語るべきは、プロダクトビジョンでなく、コーポレートビジョンだ──独自のD2Cポジション確立に向けた戦略論をWaqoo井上氏に聞く

インタビュイー
井上 裕基
  • 株式会社Waqoo 代表取締役社長 

1998年立命館大学を卒業。日本オラクル株式会社へ入社。2003年 アクセンチュア株式会社に入社した後、株式会社サイバーエージェント、フジテレビラボLLCで事業立ち上げに従事。2007年7月 株式会社Waqooを設立。代表取締役に就任。EO(世界的起業家団体)所属。松下幸之助塾卒業。ソフトバンクアカデミア所属。

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Direct to Consumer、略してD2C。この言葉を目にしない日はないというくらい、流行りのビジネスモデルとして一般化し始めている。「D2Cでビジネスを展開している」とうたうスタートアップやベンチャー企業は、いくつも容易に思い浮かぶだろう。

インタビューをするまでは、Waqooにも同様のイメージを持っていたというのが本音だが、その考えはすっかり覆った。いや、こちら側の世界の見え方が変わった、というべきかもしれない。

確かにWaqooも、D2Cビジネスを展開する企業の一つであることは間違いない。しかし、代表取締役社長の井上祐基氏は「素晴らしいプロダクトビジョンを掲げるD2C企業は増えているが、その先を見据えたコーポレートビジョンを明確に語れる企業はまだ、決して多くない」と強調する。

では、他のD2C企業とは異なる事業戦略を、一体どのように描いているのだろうか。そして、本当にそのような事業展開が可能なのだろうか。内実に迫った。

  • TEXT BY KENTA SAKUMA
  • EDIT BY KEISUKE SHIMADA
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“戦わずして勝つ”ために辿り着いた、草創期のD2Cビジネス

Waqooの創業事業は、少子高齢化に伴いペット市場が伸びるという予測に基づき立ち上げた、ペットフードやペットアパレル事業だったという井上氏。そこから試行錯誤を重ね、現在のD2Cのビューティー&ヘルスケア領域に辿り着いた経緯を教えてくれた。

井上今でこそ国内スタートアップの資金調達額は5000億円近くにのぼりますが、当社を創業した2007年当時はまだベンチャーキャピタルが活発ではありませんでした。そのため自ら掲げた「世界史の教科書に載るような偉大なことを成す」というビジョン実現に向けて、しっかりと収益確保できるマーケットに参入することが優先課題でした。

井上そこで一番最初に立ち上げたのが、ペットフードやペットアパレル事業です。今も成長している領域なので目のつけ所は良かったかもしれませんが、時期尚早だったという風に振り返っています。

当時はまだまだスマートフォンの黎明期でしたから、モバイル市場に軸足を置いてロングテール型のECを展開しても、先行する巨大ITベンチャーを相手にはなかなか勝てるようになりませんでした。誰もが毎日のようにスマホで買い物をする今なら、もっと違う戦い方が出来たと思うんですけどね。

そうした失敗から、どういうマーケットで、どのようなビジネスモデルで勝負すべきかを考え抜いた末に、辿り着いたのが現在の領域です。「戦わずして勝つ」ことが最も優れた戦略だと考え、まだブルーオーシャンだったD2Cのビューティー&ヘルスケア領域に自分の時間と少ない資本を注ぐことにしました。

当時はまだ、D2Cビジネスを展開する企業は30社にも満たないような状況だったため、マーケットには大きな需給ギャップが存在しており、事業はすぐに軌道に乗り始めたという。

井上そこで得た収益を人材に投資しながら組織をつくり、ショッピングカート事業やタレント事務所、日本で2番目に大きな美容メディアの運営などを手がける中で、D2Cビジネスの成長には欠かせない様々な知見を蓄積してきたことが、当社の成長の礎になっています。

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レッドオーシャン化するD2C領域で起きている変化

すでにD2Cの領域はレッドオーシャン化しているという見方もできるが、井上氏は現状をどのように捉えているのだろうか。

井上確かに様々なD2Cが乱立してレッドオーシャン化しつつありますが、それでも多くの企業がD2Cに参入するためのノウハウを得たいと考えており、世間一般のECコンサルは活況を迎えています。実際に当社にも「D2C事業を立ち上げたい」という大企業からのご相談が増えていて、アドバイスをさせていただくこともあります。

井上ですが率直に言わせてもらうと、自社で成果をあげてそのノウハウを蓄積し、きちんとD2Cビジネスを伸ばし続けられるだけの知見を提供できる企業は、まだほんの一握りです。

中には、ゼロから立ち上げるのではなくM&AでD2C事業を取り込もうと考える企業もあります。だとしても、化粧品や健康食品などを取り扱うスタートアップは未整備でグレーな部分も多く、デューデリジェンスの段階で断念せざるを得ないことも多いようです。正しい知識に基づいてしっかりと見極めなければ大きなリスクにつながるので、この観点でも、D2Cに特化した支援へのニーズは高まっているとも言えますよね。

雨後の筍のようにD2Cスタートアップが生まれているが、たとえ事業を立ち上げることはできても、それをグロースしていくことは容易ではなさそうだ。

井上D2Cの現状は、ゲーム業界が辿った変遷に似ています。ガラケーの時代は、一つのモバイルゲームを開発するために必要な投資は数千万円から数億円程度でした。それでも十分なリターンを得ることができるため多くの企業が参入しました。

しかしここ数年の間で、その主戦場がスマホに移り、ゲーム開発に多額の資金が必要になったことで、マーケットにおけるパワーバランスにも変化が生じました。多額の資金を注ぎ込んでも必ずしも投資回収できるとは限らない中で、ゲーム業界では最終的に資金力豊富な優良ベンチャーが勝ち残っています。

私たちが取り組んでいるD2Cの領域も同様に、数年前までは現在より何十倍も広告の費用対効果が高く、比較的事業を成長させやすい状況でした。しかし最近は、ECサイトの作り込みや著名なタレントとのタイアップに数億円規模の資金を投じる企業もあり、徐々にファイナンスの戦いになってきています。

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さらなる事業成長を見据えた、
ファイナンスとメディアミックスの強化

マーケットの変化を見越し、「ファイナンスでレバレッジをかけるモデルへとシフトすべく上場への舵を切った」と語る井上氏。今後はどのように事業を成長させていく算段なのだろうか。

井上D2Cの領域で事業成長を実現するためには、マーケティング、ブランディング、そしてファイナンス。さらにそれを支えるテクノロジーと優れた人材を兼ね備えていることが重要です。ただ、いい製品を作るのも、マーケティングや人材のレベルが高いのも当たり前になってきているので、積極的な投資をしていかなければ勝ち残れないでしょう。

現在の日本に、約3,800社ほどある上場企業の年間資金調達額は10兆円にのぼります。上場したことで非上場の時には組めなかったようなファイナンスストラクチャーを組むことができ、選択肢の幅が広がったことは言うまでもありません。これによりD2Cマーケットにおいて有利なポジションがとれると考えています。

井上また、近年米国ではAmazonに出品しているD2C事業者を積極的にM&Aし、事業を拡大させているセラシオという企業が存在感を増しています。彼らは米国だけでなく日本国内でも同様の動きを加速させていますが、私たちはモール特化型ではなく独自ドメイン型なので、顧客のデータを蓄積しブランドを基軸にメディアミックスで事業を成長させていくことが競争優位に働くと考えています。

すでに欧米のD2Cベンチャーはネットクローズドではなく、メディアミックスの戦略にシフトし、OMO(Online Merges with Offline)やO2O(Online to Offline)に力を入れているという。

井上D2C全体がここまで大きな規模に成長した背景には、価値観の多様化と顧客とのコミュニケーション手法の変化があります。テレビCMを見て製品をドラッグストアで購入するというような画一的なマスの消費行動から、本当に自分に合っているものを購入する時代になり、ネットで安価かつダイレクトに顧客とのコミュニケーションを図ることができるようになったことがマーケット拡大の大きな要因です。

ただ一昔前まで認知を目的としていたテレビCMも、その目的が顧客獲得へと変化してきています。視聴者をどれだけネットへ誘導できているかをリアルタイムで計ることができるようになり、かなり詳細なデータを得られるようになったからです。こうした動きからも、今後はネットクローズドではなく様々なメディアを組み合わせたメディアミックスでKPIを構成していくことが大事だと考えています。

近年はインターネットで定期通販を展開する企業が増えていますが、ただ良いプロダクトを作れば売れるというわけではありません。プロダクト自体の機能や特徴を表現し、必要とするお客様へ届けるための高度なコミュニケーションがD2Cの事業の成否をわける大きなポイントです。

私たちがこれまで提供してきたスキンケアやヘアケアなどのプロダクトは広告表現の幅が広く、試行錯誤を繰り返しながら当社独自のコミュニケーションメソッドを磨き込んできたことも、メディアミックスに活きると考えています。

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D2Cビジネスハブを目指す。
Waqoo独自のポジショニング

では、今後もD2Cのプロダクトを複数展開することで事業を拡大させていくのだろうか。井上氏は「あまり詳しく話すことはできない」としつつも、中長期の構想について触れてくれた。

井上先ほどのコミュニケーションメソッドなど、これまで蓄積した知見は他のあらゆるプロダクトに応用できるので、当面はD2Cのオーガニック成長を柱に事業を拡大していく予定です。D2Cを深く理解し、やり切っている企業はほとんどないので、D2Cのマーケットにはまだまだ大きな可能性を感じています。

井上一方で、私たちはNo.1ビューティーテックカンパニーを目指しているわけではないので、美容に特化した企業にしようとは考えていません。D2Cの可能性を追求し様々なものと掛け合わせていくことで、新しい付加価値を世の中に提供できると信じているので、まずはそのポジションを確立することを追求していきます。

「Waqooが目指すのはビューティーテックカンパニーではない」と強調する井上氏だが、これからどのような世界観を追求しようとしているのか、もう少し詳しく尋ねてみた。

井上私自身がIT業界出身で、25年近くこの世界で仕事をしてきたので、統合型データベースへの深い理解など、ITへの知見を有していることも差別化できる部分だと考えています。

今後はD2Cとその周辺領域に事業を拡げ、ビジネスハブとして様々な企業に価値提供できるような仕組みをつくり、マーケティング、ブランディング、ファイナンスを駆使して、様々なシナジーを生むD2Cコングロマリットへと進化させていければと思います。

すでに相性が良さそうな領域はいくつかあるのですが、ITかつストック収益型であるD2Cは市場で高く評価されるビジネスモデルなので、そうした期待に応えられるように参入する領域は慎重に判断していくつもりです。短期的には他のD2C企業と競合したとしても、中長期ではむしろ協力関係を築き協働することも増えていくでしょう。

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コーポレートビジョンの実現に向け、
人を基軸に事業を発展させる組織

D2Cのビジネスハブやコングロマリットへの進化を目指す上で、組織が今後どのようになっていくのかも気になるところだ。上場を機に積極的に採用をおこない、組織の規模を拡大させていく予定なのだろうか。

井上これまでも人を基軸に事業を創ってきたので、優秀な人材は常に求めています。ただ、知的生産性が高い組織づくりにこだわっているので急速な規模の拡大は考えていません。

その上で一人で数十億円規模の事業を生み出したり、複数の事業を牽引したりできる人材がいれば何人採用してもいいと考えています。また、D2Cソリューション事業を通してクライアントを成功に導くためには、事業を創るだけではなく経営レベルの仕事まで担える人材が必要です。

もちろんD2Cの化粧品事業経験者にジョインしてもらい、付加価値の高い商品を作り上げて既存事業のグロースを担ってもらったり、メディアミックスのレベルの高いマーケティングを実行までやり切ってもらったりするのも大歓迎です。

コーポレートビジョンの実現に向けて自己変革を続けるWaqooだからこそ、D2C領域に携わったことがない異業種出身者でも、活躍できるフィールドは十分あると井上氏は強調する。

井上「世界史の教科書に載るような偉大なことを成す」というビジョンを掲げてWaqooを創業したのは、簡単には達成できないような高い志を持ち、常に挑戦し続けられる企業を作りたいという私の想いからです。

そうした想いに共感し、価値観がブレることがなければ、決して一つの事業だけに縛られる必要はないと考えています。当社の持っている価値をさらに磨き上げたり、他のサービスと掛け合わせたりしながら、新たな価値を創出して共に企業価値を高めていける人材であれば異業種からも優秀な人材を迎え入れたいです。

井上将来的にD2Cコングロマリットを目指すのであれば、多角的に事業を拡大しポートフォリを整えていく必要があるので、PMI(Post Merger Integration)の戦略を構築できる人材が必要ですし、さらにその先にD2C経済圏のようなものを構築するのであれば、そこに向けて今からどういう戦略を描き、まず何から形にしていくのかを一緒に考えて実行まで担ってくれるような人材も必要です。

他にも、ファイナンスの知見を生かして周辺領域へのアプローチを模索したり、ファイナンスストラクチャーを組むためにどのような手段があるかを探りながら攻めていったりできるCFOなど、異業種出身の方でも活躍できるポジションは十分あります。

何かを達成した瞬間は非常に嬉しいものですが、そこに辿り着くまでのプロセスも楽しむことができなければ人生の大半は面白くありません。私自身も自己成長や自己変革を続けて、自分で定めたマイルスートーンを一つひとつ確実にクリアしていくプロセスに喜びを感じるタイプなので、毎日1歩でもビジョンに近づいていることを共に喜びあえる仲間と一緒に仕事ができればと思います。

こちらの記事は2021年12月20日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

佐久間 健太

編集

島田 啓佑

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