レガシー変革に挑むなら、“非合理”すらも尊重せよ。
クロスマート寺田佳史が語る、外食産業の切り拓きかた

インタビュイー
寺田 佳史
  • クロスマート株式会社 代表取締役 

大学卒業後、2007年にサイバーエージェント入社。大手企業とのアライアンス事業の立ち上げ、Facebookコマース事業の立ち上げを経験。2013年にヘルスケアメディア「Doctors Me」を立ち上げ、2017年に事業譲渡。2018年に食品流通のDXを推進するクロスマート株式会社を創業し、代表取締役就任。飲食店と卸売業者をつなぐ受発注プラットフォーム「クロスオーダー受発注」や、オンライン販促機能「クロスオーダー販促」、請求書DX機能「クロスオーダー請求書」を運営。

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25兆円もの市場規模を誇る、外食産業。「外食産業元年」とされる1970年から、約50年が経つ。

この巨大な“レガシー産業”の変革に挑むスタートアップが、クロスマートだ。同社は、既存産業×テクノロジーで新規事業を創出するスタートアップスタジオ・XTechの100%子会社第2号として、2018年7月に設立された。代表取締役・寺田佳史氏は、サイバーエージェントで4つの新規事業を立ち上げ、2017年には「Doctors Me」を事業売却した経験を持つ事業家だ。

寺田氏は、スタートアップがレガシー産業を変革するためには「課題を『課題だ』と指摘せず、産業特有の価値観をリスペクトしなければならない」と語る。創業直後には100人以上の飲食店経営者や卸売業者へヒアリングを行い、現在でも顧客の声を聞くことを最重要視しているという寺田氏が語る、レガシー変革の要諦とは?

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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「仕入れ、大変じゃないですか?」相手の悩みからポイントを引き起こす

寺田氏はスタートアップによるレガシー変革のポイントを、こう表現した。「ITのプロフェッショナル目線でサービスを作ったら、失敗してしまう」。

寺田レガシー産業に挑む場合、ITのプロフェッショナル目線でサービス開発を行うと、独りよがりになってしまうんです。合理性に基づいた当たり前の意思決定が、かえって良くない結果を招く。

たとえば、メインユーザーの年齢層が高ければ、冗長に見えてしまうとしても、あえてフォントサイズを大きくし、余白を広くすることが必要になる。徹底して顧客目線に立つべきなんです。

顧客目線を獲得するため、寺田氏は「実際に声を聞くこと」を重視する。クロスマートは、仕入先の見直しやコスト削減を目指す飲食店と、新しい取引先店舗を開拓したい卸売業者をつなぎ、双方の業務を効率化するプラットフォームだ。

飲食店は、1ヶ月分の仕入れに対する請求書をスマートフォンで撮影し、クロスマート上にアップロード。卸売業者は、飲食店がアップロードした請求書の内容を確認し、仕入れをより安価に行うための提案を行うことで、新規顧客の獲得に活かせる。飲食店側も、提案を比較することで、最適な価格での仕入が可能となる。

寺田お客さまがサービスを利用している様子を、隣で見せてもらうことも少なくありません。たとえば、飲食店の従業員の方がスマートフォンでクロスマートを操作する際の指の動きを観察し、迷っているポイントを確認しています。

もともと、寺田氏をはじめ、親会社のXTechにも、外食産業の経験があるメンバーはいなかった。寺田氏はまず、産業に精通するブレインを中心としたチーム作りを実施。グルメサイトの元取締役、飲食店を数十店舗経営していたオーナーなど5名を顧問に招聘。リアルな課題を知るべく、100人以上の飲食店経営者や卸売業者にヒアリングも行った。

寺田良質なインプットを得るためのポイントは、友達になることです。飲食店の方が一番喜ぶのは、お店へ食べに来てくれることです。「美味しいですね」と雑談し、できるだけ自己開示をして打ち解けたうえで、課題感を教えてもらっていました。

ヒアリングで学んだのは、外食産業には「義理」を重視する人が多いこと。合理性より、感情や人付き合いが重んじられる。一方で、義理人情を尊び、助け合う互助の仕組みがこれまでの飲食業界を支え、発展に貢献してきたことは間違いない。大切なのは、その慣習を「非合理だ」と否定せず、尊重することだ。

株式会社クロスマート 代表取締役・寺田佳史

寺田課題を「課題だ」と指摘してはいけません。「仕入れ、大変じゃないですか?」と寄り添い、相手の言葉で悩んでいるポイントを話してもらうことで初めて、自分たちのサービスの良さを顧客視点で理解してもらえるんです。

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仕入れ値は高騰、発注もアナログ。7兆円市場「食材調達」の課題

クロスマートが取り組む食材の「調達」は、外食産業市場25兆円の約30%、7兆円のマーケットサイズを誇る。しかし、以前にFastGrowでもインタビューを行った飲食店向け予約・顧客台帳サービス「トレタ」をはじめ、さまざまなサービスが生まれている「集客」や「予約管理」に比べ、効率化が進んでいないという。

飲食店は、食材ごとに卸売業者から仕入れており、平均すると約10社と取引している。国内には約7万社の卸売業者があるが、飲食店は卸売価格などの情報を持っていないため、基本的には同一の業者としか取引を行わない。他の業者から提案を受ける機会もないため、結果として「より安価に購入できる食材を、高く買ってしまっている」ケースも少なくないという。

大規模なチェーン店はバイヤーが最適な調達手段を選択し、食材を安く仕入れているが、店長が自ら調達を行う中小規模の飲食店で顕著に見られる。

寺田飲食店の協力を得て、「他社に見積もりを依頼した場合、どれくらいの確率で従来の仕入れ価格より安い見積もりを得られるのか?」を調査をしてみました──結果は100%でした。逆に言えば、他社に見積もりを依頼するだけで、仕入れのコストを抑えられる可能性が高いということです。

一方で、卸売業者も課題を抱えている。1社につき、平均で100店舗の飲食店との取引があり、発注はいまだFAXや電話でのケースが多い。毎日100通を超える注文内容をすべて手作業で入力し、積極的に飲食店への提案を行う慣習もないため、販路を拡大する機会にも恵まれないという。

まだまだ伸び代が大きい食材調達マーケットを変革すべく、クロスマートは立ち上げられたのだ。

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レガシー変革には「資金力」と「強い経営チーム」が不可欠

前職のサイバーエージェントでは、4つの事業を立ち上げた経験を持つ寺田氏。事業の目的は、常に「社会課題を解決すること」だった。クロスマートも同じ想いで取り組んでいる。

寺田テクノロジーの力で、社会課題を解決したい。だから、市場規模が巨大で、社会への影響力も強いレガシー産業の変革に取り組むんです。

強い想いを胸に、2018年5月、XTechにジョインした。「起業する選択肢もあった」と振り返るが、なぜスタートアップスタジオを選択したのだろうか。

寺田既存産業を変えるためには、資金力と、強い経営チームが必要になると思ったんです。自己資金では限界がありますし、資金を調達するにしても時間がかかる。また、僕も経営経験が豊富なわけではない。

一気に産業へ斬り込んでいくためには、XTechグループの持つ資金力や、西條さん(XTech株式会社 代表取締役CEO、XTech Ventures株式会社 共同創業者ジェネラルパートナー)の経営力が必要だと考えました。

ジョイン後は、複数のレガシー産業に目を付け、事業案を練った。外食産業における調達マーケットに照準を合わせた理由は、2つあるという。

まず、「切り込んでいくチャンスが大きい」と感じたこと。調達市場は、企業間のさまざまな商取引を効率化するBtoBプラットフォームを展開するインフォマート一強の状態。しかし、インフォマートの利用顧客は、大手飲食チェーンと大手卸売業者が多いそうだ。小規模な飲食店や卸売業者への導入はまだまだ進んでおらず、参入余地が残されている。

そしてもう1つは、きわめてシンプルな理由だ。

寺田単純に、ワクワクしたんです。巨大な産業に戦いを挑み、生産性を上げていくチャレンジ。やりがいがありますよね。自分の使命だと感じたので、挑戦を決めました。

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外食産業の“黒子”になりたい。クロスマートの「次の一手」

巨大なレガシー産業を変える道のりは、決して平坦ではないはずだ。考えられる脅威のひとつとして、大資本の参入が挙げられる。寺田氏はそのリスクについて、どのように捉えているのだろうか。

寺田競合は大歓迎です。パートナーとして手を組み、一緒に外食産業を盛り上げていきたい。スタートアップが単独で小さく事業を行っているだけでは、産業はなかなか変わりませんから。

自社よりも産業の未来を見据える寺田氏が、次に挑むのは受発注の効率化だ。「産業の課題を解決するためには、発注者と受注者をマッチングさせるだけでは不十分」と意気込む。第一歩として、2019年11月19日、野菜・果物などの青果物に特化した受発注サービス「クロスオーダー」の提供を開始。将来的には、外食産業のインフラを目指すという。

寺田目立つ存在にはならなくてもいいから、外食産業に役立つ黒子でありたい。飲食店の日々の仕入れや、受発注を便利にするため、使って当たり前」のサービスにしていきたいんです。3月には、アッと驚くような新機能も提供予定です。

昨今、スタートアップがレガシー産業の構造改革に挑むケースが増えている。

「テクノロジーの力で産業を変える」と喧伝するスタートアップは多いが、寺田氏の言葉は「技術は、過去を否定するためのものではない」と教えてくれる。テクノロジーは、産業の“先客”と理解し合い、共に変革していくために用いられるべきなのだ。

先人たちが培ってきた英知と、新参者たちが持つテクノロジーの力が掛け合わされてはじめて、産業変革は進みはじめる。

こちらの記事は2020年01月16日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

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藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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寺田 佳史
  • クロスマート株式会社 代表取締役 
公開日2022/05/31

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