連載私がやめた3カ条

大きな理想はファクトから考える──Goals佐崎傑の「やめ3」

インタビュイー
佐崎 傑

2008年4月にワークスアプリケーションズに新卒入社し、ソフトウェアエンジニア・事業責任者を経験。同社で各業界リーディングカンパニーのバックエンド業務の改善に携わる中で、企業の仕入・製造・販売を司るサプライチェーン領域の課題解決が日本社会を大きく成長させる可能性を感じ、2018年7月にGoalsを創業。Goalsでは、食品産業サプライチェーンの課題解決に特化したクラウドシステムを開発し、現在外食産業向けの「HANZO」シリーズを展開。祖父が食品製造業を経営し、大量の食品廃棄の現状を目の当たりにしてきた背景も食品産業に携わるきっかけの一つとなっている。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。

今回のゲストは、AIによる需要予測型自動発注・原価低減クラウド『HANZO』を飲食店向けに開発・提供する株式会社Goalsの代表取締役CEO、佐崎傑氏だ。

  • TEXT BY YUI MURAO
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佐崎氏とは?
見据えるのは遥か彼方。
野心と実直さを兼ね備えた起業家

「大きすぎる理想ですが、SpaceX(スペースエックス)のような会社を目指せれば最高だなと思っています」。

そう、意気揚々と語り出す佐崎氏。言わずもがな、イーロン・マスク氏が立ち上げた、民間企業として初めて有人宇宙旅行を成功させた米企業である。終始さわやかな笑みをたたえる佐崎氏の口から出てくるのは、飛び抜けた行動や、とんでもなく視座の高いビジョンの数々だ。

『HANZO』というプロダクトを通じて、フードビジネスに関わる企業の生産性・持続性を最大化する仕組みを提供するGoalsは、2022年6月に15.5億円の資金調達を発表したばかり。フードロス削減という社会命題と、業務効率化に悩む企業課題の解決を両取りしていく。

聞けば、佐崎氏は「もともと起業は全く考えていなかった」という。Goals創業前は、新卒入社したワークスアプリケーションズに10年ほど勤務。プロダクト開発に明け暮れる日々を送った後、マネジメント職や数百人規模のメンバーを抱える事業責任者を経験してきた。

大手企業で順調にキャリアを重ねる中で、なぜ佐崎氏は起業に至ったのだろうか。そこには、「やめる」という意思決定が密接に関わっていることが判明した。佐崎氏の、明るく前向きで、ストレートかつ本質的な言葉を引用しつつ、詳しく説明していこう。

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スキルを盗むのをやめた

まずは、起業を考えていなかったという佐崎氏が、Goalsを創業するまでのいきさつを紐解きたい。

社会人生活を通じて、いつも佐崎氏の根底にあったのは「もっと仕事ができるようになりたい」「常に成長し続けていたい」という向上心だった。そこで彼が選択した仕事のスタイルは、周りの優秀な先輩たちから「徹底的にパクる」ことだ。

佐崎エンジニアの先輩が書いたソースコードは必ず見るようにしていましたし、マネジャー時代は直属の上司からコミュニケーションや思考法を盗むようにしていました。

とにかく周りの先輩には非常に恵まれたので、その技をパクリまくっていって、「全部は超えられなくても少しずつ近づいていこう」「自分にできることを増やしていこう」と考えていましたね。

このスタイルを貫き、前職では事業責任者を担うまでになった。しかし、ここで彼の人生を変える出来事が起こる。会社のトップに立つ社長と自分との圧倒的な差分を目の当たりにしたのだ。

佐崎辞める直前は、社長直下のポジションにいました。社長の仕事ぶりを見ていると、今の働き方を続けているだけでは、超えるどころか近づくことさえ難しいと、シンプルに感じたんです。

ワークスアプリケーションズ創業者の牧野正幸さんは、たった1人きりの創業から会社を5000人規模に拡大させ、大企業と呼ばれるお客様を次々に得意先にしてきました。「日本を変えなければいけない」という強い信念を持ち、自分でゼロからお金も人も集めていった人物です。経験に裏付けされたリーダーシップやシビアな判断力を間近で見て、近づける気がしないなと。

私も「世の中を変える」という大志のもとに、ゼロから何かを立ち上げていくようなチャレンジをしなければ、次の成長はないだろうと思いました。それが起業のきっかけでした。

かくして、佐崎氏は長年勤めた会社からの独立と、起業を決意する。

これまでの経験から、サプライチェーン領域が世の中に対して最も貢献できるのではないかと仮説があった。その領域でのSaaS事業を興そうというイメージを持っていたのだ。とはいえ、どのような業界でどのようなプロダクトから展開するかは全く決まっていなかった。

佐崎氏は「とにかく世の中を変える、イケてるプロダクトをゼロから作るんだ」という気合いのみで行動に踏み切ったのだ。

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無意識な行動をやめた

スタートアップで働くことや起業が珍しくなくなった今、そのハードルは精神的にも金銭面的にも下がりつつあるのではないだろうか。資本金が10万円も用意できれば、会社を設立すること自体もそう難しくないだろう。しかし、佐崎氏には「それを工面するお金すらない」という切実な危機感があったそうだ。

佐崎30歳の頃に起業することを決めたんですが、本当に大げさでもなく、貯金がゼロだったんです。前職では周りの先輩方の羽振りがとにかく良くて、飲み会で後輩におごったり、タクシーで移動したりは日常茶飯事。それも例のごとく真似しようと律儀に実践していたので、貯金なんか残るはずがないですよね(笑)。

起業にあたって、「自分ならやれる」という一定の自信はもちろん持っていた。だが一方で、佐崎氏はリスクを冷静に見つめることも欠かさなかった。

世の中にインパクトを与えるようなプロダクトを開発するには、やはり初期投資が欠かせない。またSaaSの領域で勝負をかけるならば、ユーザーが集まり黒字化するまでには赤字を掘る時期もあるだろうと見込んだのだ。そこで佐崎氏が取った行動は、無駄遣いをやめることだった。

佐崎最強のプロダクトがすぐに完成して、瞬く間に成功する可能性はあるかもしれないけど、ぶっちゃけそんなにうまくはいかないだろうと。これはまずいぞと思って、起業を決めたと同時に、まず家賃の安い家へ引っ越しました。それから無駄なタクシー代と飲み会代を極力減らし、数年間は「起業への準備期間」としてお金を貯めていったんです。

結果、退職はせず数年間、ひたすら資金を貯めた。1500万円を蓄え、晴れて会社設立に至ったのだ。そこで佐崎氏は、リスクを念頭に置くことの重要性を痛感したと語る。

佐崎悪い予想はやはり当たって、最初の1~2年は資金調達どころかプロダクトすらなかなか立ち上がらない状態が続きました。社会保険にギリギリで加入できる役員報酬額の月5万円、年収60万円でその期間を過ごしましたね。備品も当然、全て自分の持ち出しです。貯金をしたことは本当にナイスジャッジだったなと思います。「俺ならいけるから大丈夫」という気持ち100%で走り出さなくてよかったです。

ここで大切なのは「目標を定めて、最適な行動をすること」だと、佐崎氏は言う。今まで行っていた飲み会も、全てをやめたわけではないが「どこにお金を使うべきか」をより考え、見極めるようになったのだ。

佐崎氏の「決めたらコミットする。そしてやり切る」というスタンスが如実にあらわれたエピソードと言えるだろう。

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「隣の人」と比べることをやめた

ここまでのエピソードを並べると、佐崎氏の大胆な意思決定とストイックな行動力がひときわ印象的に映る。

佐崎氏のこういった価値観が形成された要因をさらに突き詰めていくと、キャリアの初期から彼がモットーとしている「周りと比べない」という言葉に出会った。これは厳密に言うと、周りと一切の比較をやめるということではなく、「比較対象を狭めることをやめる」という意味だったようだ。一体どういうことだろうか。

佐崎会社員でも経営者でも変わらないと思いますが、やっぱり仕事が忙しければ忙しいほど、余裕がなくなって視野も心も狭くなってしまう。そうすると、比べる相手も隣の席にいる人や同年代といったように、狭い範囲でしか見られなくなってしまうんですよね。

また、「自分はこんなに頑張っているのに、なぜ評価されないんだ」という思考にも陥りがちです。私も会社員時代に経験しました。ただ、自分が見える世界だけで物事を考えるのは健全ではないなと思い直したんです。

狭い範囲の思考から脱するきっかけになったのは、仕事で行き詰まったときに改めて自分の立ち位置を俯瞰して考えてみたことだったと、佐崎氏は語る。

佐崎日本国内でIT人材は約100万人いるという統計があるんです(※)。世界の人口は約70億人なので、単純計算で全世界にIT人材はだいだい5800万人いる計算になります。仮に私が上位10%だとしても、世界規模でみれば自分より上に580万人いるとあるとき気づいて、それはそれは絶望したんですよ。

そこから、狭い範囲の中で周りと比べるのではなく、常に「世界一のエンジニアや世界一のマネージャー・経営者は誰なんだろう?」「その人たちと自分はどれぐらい離れているんだろう?」と考えるようになりました。

IT人材需給に関する調査 調査報告書(2019年3月, 経済産業省)

常に自分より圧倒的に優秀な人材がいるとなれば、追い付くために成長し続けない手はない。この考えに至ったことで、佐崎氏は「前向きなマインド」を手に入れたと語る。取材中も笑顔や快活に回答する姿が印象的だったが、こういった明るさは、かつて周りの先輩たちのふるまいから学び、後天的に努力して身につけたものでもあるそうだ。

とはいえ、手の届く範囲や近くに目標を置いたほうが、自分との差分がわかりやすく、手が打ちやすいはずだ。遠く離れた所にいる相手と、どうやって自らを比較していったのだろうか。

佐崎すごくシンプルで、それぞれの成果物を見れば自然とわかります。たとえばエンジニアなら、ソースコードを比較して「なぜこの書き方をしているんだろうか」と、自分が実際に書いたコードとの差分を見ていくんです。プロダクトなら、どのような機能が実装されていて、それがユーザーにどのぐらい使われていて、どれぐらいのインパクトをもたらしているのか、というファクトを並べて見ていく。

人間って、どうしても感情的になってしまうことがあるじゃないですか。でもそのときに、できる限り数値やファクト、課題の事象そのものを見つめるようにしています。人を指差すのではなくて、コトに向かって物事を突き詰めることが前向きな解決につながると思っています。

Goalsが掲げるバリューの一つに「ファクトで語ろう」がある。全ての問題に対して、常に定量的な事実に基づき仮説を立てるという、佐崎氏の原体験が反映された指針になっていると言えるだろう。さらに、この思考を身につけることで広い視野が得られ、ビジネスの着想にもつながるのだ。

佐崎世の中を変えるにはいろいろな方法があると思います。私の尊敬するSpaceXを例に挙げて話しますが、SpaceXのビジョンは日本語で意訳すると「人類を惑星に進出させる」だと思っています。

僕たちはフードロスをはじめとした食糧問題に向き合っていて、もちろんこれは社会的にとても意義のあることだと信じてやっています。でもSpaceXは、そういった身近で差し迫った課題に取り組むのではなく、人類の概念をも変えようとしている。そこまで高い視座を見せつけられると、僕たちもこの課題を解決した先にもっとできることがあるのではないかと燃えるんですよ。

大きな理想を掲げ、ファクトから考えて具体的行動にブレイクダウンしていく。そうすると、どんなに遠い目標でも、まずは手の届くネクストアクションに分解することができるのだ。それを誰よりもストイックに突き詰め行動する佐崎氏から、我々が学ぶことは非常に多くあるのではないだろうか。

こちらの記事は2022年06月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

村尾 唯

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