連載PdM特集
必要なのはスキルよりも“愛”。
タベリー矢本氏が説くPM論
ここ数年、さまざまなシーンで聞かれるようになったプロダクトマネージャーという役割。
しかし、企業によって仕事内容や考え方は違うため、次のキャリアステップとして描けている人は必ずしも多くないかもしれない。そこで、各社のPMの仕事や思考について3回の連載でお伝えする。
最終回となる今回は、10秒で作成できる献立アプリ「タベリー」を運営する株式会社10X社長の矢本真丈氏にインタビュー。矢本氏がタベリーにたどり着いた背景や、プロダクトの作り方、PMとして成長するために適した環境などについて伺った。
- TEXT BY TOMOMI TAMURA
- PHOTO BY DAISUKE OKAMURA
元GoogleのPM、河合さんとの出会い
まずは、矢本さんのこれまでのご経歴を教えてください。
矢本僕は東北大学と大学院時代はアメリカンフットボールに明け暮れていて、将来はコーチとして生計を立てたいと考えていました。そんなさなか、東日本大震災が発生。すぐに地元の復興支援のボランティアを始めましたが、だんだんと自分の無力さに虚しくなったんです。
と言いますと?
矢本大企業が物資や資金、人材を提供してインパクトのある支援を進める一方で、現地にいる自分はお手伝い程度のことしかできない。震災や災害時、企業の経営者は、こんなにも大きな影響を与えられるんだと痛感しました。だから、将来はコーチになるのではなく、経営者になることを目指して就職活動を始めました。
新卒で入社したのは総合商社です。配属されたのは、カザフスタンの資源投資ビジネスの立ち上げ。ただ、仕事に手触り感がなかったんですね。津波を経験したことで「いつ死ぬかわからない」という思いを持っていた僕は、商社の仕事をこのまま続けて、もし明日死んだら後悔すると思うようになりました。
矢本自分にとって手触り感があり、かつ経営の意思決定に近い仕事ができる場所はどこか。探した結果、東北の復興支援チームとして立ち上がっていた一般社団法人RCFに転職しました。
このときに出会ったのが、GoogleでGoogleマップのPMをしていた河合敬一さん(現:ナイアンティック社、ポケモンGOのPM)です。彼をキーマンとしてGoogle 社からファンドレイズし、東北のビジネス復興支援を行う「イノベーション東北」のプロジェクトを立ち上げました。プロジェクトを進めるにあたり、僕はGoogle社内に席を用意してもらって河合さんと一緒に仕事をする機会を得ました。
ここで、新しいプロジェクトの立ち上げ方と進め方を目の前で見られたことが、仕事の進め方の基礎になったと思います。
たとえば、原発事故後に帰還できなくなっていた福島県の浪江町でストリートビューを撮影して世界に公開したときのこと。これは当然誰もやったことがない、難易度の高いプロジェクトです。Google の社内調整はもちろんのこと、福島県庁や国との折衝、浪江町の方へのヒアリング、実装の仕様策定など、火中に自ら手を突っ込んでプロジェクトを進める河合さんのスタイルは、自分のPMとしてのスタイルのベースになりました。
その後、子供服・ベビー服のモバイルEC「スマービー」の創業に関わり、ここで初めてプロダクトをゼロから生み出すPMを経験しました。実際にやりながら、「河合さんがやっていたことはこういうことだったのか」と再咀嚼できたのはよかったです。
育児休暇で感じた、大きな課題
矢本スマービーがストライプインターナショナルに買収されたタイミングで、僕はメルカリに入社しました。プロダクトをつくるにあたり、「いいプロダクトを作るにはいいチームが必要」と痛感したため、日本有数のチームがあるメルカリでチャレンジしてみたいと思ったのです。
メルカリでは、PMとしてというよりも、プロダクトファーストな経営者がどのような振る舞いをしているのかを学ばせてもらったと思います。
メルカリには「チケット」と「ドキュメント」の文化が根づいており、プロダクト開発のみならず、会社のあらゆる情報がテキストとして蓄積され、誰でもアクセスできます。僕は、4万枚以上のチケットすべてに目を通し、創業期の話を聞くにつれ、「良いプロダクトをつくるには創業者のALL GRIPが重要だ」と確信を得ました。
プロダクトを良くすることに妥協せず、デザインに細かい指摘をしたり、プッシュ通知の文言にまで目を光らすのは当然のこと。さらに描くスケールに必要なお金や人材、組織をデザインし、創業者自ら力で集めたからこそ、メルカリはあれだけのプロダクト、そしてチームができた。
プロダクトのつくり方に、そこまで大きな違いを感じなかったものの、プロダクトに関わる人・モノ・金・情報の流れ全てをデザインし、集め、実現する力に大きな違いがあることを認識できました。
その後、10Xの創業にはどのようにつながったのでしょうか。
矢本メルカリで30日間の育児休暇を取ったときに、「考える家事」こそが大変だ、ということに気づきました。たとえば洗濯や掃除といった、ルーティンで完了できる作業は僕にとって大した負荷ではない。でも、毎食献立を考える意思決定、買うべき食材を決める意思決定は、忙しい子育て家庭にとって大きな負担が存在すると感じました。
ただ、これは僕の家庭だけの問題かもしれません。そこで、簡単なプロダクトを作って検証したところ、潜在的なニーズがあるとわかったのです。仮にこの、1日3食、365日の献立を考えて買い物に行くという意思決定が多くの家庭で潜在的な課題になっているのなら、大きなマーケットになる。
そこで、メルカリで出会ったエンジニアの石川洋資と株式会社10Xを起業し、献立を提案するアプリ「タベリー」の開発に着手しました。
大切なのは、本当のユーザーニーズはどこにあるかを探ること
矢本さんのプロダクトの作り方について教えてください。
矢本プロダクトを作るにあたっては今も昔も変わらず、やらないことが明確です。
たとえば、「あのアプリのこの機能がいいから開発者に聞いてみよう」「このデザインがいいから真似しよう」などは一切やりません。「Issueは何か」「どれくらい重要度の高いIssueなのか」を問うことから始めます。
なぜ必要なのかが言語化でき、そのうえで数値による根拠があるものや、仮説が事前に用意できるものに対して施策を実施する、というのは基本かもしれません。仮説があると、たとえ結果の効果が薄くても必ず学びになるんですね。
言語化するにあたって実施するのは、データ分析とユーザーインタビュー、ユーザビリティテストの3つ。
データ分析は、「このページで離脱している人が多い」など、“今提供しているプロダクト”のどこに問題があるかの可視化に有益です。しかし、数値は「問題の場所」を理解するのは得意でも、この画面でユーザーはどんな心理に至り、結果としてなぜ離脱したのか、といった「問題の理由」を特定するのは難しい。だから併せてユーザビリティテストとユーザーインタビューがとても重要になります。
ユーザビリティテストでは、アプリを使っているときの表情や行動を観察します。あのボタンを押さなかったな、ここで迷っていたな、などユーザーの行動を徹底的に見る。実際の行動からその理由を探っていきます。
矢本ユーザーインタビューは、逆にプロダクトのことを一切聞かず、対象の「生活」を知るために実施します。たとえば「ご飯は週に何回作っていますか」「お子さんは何時にお迎えに行きますか」など、人の日々の生活様式をヒアリングして理解します。たとえサンプルが小さくても、人の持つ課題がどこにあるのか、クリアに考えられるようになるのです。
たとえば、先日は沖縄に行って、沖縄の人にインタビューをしました。コストをかけて沖縄に行ったのは前提の理解のため。東京と沖縄では平均年収が倍近く違うし、スーパーに並ぶ食材も食文化も違います。しかしアタマでわかっていても現地が実際にどうなのか、行動にどういう影響があるのかという地域特性は、行ってみないとわかりません。
たとえば、沖縄でゴーヤが安いシーズンに、北海道で同じレシピを提案しても、スーパーにゴーヤが並んでいない可能性が高いですよね。「献立と食材の買い出し」には、地域特性があるので提供するものは変える必要があるのです。
さらに言えば、ご飯を作るという行動はライフスタイルでも変わります。一人暮らしをしているときはほとんど自炊しなかった人でも、結婚したり子どもができたり、子どもが自立して夫婦二人生活になったりと、人軸を見るだけでも献立や作る量、頻度は変わるでしょう。
あらゆる献立に対する意思決定をサポートするということですね。
矢本そうですね。ただ、ここで間違えてはいけないのは、人は献立を作りたくて作っているわけではないということ。献立をつくる裏にあるのは、節約をしたい、健康になりたい、家族の栄養管理をしたいなどのより本質的な欲求です。
現状この欲求を満たす手段は豊富なわけではなく、たとえば100円で完璧な栄養が取れるうえに、とても美味しくて全く飽きないサプリ、などが実現しない限り、解決は難しい。ゆえに「ご飯をつくる」行為自体が、これだけ習慣として残り続けているのだと考えています。
「ご飯を作る」習慣が、今後もしばらく成立し続けるという前提で、毎回考えなければいけない献立という意思決定を簡単にしたい。自分でメニューを検索して決めるのではなく、自分にフィットした献立を提案される、考えずに済む仕組みを作って、意思決定をサポートしたい。これが、タベリーのコンセプトです。
動画を再生するには、videoタグをサポートしたブラウザが必要です。
答えはユーザーの行動にある
プロダクトを作るにあたって、本など外部からの勉強法はありますか?
矢本PMとして、最新のサービスを触ってトレンドをキャッチアップしたり、記事を読んで手法を学んだりしますが、これらは特別なことではないと思います。逆に「プロダクトを開発・運営すること」から学ぶことが多いですね。
たとえばタベリーは、アプリをインストール後に、「はじめる」ボタンをタップせずに離脱する人が一定数存在するのですが、他の成功事例や本で読んだ手法では、それを解決できません。自分たちの課題は自分たちでしか解決方法を導けないと思うのです。こういったイシューに向き合って学べることは、外部の情報と比較しても圧倒的に「濃い」と思っています。
PMに必要なのは、スキルよりも情熱
最後に、現PMやこれからPMのキャリアを積もうと考える方へのメッセージと、今後の目標について聞かせてください。
矢本PMとして今あるサービスを伸ばすよりも、今は誰も気づいていない負をみつけ、それを解決するプロダクトにチャレンジする方が、圧倒的に成長できると思います。
10Xも、社会の問題はどこにあるかを見つけて解決する、0→1に挑戦している組織で、タベリーはその1回目のスイングにすぎません。「献立を考えるという家事は負担が多い」「10倍良いソリューションがあれば、なくなっていいはずだ」と課題を設定し、それをプロダクトで具現化させ、成功させる。ダメならきちんと撤退の意思決定をする。PMの仕事はそこまでがセットだと思うんですね。
PMの役割や必要なスキルは、会社やチームによって全然違います。10Xであれば、僕以外のメンバーは全員エンジニアなので、僕は社長業に加えてPMとして、デザインや顧客開発を含むエンジニアリング以外のプロダクトに関する全ての仕事をやります。逆に、あらゆる職種が揃っている会社なら、PMは調整力や巻き込み力のほうが重要かもしれません。
ただ、いずれにしても机に向かって勉強するよりも、人に関心を持ち、プロダクトで課題を解決することに情熱を燃やせるかどうかが、非常に重要だと思うのです。僕がプロダクトを作り始めたのはたった3年前で、スキルはなかったけれど、「創ることそのもの」と「ユーザー」への愛があった(笑)。
誰かの目の前にポンと置いたとき「欲しかったのはこれだ!」を言われるものを作りたい。その情熱が強いんです。僕は、「あらゆるスキルは本人の意志さえあればキャッチアップできるはず」と考えているので、思いが強ければPMとして活躍できる人は必ずいると思います。
もし、第一歩を迷うとしたら、僕がかつて河合さんから学んだように、「この人だ」と思える人と徒弟関係を結ぶと良いかもしれません。実践に勝るものはないと思いますよ。
10Xという会社も、タベリーも、まだまだこれからです。これまである程度のスピードで学びを積み上げてきましたが、不確実性を見定めながら、今まで以上にスピードを上げてトライをしなくてはいけない。ただ、どれだけ時間がかかったとしても、多くの人に届き、習慣を支えるようなプロダクトを生み出せるまで、走り続けたいと思っています。
おすすめの関連記事
マーケットで「30年」戦う覚悟を、組織にどう浸透させるか。気鋭の起業家たちが語る、戦略と噛み合ったカルチャー醸成法
商品開発のあり方や、購買体験をアップデートする──10年後、10Xの『Stailer』が社会にもたらすインパクトとは
- 株式会社10X Co-Founder, 代表取締役CEO
一流のBizDevになりたくば、ひたすら書いて言語化せよ!──10X矢本氏・ラクスルPdM陣と考える、BizDevキャリアに必須の能力とは
- 株式会社10X Co-Founder, 代表取締役CEO
「BizDev=何でも屋」と考えるようではド三流。スキル定義を諦めず、理想を追い求めるモノグサ竹内と10X矢本の熱い議論から、BizDevの本質を探る
- モノグサ株式会社 代表取締役 CEO
「エンプラ事業のセールス、相当アツいです」──人材育成とポートフォリオ戦略に強いRAKSULが放つ、セールスキャリアの拡張
- ラクスル株式会社 執行役員 / ラクスル事業本部 Marketing&Business Supply統括部 統括部長
「広告の限界、感じてませんか?」──電通、Amazon出身者らが集ういつも.の“EC×事業プロデュース”にみる、マーケ人材のネクストキャリア
- 株式会社いつも 上席執行役員 事業推進本部長
「支社 = チャンスがない」は誤解──全社表彰を連発する電通総研の中部・豊田支社。秘訣は“立地”と“組織構造”にあり
- 株式会社電通総研 製造ソリューション事業部 製造営業第5ユニット 豊田営業部