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スタンフォード・INSEAD卒の靴職人が切り拓く新時代のファッションビジネス

スタンフォード大卒、世界トップのビジネススクール、インシアードのMBAコース修了という華々しいエリートコースを歩みながら、一転、ビスポ...
スタンフォード大卒、世界トップのビジネススクール、インシアードのMBAコース修了という華々しいエリートコースを歩みながら、一転、ビスポークシューズのメイカーとなったセイジ・マッカーシーさん。ビジネスコンサルタントから靴職人へ。驚きのキャリアチェンジには、新時代のファッションビジネスの萌芽が秘められていた。
斜陽するファッション業界。そりゃあそうだ、だって人の感性と直結する水商売なのだから。ファッションテックで成功例が出ないのもその難しさの裏返しだ。今日黒がトレンドだと思ったら明日は白になる。それがファッションだ。それでもそのジェットコースターに多くの野心家が乗り込む。ものづくり、セールス、ブランディング、全てが一級でないと乗りこなせないのも知らずに。ファッションはビジネスの粋なのだ。さあ華麗なる欲望の世界へ。
  • TEXT BY CHISA SATO
  • PHOTO BY YUKI IKEDA
17-12-20-Wed
Seiji McCarthy (セイジ・マッカーシー)
SEIJI McCARTHY 靴職人

スタンフォード大卒、世界トップのビジネススクール、インシアードのMBAコース修了という華々しいエリートコースを歩みながら、一転、ビスポークシューズのメイカーとなったセイジ・マッカーシーさん。ビジネスコンサルタントから靴職人へ。驚きのキャリアチェンジには、新時代のファッションビジネスの萌芽が秘められていた。

順風満帆のエリート人生に疑問を抱いたリーマンショック

ビスポークシューズとは紳士靴の最高峰とも言えるオーダーメイドシューズ。顧客の足にぴったりの履き心地の良い靴をつくる、経験と技術が要される職人の世界に、異色の経歴を持つシューメイカー、セイジ・マッカーシーさんは足を踏み入れた。

セイジさんは、アメリカ・フィラデルフィア出身で、母親が日本人。幼い頃から将来は医者になりなさいと言われて育ち、学業に励んできた。それでも少年時代はユースカルチャーにどっぷりハマり、スニーカーやバスケットボール、ヒップホップに夢中になった。

LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の大学院を修了した時も好きなことを仕事にしたいとNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)に就職。その後は北京オリンピックのプロジェクトマネジャーとして、スポーツに関わるビジネスコンサルタントとしてキャリアを積んで来た。

その矢先、2008年にリーマンショックが起きる。

「リーマンショックをきっかけにアメリカでは生き方を考え直す人が多かった。それまでは、成功することがクールだという価値観が一般的でしたが、エリートもある日突然クビになることを実感した。社会的なステイタスよりも自分の手を動かし、価値観に沿って、自分がコントロールできる人生を送りたいと思うようになりました」

収入よりも時間に価値がある。お金のために働くよりも、自分を高めてくれる持続的な仕事を極めたい。そう考えたセイジさんはデスクワークに別れを告げた。

コンサルタントから靴職人へ。初めて味わった挫折

NBAを辞したセイジさんは当初、好きなスニーカーをデザインする仕事に就こうと、ミラノのデザイン学校に入学。ところが、そこでドレスシューズとの運命的な出合いをする。

「(高級紳士靴ブランドの)ベルルッティでドレスシューズを初めて試着したのですが、足を入れた途端スイッチが入った。上質な革靴の良さを知り、魅了されたのです」

その時、デザイナーではなく、自分の手を動かし、ものをつくる職人になろうと決意。35歳でシューメイカーになるべく、独学で勉強を始める。ロンドンのシューメイカーのトレーニングプログラムに参加した後、ベルリンに工房を持ち、5年ほど試行錯誤したが、なかなか思うような靴がつくれず苦労した。

暗中模索の時期に光が差したのは、日本での修行がきっかけだった。日本に住む祖母を訪れたセイジさんは日本のビスポークシューズのトップランナーの1人、「HIRO YANAGIMACHI」のワークショップに参加。初めて師匠と思える人物に出会い、手応えを得る。

「柳町さんに教わって、靴のクオリティーがわかるようになり、靴づくりのレベルが格段に上がりました」

そこで、本格的に日本を拠点に靴づくりを始めようと2015年に来日。柳町弘さんや先輩の職人たちの教えを請いながら、持ち前の学習能力の高さと集中力で腕を磨いた。そして、柳町さんの紹介もあり、2016年3月に東京・神宮前のWorld Footwear Gallery内に自身のブランド「SEIJI McCARTHY」を設立した。

「職人は師匠がいないと大変難しい。自己流でやってもなかなかうまくいきません。これまでの人生では、やりたいことがあればスムーズに出来てきました。試験があれば上位5%くらいには入れる。でも、靴は良いものをつくりたいのにつくれなかった。人生で初めて味わう挫折でした。でも逆に大変だったからこそ、ここで諦めないと思っていた。良い靴をつくるのが簡単だったら、辞めていたかもしれません」

世界が注目する日本のビスポークシューズ

アメリカ、ヨーロッパ、アジアと世界各国に滞在して来たセイジさん。ビスポークシューズの本場ヨーロッパではなく、日本を拠点にするメリットを次のように語る。

「今、日本のビスポークシューズは世界的に注目されています。東京はビスポークブームと言ってもいい状態で、クオリティーが高く、人気と実力を持った職人が30人以上集まっています。海外からわざわざオーダーしに来るお客も多い」

ビスポークシューズは約25万円〜と高額なため、顧客はコアな靴好きや富裕層が主だ。現在、セイジさんの顧客の8割は日本人だが、インスタグラムで発信を始め、インスタ経由で訪ねて来るお客もいるという。

SEIJI McCARTHYのインスタページ。彼が作る靴はシンプルでモダン。ヒールカップの接ぎや装飾のギザ抜きが無く、クリーンかつ優美なフォルムを描く

他のビスポークメイカーには、新規顧客の半分以上はインスタ経由の外国人で、アメリカや北欧からもオーダーが殺到している人もいるそう。

SNSにより職人=ブランドに。ビジネススキルを持った現代の職人

「職人として成功するなら、今はビジネススキルも必要だと感じています。昔のように、ただものをつくっているだけではダメで、ネットワーキングやマーケティング、営業も必要。SNSの普及により自分で情報を発信できるようになって、職人=ブランドになる時代です。自分のライフスタイルがブランディングになるので、ファッションにも気を遣う。完璧な靴をつくれるだけでなく、洋服やライフスタイルまで含めた、トータルなスタイルと自分のつくるものを融合させることが重要だと思います」

工房にはオーダーで使用する靴見本や木型が並ぶ

逆に言えば、ものづくりができて、ビジネススキルやコミュニケーション力がある職人にはチャンスが広がっている。情報の入手経路が変わり、つくり手が直接エンドユーザーと繋がることができるようになって、買い物の仕方も変化しているのだ。

「サラリーマンだった頃より、正直収入は減りました。でもこの調子でいけば、2、3年後には同じくらいにはなるかもしれない。お金がすごく必要なわけではないけれど、貧乏になりたいわけでもない。良いビジネスを立ち上げたいと思っています。そのためには、一人でやっていても限界があるので、ファッション業界の仲間と連携することも必要。香港やアメリカなど、海外でトランクショーをすることも視野に入れています。注文が増えれば、スタッフを雇い、5年後は自分では靴をつくっていないかもしれない。今は元々やっていたことと180度違うことをしていますが、将来は、自分のビジネススキルとものづくりの能力を統合させたい」

ビスポークシューズは顧客と職人がBe spoke(対話)しながら、ハンドメイドでものをつくるという究極にアナログな世界だ。

それでいて、マーケティングは最先端で、SNSで情報発信し、グローバルにファンを獲得している。大量生産でファストなメインストリームに対抗する、少量生産で顧客との繋がりを重視する新時代のファッションビジネスモデルとなるかもしれない。

ファッションが最強のビジネスである

斜陽するファッション業界。そりゃあそうだ、だって人の感性と直結する水商売なのだから。ファッションテックで成功例が出ないのもその難しさの裏返しだ。今日黒がトレンドだと思ったら明日は白になる。それがファッションだ。それでもそのジェットコースターに多くの野心家が乗り込む。ものづくり、セールス、ブランディング、全てが一級でないと乗りこなせないのも知らずに。ファッションはビジネスの粋なのだ。さあ華麗なる欲望の世界へ。