資会社でもコンサルタントでもなく、日本企業と新たな事業を共に創出するパートナーです。その業務はPEと重なる部分も多くありますが、他方でそれ以上のチャレンジも多くあります。それだけに企業にとって大きな付加価値のある領域であると、業務の中で日々実感しています。

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MBA留学と起業を秤にかけるとしたら…起業は起業で学んだほうがよい

起業にMBAが必要かという問いかけに対して、橘氏はこう答える。

本質的には起業するタイミングはいつが良いということはないと私は考えています。自分の中で起業してまでやりたいことが醸成され、かつそれをやれる環境が整うタイミングは人それぞれに異なります。起業って知識を詰めてやるものじゃないと思うので、MBAで学ぶ知識が直接的に役立つとは思えない。でもMBAの経験で受ける有形無形の刺激が起業のきっかけになる人は多いと思います。

そして、こう付け加えた

(起業するという)経験のほうがリアルだし、起業すると決めているなら留学に時間とお金を使うより起業を実現したほうがいいですよ。

留学費用と起業費用を天秤にかけると、留学費用があれば会社を1つ作れる。しかし、留学すると私費の場合は帰国時に借金となっている場合がほとんどであるという。

MBA留学を経て起業に至った橘氏だが、起業する意思と環境があるのであれば、MBAの準備に勤しむより、さっさと起業すべきという意見である。

MBAを、ビジネスの場で起こっている事象を形式知化して教える場ととらえると、そこには常にタイムラグがある。まして起業は、まだ存在しない市場を顕在化とする作業、学びは実践の場に存在するんじゃないでしょうか。

MBA留学には数千万円のカネに加え、準備も含めると3年間の時間が必要となる。MBAのその先をどう見据えているかで、その選択を考える必要があるだろう。

こちらの記事は2017年08月10日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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