シニア事業をポジティブに?
エンタメで生きがいを創るスタートアップ・オースタンスに聞く

インタビュイー
菊川 諒人
  • 株式会社オースタンス CEO 

大阪生まれ。沖縄、愛知、神奈川、東京など、小中学校で6校に通う。小学校3年生の頃に、母親から「塾、ダンス、トライアスロンの中で何がやりたい?」と聞かれ、トライアスロンを選ぶ。今でも、水泳と走るのは得意。高校時代は勉強はあまりせず、ブレイクダンスに熱中する。大学受験で医学部を目指していたが合格できず、2006年に慶應義塾大学経済学部に入学。マーケティング、ビジネスに出会い、「医者くらい人のためになることを、ビジネスを通してできるのでは」と考えるようになる。学生起業、GREEの上場業務を通じて、何かを成し遂げた後の、仲間と乾杯が忘れられず、「将来、自分で事業をやりたい。」と強く想うようになる。2010年にリクルートに入社し、営業、人事、新規事業(ポンパレモール・保険チャンネル)を経験した後、株式会社オースタンスを創業。

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「世界的にも評価を得ているダンサーの友人が、大好きなダンスだけでは生活できない。この状況を何とかできないか──そう思ったのが創業のきっかけだったんです」とオースタンスCEOの菊川諒人氏は語る。

同氏は、“好きなこと”“楽しむこと”を働く上でなによりも重視する。「僕自身、どんな仕事も楽しみ熱狂してやってきました」と語り、インタビュー中も終始、穏やかながらも快活に答えてくれる。「私の好きが、世界を、動かす。」という同社のビジョンにもそのスタンスは垣間見える。

もちろん、事業にもその姿勢は一貫する。ディー・エヌ・エー(以下・DeNA)から事業譲渡を受けた、シニア世代が趣味でつながるコミュニティサイト『趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)』はその最先鋒だ。老後、余生と言われネガティブなイメージのあるシニア向けの事業の中でも、趣味という“好きなこと”にフォーカスした同サービスは、会員数は34万人、月間2,000万PVという国内最大規模のユーザー数を誇る。

なぜ菊川氏は“好き”を重視するのか。同社が注力するシニアマーケットの可能性と共に訊いた。

  • TEXT BY RIKA FUJIWARA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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始まりは、ルームメイトが輝ける場作りから

提供:株式会社オースタンス

登山やカメラ、音楽、歴史などの趣味を入り口に、同じ興味関心を持つ仲間を探せる『趣味人倶楽部』。ユーザーの約半数は50代から60代で、毎月3.5万件の日記が投稿、1,600件のイベントが開催されている。

菊川みなさん、まだまだ身体的には元気な時期です。ただ、子育てや仕事が一段落して目標を失ったり、孤独を感じたりする人も少なくありません。

一方で、ユーザーの方にお話を聞くと、新たなつながりや、楽しめる機会を心待ちにされている。そこに答えるのが『趣味人倶楽部』の役割です。

オースタンスは元々、シニア向け事業に特化した会社ではない。「私の好きが、世界を、動かす。」をビジョンに掲げ、多方面でのエンターテインメント事業を手がけてきた。

菊川氏が起業したのは2015年。きっかけは、シェアハウスのルームメイトに活躍の場を作れないかと考えたことだった。

菊川ダンサーの彼は、世界的なコンテストで上位入賞するほどの腕前で「ダンスで生きていきたい」という熱意もあったのですが、当時はダンスを仕事にするのが難しく、それだけでは生計が立てられず悩んでいました。

その才能を生かせる場はないかと考えはじめたのが、結婚式でのパフォーマンスだったんです。当時はフラッシュモブが注目され始めた時期だったのもあり、友人の結婚式で依頼されたのがきっかけになりました。

株式会社オースタンスCEO 菊川諒人氏

それを見た友人やゲストはとても感動し、ルームメイトに報酬も渡せた。式が終わった後「こんなにもらえるの?」と驚くダンサーの顔をみた菊川氏は「もっとこの喜びを多くの人に届けられないか」と考え、結婚式でのパフォーマンス事業を立ち上げる。

アーティストを支援したい想いや菊川氏の熱量にひかれ、協力者も徐々に集まった。当時はほぼ無償だったにも関わらず、エンタメに関心のある友人から、事業作りに長けたコンサルで働く知人などが次々と集結。「僕は本当に縁や運に恵まれているんです」と当時を振り返る。

その甲斐もあり、事業は徐々に拡大。当初は副業で取り組んでいた菊川氏だが、業界最大手のウェディング会社との提携も決まったタイミングで法人化。在籍していたリクルートを退職し、起業家としての道を歩む意思を固めた。

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数億回も再生されたシニアのダンスムービーで気づいた、その可能性

この創業期に掲げたのが、先述の「私の好きが、世界を、動かす。」というビジョンだ。好きなことを仕事にできる人を増やしたい、身近な人への“好き”という愛情や意志を持って事業を生み出し、世界を動かせたらどれだけワクワクするだろうか。

菊川氏自身もこのビジョンを体現してきた。「なんでも楽しみ、熱狂しながら取り組んで来ました。それは創業時の事業もそうですし、今取り組んでいるシニアの領域でも変わりません」と言う。

創業から4年間は自己資本経営にこだわり、アーティストの雇用創出のために事業領域も拡大。イベントの企画やアーティスト支援、クリエイティブ制作など、ウエディング周辺へも手を広げていく。

ただ、菊川氏の会社の捉え方も徐々に変化していく。経営は安定しており、着実に伸びてはいたものの、その伸び率や緩やか。その状況に危機感を覚えはじめた。

菊川僕自身の成長もそうですし、一番は、社員の挑戦機会が減ってしまうのではないかと思ったんです。より挑戦できる環境を作る上で何ができるか。そのとき、足かせになると感じたもののひとつに資本がありました。

当時は自己資本で堅調な経営を志向していましたが、それでは伸ばせる範囲も限られる。この頃から、自己資本に限らず、“取るべき”と考えられる機会は積極的に手を挙げ挑んでいこうというマインドに変わっていきました。

そして、会社のビジョンを体現し、成長する事業を考えた末、「シニア領域」に注力することを決める。しかし、そのシニア領域は、様々な事業をする中で偶然に出会ったものだった。

きっかけは、シニアダンサーを起用して制作した動画だ。アメリカの歌手ブルーノ・マーズの「24K Magic」に合わせ、60歳前後のダンサーがキレのある踊りを披露する。この動画が、ストリートダンス界を中心に世界的な注目を集めた。

24K Magic - Bruno Marsをおばあちゃんが踊ってみた!Japanese elderly ladies in the 60s dancing 24k magic

菊川YouTubeにアップした途端に再生回数が伸び、ブルーノ・マーズ本人にもシェアされた結果、世界で数億回も再生されている。好きなことに、真っ直ぐ取り組んで輝くシニアダンサーを見たとき、「何かをはじめたり、挑戦する上で、年齢は関係ない」と気づかされましたね。

これを機に、オースタンスは55歳以上のエンターテインメント集団『シニアモンスターズ』を結成。CM出演など活動の場を広げていった。その中で、菊川氏はシニア世代のファンからある声を聞く。

菊川「私も何かを発信してみたい」「もう一度、目標を見つけたい」「同世代のつながりを作りたい」とおっしゃるんです。言われてみれば当たり前ですが、そうした気持ちは誰もが持つもの。ただ、年齢が理由でないがしろにされている部分があるかもしれないと感じました。

それまでは、表現を得意とする人の「好き」を大切にし、支援してきましたが、もっと多くの人が自分の好きなことや目標を見つけられるようにできないかと考えるようになっていきました。

アイデアを整理する中、シニア向けサービスで真っ先にベンチマークをしたのが、DeNAが2007年から運営していた『趣味人倶楽部』だった。

シニア世代が趣味でつながれるコンセプトはもちろん、Webサービスが浸透しやすい年齢層ではないにもかかわらず、33万人(※2019年3月時点)の会員数を有していたからだ。なぜ日本で最大級といえるまでサービスを伸ばせたのか、徹底的にリサーチを重ねたという。

その折、偶然にも菊川氏はスタートアップの経営者を取り上げるテレビ番組で、DeNAの南場智子氏と共演する機会に恵まれた。何かのチャンスになるかもしれない──そう感じ、菊川氏は収録後すぐさま想いを込めた長文メッセージを送付。南場氏からもすぐに返答があり、会食まで取り付けた。

菊川昔から、縁に助けられてきたので、つながりは大事にしていて、毎回お会いする方には欠かさずお礼をするようにしていたんです。その経験が功を奏したのかも知れません。ただ、当時は事業譲渡なんて考えてもいなかったんです。一緒に何かできないかと思っていたくらいでした。

南場さんには、僕たちが「私の好きが、世界を、動かす。」というビジョンを掲げて取り組んできたこと。その中で多くのシニア世代と出会ってきたこと、人とつながり「人生は楽しい」と思える世界をいくつになっても作りたいと考えていること。シニア市場の可能性を強く感じ、多くの人たちに価値を還元できる事業を本気でしていきたいことを訴えたんです。

そうして想いを伝えた結果、『趣味人倶楽部』は事業譲渡という話に。予想だにしなかった展開だったが、願ってもない話なのは間違いない。

その後に詳細を詰め、事業担当者と幾度もディスカッションを重ね、2019年5月運営会社の表記がオースタンスに変更された。

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“好き”が余生に色を与える。シニアの生きがいを作る意義

とはいえ、運営会社の変更はサービスにとっては大きな変化だ。新たな会社のカラーと合わなければ、ユーザーからの反発や退会、施策の失敗が続く事態にもなりかねない。

菊川氏は「幸いにもカルチャー面の齟齬は少なく、すんなりと受け入れは進んだ」と振り返るが、1万人以上へのアンケート調査や、デプスインタビューを50人以上に実施するなど、ユーザーと向き合う日々を重ねてきたという。

その中には、事業の重要性を強く感じる言葉をもらう機会もあった。

「ある年齢までは、お金を儲けたり、出世したり、有名になれば幸せに生きていけると思って頑張るんです。でも、どこかで皆“自分はそこそこにしかなれない”と諦める。高齢者って、その諦めた後なんです。私はそのときに『趣味人倶楽部』に出会って、自分の好きなことを伝えたり、話して楽しむことを知れた。そういう幸せもありだし、もっと楽しまないと損だと気づかせてくれたんです」

菊川これは、ある男性ユーザーにデプスインタビューをした時の声です。シニアがポジティブに生きる上で、“好きなことを存分に楽しめる状態”がいかに大切かを再確認しました。そして、僕たちが担うのは“生きがい”にも近いものなんだと、強く胸に残った言葉でしたね。

ユーザーからの思いを受け取りつつ、オースタンスは一層強い体制を敷き、開発に力を入れていった。

菊川もちろん、DeNAのように資本があるからこそできることもありますが、我々のようなスタートアップならではの強みもある。徹底的にユーザーを知る時間を取れるのも、可能性にかけてリソースを張れるのも、リスクをとってでも変化できるのも、そのひとつだと思っています。

譲渡後にまず注力したのは、新規会員がコミュニティに参加しやすい設計だ。すでに10年目のコミュニティサイトのため、新しいメンバーを募集していないコミュニティも一部にはあった。新規会員が参加しやすいコミュニティをわかるようにしたところ、参加数が2倍に伸びたと言う。

後述の新型コロナ対策でも、リアルでのイベントに代わるオンラインイベント会機能の開発や、シニア向けオンラインサービスの無料掲載など、スピード感を持った対応を続けている。

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Webが切り開くシニア市場の可能性

ただ、事業譲渡から1年を目前にしたタイミングで、新型コロナウイルス感染症の流行によりイベントが開催できないなど状況が大きく変化した。影響はないのだろうか。

菊川もちろん、戦略の入れ替えは必要でしたが、障壁にはなっていません。力を入れていたオフラインイベントの優先度は下げ、今はオンラインイベントの開催や機能拡充を優先しています。

ユーザーの約半数が「いまは自宅時間を充実させたい」という調査も出たので、いち早く対応するかたちです。

4月初頭には、「オンラインイベント機能」を実装。外部のビデオ通話ツールを用いつつ、使用方法などをまとめたマニュアルを整備。オフラインに近しい体験を提供できないかと尽力している。オンラインイベント会機能を開発して1ヶ月後の時点で、すでに500名以上が参加。オンライン・カラオケ会や、ディスコのシンガーによるオンライン・プチライブなど、シニアならではのイベントが会員主体で開催されているそうだ。

Zoomを使用して実際に開催したオンラインイベントの模様。参加者全員が1954年度生まれだという
提供:株式会社オースタンス

開発に時間をかけてきた新機能もある。趣味に打ち込む人のための雑誌をイメージした『趣味人マガジン』も、2020年5月15日にリリースした。

加えて、さらに攻める姿勢も見せる。『趣味人倶楽部』だからこそ知りうる、シニア層の現状を調査・発信する事業もスタートさせた。2019年12月に東京大学とともに、インターネットを活用する高齢者の生活事情や幸福度、健康について共同調査を開始

2020年4月末には、『趣味人俱楽部シニアコミュニティラボ』というリサーチ機関を立ち上げ、博報堂シニアビジネスフォースとともに共同プロジェクトを開始。シニアのニーズ調査と、商品開発やプロモーションの支援を始める。

菊川シニア層のデータを求める企業は多い一方、提供できるプレイヤーが少ない。この1年ほどでも、企業からデータ提供にお問い合わせをいただく機会は非常に多かったのですが、応えきれていませんでした。

実際、大手の通信会社や消費財メーカーなど、スタートアップではなかなか出会えないような有名企業からもお問い合わせをいただいています。

現在の『趣味人倶楽部』の会員数は34万人で、シニア層の調査母数としては希有な数を擁しています。その実態をもっと多くの方に知ってもらえることは、シニアの暮らしを豊かにする手助けにもなる。今後はデータ活用や共同での商品開発にも力を入れていきます。

メディア運営、イベント企画、コミュニティプロデュース、データ活用や商品開発・販売。シニアの領域でこれだけ手広くアプローチできている事業者はほぼ存在しない。オースタンスはユーザーの声を捉えながら、ビジネスの可能性をまだまだ広げるという。

菊川日本は世界一の高齢社会。今後、シニア市場は確実に伸びていきます。良質なモデルケースを生み出せれば、その価値はグローバルに広げられる可能性もある。日本はもちろん、世界中のシニアに対して、年齢を重ねることにポジティブになれるようなチャンスを届けられると信じています。

加えて、我々が取り組んでいる事業は単に市場が大きいから面白い、というだけではありません。このサービスは本当にアクティブで熱心なユーザーを多く抱えている。彼らとともに次々と新たな価値を生み出し、その反響もすぐに得られる。

純粋にサービスと向き合う上でも『趣味人倶楽部』はとても魅力的な事業なんです。

DeNAからの事業譲渡からまだ1年ほど。それにもかかわらず、オースタンスはシニア向けの領域で確実に存在感を強める。市場の熱は間違いなく高まり、プレイヤーもまだ集まりきっていない領域だけに、今後の伸びしろに期待したい。

こちらの記事は2020年05月29日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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Presented by

執筆

藤原 梨香

ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。

写真

藤田 慎一郎

編集

小山 和之

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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