「スタートアップ」でも「大企業」でもない、新たな成長ステージで直面する課題とは?SmartHRが示す「スケールアップ企業」の実像に迫る
Sponsored日本のSaaSスタートアップ業界を牽引してきたSmartHRは、2024年2月に自らの現在地を「スケールアップ企業」という日本ではまだあまり浸透していない概念を用いて表現した。
2024年3月に従業員数は1,100人を突破し、スタートアップから大企業へと変貌したように見える同社だが、その事業成長、組織拡大のペースは、いわゆる大企業にある「安定」のイメージとは異なるスピード感だ。実際に事業成長の観点では、T2D3達成後、直近1年は前年比150%成長と、引き続き異次元の高成長を見せ、組織拡大の観点では、2024年には半期で約240人規模の採用を予定している。
いまやスタートアップではなくなり、かといって大企業でもない。本記事では、SmartHRの独自のあり方を、「スケールアップ企業」という概念を通して深掘りしていく。エンジニアからCTOを経てCEOとなった後、最近はブログやPodcastでプロダクトよりもむしろ組織まわりの発信活動が目立ってきた芹澤氏。その口から語られる、スケールアップ企業の定義と、これからのSmartHRが歩む道のりとは。
- TEXT BY MAAYA OCHIAI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
T2D3を実現したSmartHRが示す新たな指標「スケールアップ企業」
近年、スタートアップ界隈では「スケールアップ企業」という新たな概念が注目を集めている。スケールアップ企業とは、製品の市場適合性(Product-Market Fit:PMF)を確立し、事業と組織の急成長フェーズにある企業を指す。日本のHRテクノロジー業界をリードするSmartHRも、現在の自社の立ち位置をこの「スケールアップ企業」と定義づけている。
芹澤スケールアップ企業という概念は、SmartHRのオリジナルではなく、諸外国ですでに使用されているものです。サービスやプロダクトのPoCを経て、PMFがある程度達成された状態で、ここからいかに市場を広げていくかというフェーズにある企業を指します。この概念は自社の現在地とぴったり合致すると考え、採用することにしました。
同社のプロダクト『SmartHR』は、2015年のローンチ以降急成長を遂げ、登録社数は60,000社を超える。労務管理クラウドのシェアでは6年連続No.1(※)を誇る。当初はスタートアップ企業を中心に導入が進み、現在は大企業への展開も加速している。芹澤氏は、プロダクトの成熟度合いを次のように分析する。
芹澤人事・労務の領域では、中小・中堅規模の企業に対してPMFをほぼ達成できていると手応えを感じています。大企業向けにはまだ改善の余地がありますし、タレントマネジメントの領域ではさらに進化が必要です。
ただ、「人事・労務」と「タレントマネジメント」を起点に、バックオフィス業務全般の効率化を進めるという我々のコンセプト自体は、すでに市場で証明されたと考えています。私が入社した2016年当時は、半年後の事業の存続すら不透明でしたが、今ではそんな不安はありません。その意味で、PoCやPMFのフェーズは乗り越えられたと実感しています。
ARRが前年比150%成長で150億を突破しました!1年間で50億。スケールアップ企業として引き続き急成長を追い求めていきます。まだまだ通過点に過ぎない!
— Masato SERIZAWA | SmartHR CEO (@masato_serizawa) March 11, 2024
SmartHRがARR150億円を突破、前年比150%で成長 https://t.co/5Lpu7KbVNF pic.twitter.com/TXsghuc6lm
スケールアップ企業のもう一つの特徴は、「事業の急成長と組織の急拡大を同時に成し遂げていること」だ。SmartHRは1年前まで、SaaSのKPIとして著名なT2D3(ARR1~2億円に達してから年3倍成長を2回、2倍成長を3回繰り返すこと)を目標に掲げ、見事に達成。直近1年でも年率50%の高成長を遂げた。現在は、いかなる規模になっても「年率30%以上の成長率」を維持することを目指している。
組織面でも、2024年の半期だけで約240人の採用を計画しており、最大限の組織拡大を常に志向する姿勢が明確だ。ただし芹澤氏は、「急拡大に伴うリスクを踏まえ、あくまで適切なスピードを見極めたうえでの目標値」と強調する。
この高成長路線を支えるのが、コーポレートミッションにある「well-working」な世の中を実現することにある。
芹澤我々のミッションを実現するには、相応のパワーが必要不可欠です。いずれはプロダクトを社会インフラに近い存在にまで成長させる覚悟です。その戦略を遂行するためには、規模の拡大と同時に高成長を継続していかなければなりません。容易な挑戦ではありませんが、売上規模が拡大しても高い成長率を担保し続けることが何より重要だと考えています。
また、海外のトップクラスのSaaS企業の動向にも注目している。米国の人事管理SaaS大手Rippling、労務管理クラウドのDeelといったHRテクノロジーの新星や、SaaSの雄Salesforceなどを参考にしているという。
芹澤これらの企業は、あの規模になっても桁違いの成長スピードを持っています。マーケットサイズの違いはあれど、「あれが本当のスケールアップ企業か」と驚かされます。製品や組織の構造をそのまま参考にすることはあまりありませんが、成長スピードや成長率という観点でベンチマークしていますね。
中でもRipplingはプロダクトの思想も似ているので、かなり踏み込んでベンチマークにしています。先日はCOO倉橋が、Rippling COOと面談の機会を得て、組織構造やセールスの体制などについて直接伺ってきました。
日本市場の規模の限界を考えれば、グローバル展開は不可避の選択肢となる。SmartHRはスケールアップ企業として、グローバル市場の知見を貪欲に吸収しながら、まずは国内での地盤を固める方針だ。
規模と成長スピードを両立しながら、独自のポジションを確立し続けるSmartHR。同社の「スケールアップ企業」としての航海は、まだ始まったばかりだ。
社内外にあった認識のギャップを埋め、マッチング度をより高める
SmartHRが「スケールアップ企業」という新たなポジショニングを打ち出したのは、2024年2月のことだ。このタイミングには、同社を取り巻く内外の環境変化が大きく影響している。
従業員数が1,000人を超え、社会的認知度も高まる中で、「スタートアップ」でも「大企業」でもない独自の立ち位置を明確にする必要性が高まっていたのだ。
芹澤ずっと自社のことを「スタートアップ」と表現してきましたが、1,000人規模に成長した現在、一般的なスタートアップのイメージとは乖離が生じていました。
実際、対外的には「SmartHRはもう大企業」という認識が広がり、「安定した会社だから」という理由で選考に応募いただくケースが増えてきたのです。そうした流れ自体はありがたい反面、実態とのギャップを感じざるを得ませんでした。そこで、社内外の認識のズレを埋める方策を模索していたのです。
創業初期から、同社は「働きやすさ」を前面に打ち出してきた。当時のスタートアップ界隈に蔓延していた「土日や夜間も休みなく働く」イメージを覆し、労務管理のプロダクトを提供する企業として実践していた自社の労務管理の徹底ぶりをアピールする狙いがあった。
この戦略が奏功し、多様な人材の採用と事業の急成長を実現してきた。しかし、「働きやすさ」の強調にはリスクも潜んでいた。
芹澤「働きやすさ」を担保することは大前提ですし、今も変わりません。しかし、SmartHRの社内カルチャーの本質は「実力主義」なのです。会社が整える安心・安全な労働環境をベースに、いかに成果を出して活躍するかが評価の基準となります。
ですから、働きやすさだけを求めて入社すれば、ミスマッチが生じるのは必至です。昨年末からこの点を言語化する取り組みを始め、今年に入ってようやく具体的な発信ができるようになりました。
同社は「働きやすさ」に加えて「働きがい」、つまり「成果を通じた自己実現と成長の実感」を重視する方針を掲げた。社内でも、急成長に伴う「大企業病」のリスクが意識され始めていたタイミングでもあった。
そこで芹澤氏が参考にしたのが、『創業メンタリティ』という著書だ。
芹澤『創業メンタリティ』では、企業の発展段階を「革新勢力」「尖りある大企業」「退屈な保守大企業」「官僚主義に蝕まれた組織」の4象限で整理しています。
芹澤理想形は、創業初期の情熱を維持しつつ規模と影響力を獲得した「尖りある大企業」だと説明されていました。対して「退屈な保守大企業」は、創業魂を失い守りに入った状態。さらに悪化すると、「官僚主義に蝕まれた組織」に堕ちてしまうと。
典型的な成長パターンでは、「革新勢力」から出発し、組織の硬直化と官僚主義化が進行して、負のスパイラルに陥るケースが多いようです。つまり、創業期のマインドをいかに保ち、伸ばせるかが、スケールアップ組織の明暗を分ける分水嶺になる。
私はこの「尖りある大企業」のあり方に、強く共感を覚えました。SmartHRの目指す「スケールアップ企業」の姿も、これに重なります。規模の拡大と創業魂の持続は両立し得る。そのための方策を探究し、実践していくことが経営者の責務だと考えています。
SmartHRが1,000人規模に到達する過程で、いわゆる「大企業病」の徴候がみえ始めていた。過度に保守的な発言や形骸化した業務プロセスの発生といった、組織の硬直化を示唆する事象だ。
芹澤これらの課題は100人規模でも起こり得ますが、当社では1,000人に達するまでほぼ発生していませんでした。「いい人材を採用できている」ことが幸いしたのだと思います。
ただ、規模の拡大に伴い組織が保守的になるのは避けられない宿命とも言えます。いわゆる「コーシャスシフト」という現象ですね。うちの会社だけは大丈夫だと思うのは危険です。必ず起こるものと覚悟を決め、どう向き合っていくかを考え続けなければなりません。採用の役割は引き続き重要ですが、個人の力だけでは組織の硬直化に歯止めをかけるのは難しい。
だからこそ1,000人到達の節目に、改めて社内の意識統一を図る必要性を感じたのです。スケールアップ企業としての望ましい姿を示し、原点の思いを再確認する。そのために『創業メンタリティ』の視点が参考になりましたね。
2022年のCEO就任後、芹澤氏は2年間、社内の戦略策定と組織基盤の整備に邁進してきた。経営の土台固めに一定のメドがついたことで、次なる課題として「対外発信の強化」が浮上。その第一弾となったのが、「スケールアップ企業」宣言だったのである。
「スケールアップ企業」のブランディング発信は、単なるアピールに留まらない。社内外の認識のギャップを埋め、「スケールする創業魂」を体現する組織への変革を、全社に向けて意思表明するものでもある。
創業期の情熱を守りながら規模の拡大を目指す。一見、相反する命題に思えるが、「尖りある大企業」の実現こそが、SmartHRのスケールアップ企業としての大志なのである。組織の意識変革は、その実現に向けた第一歩となるはずだ。
既存・新規プロダクトの両面で、バックオフィス業務のカバー範囲を広げる
「スケールアップ企業」宣言とともに、新たな航海に乗り出したSmartHR。この先数年の事業戦略についてどう考えているのだろうか。
まず、既存の人事・労務領域のプロダクトについて。一見、完成の域に達しているようにも見えるが、芹澤氏は「完成には程遠い」と語気を強める。
芹澤SaaSの宿命ともいえますが、機能を拡充すればするほど、ユーザーからの要望も山積みになっていきます。お客様の声に真摯に向き合い、ひたすら改善を積み重ねること。満足度を高め、究極のプロダクトへと磨き上げていくこと。その営みに終わりはありません。
次に強調したのが、「カバー範囲の拡張」だ。「人事・労務」「タレントマネジメント」といった括りの中にも、多種多様な業務が内包されている。
芹澤私たち自身が『SmartHR』を使う中で痛感したのは、まだカバーできていない業務領域が山ほどあるということです。機能の拡充は喫緊の課題であり、重点項目と位置付けています。
評価業務を例にとると、現状は従業員の自己評価の入力から、上司とのすり合わせ、フィードバックまでをカバーしています。ただ、評価の前段には評価者間の調整業務があり、後工程では評価結果の給与反映といった一連の流れがあります。
またタレントマネジメントの本来の目的は、従業員一人ひとりの能力開発とエンゲージメント向上を通じて、組織パフォーマンスを高めることにあります。しかしこの領域は、いまだにExcelやスプレッドシートに頼る企業が少なくない。SmartHRも例外ではありません。
タレントマネジメントの真の姿を実装するには、プロダクトと機能の拡充に邁進するしかない。私たちの挑戦は、まだ緒に就いたばかりなのです。
ここで芹澤氏が言及したのが、BtoBのSaaSプロダクトにおける「ドッグフーディング(自社利用での課題発見と改善)」の重要性だ。開発者自身が自社製品を活用することで、ユーザー視点に立った課題発見や機能設計が可能になるという。
芹澤もちろん、その業務の専門家にプロダクトを使ってもらい、フィードバックを得ることは不可欠です。実際にそうした取り組みも行っています。
しかし、プロダクトを作る側が自ら使うことで得られる気付きは、また格別なものがあります。ユーザーの立場で不便を感じたり、あったら便利な機能を発想したり。生の感覚を頼りに、既存の枠組みを超えた“最適解”を探究できるのです。
ここで芹澤氏は、“自動車王”ヘンリー・フォードの言葉を引用する。「もし人々に何が欲しいかと聞いたら、彼らはもっと早い馬が欲しいと答えただろう」と。つまり、移動手段の利便性向上という本質的なニーズに対し、「馬」の延長ではない「車」という革新的な解を提示できたのは、ユーザー自身ではなく、フォードのような開発者サイドの発想だったのだ。
芹澤人事・労務系のSaaSベンダーで、社内でのドッグフーディングが徹底されているケースは稀有です。だからこそ、現場の肌感覚を掴むのが難しいのが実情なのでしょう。
とある海外SaaSでは、エンジニアを出自とする役員が今でも自社製品を使って自社の給与計算を行っているそうです。開発者視点でのプロダクト検証を習慣化する。その意識を組織に根付かせることが、競争優位性の源泉になると考えています。
新規プロダクトの展開については、SaaS管理ツール『メタップスクラウド』の事業譲受が示唆に富む。人事・労務の枠を超えて、情報システムの領域にまで踏み込む構えだ。
芹澤“働く”を根本からよくしていく。その理念を突き詰めれば、人事や労務だけでは不十分です。バックオフィス全体にイノベーションを波及させる。それが私たちの目指す「well-working」の実現につながります。
情シス、総務、経理、法務など、あらゆる領域にSmartHRのバリューを行き渡らせる。その先鞭をつけるのが、『メタップスクラウド』の譲り受けでした。今後はM&Aと自社開発を組み合わせながら、事業の多角化を推進していく方針です。
規模が大きくなっても変わらないSmartHRの3つの組織カルチャー
次に、SmartHRの組織戦略について探っていきたい。「経営戦略と人事戦略は不可分」との考えのもと、人事戦略の基本線として掲げているのが、「スケールアップ企業の急成長を持続可能な形で支えていくために、適切な人材を採用し、登用し、育成し、その能力を存分に発揮してもらうこと」だ。
同社では現在、採用から育成、評価に至る一連の人事プロセスの抜本的な見直しを進めている。
芹澤採用から始まり、入社後の育成や評価といったインナーフローを徹底的にブラッシュアップする。ときには離職というケースも想定し、採用から退職まで一貫した人事プロセスを改善し続けることが肝要です。
昨年は1年間かけてその組織アップデートに注力しましたが、まだ道半ばです。変化のスピードを上げるべく、人事組織の再編にも果敢に取り組んでいるところです。
中でも重点を置くのが「育成」の領域だ。同社はこれまで中途採用を中心に組織を拡大してきたため、育成は相対的に優先順位が下がりがちだった。しかし人員規模の拡大と職種の多様化が進む中、中途社員の育成ニーズも高まりを見せている。加えて、2026年入社予定者から新卒採用も本格化する予定だ。
芹澤初期のスタートアップでよく見られる「崖から突き落として自力で這い上がる」式の人材育成は、一定の成果を挙げてきた手法だと思います。厳しい環境の中で自力で課題を解決できる人材が、より力を発揮できるというのは確かにそうでしょう。
しかし、組織の規模が拡大するにつれ、その育成スタイルにも限界が見えてきます。多様な人材が集まる中で、誰もが同じように力を発揮できるわけではありません。適切な支援やサポートを提供することで、より多くの人材が活躍できる環境を整えることが重要になってくるのです。
当社の事業計画に沿えば、現在1,000人規模の組織体制を数年で3,000人、4,000人にまで拡大していく計画です。その量と質を担保し、全員に活躍の場を提供するためには、育成プログラムの充実は不可欠なのです。
SmartHRが求める人材像は「与えられた難題に対し、わくわくしながら成果として実力を示していける人」だ。芹澤氏は、そのような人材を特定し、適切な機会を与えていくことが、喫緊の課題だと説明する。
芹澤組織規模が拡大すると、ハイパフォーマーの発掘が難しくなるのは事実です。適材適所を実現するには、潜在能力の高い人材を見逃さない仕組みが必要不可欠です。
そのために、タレントマネジメントプロセスの設計を進めています。具体的には、有望人材の発掘を目的としたマネジメント会議の新設や、成長機会の提供に向けた取り組みを強化しているところです。
スタートアップの初期メンバーには、一気に責任あるポジションに就くチャンスが多く転がっている。対して後発組は、そのような機会に恵まれない場合が少なくない。いわば「先行者利益」とも言えるこの構図について、芹澤氏は次のように語る。
芹澤例えば私自身、2016年にエンジニアとして入社し、6年後にCEOに就任しました。しかし、今エンジニアとして入ったメンバーが、6年後にCEOになれる可能性は決して高くないでしょう。
ただ、だからと言って「組織が大きくなったので、そういうチャンスは諦めてください」というのは乱暴な話だと思います。規模の拡大によって、一人ひとりにスポットライトが当たりにくくなるのは事実です。だからこそ、実力を発揮した人材に成長の機会を提供し続けることが、経営陣の重要な責務だと考えているのです。
芹澤氏は2025年卒の新卒採用の最終面接に同席した際、そのレベルの高さに驚きを隠せなかったという。
芹澤在学中にインターンやアルバイトの形で、実際のプロジェクトに関わり、エンジニアリング経験を積んでいる学生が少なくない。「これは新卒採用ではなく、中途採用の面接なのでは?」と思わせるほどの能力の高さでした。
こんなにも優秀な若手人材が集まることに、大きな手応えを感じましたね。既存社員にとっても、良い刺激になるはずです。2026年卒からはビジネス職の新卒採用も始動しますから、さらなる化学反応が生まれることを楽しみにしています。
芹澤氏が入社した当時のSmartHRは、まさに1ケタの少人数組織だった。それが今や1,000人を超える規模に成長し、組織のあり方も様変わりを遂げた。しかしその変化の中にあっても、不変的に受け継がれる「SmartHRらしさ」が3点あると芹澤氏は言う。
1つ目は「合理的で論理的であること」、2つ目は「オープンでフラットであること」、3つ目は「遊び心をよしとする文化」の存在だ。
芹澤SmartHRでは、感情論で物事を決めたりするようなことはまずありません。変に属人的な力学が働くこともない。合理的に、筋道立てて議論を重ねる。それが当社の特徴であり、強みだと思います。
また、情報はオープンに共有し、ブラックボックスを作らない。それを徹底することで、フラットな組織を維持しようと努めています。
加えて、BtoBのソフトウェア開発企業でありながら、硬直化を嫌い、常に遊び心を大切にしているのも当社らしさの表れでしょう。クリエイティビティを削がないことを心がけているのです。
これらの特性は、従業員の心理的安全性や組織全体の創造力につながっていると考えています。モノづくり集団として不可欠の要素ですから、規模が拡大してもこの文化は守り抜きたいですね。
とはいえ、合理性や論理性の追求が、ときとしてリスクテイクを避ける方向に作用することも否定できない。非連続のイノベーションは、突拍子もないアイデアと情熱から生まれる場合も多い。その意味で、バランス感覚の発揮が問われる場面はあると芹澤氏も認める。
芹澤M&Aなどはその典型例ですね。SmartHRに限った話ではありませんが、M&Aは合理的に考えれば、実行しない方が正解とも言えるケースが少なくない。当社でこれまでM&Aにあまり積極的でなかったのも、経済合理性を優先する社風が影響していたのかもしれません。
しかし、その感覚を突破しなければ、M&Aのリアルな経験値は得られません。機動的な事業拡大も望めない。だからこそ最近は、「M&Aの是非を議論する際には、経済合理性に囚われ過ぎないようにしよう」と社内で話し合っています。
それでも芹澤氏は、SmartHRという組織を前向きな方向に牽引してきた3つの企業文化を、今後も色濃く残していく構えだ。
芹澤事業規模も組織規模も拡大の一途をたどる中にあって、創業時からの企業文化を守り、育んでいくことは容易ではありません。しかしだからと言って、安易に手放していいものでもない。
SmartHRのこれからの成長を支え、ブランドの核となるのは、まさにこの3つの文化だと確信しています。ある種、当社のアイデンティティーの源泉とも言えるものですからね。
事業フェーズの変化に合わせて織り交ぜていく変化と、時代が変わろうとも守り抜いていく普遍の価値。その両面をバランス良く追求していくことが、スケールアップ期の組織構築における要諦だと考えています。
創業期の志とバイタリティーを失わずに、規模の急拡大を成し遂げる。スケールアップ企業に求められるこの難題に、SmartHRはどのように応えていくのか。同社の挑戦は、いよいよ正念場を迎えつつあるようだ。
スケールメリットがスケールデメリットを凌駕する、SmartHRの現在地
SmartHRの変革の軌跡を、シード期から現在に至るまで間近で見続けてきた芹澤氏。スケールアップ企業への変貌を遂げた現在の状況について、「かつてないほどエキサイティングな局面だ」と興奮を隠さない。その理由を、組織規模の拡大がもたらす「スケールメリット」という観点から次のように説明する。
芹澤1,000人を超えるメンバーがいるので、当然その中には多種多様な領域で専門性を持つ優秀な人材が揃っています。プロジェクトを立ち上げる際には、社内に声をかければあっという間にドリームチームが結成できる。シード期には到底望めなかったスピード感とパワーで、果敢なチャレンジが可能になっているのです。
1つひとつの施策に対して、最適なメンバーのアサインが実現できる。それだけ成果の最大化を図れるわけです。スケールメリットを存分に活用できるようになったことが、何より心強い変化ですね。
その一つの例が、新たに立ち上げたPodcast番組だという。
芹澤「新たにPodcastを始めたい」と呼びかけたところ、社内から実に多彩な才能が集結しました。脚本の作成から、音声の収録、編集まで各工程のプロフェッショナルが揃い、瞬く間に番組が完成したのです。
『Yet another SmartHR』と名付けたこの番組は、社内の面々をゲストに迎えるのですが、登場する方々の個性とキャリアの奥深さには本当に驚かされます(笑)。これもスケールアップ企業ならではの楽しみだなと感じます。
一方で、スケールメリットと表裏一体をなすのが、「スケールデメリット」だ。その代表的な症状が、先述した「大企業病」の発症リスクである。過度に保守的な行動や意思決定の蔓延は、組織を硬直化させかねない。芹澤氏はこうした現象について、「規模の肥大化に伴う自然な摂理」と指摘する。
芹澤どれほど優秀なメンバーを揃えたとしても、「うちの会社は大企業病とは無縁」などと考えるのは禁物です。大なり小なり、必ず付きまとう課題だと認識すべきでしょう。
課題が発生するのは「例外」ではなく「必然」と捉えることが肝要だと思います。その上で、症状をいかに最小化するか。このスタンスを経営陣だけでなく、全社員が共有することが求められます。手綱を緩めた瞬間に、転がり落ちるようにネガティブなメカニズムは作用しますから。
さて、ここまで見てきたように、スケールアップ期のSmartHRは、メリットとデメリットが混在するダイナミズムに溢れている。そんな同社に飛び込むことの魅力について、芹澤氏は次の2点を挙げた。
芹澤キャリアを選ぶ際に重要なのは、「誰と働くのか」と「どんな事業に関わるのか」の2つだと考えています。
前者については、日々成長を遂げている人と働くのが理想的だと思います。自分が現実的に到達し得る高みにいる存在から、多くを吸収できるはずです。適度な緊張感を保ちつつ、いい意味での焦燥感も得られる。それはきっと、自らの成長を加速させてくれるでしょう。
後者、事業の在り方としては、社会的意義とビジネスとしての成長可能性。この両方を兼ね備えている環境が望ましい。社会に対してインパクトのある仕事だと実感でき、且つ事業の右肩上がりが続く。そんな状況下にあれば、個人の成長と自己実現が無理なく果たせるのではないでしょうか。
SmartHRの軌跡は、スタートアップから「スケールアップ企業」へと移行する過程で直面する、あるべき姿とのギャップを赤裸々に映し出していると言える。事業の成長と組織の拡大を同時に成し遂げるためには、「人」と「組織」の成長を同期させる必要があるのだ。
“スケールする創業魂”の体現には、同社のように、社内外の認知のギャップを埋める努力を怠ってはならないだろう。1,000人規模に達した組織に「大企業病」の症状が表れ始めたとき、「変わらぬ価値観」を言語化し、社内外に共有することが求められるのだ。
また、“個人”に目を向ければ、「誰と」「何を」を基軸としたキャリアの再定義が欠かせないだろう。成長機会としての「先行者利益」をいかにマネジメントするかという論点も当然浮上する。「勝ち馬に乗る」のではなく、「一緒にスケールしていくんだ」という組織文化の醸成こそが、「スケールアップ企業」の本懐なのだ。
SmartHRは、その理想と現実の狭間で、手探りながらも着実に、新たな道筋を見出そうとしている。その歩みは試行錯誤に満ちているが、だからこそ圧倒的なリアリティがある。同社のその姿は、「スケールアップ企業」を目指す後進にとって、道標となるはずだ。
こちらの記事は2024年05月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
落合 真彩
写真
藤田 慎一郎
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