ディープラーニングはいま“インターネットの1998年”を迎えている。
AI特化型インキュベーターに聞く、現状の課題と展望

インタビュイー
仁木 勝雅

情報産業分野における投資活動を通じて、企業価値拡大というテーマに一貫して取り組み続けている。2016年まで、ソフトバンクグループの投資部門責任者として、国内外のさまざまなステージの投資案件を担当。ボーダフォン日本法人やSprintといった大型M&Aに加え、Aldebaran RoboticsやGrab、Coupangなど海外のテクノロジー企業やスタートアップへの出資に携わったほか、Renren、Supercell、Grab、ガンホー・オンライン・エンターテイメント、ジーニー等において取締役を務めた。また、国内外の複数のVCにおいて投資委員を歴任し、現任でもMistletoe Venture Partners(株)の取締役を務めるなど、自身の経験を活かしさまざまな角度からのスタートアップ支援を行っている。

渡邊 拓

1992年生まれ。慶應義塾大学へ入学後、在学中にNPO法人AIESEC JAPAN2015年度代表を務める。個人で若いスタートアップへの投資・支援を行い、AI特化型インキュベーター兼VCであるDEEPCOREヘ2017年に参画。主な支援先は、Telexistence、New Innovations、Liaro、BABEL、ChillStack、Sportip、Jijなど。

関連タグ

今年8月、ビジネスにおけるディープラーニング活用を後押しするコミュニティが、東京の本郷に生まれた。ディープラーニングに特化したインキュベーションスペース「KERNEL HONGO」である。

運営元は、株式会社ディープコア(DEEPCORE Inc.)。同社はシード・アーリー期のAIスタートアップ投資を目的とした60億円規模のファンドも運営している。かつてソフトバンクで孫正義のM&A戦略を支えた同社CEO・仁木勝雅氏、同社投資担当・渡邊拓氏に話を伺い、インキュベーションスペースの解説のみならず、ディープラーニングの現在地と未来を明らかにしていく。

  • TEXT BY MASAKI KOIKE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
SECTION
/

ディープラーニングの現在地は、“インターネットの1998年”

ディープラーニングの革新性が叫ばれるようになって久しいが、十分に社会実装されているとは言い難い。DEEPCOREのアドバイザーも務めるAI研究の第一人者・松尾豊氏がまとめた「ディープラーニングの進展と人づくり(総務省)」によると、2030年にはディープラーニングをベースとしたAI技術が教育や秘書といったホワイトカラーの支援にも活用される見込みだ。しかし、現状は自動運転や製造業の一部などで活用されるにとどまっている。

松尾氏はその現状を、「1998年頃のインターネットと同様の状況だ」と話す。同年は国内インターネット普及率が初めて10%を突破した、歴史的転換点だ。これ以後インターネットは急速に社会に浸透し、5年後の2003年には普及率60%を突破することとなる。

ディープラーニングは、GAFA(Google、Apple、 Facebook、Amazonの頭文字を採った、IT業界の巨人の総称)のようなキラーアプリを提供する企業も存在しない。むしろ「HTMLを書けて、Webサーバーを立てられるスキルを持った人材ですら希少な状態」だという。

渡邊ディープラーニングは、2012年の画像認識コンテスト「ILSVRC」でGeoffrey Hinton(ジェフリー・ヒントン)教授を中心としたチームが圧倒的な精度を生み出したことが分岐点に、爆発的に研究が進み、主要な人工知能関連の学会での論文採択数も2倍、3倍と増えて、かなりの数の関連論文が発表されてきました。学術領域ではスタンダードになりつつある技術ですが、ビジネスへの応用はまさしくこれからはじまろうとしているところです。

仁木インターネットも、もとは軍需産業だったのが学術界で研究されるようになり、徐々に実用フェーズへ移っていきました。1998年のインターネットは、まだ具体的な活かし方は見えないものの一部のアーリーアダプターが使い始めており、大きな可能性が期待されていた頃です。今から20年後には、ディープラーニングはインターネットのように社会的なインフラとなっている可能性が十分にあります。

DEEPCORE CEO 仁木勝雅氏

「AI」という言葉が世の中に浸透した今、その根幹的技術であるディープラーニングの本質的な提供価値が問われるようになっているのだと仁木氏は続ける。

仁木「AI」がブームとなっていた時期と比べ、今は「AIとは何か」についての正しい認識が浸透しつつあると思います。ブランディングやマーケティング目的で、実態が伴わないのに「AI」と謳っているだけのサービスは自然淘汰されていくでしょう。インターネットの歴史を紐解いても、黎明期は「e-XXX」「i-XXX」といったサービスが多く生まれましたが、結局は確固としたテクノロジーが伴わないものは生き残れていないんです。

今まさに黎明期にあるディープラーニングだが、その開発、普及においては中国がリードしているという。

仁木エンジニアの人数から、ディープラーニングに必須である膨大なデータ量まで、中国はずば抜けています。このままだと、日本のディープラーニング系のスタートアップは、すべて中国に駆逐されてしまうのではないかという不安すらあります。

渡邊中国が特に先行している領域としては、自動運転、監視カメラ、無人店舗決済などが印象的です。また面白いのが、受験競争が激しいせいか、教育コンテンツ系の領域でもディープラーニング活用がとても進んでいる。B2Bの領域よりもB2Cサービスでディープラーニングを活用したスタートアップが多いのも、データを多く獲得できている中国ならではの特徴です。日本も、タイムマシン経営的に、見習える部分は見習っていかなければいけません。

SECTION
/

ディープラーニングの課題は、若い技術者と既存産業の接続

ディープラーニングの社会実装を進めていく上での課題とはなにか? 仁木氏・渡邊氏は「優秀な若手エンジニアと既存産業のマッチング不足」がその際たるものだと指摘する。

渡邊かつてインターネットがそうであったように、ディープラーニングを普及させていく主体は若いエンジニアとなるでしょう。実際、ディープラーニングを活用できるエンジニアは、2012年以降に盛り上がった技術であるということも影響して、若い人たちがほとんどです。

仁木一方で、ディープラーニングの導入により大きなインパクトを見込める既存産業には、技術のあるエンジニアがまだほとんどいません。とはいえ、今すぐ大企業に最新技術のキャッチアップとエンジニアの内製を求めるのは難しい話ですし、逆に若いエンジニアに事業推進を要求するのも酷。そこで、両者の接続が必要となってくるのです。KERNEL HONGOは、そのための施設でもあります。

また、これはエンジニアに限った問題ではない。CxOを目指しているようなビジネスサイドの人間にも、取り組むべきことがある。

仁木ディープラーニングをビジネスで活用していくために、CxOを目指しているようなビジネスパーソンであっても、最低限の技術リテラシーを身につける必要はあります。日本ディープラーニング協会が主宰している「G検定(ジェネラリスト検定)」など、リテラシーを身につけるための仕組みは整備されつつあるので、うまく活用してほしいですね。

DEEPCORE 投資担当 渡邊拓氏

渡邊また、既存産業の課題を、手触り感を持って理解しておくことも大切です。もちろん、ディープラーニングについての基礎的なリテラシーを身につけ、「AIに何ができて、何ができないのか」を把握することも必要ですが、今その産業領域にどういった課題があり、どういった優先順位でアプローチしなければいけないのかがわかっていないと、せっかくのテクノロジーが活かせません。

SECTION
/

GAFA創業者のような起業家を、日本にも増やしたい

こうしたディープラーニングへの展望のもと、仁木氏・渡邊氏が抱いているDEEPCOREの事業構想についても伺った。

仁木日本でも、GAFAの創業者たちのように、技術的バックグラウンドに裏付けされた起業家を増やしたい。その手法として、ここまでお話してきたように、ディープラーニングに照準を定め、既存の産業界と若いAIエンジニアや研究者をつなげようとしています。

また私個人としても、ソフトバンク時代は主にレイトステージの海外企業に投資していて、「もっと日本国内の無名だが若い起業家を応援したい」という想いを抱いていた。そういった過去もあるので、ビジネスアイデアすら持っていなくても構わないから、意欲がある優秀な若者を集めたコミュニティをつくりたいんです。今までのように、一流企業への就職や研究の道だけでなく、起業をキャリアの選択肢の一つに入れてほしいと思っています。

渡邊こうしたビジョンのもと、「コミュニティ」「実証実験」「起業支援」の3本の軸で事業を展開しています。「コミュニティ」は、若手AIエンジニアが切磋琢磨しあえるKERNEL HONGOのような共同体の構築を目指しているという意味です。「実証実験」は、既存産業と若手AIエンジニアの接続という目的で、課題はあるがAI人材がいない企業が、コミュニティ内のエンジニアの力を借りて実験できるような場づくりを目指しています。そして「起業支援」は、一般的なVCと同様、技術面と事業面の両輪で起業家やスタートアップをサポートしているという意味です。これら3つを実現するのが、DEEPCOREなのです。

KERNEL HONGOには若手のAIエンジニアや研究者が多く入居。人脈を形成し、最新の情報や計算機資源といった潤沢なリソースを活用し、日々開発に勤しんでいるそうだ。

渡邊KERNEL HONGOのメンバーは、ビジネスサイドも一定数いますが、20代のAIエンジニアの割合が多いです。リアルな場所を設けることにより、人脈や情報はもちろんのこと、若手エンジニアにはなかなか手が届きにくい計算機資源や、24時間空いている作業スペースなども利用できます。本郷という場所柄、メンバーは東京大学の学生さんが多いですが、他の大学や社会人の方、フリーランスエンジニアの方もいらっしゃいます。

KERNEL HONGOに加えて、ファンドでの投資活動も進めているという。すでに4社のディープラーニング企業への投資を発表した。

渡邊「DEEPCORE TOKYO1号」というファンドで、KERNEL HONGOで生まれたAIスタートアップや、すでに設立済みのスタートアップへの投資活動も進めています。総額60億円規模で、外部企業からもLP(リミテッド・パートナー)として出資いただくオープンなファンドとして運営しています。現在発表しているものだと、防犯カメラ解析AIを提供する株式会社VAAK、AIアシスタントを開発する株式会社UsideU、AI運動データ分析のUplift Labs, inc.、病理画像診断ソフトを開発するメドメイン株式会社の4社に投資しています。

今後は、「OPEN」「COMMUNITY」「GLOBAL」の3つの軸、すなわちオープン・中立的に連携先を拡大し、起業家育成拠点を各地で増設しつつ、グローバルな連携や投資を強化 する方向性で事業を推進していく予定です。

2018年現在、インターネットは社会に必要不可欠なインフラとなっており、もはやそれがない社会を想像することすら難しい。20年後、ディープラーニングも同じような状況を迎えることとなるだろう。その時、日本の企業からGAFAのようなキラーアプリを提供するテック企業を輩出していくために、DEEPCOREのようなインキュベーターの重要性がますます増していくのではないだろうか。

こちらの記事は2018年10月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

執筆

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

写真

藤田 慎一郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン