【トレンド研究:スケールアップ企業】海外では当たり前の概念?日本でもすでに増えている?SmartHRだけじゃない実態を考察

未上場スタートアップの成長ステージは、アーリーフェーズとレイターフェーズの二つに括られることが多い。このうちレイターフェーズについては、解像度を上げて捉えていく必要性が大きくなっているように思われる。なぜなら、レイターフェーズの企業にはそれぞれ、非常にユニークな事業特性や市場課題があり、企業によってその取り組み事例が大きく異なるからだ。また、上場/未上場の扱いについても認識には差異が感じられる。

特に重要になるワードとして今回、「スケールアップ企業」と呼ぶべき企業群について詳細に考えていきたい。SmartHRが2024年になってこう自称するようになったところだが、実はヨーロッパを中心にこれまでも使われてきた言葉であり、日本国内にも該当するであろう企業は少なからず存在する。そしてそうした企業の多くが、大きな社会価値/経済価値を創出し始めている。

この記事で、スケールアップ企業という概念を紐解き、日本でも増え始めた3つの理由を確認したうえで、日本社会・日本経済をここからさらに進化させていく道筋を探りたい。

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実は日本でスケールアップ企業が増えている、3つの理由

日本で「大企業でもスタートアップでもない存在」としての“スケールアップ企業”が増えている背景には、大きく分けて3つの理由があると言えよう。

1つ目は、スタートアップエコシステムの成熟だ。近年、ベンチャーキャピタル(VC)ファンドの設立増が象徴するように、起業家精神の醸成と支援体制の充実が進んできた。

大学や地域レベルでのアントレプレナーシップ教育が浸透し、起業家を志す人材が増えつつある。また、インキュベーションやアクセラレーションのプログラムも各地で開催され、有望なスタートアップの立ち上がりを支えている。加えて、大企業とスタートアップの連携も活発化。オープンイノベーションを推進する大企業が増え、スタートアップの製品・サービス開発や販路拡大を支援するケースが増えている。

2つ目は、政府によるスタートアップ支援策の強化と、イノベーション促進に向けた規制改革である。政府はスタートアップ支援を成長戦略の中に位置づけ、補助金や税制優遇などの施策を打ち出している。また、新たなビジネスの創出を阻む規制の改革にも着手。これらの取り組みにより、スタートアップの成長を阻む障壁が少しずつ取り除かれつつある。

3つ目は、スタートアップへの人材流入の活発化だ。日本経済新聞社の調査対象となった「推計企業価値が50億円以上の有力スタートアップ」132社の就労者数は、「2024年3月時点で合計約1万8000人と2年間で一気に5割超増えた(こちらの記事から引用)」とのこと。大手企業からスタートアップへの転職者も増加傾向にあり、同記事でも紹介されているエン・ジャパンの調査では「34歳以下の転職者のうち、大手からスタートアップに転じた人の割合は23年に約26%と19年比で14ポイント上昇」しているという。

背景には、スタートアップの社会的認知度の向上やVCからの投資増加による雇用の安定性の向上などがある。加えて、社会課題解決や産業変革など、より大きなミッションに挑戦したいという思いからスタートアップを選ぶ人材も増えているように見受けられる。こうした優秀な人材の流入が、スタートアップの成長力を高めていくことも期待できる。

また、上場スタートアップの組織や事業も、軒並み高い伸び率を示している。従業員数は2021年から2023年にかけ、Sansanが1.46倍、SHIFTが1.89倍、マネーフォワードが1.70倍、フリーが1.98倍、ラクスが1.78倍。売上高は同期間で、Sansanが1.57倍、SHIFTが1.91倍、マネーフォワードが1.94倍、フリーが1.87倍、ラクスが1.78倍と大幅な増収を遂げている。組織の急拡大と事業の急成長を両立させ、さらなる持続的な成長への基盤を固めているのだ(変化の様子は以下のグラフを参照)。

*1……各企業の有価証券報告書を参照。決算期は各社で異なり、2021年のデータは各社の「2021年〇月期」となる、2022年、2023年も同様

*2……SmartHRはプレスリリース「SmartHRがARR150億円を突破、前年比150%で成長」に記載のデータを参照、なお2024年3月には1100人に達しているとも記載されている

*3……タイミーは2021年と2022年についてnote「数字で見るタイミー(2023年06月時点)」の記載のデータを参照。2023年のデータとしては、2024年4月の被保険者数のデータを使用

*1……各企業の有価証券報告書を参照。決算期は各社で異なり、2021年のデータは各社の「2021年〇月期」となる、2022年、2023年も同様

*2……SmartHRは売上高の開示がないため、便宜的にプレスリリース「SmartHRがARR150億円を突破、前年比150%で成長」に記載のARR(Annual Recurring Revenue:年間定期収益)のデータを使用、なお2024年3月には150億円に達しているとも記載されている

*3……タイミーは売上高に関するデータの開示がないため記載なし

本記事では、このグラフに示した企業を「スケールアップ企業」と呼び、考察を深めていく。これらの企業群が、イノベーションの加速と新産業の創出、社会課題解決に向けた新たなソリューションの提供を通じて、日本経済の新たな成長ドライバーとなることが大いに期待される。

一方で、足元の金融引き締めなどを受けて、スタートアップの経営環境は楽観できない面もある。事業の優位性を保ちながら、いかに資金を確保し、優秀な人材を集められるかが課題だ。明確な成長ビジョンや従業員の成長機会の提供、福利厚生の充実など、総合的な企業価値の向上が求められることは言うまでもない。

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「レイターフェーズ」と、安易に一括りにしてはいけない

冒頭でも触れたように、未上場スタートアップの成長ステージはしばしばアーリーフェーズとレイターフェーズの2つに大別される。アーリーフェーズは、事業アイデアの検証と市場適合性の模索を行う段階だ。製品・サービスの開発と初期の顧客獲得に注力し、事業の方向性を定める。この段階では、資金調達と初期チームの構築が課題となる。限られたリソースの中で、いかに事業の核となるバリューを創出し、市場での存在感を示せるかが問われる。

一方、レイターフェーズは、事業モデルが確立し、本格的な成長を目指す段階とされる。しかし、レイターフェーズの企業は、一括りにできないほど多様な特性を持つ。事業領域や市場の成熟度、競合環境など、置かれた状況は企業によって大きく異なるのだ。

また、アメリカにおいてレイターフェーズと呼ばれる括りには、日本における東証グロース市場(旧マザーズ市場)に上場する企業の規模も含まれるとよく指摘される。2024年4月には、スタートアップ議員連盟がまとめた提言においても以下のような内容が強調された。

2024 年 4 月 1 日時点でのグロース市場の時価総額合計は約7.5 兆円、同市場の上場企業数は 578 社、1 社あたりの平均時価総額は約 130 億円であるが、諸外国においてこの規模はレイターステージと評価されることが一般的であり、上場株投資家から見るとサイズの問題で投資が困難であることからも、現在のグロース市場での調達機会はほぼ全てレイターに置き換えられることが本来は望ましい。したがって、諸外国の整理に習い、当該領域を新たに “グロースステージ”と定義し、グロース市場の平均公開時時価総額相当である評価額 150 億円前後の企業が調達する新たなラウンドとして、またグロースステージ以前に投資した VC の持ち分の流動性を確保する機能を果たすよう整備する。
 ──<スタートアップ議連 2024 提言「スタートアップ 5 ヵ年計画後半に向けた投資額×10=10 兆円、ユニコーン×10=百社を達成する為の加速プラン」から引用>

これらの企業群を見ると、事業拡大のフェーズにある企業もあれば、安定的な成長を目指し始める企業もある。新市場開拓へ果敢に挑む企業がいる一方で、既存市場でのシェア拡大に注力する企業もある。中には、事業モデルの大幅な転換を図るケースもあるだろう。

このように、レイターフェーズの企業が直面する課題は千差万別だ。画一的な成長戦略では対応しきれない。むしろ、各社の事業特性や市場環境に応じた、きめ細やかな戦略立案が求められる。

そこで重要になるのが、レイターフェーズをさらに細分化して捉える視点だ。先ほど引用した提言の内容も拝借し、レイターステージ、グロースステージ、スケールアップステージに分類し、見ていこう。

レイターステージ
主に上場前の企業が対象。事業モデルの確立と急速な成長を目指す
グロースステージ
グロース市場上場企業を主な対象としつつ、一部の未上場企業も含む。連続成長と非連続成長の両立を目指す
スケールアップステージ
グロース市場上場企業を主な対象としつつ、大型の資金調達を実現している一部の未上場企業も含む。事業の多角化により、事業・組織ともに非連続的な成長・拡大を続ける

グロースステージは、事業モデルの確立と急速な成長を目指す段階だ。製品・サービスの市場浸透を図りつつ、組織体制の整備と人材獲得を進める。シード/アーリーフェーズで築いた顧客基盤をもとに、営業やマーケティングを強化し、売上規模や顧客数を拡大していく。

一方、スケールアップステージは、事業の多角化により、安定的な成長と非連続的な成長を両立させようとする段階だと言えよう。新市場の開拓や新プロダクトの投入により、事業領域の拡張を図ることが求められる。組織面でも、経営/マネジメント体制の強化や人材育成の仕組み構築など、より洗練された組織づくりが求められる。

もちろん、この分類も絶対的なものではない。レイター/グロース/スケールアップの境界は曖昧であり、複数の要素を併せ持つ場合もある。だが、レイターフェーズの多様性を理解し、各社の実情に即した成長戦略を描くためには、こうした視点が欠かせない。

上場/未上場スタートアップの成長ステージを、より細やかに理解すること。それが、スタートアップエコシステムのさらなる発展に向けた、重要な一歩となるはず。

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組織拡大さえすれば、スケールアップ企業なのか?

そんなスケールアップステージにある企業を、スケールアップ企業と呼び、考察を深めていきたい。

2024年に入り自社をそう称するようになったSmartHRの発信を参考にすれば、スケールアップ企業の最大の特徴は、その名の通り「規模の拡大(スケールアップ)」にあると言える。

事業の急成長が見られる点では、ハイペースで成長してきたメガベンチャーやテックジャイアントと呼ばれる企業と共通する。だがスケールアップ企業は、さらなる加速度的な成長・拡大を遂げようとしていくわけなのだ。

事業形態としては、ネットワーク効果や規模の経済を享受できるビジネスを展開している例が見て取れる。SaaSビジネスはその代表例と言えるだろう。少ないコストで多くのユーザーにサービスを提供でき、営業人員の増加がユーザー拡大に直結しやすいと言われる。そして、ユーザー数の増加がさらなる事業価値向上につながる。このような好循環により、組織と事業の急激な成長を実現するのだ。

欧米の事例を基に特徴をまとめている「Scale-ups and High-Growth Firms」は、「初期のプロダクト開発と市場テストの後、PMFを達成し、コアとなるビジネスアイデアが持続発展させられるほど煮詰まってきた段階」で、スケールアップ企業になるのだと定義する。

また、単に従業員数が増えれば良いというわけでもないと指摘する。無形資産が重要なため初期投資やマーケティング投資が果たす役割が大きく、限界費用がゼロに近づいていくようなビジネスモデルやプロダクトの在り方を目指すべきだとする。

要するに、利益率の高い筋肉質な構造としつつ、従業員規模を大きくしていくのが理想ということになる。やはり日本でも欧米でも、理想とされる急成長の在り方には共通点があるようだ。

そして、スケールアップステージにおいては、爆発的に増える顧客対応や組織の肥大化への対処などが課題として露見する。それ以前にはフットワークの軽さや意思決定の速さが強みになってきた一方で、ある程度の組織化・体系化が必要になってくる。その舵取りを誤ると、組織規模が成長の足かせになる場面も出てくるだろう。

加えて、競合との差別化も大きな課題となる。初期の参入障壁の低さを活かして急成長した反面、同業他社の参入も増えてくる。先行者として事業の優位性を保ちながら、さらなる成長へとつなげる次の一手が問われるのがこのフェーズだ。

こうした課題を乗り越え、持続的な成長を実現するには、スタートアップとは異なる経営手法が求められる。たとえば、組織のマネジメント、人材育成の仕組みづくり、ステークホルダーとの関係構築など、まさに「規模のある組織」ならではの取り組みが必要になる。また、新たな事業の柱を育てる一方で、コア事業の磨き上げも着実に行うことも欠かせない。

海外に目を向けると、スケールアップ企業にフォーカスした支援の取り組みも出てきている。たとえば数年前からMicrosoftやDisneyは、スタートアップよりもむしろスケールアップ企業の支援に注力し始めているという(こちらの記事を参照)。大企業にしてみれば、製品やサービスがある程度確立したスケールアップステージの企業と組むほうが、近い将来にシナジー効果を出しやすいというメリットを感じやすいようだ。

日本でも、これからスケールアップ企業が増えてくると予想される。彼らの急成長を、どのように支え、日本経済の新たな牽引役として育てていくのか。スタートアップエコシステムの真価が問われる局面を迎えている。

スケールアップ企業の定義や、理想の在り方については、まだまだ議論の余地がある。だが少なくともスタートアップの「その先」の存在として認識すべき考え方ではあるはずだ。

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マネフォ、freee、SmartHRのスケールアップ事例

日本でも、グローバルに通用するスケールアップ企業が徐々に登場してきている。ここでは上場企業の代表例としてマネーフォワードとフリーを、未上場企業の代表格としてSmartHRを取り上げよう。

マネーフォワードは、バックオフィス向けのクラウドサービスを中心に事業を展開する東証プライム上場企業。2023年11月期の売上高は前期比41%増の303億円、SaaS ARRは前年同期比40%増の255億円と、最近も高い成長を遂げている。特にビジネスドメイン(法人向けバックオフィスSaaS)は、中堅・中小企業の旺盛なバックオフィスDX需要を背景に順調な成長を続ける。前述のように組織規模も拡大しており、最新の公表データ(2024年11月期第1四半期決算説明資料)では、2024年2月末の連結従業員数は2,251名と、前四半期比で103名の増加となっている。

同じくバックオフィスSaaSを手がけるフリーも、高い成長を持続している。2024年6月期第2四半期のARRは前年同期比31.9%増の232.5億円。こちらも中堅・中小企業を指す「Midセグメント(従業員数20~1,000名の企業)」向け展開が牽引役となっており、MidセグメントだけのARRが2023年6月期第2四半期の59.8億円から2024年6月期第2四半期には88.2億円まで47.4%も拡大している(こちらの決算説明資料を参照)。また、従業員数は2021年6月期の656名から、2023年6月期には1,299名へと急増している。

そして未上場ながらスケールアップ企業の代表格と言えるのがSmartHR。同社は人事労務領域に特化したSaaS企業で、2024年2月にARR150億円突破を公表。2023年2月時点で100億円だったとも公表しており、T2D3の成長を実現した次の1年で50%成長を実現したことになる。従業員数も、2021年3月の369名から2024年3月に1,100名を超えるほど急増。まさに爆発的な事業拡大と組織の拡張を同時に実現しており、スケールアップステージまっただ中である。

SmartHR社の特徴は、内製の形でプロダクトや機能のラインナップを拡充し、バックオフィス業務を包括的にカバーしようとしている点にある。人事労務とタレントマネジメントという2大領域の機能拡充に注力しながら、新たな事業の柱も模索している。

公開情報を基にFastGrowにて作成

マネーフォワード、フリー、SmartHRに共通しているのは、バックオフィスのDXという大きな潮流と社会課題をとらえ、クラウドサービスを武器に急成長を続けている点だ。事業の急成長と歩調を合わせるように、M&Aも駆使しながら従業員数を急ピッチで増やしている。そうして非連続成長を続けられるような組織づくりを進めている。

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日本でスケールアップ企業が増えていく展望と課題

日本のスタートアップ・エコシステムは、着実に進化を遂げつつある。大企業とスタートアップの連携の活発化、政府によるスタートアップ支援策の強化、そして何より若い世代の間でスタートアップへの関心が高まっていることが、その背景にあると言えるだろう。

特に、従業員1,000名以上・売上高数十億円以上の規模に達した「スケールアップ企業」のさらなる台頭に期待したい。マネーフォワードやフリー、SmartHRはすでに、社会課題の解決を事業の柱に据え、テクノロジーを武器に急激な急成長/急拡大を遂げている。

もちろん、スケールアップ企業ならではの課題もある。事業規模と組織人員の急拡大に伴い、いわゆる「スケールデメリット」に直面するのだ。例えば、創業メンバーによってつくられた仕組みが硬直化し、新メンバーによる工夫の余地が少なくなってしまう。社歴の浅いメンバーが多数を占める中で、組織がバラバラの個人プレイヤーの集団と化してしまう。ミッションへの共感が薄れ、「このチームでやる意義」を見失ってしまう──。このような事態に陥れば、せっかくの成長機会を逸してしまいかねない。

加えて、急成長が今後も続くという点から「勝ち馬に乗る」ことを目的に安易に入社する人も現れてくるという話もよく耳にする。だがそうした人材は、多くの場合、まだまだ続く社内のカオスさや実力主義カルチャーに適応できず、退職を余儀なくされているようだ。

こうした難しさがあることから、スケールアップ企業にはスケールメリットを最大化し、スケールデメリットを最小化するという舵取りが求められる。ミッションとビジョンをメンバー全員に浸透させることで一体感のある組織をつくり上げ続けたり、個人の成長とチームの成長を高いレベルで両立させることでメンバーのエンゲージメントを高く保ち続けたり……。これらに同時に取り組む高度なバランス感覚を持ったリーダーシップチームにより、大企業らしいインパクトを生み出しながら、スタートアップらしい一体感と成長実感を維持していく。こうした強みを両取りしていこうとするわけなのだ。

日本のスケールアップ企業もこうした課題に直面してはいるが、それ以上に大きな可能性を秘めているとも言えるだろう。個々の企業の成功はもちろん、そこで得られた知見やノウハウが広くスタートアップ業界で共有されることで、日本のスタートアップエコシステム全体の発展にも貢献するはず。

日本経済の新たな成長ドライバーとして、スケールアップ企業により一層の期待が寄せられることは間違いない。今後も、その動向に注目したい。

こちらの記事は2024年05月02日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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