独自性と実用性の両立を目指せ!
“あの企業”のユニークな評価制度5選
優秀な人材を獲得すべく、また自社のカルチャーを浸透させるべく、ユニークな給与・評価制度を打ち出すスタートアップ・ベンチャー企業も目立つようになってきた。
一方、採用広報の面では短期的なメリットは大きいものの、長期ではそのユニークさに縛られ組織として硬直する可能性も高いと言えるだろう。主目的であるメンバーが活き活きと安心して働けるよう、具体と抽象のバランスを配慮した評価制度の作成は意外と難しいものではないだろうか。
そこで今回は、ユニークさと評価自体の実用性をバランスよく両立し、成功を納めている企業5社の事例をご紹介。評価制度の事例紹介に止まらず、各社独自の制度に託した想い、アプローチのユニークさや魅力もご紹介していく。
- TEXT BY MARI FUJIMOTO
LIFULL senior | “組織の壁”を乗り越えたのは「ビジョン再設定」。組織サーベイがV字回復を遂げた舞台裏
まずご紹介するのは老人ホーム・高齢者住宅検索サイト『LIFULL 介護』の運営などを行うLIFULL seniorだ。同社のユニークな評価制度を理解するには、まず同社が組織作りを行う際に重視している“軸”を知る必要がある。
特筆すべきは、同社の企業文化や組織制度は全て「経営理念の実現」と、「社員のキャリアビジョンの実現」の“両立”のために設計されているということ。どちらか一方がおざなりになってしまう企業も多い中、LIFULL seniorではこれら二つの両立を目指し、社内に明文化しているのが特徴と言える。
では、そんなLIFULL seniorのユニークな評価制度とは一体どんなものだろうか。ここでは「組織サーベイ」と「360°FB」の二つをご紹介したい。
「組織サーベイ」は半年ごとに実施され、「組織」「上司」「事業」の三つの項目に対する評価を通じて組織スコアを生成するものだ。「組織サーベイ」を実施する企業は多いものの、結果が良ければ良いほど、現状に満足してしまい“更なる伸び代”に着目する企業は少ない。
しかしLIFULL seniorでは、「組織サーベイ」を実施した後に、この評価指標の有用性を見出している。それぞれの部署で得られた結果を元に他部署間での比較を行い、差異や改善の必要性があればマネージャー間でみっちりと議論を重ねる。また、それに終始せず「この課題は人事で取り組んでいこう」「これは役員でやっていこう」といったように、次の半年の具体的なアクションプランにまで落とし込む徹底ぶりなのだ。「組織サーベイ」を経営戦略に反映する仕組みはユニークであろう。
もう一つのユニークな評価制度が「360°FB」という360度評価の一種である。これも名前だけ聞くと、多くの企業が取り入れているようにも思えるが、LIFULL seniorのユニークネスが「情報の透明性」にある。
新入社員からマネージャーまで、それぞれが同社のガイドラインを具現化しているか「上司」「同僚」「部下」といった全てのメンバーから、三段階で評価を受ける。
そして、なんとこの評価が匿名ではなく、記名式で評価相手にオープンにされるのだ。フィードバックイズギフト、オープン性を重視する社風だからこそのこだわりと言えるだろう。
そんなLIFULL seniorの評価制度は、実は過去に一度大きな改変が行われている。詳しくはこちらの記事にその詳細が記載されているため、ここでは要点だけかいつまんでご紹介しよう。
最初はLIFULLのいち事業として始まったLIFULL seniorは、多くの先行サービスがしのぎを削り合う介護業界で、後発ながらわずか数年で業界最大級の地位を築いた。その急成長の中で、組織のコンディションが一時的に悪くなった時期があったという。
組織が大きくなり、社員数が30人を超えた頃、創業時から取り続けてきた組織サーベイのスコアが落ち込んでしまったのだ。いわゆる「30人の壁」である。
その時、代表取締役の泉氏は社員一人一人に期待と現実のギャップをヒアリング。そこで見えてきたのが「ビジョンと個人の繋がりが見えにくい」という問題だった。組織の急速な拡大とともに、ビジョンへの視界が曇り、「売上目的の仕事」に陥ってしまっていたのだ。
この課題に対処するため、LIFULL seniorはビジョンを再設定。「シニアの暮らしに関わる全ての人々が笑顔あふれる社会の仕組みを創る」という以前のビジョンから、「老後の不安をゼロにする」という新たなビジョンに変更した。
すべての人に訪れる人生後半の時間は、健康、家族、お金などの不安が山積しています。その不安をなくすことで、笑顔あふれる世界にしたい。そんな想いをビジョンに込めたんです。
壮大でありながら、心にスッと入ってくるビジョンを再設定したことで、“自分たちがなぜ、何のために今の仕事をしているのか”について、誰しもが語れるようになっていきました。
組織スコアはV字回復を遂げ、その後はこのビジョンに合致する人材を重視した採用を進め、評価制度もそれに基づく方針をとっている。今では創業期の4倍以上になりさらに成長し続けている組織を、この評価制度が支えている。一見ユニークな評価制度も、会社の歴史を知ることでその“意義”を理解することができるだろう。
ラクスル|離職率30%からの組織改革
これまで、経営人材を次々と輩出してきたラクスル。現在既に200名以上の社員を抱え、上場に至るまでビジネスをグロースさせてきたラクスルの組織づくりはスタートアップのお手本として各メディアでも取り上げられることが多い。
しかし、そんなラクスルも過去に組織崩壊の危機を経験している。
2014年ごろ、会社は15億円の大型資金調達を背景に急成長を遂げていた。しかし、その成長とは裏腹に、退職率は高止まりの30%。これまで、スキル重視で中途採用された人材の多さが、企業文化のほころびを生んでいたのだ。
そんな厳しい状況下で、「会社を創りなおす」との覚悟で、組織改革に取り組むことを決意した同社は、ビジョン・ミッション・バリューを再定義し、それを組織全体に浸透させることに注力した。ここで重要だったのは、単なる伝達ではなく、対話だ。会社がやらないことを明確にし、その範囲内での自由を保証。また、各職種に応じた翻訳を通じて個別の理解を深めていったのだ。
その結果生まれたのが次に紹介するラクスルのユニークな評価制度だ。
ラクスルでは年に2回、人事評価を設けている。最初に個人の目標を部門長と設定し、ラクスルの評価制度に基づいて評価するスタイルを採用している。
評価は成果と能力が50:50の割合になっており、成果はOKR、能力はラクスルの行動規範「RAKSUL Style」に基づいた評価を元に算出される。
「RAKSUL Style」は、以下の4つで成り立っている。
RAKSUL Style
Reality 高解像度
現場の状況を実際に自分の目で見て、経験・把握した情報に基づく課題設定をすること。不確実なものを確実にするための、「小さな実験」とも呼ぶべき試行錯誤を経ること。 上記に取り組んだうえで、課題の正しい優先順位付けができていること。
System 技術・仕組み化
高度な技術や仕組み化によって、課題解決に導くこと。非効率を無くし、生産性を改善すること。独自の発想や創意工夫をもって、効果的なアプローチ方法を提案すること。
Transparency 情報共有
情報の非対称性が存在しない環境の構築。意思決定の背景や文脈を開示し、情報共有の透明性を確保。各メンバーのミッションや担当領域を明確にして、仕事をまかせ合うチームをつくること。
Team first チーム構築
採用・プロモーションに責任を持ち、メンバーの成果を最大化する強いチームの構築。 メンバーのオンボーディング、適切なフィードバック、モチベーションの維持を行い、チームの成功を実現させること。
この4つの行動規範は、ラクスル「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンを要素分解したものだ。この行動規範自体がコンピテンシーになっており、社員のグレード別に要件が決まっている。
「1人のカリスマが引っ張る会社ではなく、ビジョンへの共感で組織を作っていく会社」へと方向転換を行ったラクスル。もちろん、ただビジョン・ミッション・バリューを再定義しただけで、大きく会社が変化するなんて期待は幻想だ。ラクスルも新たなビジョン・ミッション・バリューを浸透すべく、最初のステップとして1泊2日の合宿形式でワークショップを実施。
その後も、採用において、スキルのみならず、ビジョンへの共感度を重視する方向に舵を切るなど、全社として新カルチャーを組織に根付かせることにコミットしたのだ。
サイボウズ|「あなたが転職したらいくら?」──市場価値評価
グループウェアの『サイボウズOffice』、ビジネスアプリ作成クラウドソフトの『kintone』などを提供するサイボウズ。同社は、全社として「100人いたら100通りの働き方がある」という新しいワークスタイルの浸透を提唱しており、社会に合った働き方を積極的に模索している企業の1つと言えるだろう。
東証一部上場企業でありながら代表取締役社長の青野氏自身が率先して育児休暇を取得したことも話題となったため、その名を聞いたことがある人もいるのではないのだろうか。
男女に関わらず育児休暇取得の推奨や、リモートワーク、時短勤務がしやすい環境整備とカルチャー作りを進めた結果、同社の離職率は2005年の28%から現在3-5%程度まで改善されている。
そんなサイボウズでは「給与の決定」と「成長サポート」の2つを目標に、メンバーの評価を行っている。
サイボウズでは働き方が非常に多様化しており、在宅勤務はもちろん、フレックスや週4勤務、子連れ出勤制度などのユニークなシステムが多く存在している。一律の基準を全員に当てはめるのは難しく、階級やグレード、一般的な給与モデルも存在しない。
給与は本人の希望と会社からのオファーのバランス、ざっくり言ってしまえば「あなたが転職したらいくら?」という市場価値評価で決まっている。もちろん社員側からの給与交渉も可能だ。
また、働き方が非常に多様化しているサイボウズには、いわゆる「決められた出世コース」のようなモデルケースが存在しない。成長サポートという意味の評価としては、Action5+1と言われる行動指針に基づく目標の達成具合を評価し、一人一人の伸びや今後の課題を明確にするために活用している。
サイボウズでは、給与改定時期に「チームに対してどんな貢献ができるか」「給与に対する希望」「働き方や考慮してほしいこと」など、働く上での希望条件を整理してマネージャーに伝えることができる。
それを見た本部長・人材マネージャーが、ミッションを達成するために必要な人材に「やくわリスト」と呼ばれる社内求人票のようなものを出す。
詳細はリンク先で画像も参照しながらご確認を
業務内容や働き方の希望、想定年収などを希望を出してすり合わせを行い、マッチした社員がそのチームに組み込まれるという仕組みになっているのだ。
他にも、やりたい仕事を考える機会として、他部署の仕事を一定期間お試しで体験できる「大人の体験入部」という制度や、やりたい業務や部署の意思表示ができる「Myキャリ」と呼ばれる制度があったりと、キャリア形成の自由度も非常に高い。
まさに担当を決めて周到な計画を立てる「ウォーターフォール型人事」ではなく、非常にフットワークの軽い「アジャイル型人事」と言える。
freee|「たけのこ力」「マジ価値」。
ユニークな社内用語を多用するワケ
freeeのユニークな評価制度としてご紹介したいのが「インパクトレビュー」と呼ばれる評価手法だ。
freeeでは社員自身の現在地の確認や今後の成長を促すための仕組みとして評価を位置付けており、社員が創出するインパクト(ユーザーや社員に届ける価値の大きさ)を加速度的に高め、個々人の成長を後押しすることを重要視している。
そんなfreeeにおける評価は、「インパクトマイルストーン」(IM)と呼ばれる13段階の評価基準を元に行われる。
例えばM1は「freeeの価値基準や全社のミッションを理解することに積極的であり、高いコミットメントで業務に取り組むことができる」、1段階上がったIM2では「freeeの価値基準を理解し、積極的に自分のチームのミッションの達成に向けて貢献することができる」といった内容で、成長の度合いが言語化されている。
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さらにIMには「インパクト創出力」と「たけのこ力」と呼ばれる2軸の行動指針が含まれている。
「インパクト総出力」は、どれくらいの「マジ価値(ユーザーにとって本日的な価値があると自信を持って言えること)」を、どのようなプロセスで提供できる人材なのかを言語化したもので、影響力の範囲や自立の度合い、周囲への巻き込み力が明示されている。
「たけのこ軸」とは成長し続ける力を表現したもので、学び続ける姿勢や、周囲に積極的にフィードバックする力・受け取る力の指針になっている。
評価は四半期に一度、マネージャーと1on1で振り返りセッションを実施する際に本人へ伝えられる。IMを基準とした直近3ヶ月〜半年の成果や成長についての振り返りと、次の成長に向けたフィードバックが行われる。
フィードバック内容には、一緒に働いた同僚や他のマネージャーからの多角的な視点も含まれており、今後の成長に向けて活用される。
このような評価制度になった背景として、freeeが「ムーブメント型の組織」を目指すという目的があったという。
ムーブメント型の組織とは、ミッション・ビジョンの実現のために、メンバーが自発的にやりたいと感じて、自由に動けるような組織のことを指す。そのためには「信頼」「共感」「成長」の3つの要素が重要になると考えており、その中の「成長」にフォーカスしたレビュー制度を採用するに至ったのだ。
言い換えれば、ムーブメント型の組織だからこそ「決められたことをやれるようになったら評価される」ではなく、「目的に対してどう貢献するか、その貢献度の大きさ」を周囲の声をもとに評価していると言える。
また、既に気づいた方もいるかもしれないが、freeeでは“ユニーク”な社内用語が多用されている。もちろん、ただ“面白いから”からこれらの社内用語を使っているわけではない。
チームの結束やチームカルチャーの醸成につながる社内用語。喜びより苦しみの数の方が多いと言われるスタートアップ/ベンチャーにおいては、こうしたアソビゴコロこそがチームの窮地を救うきっかけになるのかもしれない。
Ubie|新SO制度により、応募者が5倍増
ユニークな評価制度を語る上で、Ubieの存在は欠かせないだろう。Ubieは評価制度として、「業務内容に合わせた組織の文化」「一部の部署に関しては内部評価の制度がない」という非常にユニークな制度を取り入れている。既にご存知の読者も多いだろうことから、ここでは概要のみのご紹介に留めたい。
概要
- 個人評価はしない。評価制度もない
- 等級や役職がない。共同代表の2名以外は全員(前職CTOも外コンパートナーもGoogle統括本部長も)役職なくフラット。「等級が上がる」といった概念もない
- 目標はOKRを運用。当然、OKRの結果は評価に使わない
- 金銭的報酬は、全社の事業進捗と連動
本稿では、ユニークな評価制度からはやや離れるが、Ubieが2023年4月に発表した、新SO制度「U-win」が界隈でも話題となっているため、ご紹介したい。
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新SO制度「U-win」の概要
U-winは、3つの局面でSOを付与できるように設計。
- 入社サインアップSO
U-winを支える一員として、入社決定時に付与するもの。 - 会社成長連動報酬/評価報酬
半期に1回ある昇給イベントで、対象期間中の業績目標達成度か個人の評価に基づいて付与数が決定する。どちらの評価方法になるかは、所属組織によって変動する。 - 組織成長貢献SO
これは会社・事業への貢献度によって付与されるSO。背景には、中長期的な成長を作るのに重要な要素である「人」とSOを連携させようという考えがあり、現在250名全社員が対象となる。
SOの魅力がまだまだ浸透していない日本において、一見相当な運用負荷を承知の上、“従業員フレンドリー”なSO制度を打ち出したUbie。この制度を公開後、応募者がなんと5倍に増加したというから驚きだ。
資金力に乏しいスタートアップにとって、採用力の強化は大きなKPIの一つと言える。そんな中、SOの活用によって人材の力を最大化するUbieの取り組みは、多くのスタートアップの参考になるかもしれない。
今回取り上げた5社は、今でこそ多くの企業のロールモデルとされるほど実力を備えた有名ベンチャーばかりではあるものの、はじめから順風満帆の組織・評価制度を作り込んでいたわけではない。成長に応じて何度も壁にぶち当たり、ミッション・ビジョンに立ち返り、カルチャーを作り込みながら、独自の評価制度を築き上げてきたのだ。組織づくりに苦心されている経営者・組織/人事の担当者の方々はこれらの企業の事例をぜひ一度参考にしてみてはどうだろうか。
こちらの記事は2023年07月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
藤本 摩理
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