INTERVIEW
榊原  健太郎
NUMBER
05

バリュエーションの“錯覚”に惑わされるな。
「世界銀行」を目指すサムライインキュベート榊原健太郎に聞く、グローバル投資の要諦

産業の未来を見据え、 次代のスタープレーヤーに投資しているベンチャーキャピタリスト。 本連載では、既存産業の行く末と新産業勃興の兆しを捉えるため、 彼らが注目している領域について話を伺っていく。

第4弾となる今回は、株式会社サムライインキュベート代表取締役の榊原健太郎氏にインタビュー。 創業から11年、株式会社エアークローゼットやシナプス株式会社をはじめ、累計で国内外約160社のシードスタートアップへ投資を実行してきた榊原氏。物流やヘルスケアなどの領域に注目しつつも、「ホットな産業かどうかは気にしておらず、社会課題を解決できるかどうかを重要視している」と独自の投資軸を持つ。

サムライインキュベートが「世界銀行」を目指す理由、国内スタートアップが世界を席巻するための勝ち筋、起業家として最も大切な資質「ストレス耐性」の見極め方まで、榊原氏の思考が大いに明かされた。

  • TEXT BY TAKUMI OKAJIMA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE

インタビュイー

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発展途上国に投資し、目指すは「世界銀行みたいな会社」

サムライインキュベートは2019年2月、34.5億円規模の6号ファンド組成を完了。物流、ヘルスケア、リテールテック、フィンテック、建設、MaaSといった領域を中心に、国内外を問わず有望なスタートアップへ投資を行っていく。

「起業家との伴走」や「テクノロジーの発展」といったテーマを掲げる投資家も多いなか、榊原氏が掲げるのは「社会課題の解決」だ。

榊原いじめや児童虐待、自殺率や再犯率の高さなど、ニュース番組で毎日のように報道され続けているにも関わらず、一向に解決されない問題がありますよね。そうした社会課題を、新たな仕組みをつくって解決することに興味があるんです。もちろん投資いただいているLPの方たちの意向は尊重しつつ、「できるできないでなく、やるかやらないかで世界を変える」という企業理念の通り、挑戦を続けています。

今回のファンドレイズで集まった資金は、日本、イスラエル、アフリカへ投資する予定だ。サムライインキュベートは海外投資にも積極的である。2014年5月に榊原氏自らイスラエルに移住し、8月にブランチを立ち上げたほか、2018年5月には子会社の株式会社リープフロッグベンチャーズを設立し、ルワンダ共和国を拠点にアフリカへの投資も始めた。リープフロッグベンチャーズ代表取締役社長の寺久保拓摩氏は、以前にアフリカ投資の情勢をFastGrowにも寄稿してくれた

「一国の成長に大きく寄与できる会社に投資したい」と語る榊原氏は、日本がGDP世界3位の大国まで成長してきた道のりに思いを馳せる。

1945年の敗戦当時、日本は発展途上国のひとつに過ぎなかった。そこから急速な経済成長を達成できたのは、世界銀行やアメリカの基金など国際社会から、膨大な資金援助や融資を受けたからに他ならない。「いかに優れたものづくりの技術があったとしても、資金がなければ現在のような発展はありえなかった」と榊原氏は話す。

榊原普段、僕たちが便利な生活を送れているのは、過去に日本を成長させてくれた人たちのおかげです。日本のために力を尽くしてくれた世界中の人たちのことを思うと、とてもモチベートされるし、もっと世界へ貢献したくなる。国内の大企業や、日本を含めた世界中のスタートアップの力を借り、かつて日本が支えてもらったように他の国を発展させることが、サムライインキュベートとしてのひとつの大きな目標です。

もちろん課題はたくさんありますが、アフリカの国々で日本のような豊かさを実現するために必要な産業や、現地における社会課題を解決できるサービスに投資していくつもりです。要は、世界銀行みたいな会社を目指しているんですよ。

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善行を積み、心から感謝してくれる人たちに囲まれて死にたい。VCキャリアの原点となった、葬式へ向かう両親の背中

榊原氏が抱く世界へ貢献したい意志の裏には、強い自責の念がある。「昨今は北朝鮮やシリアに対する批判的な報道が目立つが、戦時中の日本は世界に大きな迷惑をかけたことを考えると、ビジネスの力で世界に貢献しなければいけない」と責務感を露わにする。

榊原ここまで強い意志が生まれたのは、「サムライ」の名を冠する会社をつくったからかもしれませんね。映画『ラストサムライ』を見て、「この映画で描かれたように、日本が世界中からかっこいい国だと思ってもらえたら嬉しいな」と思ったことがきっかけで、名前をつけたんです。

サムライを名乗るからには日本人の模範となる実績を残したいし、世の中をリードできる日本をつくりたい。サッカー日本代表のように、ビジネス業界を率いる「サムライジャパン」として活躍できる企業を創出していきたいです。

榊原氏がここまで社会貢献にこだわるのは、「自分に心から感謝してくれる人たちでいっぱいの葬式」を迎えたい想いからだ。家業である和楽器店の5代目として育った榊原氏は、「お付き合いの一つ」として顧客の葬式へ向かう両親の背中を何度も見るうち、「自分の葬式が付き合いで来る人で埋まるのは寂しい」と強く思うようになった。

多くの人に存在価値を認めてもらうため、学生時代にはNGOに参加して、カンボジアの子どもたちのために鉄棒づくりを行ったり、孤児院に通ったりしたこともある。しかし活動を続けるうちに、自分の手が届く範囲での支援には限界があると気づく。

大学を卒業後は、複数社で、営業やマーケティングを通じて起業家への支援活動を行ってきた榊原氏。リーマンショックの影響でスタートアップへお金が回りにくかった時期、起業家へ資金面でサポートをするための道を模索するなかで、VCにたどり着いた。

榊原VCになったのは、僕が生きていられるであろう100年間で、最も効率的にたくさんの人を助けられる仕事だと思ったからです。僕がひとりで事業をやるよりも、多くの起業家を支援していくつもサービスをつくり、雇用を生んでいくほうが理にかなっていると思いました。そうすれば、より多くの人たちにお金が行き渡りますよね。

今の仕事を始める前は、VCに対して「お金のために動く人たち」という偏見を抱いていましたが、出会ったVCの方たちの「雇用を生み出すのが、最大の社会貢献だ」という言葉を聞いて、考えが変わったんですよ。

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成功する起業家は「メールの返信速度」で見分けられる。イスラエルのビジネスパーソンは、強い

VCとして雇用を増やすためには、資質のある起業家を見抜く審美眼も求められる。榊原氏はグローバルな成功を収められる起業家の資質として、「素直さ」や「人を巻き込んだ経験」などを挙げる。そして、数ある資質のなかで最も大切なのは「ストレス耐性」だ。

榊原起業家には、何か言われても気にしないくらいの「鈍感さ」が求められます。企業が歩む上場までの道のりでは、事業フェーズに合ったメンバーを外部から招いたり、時にメンバーを 降格させたり成長段階で起こるミスマッチ等で辞めるメンバーも出てきます。そうした数々のハードシングスを乗り越えられるタフネスがなければいけません。

起業家のストレス耐性を見極める基準はさまざまだが、最も分かりやすいのは「メールの返信速度」だ。ストレス耐性の弱い人は返信が遅い一方、強い人はすぐに答えられる内容ではなかったとしても、「分かりました」「検討します」とだけでも、即座にレスポンスをくれる傾向にある。

榊原氏は「イスラエルの人たちは、やはり強い」と話す。イスラエルのビジネスパーソンは、ミーティングしたい意思を伝えると、「今すぐ通話したい」と返信が返ってくるのだ。そうした性質について榊原氏は、「イスラエルは紛争が多くある地域なだけに、現地の人びとは常に『突発的に死ぬかもしれない』ストレスに耐え続けているうえ、時間を無駄にしたくない思いも強いのではないか」と推測する。

一方で、初見でストレス耐性が弱そうに見受けられたとしても、突然変異を待つこともある。「すぐ諦めるようでは、起業家の母数は増えない」と榊原氏は話す。そして、仮に支援した本人が突然変異できず、成功を収められなかったとしても、その意志を引き継ぐサラブレッドに期待しているのだ。

榊原もし支援した起業家が成功しなくても、次の世代が成功できれば良いと考えています。競走馬のように、親が強くなるほど、その子どもは素晴らしい人生を送れるはず。目の前の起業家だけじゃなく、これから生まれる未来の起業家にもバトンを渡してあげられる存在でありたいんです。

それに経験上、次の世代にバトンをつなぐ意志が強い人は成功しやすい。起業家が次の世代のためにできる最も大きい貢献は、事業を成功させて投資家にリターンを与え、エコシステム全体に行き渡る資金を増やすことですからね。とはいえ、事業の成功だけが貢献でもない。もし事業に失敗したら、失敗した経験を伝えて、次の世代の成功確度を高めてあげれば良いんです。

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現在のバリュエーションは「異常」。世の潮流に飲まれず、堅実なシード投資を実行する

2019年1月より、短期集中起業支援プログラム「The First Movers」Hand’s “In” Batch Programをスタートしたサムライインキュベート。創業前後の起業家や、スタートアップの卵を募集し、起業に必要な基礎的な知識から学べるプログラムで、今後は年に4回程度の頻度で開催していく予定だ。

「日本人には、起業したくてもアイデアが浮かばなかったり、背中を押してもらえないと動けなかったりする人が多い」背景から、創業前の人も対象にアイデアの段階から伴走して支援に注力していく。併せて、投資事業領域ごとのBootCamp Programも開催していく。

日本経済を盛り上げるため、サッポロホールディングス株式会社や京浜急行電鉄株式会社、日本郵便株式会社といった大企業のアクセラレーションプログラムや事業創造プログラムの支援も行い、オープンイノベーションをはじめとする、大企業におけるイノベーション支援体制の強化も行う。「今まではつながりの弱かった各産業を代表する企業ともタッグを組み、世の中全体を幸福にできる国づくりのフレームワークを確立させたい」と榊原氏は語る。

日本経済が落ち込んでいた2009年から投資事業をスタートした榊原氏は、スタートアップ企業の価値が当時の約10倍ほどになっている現状を、「異常」と捉える。2019年現在、数十億単位の資金調達ニュースも珍しくなくなったが「バリュエーションを高くつけすぎると、大きな失敗が待っている」と警鐘を鳴らす。

榊原お金が集まるのはエコシステムにとっては良いことですが、過去の実績をしっかり加味せずにバリュエーションを高くつけすぎているような風潮を感じていて、危なげだと思います。僕たちは創業当時から変わらないスタンスで、バリュエーションの“錯覚”に騙されないよう、堅実にシード投資を実行していくつもりです。

榊原氏は、海外企業とコミュニケーションするたび、スタートアップの力が及ばないことと、SonyやPanasonicといった大企業のブランド力の強さを実感するという。イスラエルで日本企業を紹介すると、大企業はともかく、スタートアップは規模に差がありすぎるため、相手にしてもらえない傾向にあるのだ。

日本の若手世代からはまだ、グローバルに成功するような大企業が生まれていない。榊原氏は、日本から世界を席巻するほどのスタートアップが生まれるためには、「大企業と連携し、潤沢なヒト・モノ・カネを活用できるかが鍵だ」と指摘する。

榊原ゼロから大企業を生み出すよりは、スタートアップは既存の大企業と合体するのが良いかもしれません。スタートアップ的な経営力を持っている人が、大企業のヒト・モノ・カネを活用できれば、グローバルでの勝ち筋が見えてくるのではないでしょうか。

榊原氏は、産業としての可能性にのみ目を向けるのではなく、「社会課題を解決できる事業かどうか」を軸に投資を実行していると分かった。「ショッピングに行く時間とお金がないけれど、おしゃれを楽しみたい」女性の悩みを解決した『airCloset』をはじめ、「社会課題の解決」のために榊原氏が投資したサービスは順調に成長している。

榊原氏のように人びとの不安や悩みに寄り添い、解決のために挑戦する熱い想いは、投資家、ひいては起業家にとっても、重要な資質なのではないだろうか。

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執筆

岡島 たくみ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。

写真

藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。東京大学(教育思想)→某AIスタートアップ(マーケティング・事業開発)→現職。関心領域は、ビジネス・テクノロジーから人文知まで。

デスクチェック

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

こちらの記事は2019年06月27日に公開しており、記載されている情報が異なる場合がございます。