連載Ideal Entrepreneur ──成功する起業家の要諦

「死」を適正サイズに調整し、可塑性ある起業家を育成する。
GOB Incubation Partners山口氏に聞く、インキュベーションの要諦

インタビュイー
山口 高弘
  • GOB Incubation Partners株式会社 代表取締役 

元プロスポーツ選手、19歳で不動産会社を起業、3年後に事業売却。それ以外にも複数の事業を起業・売却。その後、野村総合研究所に参画しビジネスイノベーション室長就任。
2014年、GOB Incubation Partnersを創業。現在、起業支援インキュベータとして、企業内起業においても多くの事業・サービス開発に携わる。また、GOB Incubation Partnersでは主に若い世代がイノベーションに挑戦するためのマインドセット創り、事業化支援、キャンプ等までも実施している。キャリア大学ではインキュベーションプログラムの開発および学生への事業創出にかかわるメンタリングを担う。
内閣府若者雇用戦略協議会委員など政府委員就任歴多数。著書多数。

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「Research(研究)And Practice(実践)」の略称を社名に冠し、拠点であるシンガポールを中心に東南アジアおよび日本において、さまざまな産業領域への投資事業を行なうベンチャービルダーREAPRA PTE. LTD.グループ(以下、REAPRA)。

この連載企画では、0→1フェーズの投資経験が豊富な起業家へとインタビューすることで、 REAPRA独自の概念「Ideal Entrepreneur(理想的な起業家)」像を探っていく。第5回は、REAPRA VENTURES PTE. LTD.で経営企画を務めるメンバーが聞き手を務め、GOB Incubation Partners株式会社代表取締役である山口高弘氏に話を伺った。

0→1および1→10フェーズでのインキュベーション実績が豊富で、自身も過去複数の事業を起業・売却してきた山口氏。記事の前編では、「起業家の成熟なくして右肩上がりの事業成長は期待できない」と考える理由から、起業家に求められる鋭い「問い」と、それをダウンサイズさせながら事業を成長に導く力までが語られた。

後編では、「どんな起業家もあるレベルまでは成長させられる」という育成術、起業家をチャレンジに向かわせるGOBの「客員起業制度」、「可塑性の有無」を投資基準にする理由といった山口氏のナレッジが明かされた。

  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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誰もが持つ悩みは、起業のタネになり得ない

山口さんは、起業家は「世の中を変えたい」、「課題を解決したい」といった「志」を、社会動向と掛け算し、事業をつくっていくべきと説かれています。世の中の価値観をアップデートできるような鋭い問い、すなわち強い志を持つことは起業家にとって、必須なのでしょうか?

GOB Incubation Partners株式会社 Co-Founder/代表取締役・山口高弘氏

山口いえ、最低限の「志」さえ持っていれば、育成によってある程度のレベルまで到達させることが可能だと考えています。ある事象に対して人間が浮かべる「こうであってほしいというイメージ」には、ほとんど個人差がありません。

一方で、そのイメージが「社会的になぜ必要なのか」という社会動向と掛け算によって、言語化されるイメージが志です。「こうあってほしい」から「社会化されたイメージ」まで至れるケースはそう多くありません。たまたま強烈な経験をした人が強い志を持つ側面がある一方で、そうでない起業家が自分の持つイメージをいかに社会動向とぶつけて言語化に導くのかが、インキュベーターとしての腕の見せどころだと考えています。

たとえば、強いコンプレックスを持つ起業家がいたとします。同じようなコンプレックスを持って苦しんでいる人を目にしたとき、居ても立ってもいられずに自ら動き出せる人はごく少数です。ほとんどの人が、漠然とした解決を願うでしょう。僕はそれを「ミドルステージの志」と呼びます。しかし、大多数の起業家が持つミドルな志を掘り下げ、言語化をサポートすることで、本人は成長に向かうんです。

REAPRAのサポートとリンクする部分があります。具体的には、どのような手順で深堀りしていくのでしょうか?

山口「それは何の価値があるの?」、「なぜそれをやりたいの?」といった言葉を投げかけていきます。加えて、起業家が「自分だけがこの志を持っている」と思い込んでいる場合には、「実は普遍的な悩みだ」と知覚させる必要がありますし、一方で誰もが考えるような普遍的な悩みを「社会的な大問題だ」と思っている場合は、もっと独自の志を追求させるべきです。

起業家は「自分の持っている感覚や経験を、他の人は備えていない」と思い込んでいる場合が多いのですが、「同じ感覚を自分以外の人間も持っている」と知覚した瞬間、志を言語化しやすくなります。

一方で、あまりにも一般的な悩みに注目している場合は、うまくいかないことが多いですね。「受験勉強をラクにしたい」「就活を無くしたい」といったごく普通の悩みから生まれた志をもとに起業しても、そういった悩みは社会の構造によって強制されたものではなく、本人の選択による結果でしかないので、事業成長につながるような強い志としては機能しないと考えています。

独自の視点から、志を求める必要があると?

山口その通りです。社会化が必要ではありますが、まずは独自の視点を持っていることが起点になります。たとえば、組織のなかでチームビルディングを手掛けようとしていた起業家がいました。彼は、組織はNの人間の集まりであると考えており、Nという組織全体を対象にチームビルディングを進めようとしていましたが、あるとき「組織は、1:1がN個存在する、対(つい)を基盤としている」と気づきました。

そこから、対の関係を基盤としたチームビルディングのあり方を志向するようになりました。何人いても対の集合体であると捉える視点は、独自であると言えます。「組織の風通しをよくする」とういうのでは、捉え方が雑すぎる。彼は「一つひとつの対をいかにデザインするか」という、無数の対のデザインに主眼を置いたサービスを現在考案中です。

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適正サイズの「死」に立ち向かえば、起業家はアップデートされる

その方が「対のデザイン」の重要性に気づかれたように、起業家が自分自身の癖や価値観を客観的に発見し、成長するきっかけは、どういったときに訪れるのでしょうか?

山口「死」に立ち向かうときですね。身体的な死というより、精神的な死です。それは、自分がいたい世界や場所に溶け込めず、環境と調和できないストレスが溜まっている状態のこと。

たとえば自分と事業が同化している創業初期の起業家からすれば、プロダクトをマーケットに溶け込ませられない時点で、プロダクトではなく自分自身が不適合を起こしている感覚になる。結果、自分の精神が死に向かってしまうんです。直面する事業課題のサイズが大きすぎると本当に「死」に到達してしまうし、何としても避けなければいけない。

一方、死に立ち向かうことは「志」と「問い」をアップデートする良い機会になるし、起業家の成長にもつながる。逃げ続けると成長できないんです。

山口さんは、起業家が死へと立ち向かう際、潰れるのを防ぐために、どのような手助けをされますか。

山口起業家にとっての安全地帯を与えるようにしています。安心できないのに、突出したチャレンジをしていくのは難しいと考えていて。GOBでは「客員起業制度」というものを採り入れ、インキュベーション対象者には客員起業家として一軒家のオフィスで事業作りをしてもらっています。というのも、物理的な「家」は精神の拠り所として機能し、起業家のメンタルを安定させる効果があるんです。現在は、40人くらいが一つ屋根の下で事業づくりをしていますね。

つくったソリューションがマーケットに適合できずに悔しい思いをしたとき、起業家を支えるのは、同じ経験をしている先輩がいたり、生活が安定していたり、恋人と食事をしたりすることで得られる「安心」です。安心できる環境と自分の強さが合わさってこそ、起業家は成長していける。

加えて、僕たちは投資方法も変則的です。GOBを介して事業開発コンサルティングなどのクライアントワークを起業家に斡旋し、それをこなして稼いだ自己資金を事業予算にしてもらっています。直接資金を投資する形ではないから、僕たちが事業に口出しする権利を持たないし、起業家は安心して意思決定することができる。

その方針であれば、たしかに安心が削がれることはありませんね。

山口ベンチャーキャピタルからの出資を受けると、良くも悪くも事業の方針をコントロールされてしまいますから。起業家が壁に直面したときに守ってもらえないどころか、むしろ刺されることすらある。

BtoBの事業開発コンサルティングであれば、起業家が自身の事業を進めるためのナレッジを体系化する場として機能しますし、シードステージで必要な1,000万円ほどの資金が半月くらいで得られ、キャッシュの獲得効率も良い。もちろん若い起業家にとってあまりにも巨額の案件は新たな壁になってしまいますが、ある程度の規模であれば、僕たちがパートナーになればこなせますからね。

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「可塑性」がある起業家は成功をつかめる

REAPRAでは投資基準のひとつとして起業家の「可塑性」を評価していて、比較的若い起業家の育成に力をいれています。GOBでは、起業家と組む際にどういった点を見ているのでしょうか?

山口まったく同じで、変化の余地があるかどうかを評価しています。若い人を中心に育成していますが、中には30〜40代であっても可塑性を備えた人はいますし、そういう人には精力的に投資しますね。「問い・価値探索期間」では、多様なユーザーの視点を取り込み統合する必要がありますし、「市場インストール実験期間」では、何十回もモデルチェンジします。可塑性がなければ、やりきれません。

最近、某有名投資家からラウンドが上がるたびに出資を受けていたけれど、チームが空中分解してしまって出資も手を引かれ、借金だけ残っている40代の起業家と面談しまして。その人は、ターゲットの選定はうまくできていたのですが、投じた金額が事業成長のフェーズに見合っていませんでした。うまくプロダクトマーケットフィットができないままに時間が経ってしまったため、チームが崩壊してしまったんです。素晴らしいポテンシャルがあり、可塑性も持ち合わせている人だけど、資金が尽きて身動きがとれなくなってしまっている。こういった人には、積極的に投資していきたいと思っています。

可塑性さえ備えていれば、必ずしも年齢が若い人である必要はないと。とはいえ、どんな起業家であっても、学びが止まってしまうスランプのような状態になってしまうこともあるのではないかと思います。そんなときREAPRAでは、起業家の学習を阻害する要因を減らしていったり、その状況に自覚的になってもらうコミュニケーションを行なったりしています。山口さんは「起業家の学びが止まった」と感じたとき、どのように対処されているのでしょうか?

山口そもそも「人は学ぶことが下手」という前提でコミュニケーションしています。ときどき、すごい経験をしているはずなのに、話を聞いてみるとまったく中身がない人と出くわすことがある。そういった人は、学びの機会を活かせていないだけなので、活かせるように解釈をサポートするんです。

メンターとして重要なのは、役割分担です。一人や二人の限定的な関係では、止まらない学びを体験させることはできません。メンターには少なくとも4つのタイプが必要です。1つ目は常時伴走する「並走メンター」。安全地帯をつくり出し、悩みを聞き、変化をきめ細かく観察するタイプです。並走メンターが中核になります。

2つ目は「分岐提示型メンター」。これは、「モデルチェンジすべきか、すべきではないか」のシグナルを提供するタイプです。分岐提示型メンターは変化を起こす起爆剤となり、回転数を上げるために直接的に貢献します。

3つ目が「“志”志向型メンター」です。変化の激しいプロセスを歩んでいると、目の前のことにとらわれ視野狭窄になります。そんなとき、「そもそもなんのためにやっているのか」という大局的かつ俯瞰的な視野で事業の意義を問うタイプです。

そして、4つ目が「事業アドバイス型メンター」です。事業の分野ごとに、戦略や戦術は異なり、一人や二人のメンターですべての分野に対応することは到底できません。戦略や戦術ごとに課題が適切に設定できないために手足が止まってしまい、結果として学びが止まることは常に起きます。このため、適宜適切なバックボーンとスキルをもったメンターが、課題ごとに柔軟に対応する必要があるんです。

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REAPRAの見解「REAPRAの方針とも重なる部分が多い、GOB」

再現性のある伴走支援を通じ、社会へ対し価値を与える起業家および事業の創出に取り組んでいるGOBの山口さん。「研究と実践」を通じ新産業を創造することをミッションとする弊社REAPRAとの親和性も高く、実りのあるインタビューとなりました。

REAPRAが投資対象とする複雑な領域においてインパクトを出し続けるために、起業家にとっては自身が持つ価値観やアイデンティティを内省し活用できるものは活用する一方で、自身が対峙する社会や市場と対話し続けることで自己変容を続け、経験学習の領域を広げ、かつサイクルを回し続けることが非常に重要であるという仮説を私達は持っています。

インタビューにある「問いの鋭さとマーケットに合わせた普遍化のバランス」を取ることで起業家の想いと社会のニーズを擦り合わせにいくところや、「対話を通して起業家の志を掘り下げることで、言語化を支援することがインキュベーターとしての腕の見せどころ」といった点は、私達が支援先企業の創業期に重要視している「ファウンデーションデザイン」や「ミッション・ビジョンの確立と1st Biz-dev」における方針と重なる部分も多く、起業家支援について示唆に富むお話を伺うことができました。

こちらの記事は2019年06月06日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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