「技術」と「経営」、挑む二刀流──ラクスル・新卒エンジニア第一号からCTOへ就任する岸野氏に訊く、テクノロジー×リアル産業で味わえる事業経営の妙味

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インタビュイー
岸野 友輔

1994年生まれ。東京工業大学工学部情報工学科卒。2017年、ラクスル株式会社に1人目の新卒エンジニアとして入社。以降、印刷事業でのプロダクト開発を4年間担当する。5年目に入るタイミングでダンボールワンがラクスルへグループインしたこと、内製開発組織の立ち上げを計画していたこと、新しい挑戦をしたいと感じていたことを理由にダンボールワンへ出向し、システム部部長として開発をリード。2023年8月よりラクスル事業本部のCTOを務めている。

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新卒採用や育成に頭を抱える企業は少なくない。事業規模が大きくなればなおさらだ。創業期あるいは上場前には強いモメンタムが存在しながら、その後に足踏みするケースがしばしば見られる。「上場後の死の谷」といった言葉が象徴するように…。

そんな中、ラクスルが上場後も非連続的な成長を続けていることについては、今更説明するまでもない。しかし、その要因の一つに“新卒採用からの育成”があると認識している者が、どれだけいるだろうか?

新卒採用から、事業の根幹を担う存在へ──。

間もなく、2023年8月にラクスル事業本部CTOに就任する岸野 友輔氏はその好例だ。2017年に新卒で入社した後、すぐさま社内オペレーション改善プロジェクトのリーダーに抜てき。3年目には社内ハッカソンで優勝すると、自ら考案したプロジェクトでラクスル事業の主力商材の製造工程を改善、大きなインパクトを残す。

その後、ラクスル社としてのM&A第1号案件のダンボールワン事業に参画し出向、内製の開発チームを立ち上げた。このようにコツコツと積み上げた成果と経験が評価され、基幹事業部のCTOという大役を担うに至った背景は、どういったものなのだろうか。

岸野氏のような例が増えれば、日本のスタートアップエコシステムは着実に成長し、日本経済に明るい影響を生むはずだ。新体制で臨むこれからの挑戦について岸野氏に話を伺いながら、ラクスルの新卒採用力と育成力に迫ってみたい。

  • TEXT BY TOMOKO MIYAHARA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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新卒からCxOへの道は、BizDevだけじゃない

リード文でも触れた通り、スタートアップが事業成長と組織成長を両輪で回し続けることは簡単ではない。特に、創業期や上場前はどうしてもリソース不足から中途の即戦力採用が中心となり、「新卒採用・育成」の取り組みは遅れがちだ。

だからこそ、ラクスルに対して羨望のまなざしを送る起業家・経営者は多い。当メディアでも既出の、4年目に事業部長を担うようになった木下治紀氏や、ノバセル事業で社内史上最年少マネージャーとなった楠勇真氏、PdMとBizDevを経験した後にラクスル事業本部でエンタープライズ事業部長になった平光竜輔氏といった新卒メンバーの活躍が、まぶしく映る。

平光氏と同じ時期、2017年4月にラクスルに入社したのが、岸野氏だ。

岸野入社した頃は、いわゆる「CxOを目指すんだ」といった、そんな思いは全くなかったですね(笑)。

入社1年目から社内のオペレーションを刷新するプロジェクトでリーダーを務めた後、商品開発、ダイレクトメールのサービスなどに携わってきた。ターニングポイントとなったのは、入社3年目で配属されたサプライチェーン周りの開発を行う部署での出来事。

印刷発注の最適化をテーマに参加した社内ハッカソンで優勝し、自ら考案したプロジェクトがチームの正式なプロジェクトとなった。ラクスルの売上の半数以上を占める主力商材の製造工程を改善し、大きなインパクトを残したこの出来事は、いちエンジニアだった岸野氏の未来を押し広げるに十分な経験となった。

入社5年目には、グループ会社となったダンボールワンに出向し、内製の開発組織を立ち上げるプロジェクトに携わる。この後、ダンボールワンはラクスルの子会社となり、同時に岸野氏は同社CTOに就任。入社7年目である今年の8月からは、さらに大きな組織であるラクスル事業本部CTOに就任する。

なお、ラクスル上級執行役員 COO / SVP of Raksulの福島広造氏は、FastGrowがインタビューした際に「ラクスルでBizDevは、CxOになるための登竜門である」旨の考えを示している。岸野氏は、BizDevとはまた違ったルートでCxOを担うに至ったと言える。

この記事では、まさに「スタートアップの世界におけるお手本」と形容できそうな、ラクスルでの新卒からの成長軌跡に、じっくりと迫っていく。

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「事業価値に資するテクノロジー活用」にコミットし続けた

CTOそのものの役目について、岸野氏は次のように話す。

岸野CTOの役目は、経営とテクノロジーをリンクさせることだと認識しています。経営陣の中で最もテクノロジーに精通した存在であり、テックチームの中では誰よりも事業や経営に精通している人間。それがCTOではないかと。

間もなくラクスル事業本部CTOに就任。入社してからこれまで、さまざまな部署で大きなインパクトを残してきたことが、大きく評価された結果だ。

岸野自分の強みはビジネスに対する興味や感度、ビジネス的思考にあると思っています。どうすれば現場のオペレーションを改善できるかといった気づきに加えて、プロダクトとしてインパクトを最大化するにはどうしたらいいかを考える。今回、ラクスル事業本部が新体制を築くにあたってフォーカスしたのが、「テクノロジーでどう価値を出すか」。そうした経緯でCTOに任命してもらえたと思っています。

先述の通り、入社当初はそもそもCTOのポジションに就任するといったことは考えたこともなかった岸野氏。「エンジニアとして、ずっと手を動かす仕事がしたい」と思っていたが、振り返れば入社当時からPdM的なものの見方をしている自分がいたという。

岸野僕はこれまでテクノロジーを強みに事業を推進してきました。サプライチェーン開発部署での印刷発注の最適化のプロジェクトも、技術的な見地があったからこそ達成できた。自分はずっとその方向でキャリアを積んでいくんだと思っていたんですが、環境が変わるにつれ役目も変わり、その場その場で求められることが違うということに気づきました。

岸野いまは、経営の立場としてどのようなテクノロジーに投資するか、どういう戦略で取り組むかといった観点が必要です。こんなふうに、置かれている環境に応じて必要なことを積み重ねていった結果、いまにつながったと思っています。

当初はいちエンジニアとしてテクノロジーの観点から価値貢献したいと考えていた岸野氏だったが、CTO就任が決定したことで自身のマインドに大きな変化が訪れた。

岸野気持ちの変化は大きくあります。自分がやらなきゃダメだと。何ごとに対しても自分の軸、スタンスを持つようになりました。

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新卒エンジニア第1号として、内定式の直前に入社決定

岸野氏がラクスルと出会ったのは、大学4年の夏。大学院進学か就職かで揺れ動く彼が出した答えは、就職だった。

岸野最初は「大学院に進学して、研究室に入ってから就職のことを考えればいいか」くらい悠長に構えていたんですが、だんだんと、自分にはアカデミックな世界よりもものづくりの世界のほうが楽しいし、価値が出せるのではないかと思うようになりました。

企業選びに関しては、若手のうちから裁量を持って挑戦できるベンチャー企業を中心に見ていましたね。それに、ベンチャー企業なら大手企業と比べて選考タイミングも柔軟に対応してくれそうですし、就活は自分のペースでゆっくり取り組んでいました。

時期を同じくして、ラクスルの新卒採用を担当していたのが、先にも紹介した現ダンボールワン取締役COOの木下治紀氏だ。

木下氏が採用戦略を練るために実施していた現役学生へのインタビューの場に現れたのが、ラクスルのインターン生に連れられた岸野氏だった。

岸野当時、僕の同級生がラクスルでインターンをしていたんです。ラクスルに呼ばれて、就職に関するいろんな質問をされる中で、「就職決まってるの?」と聞かれて。「いや、決まってないです」と答えたら、木下さんに「とりあえず受けてみなよ」と誘われたんです。それがラクスルとの出会いでした。

入社の決め手となったのは、大きく2つ。ラクスルが掲げるビジョン「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」への共感。そして、ラクスルで働く「人」だ。

岸野面接で出会った先輩メンバーの方々がとても気さくで刺激的だったんです。特に、エンジニアたちが楽しそうにコードを書いているのが印象的でした。「このような環境であれば、自分も楽しく働けるんじゃないか」と純粋に感じたんです。

ラクスル初の新卒エンジニアとして岸野氏が入社を決めたのは、2017年9月、内定式の直前だった。

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ラクスル事業の売上6割を占める主力商材にメス。
事業価値を拡大

入社後は、社内のオペレーションを刷新するプロジェクトに配属。当時チームを組んでいた3名のうちの1名が、岸野氏の先代のCTOで、現執行役員 / VP of Technology, Raksulの二串 信弘氏だった。

次に配属されたのは、商品開発チーム。ラクスルは、チラシや折り込みの販売から印刷、それを実際に配布するところまでを含めた印刷ECを展開している。そのうち、岸野氏はチラシの販売を担当していた。その後はダイレクトメールのサービスなど、入社して2年ほどはサービスのいわゆる「表側」に携わる。

キャリアの転換点となったのは、入社3年目で配属されたサプライチェーン周りを開発するチームでの出来事だ(こうした経緯が綴られた記事はこちら)。

ラクスルでは年に一度、1週間にわたって普段の業務を止め、各々が自由に開発を行う社内ハッカソンイベント「Hack Week」を開催している。そこで岸野氏は、印刷発注の最適化をテーマとしてハッカソンに参加し、見事、優勝を勝ち取る。事業サイドからも実用化に向けて取り組みたいとの機運が高まり、正式にプロジェクト化。1年をかけて開発に取り組むこととなった。

パートナーの印刷会社にチラシの印刷を依頼する際、ラクスルでは「付け合わせ」という仕組みを利用している。資材のムダを省くため、異なる絵柄の複数の印刷物を、1つの「版」に合わせて一度に印刷する方法だ。

当時のラクスルは、付け合わせの作業は一部自動化できていたものの、より効率化を図る余地があった。岸野氏はそこに目をつけ、アルゴリズムを使って印刷発注を最適化するプランを思いついたのだった。

チラシはラクスル事業の中でも売上の6割を占める主力商材。その製造工程を最適化することで、サービスの原価をも変えるインパクトをもたらす。当然ながら、そこに伴う責任も重い。

岸野ラクスルの根幹をなす主力商材の製造工程の改善。この大役を任せてもらえたことは、自分にとって大きな出来事でした。

重責を担ったことで、ただプロダクトを作るだけでなく、それを使ってどう事業成長に跳ね返すのかといった、数字に関する部分も含め高い視座が得られましたね。

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ダンボールワンCOO・木下氏からのオファーを掴み、CTOに必須の「経営視点」を磨く

自ら発案したプロジェクトで印刷発注の最適化を実現した岸野氏は、その後しばらくサプライチェーン開発チームで事業を推進するものの、新しいチャレンジを欲していた。

ダンボールワンがラクスルにグループインし、内製で新しく開発組織を立ち上げる話が出てきたのは、ちょうどその頃だ。当時ダンボールワンに出向していた木下氏から、岸野氏に声がかかる。

岸野プロジェクトを終えて「やりきった感」があったのと、新しいことに挑戦したい意欲があって、木下さんからのお声がけに「やりたいです!」と手を挙げました。

こうして、ダンボールワンへの出向が決定。開発室の立ち上げに携わることとなった。その後ダンボールワンはラクスルの子会社となり、岸野氏は同社のCTOに就任。開発組織の立ち上げからテクノロジー、経営まで、自分を変える得がたい経験だったと振り返る。

そして2023年8月、岸野氏は新卒からのたたき上げ、かつ20代の若さでラクスル事業本部のCTOに就任する。ラクスルの主力事業である印刷事業のCTOとして、いかなる役目が求められるのか。岸野氏は次のように分析する。

岸野ラクスル事業本部CTOに求められる役目は、基本的には他社のそれとは大きくは変わらないんだろうと思っています。

CTOというポジションは、技術だけでは成り立たない。いかにテクノロジーで事業インパクトを出すか、さらに、いかにテクノロジーと経営を結びつけるかといった観点が必要だと考えています。

その中で、ラクスル事業本部のCTOだからこそ求められるのは、プラットフォーム事業としてのテクノロジーの活用です。我々の事業の裏側には、サプライヤーや運送会社など、「リアル」な人たちが関わっている。そこに対していかにテクノロジーを活用するかという観点が重要だと考えています。

ラクスルの事業は、インターネットの中だけで完結するものではありません。リアルとテクノロジーの融合をどう実現させるかが、他のリアルを介さないSaaS企業におけるCTOと異なる観点でしょうね。

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事業の解像度を高めずに、インパクトなど出せはしない

2017年の入社から7年目。岸野氏が20代でCTOに就任できた背景には、本人の活躍はもちろんだが、若手が活躍できるラクスルならではの成長・育成環境も無視できない。中でも岸野氏がやりがいを感じたポイントに挙げたのが、入社1年目で配属された商品開発部での出来事だ。

商品開発部では、折り込みチラシとポスティングを併せたサービスにおいて、チラシの発注から配布完了までのタイムスパンの長さを改善するプロジェクトに携わった。当時は発注から配布完了まで、最低でも1週間、平均9日間を費やしていた。時間を要した原因は、裏側で動いている一連の工程を十分に理解できていなかったためだ。

チラシの注文を受けてから、印刷をし、印刷したものをどこに届け、どういった過程で配布されるのか。そうしたリアルな作業への解像度が低く、当初の実装では受注から配布完了までのバッファの置き方がずさんになってしまっていた。

岸野氏らプロジェクトチームはこうした課題を受け、受注から配布完了までの工程を一旦すべて洗い出すことにした。一連の工程を細かく見ていくと、受注して印刷が終わったチラシは一度納品センターに送られ、その後エンドユーザーに配布されている。そうなると、納品センターへの納品の時間帯が午前か午後かによっても配布完了までの所要日数が変わってくることが分かった。

こうした細かな要素を1つひとつ整理し、ロジックを組んで、チラシのポスティングまでにかかる時間を最短化した。取り組みが功を奏し、売上が増加。社内でも評価され、社長賞を受賞した。

岸野「こういうインパクトの出し方をすればいいんだ」と気づけたのがこのプロジェクトでした。リアルの解像度を高めていかなければ、インパクトは出せない。

また同時に、自分の強みはそこにあるらしいぞと思うようになりました。この取り組みが、後のサプライチェーンの最適発注のプロジェクトにつながったんです。

当時、リアルな作業への解像度を高めるためにビジネス側のメンバーの協力を仰いだ岸野氏。このときの気づきから、印刷パートナーの工場を訪れたり、オペレーションを回しているチームの業務を見学したりといったように、実際に現場を訪れて裏側の仕組みを理解するよう、日々努めている。

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プロダクトのグロースに向け、海外も巻き込んだ開発組織を立ち上げる

ラクスルでの活躍後、ダンボールワンに出向した岸野氏。当初、外部ベンダーがシステムを構築していたが、開発組織の内製化に伴い、システムをすべて作り変えるか、徐々に移行していくかといった戦略設計から取り組んだ。

初めは“独りエンジニア"としてできる範囲でプロダクト開発を行っていたが、やるべきことが増えるに連れて組織を拡張していく必要がある。

「自分がリードして周囲を巻き込んでいかないと、チームとして機能できない」。

そう気づいた岸野氏は、直近まで自分がいたラクスル事業本部や、ベトナムに拠点を置くラクスルベトナムからエンジニアを募り、体制を作っていった。

開発組織を立ち上げる中で、事業として優先すべきこと、プロダクト目線でやらなければならないことなどを織り込み、スケジューリングをする。そのうえで、どういうチームを作っていくか、どういう人を、どういう形で採用するかは、岸野氏の意思決定に委ねられていた。

ダンボールワンでは開発組織を立ち上げつつ、商品検索の精度を高める施策も行った。当初、ダンボールワンのプラットフォームで取り扱っている商品は2,000点ほどだったが、1年間で20,000点に増加。もともと商品検索の精度が低かったところに商品点数が増えたため、商品が探しにくくなっていた。

ダンボールワンはダンボール関連商材のみを扱う想定で立ち上がったものの、岸野氏が出向した当時は緩衝材やテープ、軍手、台車など、梱包に関わる商品を広く扱うようになっていた。これらの商品仕様がデータベース上で正しく管理できておらず、結果として顧客が検索しづらい状況を生み出していたのだ。

ここに大きな課題があると見極め、岸野氏らは商品のデータベースを作り込み、ダンボール以外の商品もスムーズに扱える設計にリプレイスした。ダンボールワンでまず商品検索の改善を行ったのは、商品の探しづらさが課題としてあったためだ。

今後の成長戦略としても、商品数を増やして顧客1人当たりの買い回り点数を引き上げることは必須。商品点数を増やすことがいわば「勝ち筋」であるのに、あまりにも検索しづらいUI/UXのままではスケールすることは不可能だ。かつ、開発組織を内製化するタイミングで、一番手をつけやすい部分でもあったのだ。

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贅沢な事業家メンター陣からのフォローを得つつも、最後は自らの「スタンス」を切る

ダンボールワン出向時、岸野氏はエンジニアとしてさまざまなプロジェクトに参加し成果を挙げてはきたものの、M&A後の統合プロセスであるPMIを成し遂げた経験は持ち合わせていなかった。

そんな中、既存のダンボールワンのメンバーとともに開発組織を立ち上げ、商品検索体験の改善を成功させた根底には、相手に対する「リスペクト」があったと話す。

岸野既存のメンバー、既存のシステムをしっかりリスペクトしたうえでコミュニケーションすることを心がけました。

そもそも、いきなり外部から入ってきて「こうあるべきだ」「明日からはこうします」と言っても誰も協力する気にはなりませんよね。

これまでの会社の成長を作ってきたのは間違いなく既存のメンバーのおかげなので、そこからさらに事業を伸ばすにはどうしたらいいかという視点で接していました。

こうした取り組みが成功した裏には、岸野氏のメンターとも呼べる存在が大きかったのではないか。岸野氏は、事業面やダンボールワンの運営については木下氏、技術面に関しては前CTOの二串氏、ほかにも上級執行役員CPO/SVP of Product & Technologyの水島 壮太氏に助言を仰いだり、壁打ちを行ってきた。

中でも印象に残っているのが、どういう組織を構築すべきかとの問いかけに対する水島氏のアドバイスだ。

岸野水島さんからは、今後の組織の拡張性を考えたとき、日本のメンバーだけで組織を作るのは難しいと言われました。

結果として、ラクスルベトナムと日本のメンバーでハイブリッドチームを組成することになりましたが、もしも自分1人でこの取り組みをしていたら、日本のメンバーだけでチームを作っていたはずです。その場合は、おそらく採用が難航し、チームがスケールしなくなっていたと思いますね。

水島氏のアドバイスがあったからこそ、ラクスルベトナムのアセットを活かすことを思いつき、さらに組織がスケールするための仕組みを構築できた。

「ダンボールワンでPMIに取り組むうえで、母体であるラクスルのバックアップは心強いものだった」と話す岸野氏だが、いくらメンターのアドバイスとはいえ、それを行動に移すのは難しく思えるが──。

岸野僕は、信頼できると思った人はとことん信頼する性格です(笑)。

信じた人の話はしっかり聞くようにしています。それともう1つ、信頼できる人の話を聞き、合理的に考えたうえで結論に至る。前述の組織の話だと、日本だけで組織を作るのは難しいという指摘は、合理的に考えればわかることだったんです。

メンターをよく信頼したうえで、アドバイスを鵜呑みにするのではなく、目の前にある情報をもとに最後は自分で意思決定する。自分の行動に責任を持つためには、「自分で決める」ことが大切だと話す。

もう1つ、岸野氏には自身の意識を変えた印象的な言葉がある。

入社3年目、印刷発注の最適化のプロジェクトに取り組んでいる最中のことだ。当時、プロジェクトの成果を測る指標として、粗利率にKPIを置いていた。しかし、粗利率には売価の設定や商品のマトリクス、どの商品がどれくらい売れたかといったさまざまな変数があり、常にいろんな要素で変動する。そんな抽象的な値をKPIに置いてしまったことから、日々の微妙な変動に左右され、打ち手を見失ってしまった。

粗利こそ今回のプロジェクトのメインテーマであるのだから、それをKPIをすべきだ。そう頑なに考えていた岸野氏の心を融解したのは、COO福島氏の「測れないものは磨けない」という言葉だった。

岸野福島さんは「自分の活動が進んでいるのかいないのか、良いか悪いかがわかるクイックな指標を設定せよ」と常々言われていました。

その指標がベストじゃなかったとしても、仮説としてクイックにわかる指標を置かなければ、改善を磨けない。そこにKPIを置けなかったのが当時の僕の失敗ですね。

今日の岸野氏をつくりあげた、ラクスルの人材育成力が垣間見えるエピソードだ。

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さらなる非連続成長を目指し、『ラクスル』『ノバセル』『ハコベル』たちを統合?

ここまで記した岸野氏の貢献もあり、今日に至るまで飛躍的な成長を遂げているラクスル事業。運営する印刷ECの会員数は200万人を突破し、ここからさらなる成長・拡大に向かうフェーズにある。

しかし、非連続な成長を生むためには、事業構造自体を変革することが必要不可欠。それを支えていくのが、まさしくテクノロジーの役目であり、プロダクトの役目だ。

フェーズが変わった1つの理由として、岸野氏はダンボールワンの例などに見るM&Aを挙げる。

岸野今後もおそらく、そういった外部からの統合を起因とした急激な成長はあり得るでしょう。

また内部的要因としても、もともとチラシや名刺等の商業・事務印刷から始まったサービスが、ノベルティやアパレル、エリアマーケティングなどそれぞれの分野でしっかりと成長を遂げてきた。今後どうしていくかを考えたとき、それらのサービスの垣根を越えて使ってもらえるようにしないとスケールしていきません。

そのためには、サービスを統合して使うことのメリットを考え抜き、プロダクトに反映させることが重要。また新たな挑戦の機会が訪れますよね。

スケールに対する課題を解決する指標となるものが、サービス間のクロスセルだ。たとえば、チラシの印刷を注文したお客様がノベルティ商品を購入したり、ダンボールワンを利用したりといったように、領域を超えた購買行動を生み出すことがキーとなる。このクロスセルを促進する要因として、岸野氏は次のような仮説を挙げる。

岸野これはあくまで僕の仮説なんですが、いまの我々のサービスは、商品の軸で区切られています。

たとえば、新卒採用担当の人が採用説明会を開きたいと思ったとき、そこで配るパンフレットや、エコバック、ボールペンのようなノベルティ、あとは説明会で社員が着用するTシャツといったアパレルが必要になる。ただ、現状ではそれらが商品軸で区切られているために、「必要なものを同時に見つける体験」ができません。

岸野今後はそうした見せ方も含め、お客様に寄り添ったサービス展開をしていかなければならないというのが僕の仮説ですね。それを行うためにシステム的にどうするかが現状の課題で、ECサイト上で商品の管理をうまく切り分けることがいまやりたいことの1つです。

そうした発想はコードに向き合っているだけでは生まれません。僕自身、ビジネス側のメンバーと対話をすることで着想を得ています。

サービス間のクロスセルを生む構想は以前からラクスル事業部内で議論されていた。そこに対して岸野氏率いるテックチームはプラットフォームを構築し、利便性の高いユーザー体験を生み出したり、新しいサービスを高速で立ち上げたりしようとしている。岸野氏はこのプラットフォーム構想の旗振り役として、現場をリードしているのだ。

サービス間の連携をしやすくする開発基盤の構築にはすでに着手中。そのうちの1つは、プラットフォーム開発に必要なコンポーネント*の立ち上げだ。たとえば、顧客情報の一元管理や、現状サービス間で異なっている支払い方法の統合、サービスのサプライチェーンの効率化などが挙げられる。ラクスルが目指すプラットフォームのアーキテクチャに対し、各コンポーネントを立ち上げていくための組織を作っていく。

*コンポーネント(component)とは、ソフトウェアの構成要素であり、個々に独立して機能を持ち、組み合わせることで全体のシステムを形成するものを指す。

岸野一番リソースが必要なのはコンポーネント立ち上げのタイミングです。そこに対して横軸でのドットコムの構築組織をアサインして一気に立ち上げ、1つ立ち上がったらまた別の組織を立ち上げるといった形で、流動性を高めたいですね。

もう1つが、社内システムの運用保守の効率化だ。これは岸野氏だけでなく、前CTOの二串氏が主導する。

現在、ラクスル事業の開発組織は全体で約70名。チーム数は10以上、プロダクトとしてもかなりの数が立ち上がっている。そんな中、今後インフラの大きな変更やマイグレーション*が必要なタイミングは必ず訪れる。こうした、本来の開発とは別の運用保守作業が発生した場合に、いかに効率よくそれを行うかが肝要となる。

*マイグレーション(migration)とは、ソフトウェアやデータを一つのオペレーティングシステム、データベース、アプリケーション、あるいはハードウェア環境から別のものへ移行するプロセスのことを指す。

岸野運用保守を効率化しなければ、事業に割ける時間が削られてしまいます。だからこそ、こうした作業を横軸で取りまとめて効率化する組織を構築していこうと、取り組んでいる最中です。

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テクノロジーとリアル。
他のSaaS企業にはない事業の醍醐味

サービス間のシナジーを生む連携と、組織作り。この取り組みを実現させるには、いまこのフェーズで価値発揮できる「人」の参画が必要不可欠だ。

サービスの提供工程に「リアル」が絡むラクスル事業の特性上、「テクノロジー+リアル」で物事を捉えなければ、そもそも事業として成り立たない。SaaSのようにテクノロジーだけでレバレッジが効くポイントは少なく、技術だけで成果を出すのは非常に難しいため、そこに重きを置いてしまうと価値発揮はしにくいと岸野氏は言う。

岸野「美しいコードが書けるようになりたい」と思うことは素晴らしいし、スキルとしては重要なことです。ただ、それは何かを成し遂げるための「HOW」に過ぎません。重要なことは「何に技術を使うか」なんです。そこは見失わないでほしいですね。

自身のキャリアにおいても北極星を定める。技術とはそのためのものなのだ。

そんな岸野氏は、自らの今後のキャリア指針について、まずはいま取り組んでいるプラットフォーム構築のプロジェクトを完遂させることを第一に挙げる。

岸野この構想は自分の手でやり遂げなければいけないと思っているので、しっかりコミットしたいと思っています。ただ、取り組みの中で自分よりもこの人に任せて、自分は別のところにフォーカスしたほうがよさそうだと判断したら、そのときはCTOというポジションにはこだわりません。むしろ、この座を奪うくらいの意気込みで新たな仲間が挑戦してきてくれると嬉しいですよね。

また、よりいっそうの非連続成長に向けて推進していくことが多々ある中で、ともに事業を牽引してくれる仲間との出会いもさらに増やしていけたらと考えています。そうして僕自身、この先の数年は、事業を伸ばすための努力をし続けたいと思います。

こちらの記事は2023年07月28日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

宮原 智子

写真

藤田 慎一郎

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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