投資は一部に過ぎない──年間100社超のベンチャーと本気の事業共創を狙うCVC運営『31VENTURES』
「日本社会をより良くするため、スタートアップとともにこれからの時代を創っていきたい。そのために必要なことは何でも取り組んできました」
三井不動産のCVCを運営している『31VENTURES』投資担当の上窪洋平氏はこう断言した。本記事を読めば、この言葉に嘘偽りも誇張も一切ないことがわかるだろう。
それを最も象徴するのが、年間100社を超えるベンチャー・スタートアップ企業との連携だ。出資可能性がなさそうでも、共創を見込んで本社事業部に次々とつないでいく。巨大不動産企業における、未来共創のいわば最前線を担っているのだ。「投資はそのうちの一つに過ぎない」とさえ語る。
ディベロッパーとしての説明に、もはや言葉は必要ない三井不動産。その中で約30年にわたり、スタートアップの支援をしてきた歴史を知る人は多くないのでは。そして、この流れを進化させるべく創設したのが、ベンチャー共創事業の『31VENTURES』だ。
上窪氏に加え、同社でスタートアップオフィスやコミュニティを通じたエコシステム構築を担当する塩畑友悠氏を招き、その心意気を存分に語ってもらった。
- TEXT BY RIKA FUJIWARA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
国内最大級のファンドを組成。スタートアップ支援への覚悟
465億円規模の『YJキャピタル』(ヤフー)、400億円規模の『STRIVE』(グリー)、300億円規模の『KDDI Open Innovation Fund』(KDDI)。
三井不動産のCVCファンド『31VENTURES』は、これら著名CVCと肩を並べる350億円規模を擁する。
同社は現在、グローバル・ブレインと共同で2つのファンドを運営している。2016年2月に組成した、シードからミドルを対象とする50億円規模の1号ファンド。そして、2018年5月に組成した、グロースステージを対象とする300億円規模のグロースファンドだ。国内のCVCの45%が55億円以下の規模という数字から考えれば、この布陣は「フェーズにこだわらず支援をする」という意思表明と言える。
上窪ファンドサイズで可能性を狭めるわけにはいきません。そんな想いから、300億円規模のグロースファンドを組成しました。スタートアップのステージが進めば必然的にバリュエーションも上がるため、継続的に支援するには、大きなファンドが欠かせません。
出資後に成長した企業と協業をすることもあれば、協業している企業に出資することもあります。ファンド規模が大きいことで、さまざまな角度から中長期的なお付き合いが可能です。
豊富な資金を武器に、『31VENTURES』は4年余りで国内外の30社以上に投資してきた。三井不動産が持つ巨大なアセットと相性がよく、事業共創につながる可能性のある企業ばかりだという。
代表例として上窪氏が挙げたのは、サイバー攻撃を監視・検知するプラットフォームを開発する、イスラエルのSCADAfenceだ。
上窪ヨーロッパを皮切りにグローバル展開を目指す中、次なる一手として、製造業の自動化やスマートシティ実現に向けた取り組みが進む日本に注目していたそうです。
三井不動産も、テクノロジーを用いた不動産領域の変革に取り組み、サイバー攻撃に関するリスクが見えてきた段階でした。想いが一致し、投資・支援が決定しました。
こうして2018年10月、SCADAfenceは日本に上陸。日立ソリューションズや三井物産セキュアディレクションとも連携し、翌年3月から三井不動産の所有物件で実証実験がスタートした。セキュリティの脆弱性の検証や、施設の運用管理業務の導入効果などを測り、サービス展開に向けた戦略を練っているという。
不動産アセットを活かした共創の好例だ。
アセットを生かしてサービスの拡大に貢献する事例では、2020年4月に投資したAirporterも同様だ。宿泊施設と空港間の手荷物配送をする同社。旅行中に重い荷物を預けたい観光客と、預かり手荷物の置き場所に困る宿泊施設、双方の課題解決に一役買っている。
ここでも、宿泊施設との提携が必要なAirporterと、リゾート・ホテル部門を擁する三井不動産のニーズが一致した。その可能性に、上窪氏は「非常に相性の良い出会い。これからの共創発展が楽しみです」と期待を示す。
約30年にわたるベンチャー支援から、満を持してのCVC組成
『31VENTURES』のファンド組成は2016年だが、三井不動産とスタートアップとの関係性には、30年近い歴史がある。
同社は1990年代から、幕張や霞が関、横浜にスタートアップ向けオフィスを展開してきた。加えて、技術系スタートアップの支援機構の運営や、アジア各国と連携したビジネスコンテストを開催。直接投資の事例もあるなど、多様な形で関係性を模索し続けてきたのだ。
塩畑世の中の変化が激しい昨今、不動産事業がこれまで通りに残っていくかどうか、保証はありません。グローバル化やテクノロジーの発展が進み、時代に合わせて私たちも変化をしていかなければいけないという危機意識があり、新しい領域に乗り出す必要性を感じていました。
今こそ、新たなビジネスモデルやテクノロジーを持つスタートアップとも連携すべきと考え、『31VENTURES』が立ち上がったんです。
まずは主幹事業である不動産を軸に、コワーキングスペースの「Clipニホンバシ」(東京都中央区日本橋)や「KOIL」(千葉県柏市)を展開。「場の提供」と「コミュニティ形成」という価値を創出することで、スタートアップが集まる仕組みづくりを推し進めた。
そこからスピーディーな支援と競争を実現するべく、CVC組成に乗り出した。三井不動産が、スタートアップとともに新たな時代を創っていく布陣を整えたのだ。
投資だけにとどまらない。スタートアップファーストの心
大企業がCVC組成に踏み出す際には、「自社と事業シナジーが生まれるか?」という点を最も重視する場合が多い。同様に「立ち上げ当初は、私たち側から見た事業シナジーにやや偏っていました」と2人は振り返る。
だが、いまの『31VENTURES』が心に抱くのはあくまで「スタートアップファースト」という精神だ。ファイナンシャルリターンと事業戦略上のリターン両方を追求し、なおかつ協業の可能性も探り続けている。
上窪投資先のスタートアップ・ベンチャー企業が成長しないと意味がありません。その成長が無いと、そもそもファンドの成績にもつながらない。これは大前提であり、そうでなければ、本質的な支援はできないと考えています。
こちらから見た事業シナジーだけを重視してしまうと、スタートアップ側にはデメリットばかりという構造にもなりかねません。投資家の機嫌をうかがって成長が鈍化しては元も子もない。そうではなく、あくまで投資先企業の成長を最優先に考えられる形を取りたかった。
『31VENTURES』の特徴は何といっても、支援方法が多岐にわたることだ。投資に至らなかった場合でも、事業共創の可能性があれば、事業部へ積極的に橋渡しをする。年間の投資社数は10社ほどだが、事業部への紹介は100社以上にのぼる。
設立から5年と『31VENTURES』はまだまだ道半ばではあるが、CVCが本当になすべきことは何かという点で、その取り組みは多くの投資家・起業家に示唆を与えている。
上窪出資可能性が感じられなくても、社内の事業部に喜んでおつなぎしています。スタートアップと事業部の面談を週に2〜3回は設けています。事業部からも、スタートアップへの期待はそれだけ大きいんです。
たとえ出資に至らなかったとしても、スタートアップと連携を進めていくことで互いの事業が成長し、後に出資の可能性が高まることもあります。長い目で見てお付き合いしていきたいと考えているんです。
塩畑「彼らの技術が三井不動産のどの部門と化学反応を起こしそうか」という視点を、全社で常に持っていられるかどうかが重要です。僕らもビルや商業施設、住宅といったあらゆる部門の課題を理解するようにしていますし、部門ごとの担当者も新しい技術には高い関心を示しています。
もともと三井不動産は、東京ディズニーランドのオープンを支援するなど、新たな挑戦を厭わない社風です。だからスタートアップを受け入れる心持ちが全社的にあるのだと思います。実はそもそも、相性がいいんです(笑)。
大企業だからこそできる「エコシステム」の発展
三井不動産全体でスタートアップへの理解を深め、成長を後押しする。その目線は、エコシステムの発展にも向いている。
一例が、2018年9月に始動した「E.A.S.T.構想」だ。起業家・スタートアップ支援事業を展開するプロトスターとともに、日本橋を中心とした東京の東側に「スタートアップの集積拠点」を生み出そうとしている。
塩畑日本橋はスタートアップにとって非常に優れた立地エリアです。交通の便がよく、日本を代表する大企業や上場企業も多く集まっています。BtoBの事業を展開するのであれば、最も連携が進めやすい場所だと言えるでしょう。
渋谷などに比べれば賃料が安いのも魅力です。こうした利点を生かし、スタートアップの世界的な一大拠点にしようと考えています。
この「E.A.S.T構想」の一環として、2019年の12月にはプロトスターとともに、起業を目指す社会人を対象にしたコミュニティ「Swing-By」を設立。
メインターゲットは30代以上だ。企業で長く働く中で、蓄積された知見や解決したい課題を持つようになっても、起業にまで踏み切る人はほんのわずかしかいない。
そんなジレンマに対して一石を投じることで、新たなビジネスが生まれてほしいという狙いが込められている。
始動して5カ月あまりだが、参加者が起業したり、勤務先の企業で新規事業に取り組んだりといった兆しも生まれている。塩畑氏は、このスピード感に期待を寄せている。
塩畑本業を持ちながら、サイドプロジェクトとして参画する人がほとんど。事業開発を志す人たちが切磋琢磨しあい、実際に起業し、事業を成長させていく。そうした流れを生むきっかけにしていきたいです。
日本でイノベーションを生み出すには、既存のスタートアップとの共創はもちろんのこと、イントレプレナーやアントレプレナーを創出していくことも重要です。そんな多面的な活動ができるのも、大企業のアセットを持つ私たち『31VENTURES』の強みだと考えています。
「本業の競合とだって手を組めるかも」
昨今、新型コロナウイルスの影響で社会情勢が変わる中で、上窪氏はスタートアップとの強固な結びつきを、これまで以上に必要と感じているという。
上窪リモートワークをする企業が増える中で、今後、オフィスビルの存在意義や自宅のあり方も変わっていくと思います。求められるものも多岐にわたり、本業である不動産への問いが大きくなっていくはずです。この変化を柔軟に捉えるためにも、よりスタートアップの知恵が必要になってきます。
塩畑不動産業界は社会のあらゆる領域と密接に関わっています。そんな業界の将来を考えることは、日本社会のあり方を再定義すると言っても過言ではありません。次代を築くイノベーターを一人でも多く生み出す。そのエコシステム構築に関われていることを誇りに思います。
これらを形にしていくためには、本業では競合にあたる企業と協力することも大いにあり得ます。私たちにとって大事なことは、持続的なスタートアップのエコシステムの繁栄とイノベーターの創出であり、事業共創ですから。
不動産という業界はもはや関係ない。スタートアップのエコシステムを繁栄させ、新たな産業が生まれる仕組みを作る。そうして持続的に社会が発展し続ける流れに貢献することが、『31VENTURES』の願いなのだ。
こちらの記事は2020年06月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
藤原 梨香
ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。
写真
藤田 慎一郎
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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