連載株式会社in3

【事例】“大企業病”を打ち破る。戦略的チャレンジがあたりまえの組織文化へ──三井化学から学ぶ、現場リーダー主導の「長期経営計画」の実践

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インタビュイー
飯田 正信
  • 三井化学株式会社 人事部人材グループリーダー 

1997年、三井東圧化学から合併を経て三井化学株式会社入社。名古屋工場、本社、大阪工場と拠点を移しつつ人事領域のプロジェクトを重ねた後上海に赴任し、グローバル人事を経験。帰国後は人材育成のチームリーダーを務めたあと、関連会社の人事の立て直しといった局面も経験した。現在は本社で人材グループのリーダーとして、採用、人材育成、異動・組織という3つのチームの統括・管理を担う。

水原 直美
  • 三井化学株式会社 グローバル人材部タレントディベロップメントチームリーダー 

日系および外資系企業の人事経験を経て、様々な現場組織におけるリーダー育成や組織開発への見識を深めた後、2017年に三井化学株式会社に入社。現在は、グローバルのキータレントのリーダーシップ開発や、グローバルエンゲージメントサーベイの担当と合わせて、国内の人材開発、キャリア開発、組織開発を担う。

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現状維持を優先し、新しいことにチャレンジできない。意思決定も遅く、イノベーションが進まない。歴史ある日本企業に多く見られるこのような企業課題の傾向は、“大企業病”とも呼ばれ、無自覚のうちにその組織のあたりまえ(組織文化)として固着化する。一方で事業成長のさらなる創出や持続のためには、時流に応じた大々的な変革やスピーディに試行錯誤し挑戦し続けるカルチャーへの変容が求められ、その変革の一歩が踏み出せず右往左往する企業は珍しくない。

大企業に組織開発コンサルティングを提供しているin3では、その先の成長を目指して積極的に動き出す変革現場のプロジェクトを多く手がけている。その中から3つの象徴的な事例を、連載でお届けする本企画。1作目のテルモ事例記事、2作目のサトーグループ事例記事に続く本3作目は、三井化学だ。

同社は2020年、経営トップの若返りを図ると共に、長期経営計画「VISION 2030」を打ち出した。本計画は三井化学が「ありたい姿」を再定義したものであり、事業ポートフォリオの大幅な転換といった挑戦的な内容も含まれる。

この長期経営計画を受けた組織・人材領域の施策の策定・実行を担うことになったのが、飯田 正信氏と、水原 直美氏である。三井化学で人事一筋のキャリアを歩んできた飯田氏は、2023年現在、「採用」・「人材育成」・「人材配置」と人事にまつわる全領域のリーダーを務めるキーパーソン。水原氏は、日系や外資のメーカーで人事として活躍してきた人物で、2017年に三井化学にジョイン。フラットな目線で組織を俯瞰し、生え抜きではないからこそできる、独自のネットワークを築いている。

これまでとは異なる様相の長期経営計画を実現するために、我々ができることとは。

その問いから始まった、人事チームの挑戦。in3の伴走のもと、飯田氏と水原氏が見出した、大企業病を打破する突破口として、現場リーダーの挑戦意識に火をつける施策とは。

  • TEXT BY YUKI YADORIGI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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「VISION 2030」の制定に伴い、「挑戦するためのカルチャー変革」を始動

三井化学が掲げた「VISION 2030」の基本戦略は5つある。

  1. 事業ポートフォリオ変革の追求
  2. ソリューション型ビジネスモデルの構築
  3. サーキュラーエコノミーへの対応強化
  4. デジタル・トランスフォーメーションを通じた企業変革
  5. 経営基盤・事業基盤の変革加速

企業が取り組むべき社会課題の解決と事業成長の交点にある重要テーマがずらりと並んでいるが、それをどう実行していくかは現場の判断に委ねられている。

この実行フェーズこそ企業の未来を左右する。そして、ありたい姿からのバックキャスティング(目標から逆算型の業務思考)による構想を実現する現場では、いわゆるアジャイル的なアプローチが求められるのだ。

一方で、三井化学は従来フォアキャスティング(積み上げ型の業務思考)をスタンダードとしてきた。ムーンショットからの逆算、あるいはアジャイル的なプロジェクトの進め方や、イノベーティブな発想を強く求められる組織ではなかったということだ。飯田氏はこうした背景を踏まえ、まずは組織行動に大きな影響をおよぼすリーダー層の意識・行動を変える取り組みが必要だと考えた。

飯田経営陣が戦略に込めたメッセージのなかで特に取り組みたいポイントとして挙げたのは、「挑戦するためのカルチャー変革」です。

そこで、まず私たちは2022年4月に人事評価制度を改定いたしました。業績と行動の2軸で評価するのですが、行動評価の項目に「経験から学ぶこと」や「挑戦すること」を重視する評価基準を取り入れることで、意識変革を試みています。

また、今回の人事制度改定にあたっては、新たに変革目標の設定という取り組みも始めました。この変革目標とは、全社組織で定められた長期経営計画の目標に加えて、さらにストレッチを目指し、自らの変革目標を定めるというもので、「チャレンジするプロセスも評価に反映する」点に特徴があり、例え目標が未達の状態でも、チャレンジしたことによって評価点を底上げできるという仕組みです。変革目標の導入については、部長クラス、グループリーダークラスと、上から順に試行する形で現場に取り入れています。

飯田こうした取り組みの背景には、私たちが過去2回実施したエンゲージメントサーベイの結果があります。「SAY=同僚、入社応募者、顧客などに対して、会社について肯定的に語る」「STAY=会社に留まることを強く望む」「STRIVE=仕事上で、求められる以上に努力する」の3点を比較したところ、三井化学は「STAY」が高い一方で、他2項目は相対的に見て低い、いわば“企業にぶら下がるような意識”が根強く存在してしまっている組織だとわかりました。

これまでの組織に染み付いている意識を改革しなければ、「VISION2030」を実行するための自発的な挑戦を促すことはできないという仮説のもと、私たちはこうした制度の見直しを進めました。

しかし飯田氏は、「これらはあくまでハード面のアプローチでしかない」と続ける。これらを組織に浸透させ、変革のきっかけをもたらすためには、ソフト面のアプローチ、すなわち組織の行動変容を促すための人材への働きかけが必要だ。そこで人事チームは、さらに研修プログラムの再設計にも取り組み始めた。

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「良い意味で“最悪”な研修だった」。
キーパーソンたちに衝撃を与えたプログラム

飯田今回のチャレンジングな長期経営計画を実現させるためには、社員や組織全体がこれまでの私たちのあたりまえの考え方や思考そのものの見直しを図る機会として研修プログラムを機能させる必要がありました。そして、重点的に取り組むテーマとして挙げたのが「戦略実行力」でした。

戦略実行力とは、俯瞰的目線で戦略の解像度(明確な目標の角度と具体性)を高め、その実行に向けた道筋に周囲を巻き込み、成果が出るまでコミットしてやり続けることを意味します。過去のリーダーシップコンピテンシー評価でも相対的に「低い」という結果が出ていた項目であり、企業全体で底上げが必要なスキルだと認識していましたが、手を打てていませんでした。過去には「グローバルリーダーシッププログラム」といった取り組みの中で戦略実行力を取り上げたこともありますが、本プログラムはグローバルで選出されたキータレントに絞り込んだ限られたメンバー向けでした。

今回、長期経営計画の実行を担うキーパーソンに戦略実行力を育んでもらうためには、より幅広い層を対象としたプログラムが必要です。

こうした課題をもとに、in3さんのフォローを受けながら、水原さんが主体となって「戦略思考リーダーシップ研修」という新たな取り組みを2022年7月から実行しました。

水原私自身が三井化学に入社した際に真っ先に感じた課題意識は、優秀な社員が多くいて、個のパフォーマンスは高いのに、「組織」となった時に組織の力が発揮しきれていない。一部のパフォーマンスが高いと言われている人達に依存して、組織にある全てのリソースが使いきれていないのではないか?ということでした。

しかし、様々な層のリーダー達の生の声を聞いていると40代後半から50代前半が中心となっているグループリーダー層に組織の潮目のようなものを感じました。つまり、その層のリーダーには、我々の事業が次のステージに変わっていくためには、我々のチーム力、組織力としてもっとどのように成長していけば良いのか?という課題にリアルに直面し、それを課題として言葉にするメンバーが多いと感じたのです。

本来であれば、この手のプログラムは、事業戦略へのアウトプットに直結する階層である部長層からスタートするのが王道と感じつつも、そのような課題意識が芽生え始める層に対し、個力から組織力への転換を意識させた施策を打てば、やがて彼らが近いうちに経営により近い層になり、組織全体に良い影響を発揮してくれるのではないかと考えました。そこで、様々なサーベイのファクトデータをもとに周囲を巻き込み、実施にこぎつけたのです。

写真提供:三井化学株式会社

このプログラムは、事業部での長期経営計画策定の中核を担っているであろうグループリーダー層に、あえて、既存の戦略方針を改めて見直し、「現状の計画で変革の角度は十分であるのか?」「変えることが明確になっているのか?」と問いを与えるところからスタートする。

より経営目線に立ち、既存の縦割り構造の組織内では得られない多面的なフィードバックを受けながら戦略の解像度を高めるプロセスを体験することで、前述の変革目標に値するような新たな「戦略的チャレンジ」を設定する。そしてさらに、プログラム期間中、その実行に向けた道筋の中で手なりの戦略に引っ張られる組織の重力とも戦いながら、周囲を巻き込んで動かしていくというものだ。これはまさに、これまでは“戦略”=上長が作る数値目標と計画と捉えがちであった意識を、“戦略”=チームでチャレンジする対象としてどのように挑んでいくか?という意識へのアンラーニングのプロセスとも言える。

プログラムのコンセプトイメージ(写真提供:株式会社in3)

その過程では、海外の組織開発やエグゼクティブリーダー開発にも活用されている経営シミュレーションや、チームでの戦略遂行を効果的にするためのチーミングフレームワーク(『THE NEWS COMPASS®』)、パフォーマンスに直結したリーダーシップアクションを引き出すためのサーベイなども活用されている。すでに百戦錬磨のリーダーにとっても、これまでにない視点や角度からの刺激や気づきがあるように、多様なツールやメソッドが用いられているのだ。

今回の対象となったメンバーの多くは、知らず知らずのうちに描かれた戦略を忠実に実行していくことを是としてこれまで働いてきた。そこから転じて、変化を具体的に想像し、周囲と解像度の高い議論を交わすことには慣れておらず、研修を実際に体感した参加者は、これまで自分たちがいかに“曖昧さ”を残したまま物事を進めていたか痛感したという。

飯田もともと志や能力の高いメンバーたちなので、研修前は「既視感のあるテーマに対してさらなるチャレンジを求められている?」という若干ネガティブな印象を受けた人もいたようです。それでも、研修終了後は期待を超える反響が返ってきました。具体的には、一部の参加者から、「いい意味で最悪の研修だった」という感想をもらったんです(笑)。

この意味は、「自分ができていないことだらけだということを痛感した」ということで、まさに、私たちの狙い通りの反応でした。特に、「これまで追っていたものは、“戦略”ではなく、単なる“計画”だったと思い知らされた」「戦略の策定や実行においては“変化の角度”への意識が何よりも重要、そのためにはビジョン(思い入れ)が不可欠だと理解できた」などという振り返りをいただけたのが良かったですね。

参加者は刺激的なアンラーニングのプロセスに一種の戸惑いを覚えつつもポジティブに向き合えたようだ。その成功のポイントとなったのは、今できることを計画的に進めるのではなく、変革の角度やチャレンジをチームと共有して前に進めるという、まさにアジャイル的な姿勢であった。

挑戦する組織カルチャーにおけるアジャイルな思考・行動様式(写真提供:株式会社in3)

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「手堅い」から「大胆」に変化せよ。
組織に根付いた癖・あたりまえを変えていく問い

新たな研修実施を通じ、三井化学は長期経営計画をリードするキーパーソンを中心とした戦略実行力強化の種子を撒いた。この気づきがリーダー各個人の行動を変えていくことは言うまでもないが、そこからさらに組織カルチャーへの好影響や手応えも実感しつつあるという。

飯田研修を行うことで、私たちは共通体験・共通言語を得ることができます。それはゆくゆくはカルチャーに結びつくもので、組織にとって極めて価値の高い無形資産とも言えるでしょう。また、繰り返すことで、当社のカルチャーとして染み付かせていきたいとも考えています。

「カルチャーになっていきそうだ」と実感したことが最近ありました。2022年7〜9月開始期の研修が完了する11月頃、ある参加者から、「自分の事業部でも同じ研修を実施したい」という要望が上がったんです。

その意図としては、その参加者が研修で得た学びを自身の事業部でも即時的にシェアし、共通言語としてスピーディーに事業活動に活かしていきたいというものでした。こうしたムーブメントが自然と起こることで、共通体験の輪がすこしずつ拡がっていくことはとても良いことだと感じています。

水原そうですよね。私も、このエピソードは、新たなリーダーシップの発揮の仕方だとも感じました。つまり、参加者のリーダー自身が一人で学ぶのではなく、チームで同じように学んで、チーム全員で事業戦略を考え、一緒に大玉転がしをできる状態を目指していくという、まさにこの研修で目指すチーム力を活かした組織のあり方です。

そして何より、そのリーダーが「この研修は体験するたびに新しい学びが多い。そして何より面白いので何度でも受けたい。」と言ってくれて、こうした反響が得られたことは今後の施策を考える上でも大きな収穫でした。

そして、このようなカルチャーへの影響に加え、「この研修によって、(大企業では見失われがちな)経営全体を見渡す視野とともに、自社の事業を見る目線を共有する効果もあった」と飯田氏は振り返る。

事業経営を俯瞰できる経験学習型の経営シミュレーション

ここで飯田氏は、実際に研修内で取り組んだ経営シミュレーションを手元に出した。事業の価値創造のためのバリューチェーンを模したボード上で、参加者は製品開発から生産製造、市場開発や市場開拓活動などを経営者視点で全体戦略を組み立てていく。競争が激化する市場での競争戦略や経営の効率化など多岐にわたる経営課題に直面しながら、持続的な事業成長の実現をめざすというものだ。

飯田この経営シミュレーションを体験してみると、まさに当社の組織カルチャーの様々な面での悪い癖が浮き彫りとなります。それらの事象に対して、「そんな手堅い戦略で市場でトップを取れるのか、競合に勝てるのか?」「先を見据えて戦略ビジョンを描けているか?」「変えるべきことは何か見えているか?」などと、我々にとっては耳の痛い叱咤激励を多数いただきました(笑)。

水原in3さんのプログラムの良いところは、きれいごとや整った言葉ではなく、日頃社内では得られないような刺激をもとに多くの気づきや発見を促してくれるところなんです。

飯田研究職出身の参加者が「もっと早くこれをやりたかった!」と言っていたのが印象的でした。サイロ化しながちな日頃の業務を俯瞰して、自身の研究がどのようなバリューチェーンの中にどのように位置づけられているのか、そして研究開発の投資対効果を高めるために検討すべきキャッシュの状況や事業経営へのインパクトについてなど、業務を取り巻く環境について初めて深く理解できたのだそうです。

このように組織全体、ビジネス全体を見渡す視野を養うこと、そして経営破綻などを通じた失敗を疑似体験することで事業成長の要諦を掴むことや、その過程における成長や変革を志す意識や思考への気づきは、「挑戦」に向かって組織が変わっていくための足がかりとなるのではないでしょうか。

こうした取り組みをまとめるならば、三井化学では今、研修を通じて「事業全体を把握し、自ら挑戦を考えるカルチャーの浸透」が進んできていると言えるのだろう。これらの事業や組織の全体感(ビックピクチャー)に対する共通認識は、今後の現場での打ち手に大きな変化をもたらすはずだ。

飯田会社には、普段の思考や行動の癖というものが根付いています。三井化学の癖は、とにかく「手堅くやること」です。今あるもので確実に手堅く…そのやり方は今までは良かったかもしれませんが、長期経営計画実現に向けて変えていかなければなりません。「もっと大胆に試行錯誤しながらチャレンジしていい」というメッセージを伝えることが今回の研修の要となったのは、そういった会社の癖への気付きがあったからです。

水原私は、我々人事が担う組織開発や人材開発の真髄は、組織へ流通させる「問い」を立て、その「問い」を変えていくことだと思っています。組織・人は、問いの方向に流れると言われていますが、その施策を通じて、組織にどのような「問い」を促すのかがとても大事であり、一つ一つの研修はその問いの入り口の演出として捉えています。

今回の取り組みを通じて、組織内で「我々にとってのチャレンジとは何か?」「それってチャレンジになっているの?」というような対話が自然と起こり、問い続けられるようになれば理想的ですね。

「経営目線で考えろ」「もっとチャレンジしろ」という言葉をよく目にする。どんなポジションのメンバーも簡単に経営目線を持てるなら苦労はしない。実際は会社に根付いた思考の癖や、無意識に狭められた視野といったものが邪魔をして、経営目線にたどりつけず、これまでと異なるチャレンジの発想ができないメンバーは珍しくないのかもしれない。三井化学の今回の取り組みについては、そういった自社や自身への気付きをもたらせることが大きな効果とも言えるだろう。

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自らが変革の原動力に:人事チームのシフトチェンジによって現場を巻き込む

ここまで三井化学の人事チームが取り組んだ施策導入の道のりと、そこから得られた変化について振り返ってきた。飯田氏から聞いてきたこれまでの過程はそれだけでも価値あるものだが、冒頭で述べた“大企業病”に挑戦するためのヒントを得るために、その成功の裏側にあった飯田氏自身の困難についても触れておこう。

三井化学では従前から「リーダーシップサーベイ」という調査も行っており、この度の長期経営計画の初年度に、よりパフォーマンスと連動するリーダーシップアクションを可視化できるサーベイに切り替わった。このサーベイの結果と向き合ったとき、飯田氏は自身の課題に直面したという。

飯田私は相対的に、自律性、チームに働きかけるエンパワーメントなどに強みがある一方、変革といった変化の方向性を具体的に示し、変革行動をリードする項目は弱みとして出ていました。私はこれまで長きにわたりリーダーとして人事メンバーをリードしてきましたが、そのリーダーシップには先ほど挙げた強みと弱みがそのまま反映されていたんです。

長期経営計画の実行を担うなかで、改めて「自分自身が変革の原動力とならなければならない、と考えました。曖昧なままではいけない」と。一方で、私は人事における3つの領域全てを見ていることもあり、カバーする範囲が広い。そのため、どこにフォーカスしたらいいのか、悩み続けていたことも事実です。その悩みを解決する糸口となったのが、3つのチームを横串で刺し、全領域を俯瞰して最適解を考える意識を持ったことです。

また、水原さんも独自の視点で、「経営計画実行のための人事のあり方」を考えてくれています。おかげで、取り組みがさらに加速していると感じます。

水原私は生え抜きではないため、自然と情報がまわってくるような社内ネットワークは三井化学でキャリアを築いてきた人と比較すると弱いですが、研修を通じて多くのリーダーの皆さんと出会う機会が多いので、よく会話するように意識しています。というのも、やはりビジネスを動かすのは現場で、私たち人事が何を実行すべきか?のヒントはそこにあると思っています。

ただ、その際に、相手の役職や経歴などは一切お構いなしに、ゼロベースでフラットに相手に接するようにしています。特に、経営に近い立場の方ほど、日頃の組織内での役割を気にして本音を語れない重力があるかと思いますので、社内の利害関係に絡まっていないフラットな立場と認識してもらえるよう現場の本音をしっかりお聞きできている感覚があります。

そんな情報を基に、人事として何をやるか?ではなく、人事という役割や垣根を超えて、経営や事業のために今やるべきことが何か?を考え続けています。目的思考はより強くなり、自身の成長も感じています。

飯田たとえチームが分かれていても、私たちの仕事は「人・組織」という共通点で繋がっています。そこに経営視点・事業視点が加われば、さらに強力なバックアップができる。

水原さんと私は、チームを通貫するコンセプトを掲げ、予算策定と共に各チーム間連携の方向性を提示しました。

変革を興すときは、人を巻き込まなければならない。長期経営計画の達成に本気で向き合うことを自ら示した飯田氏は、人事チームのコアメンバーに働きかけ、「チャレンジして良い」という共通認識をチーム内に拡げていった。

飯田新たな取り組みを進めるうえで、各チームのリーダー4名で議論を重ねました。これまでよりも一層、長期的なかつ経営的な視点を持ち、「人事が将来にむけてやりたいこと」といった抽象度の高いテーマについて語り合ったこともあります。

このキックオフ的な取り組みに対し、あるリーダーからは「飯田さん、今回の取り組みはとても面白いですね」とポジティブな一言をもらいました。短期的な課題だけでなく、長期的な課題についてもリーダー同士で議論を交わすことの大切さに気付きましたね。

施策実践の背景には、飯田氏のリーダーシップの変化と熱量の伝播、水原氏のフラットなネットワーキングと目的志向、そして人事チームを巻き込んでいった地道な道のりがあった。それらの取り組みの連携により、今回の手応えにつながっているのかもしれない。

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シンプルでパワフルな継続的な実践こそが組織カルチャーを育む

三井化学の人事チームのミッションは、「人材の確保」と「確保した人材の育成およびその能力拡張のための組織開発」だ。そのために、同チームは自らが納得したコンテンツを組織に浸透させ、カルチャーの種子となる共通体験を創っていくことに貢献してきた。長期経営計画「VISION2030」の発表を受けて新たな取り組みに挑戦したが、根幹にあるミッションは今も変わらない。

飯田個人的には、「シンプルかつパワフルなことを見極め、それをひたすら継続していくこと」が、何よりも大切だと考えています。

今回は新たな取り組みについて重点的に話しましたが、そのほか従来から行われているピープルマネジメント関連の施策や、新入社員向けのディスカバリーというプログラムなど、繰り返し行われることで三井化学のカルチャーになりつつある取り組みは数多くあります。

振り返れば、導入時点では現場の理解を得られないこともありました。「なんでこんな場所に呼ばれなきゃいけないんだ」と怒ってしまう参加者がいたり、研修初日に重苦しい雰囲気が流れたり…。そんな失敗経験もあって、事前のオリエンテーションで参加者のマインドセットを高めたり、歴代の受講者に気づきや学びを共有してもらったりといった場を設けるようになりました。

やがて受講者が増えてくると、おのずと口コミが広がるんです。そういった地道で愚直な改善を繰り返しながら、現場を巻き込んできましたね。

飯田今後注力していきたいことは、こうした「取り組みの継続性」を高めることと、「施策の連動性」を高めることです。

継続性というのは、決められたことを淡々とやるという意味ではありません。内外環境の変化に応じた柔軟性を併せ持ちつつ、課題にあわせて都度カスタマイズしながら、最適な施策を模索していきたいと思います。

そして連動性という点では、人事部門のすべてのチームが連動し、将来的に三井化学全体がどのような組織でありたいかというところから逆算して、具体的なアクションに落とし込めるよう意識していきたいです。

今回の成果をもとに、今後もグループリーダー層を中心にこの研修を広げていきます。特に、長期経営計画の実行を担い、戦略を描く当事者となるメンバーを中心に戦略実行力の定着を狙っていきたいと考えています。

次世代のキーパーソンたちに気付きの場を醸成しつつ、長期経営計画のローリングのタイミングと合わせながら、変革目標などの取り組みについても検証を行い、次の計画内容に落とし込んでいきたいですね。

継続性と連動性。言葉にすればシンプルな目標だが、それを実現しようと前進する飯田氏と水原氏は、自分自身が新たなリーダーシップを発揮しながら人事チームメンバーと共に挑戦を続けている。

そして三井化学とin3は、連携を始めて今年10年目を迎えた。飯田氏は、強い信念をもって、この連携を続けている。

飯田in3さんとは10年来のお付き合いです。この連携も「パワフルなもの」だと考えているので、しっかり取り組み続けているんです。

この年月があるので、三井化学の良い点も改善すべき点も熟知していただいていることかと思います。だからこそ、時には自分たちでは見えないのびしろについてもしっかりとご指摘いただける。まさに今回お話しした「手堅さ」「手なり」といった点ですよね。

in3さんのおかげで、自分たちの立ち位置や癖を客観視でき、どうあるべきかを見つめ直すことができる。今後も良きパートナーとして伴走し続けてほしいと思っていますね。

水原この2〜3年、組織の中に「新しいことにチャレンジしよう」という気運が生まれてきているなと感じています。それも経営層から自身の「チャレンジ」に対するキャリアストーリーを聴く機会が増えたことが理由でしょうね。

また成果発表等の場でこれまでのように、すぐに結果を問う、結果から評価するのではなく、まず何よりチャレンジしたことに対して賞賛・承認をするコメントが多く聞かれるようになってきています。

その上で、「さらに良くするためには〜」とアドバイスを入れるような、フィードバックスタイルがよりポジティブになってきたなと思っていて、これも組織全体が変化の方向に動き始めている具体的な兆候として手応えを感じています。こうした変化は何か一つの施策によるものではなく、まさに様々な取り組みの継続性と連動性によるものだと確信しています。

いま、大企業は大々的な変革を迫られる中で、事業ポートフォリオの見直しとともに、組織体質改善に取り組んでいるところが多い。そういった動きのなかで、長期的な経営戦略の実現に直結する組織カルチャーに働きかける施策の重要性は非常に高く、三井化学の人事の取り組みは、難度の高い壁をどのように乗り越えるかを考えるヒントになるだろう。

ポイントは、目指す組織の姿への明確な意図と変化を促す問いを持って、組織の無形資産となる新しい思考・行動様式を組織にインストールすべく、愚直にシンプルな施策を繰り返し継続していくこと。その先に、組織そのもののアップデートが実現するはずなのである。

こちらの記事は2023年05月31日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

宿木 雪樹

写真

藤田 慎一郎

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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