「目新しいだけでは売れない」
日本初ビジネスモデルへの覚悟──ANDART2年目の泥臭すぎる挑戦から学ぶ

インタビュイー
松園 詩織
  • 株式会社ANDART 代表取締役 

株式会社サイバーエージェントへ入社後、新規事業責任者として様々な大手企業のデジタルマーケティングに従事。2016年、東京ガールズコレクション運営 WTOKYO 入社し、社長室として大手企業、行政、国連との取り組みなど多岐にわたり担当。2018年には、株式会社ANDARTを設立。

市川 真理子
  • 株式会社ANDART プロダクト責任者 

株式会社サイバーエージェント入社後、WEB専業広告代理部門にてアプリプロモーションに従事。2016年、統合デジタルマーケティング企業入社し、シニアストラテジストとしてマーケティング戦略の構築及び実行に従事。スタートアップ企業を担当し、プロモーション支援からCRM施策まで一気通貫の統合マーケティングを担当。全社MVPを二度受賞する。2020年、株式会社ANDART入社。事業開発とマーケティングを担当。

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情報がほとんど外部に出ない。

展示でも“値札”がついていることの方が珍しい。

にもかかわらず、数日間連続で数億円の取引が続いたり、1日で数十億円が動くこともある。

購入者の多くは、リピーター。その一部の熱量の高いコレクターが、市場を動かす。

どれを挙げても、特異な市場──それが、アート市場だ。

「アートとビジネスの両立は難しい。だからこそ、アウトサイダーの私たちが、そこをつなげることに価値があるんじゃないか」

サイバーエージェントを経て、アート作品の共同保有プラットフォームANDARTを創業した代表の松園詩織氏は、自社事業の価値をこう語る。

外からは見えず、要素だけを切り取ると「果たしてスタートアップに勝ち筋があるのか?」とも思えるこのアート市場は、一体どのようなものなのか。松園氏と、事業開発に取り組むプロダクト責任者市川真理子氏に伺った。

  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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アートは人間の原初的な欲求に近い

ANDART(アンドアート)」は、アート作品を複数人で共同保有できる会員権(オーナー権)のプラットフォームだ。2019年にリリースされ、投資家の布陣が強固であることなどからも注目を集めた。

提供:株式会社ANDART

ANDARTでは、1万円から小口化されたアート作品のオーナー権の購入を通じた作品保有が可能になっている。アート作品には、個人では手が届きづらい高額の作品や家には飾りにくい大型作品なども存在する。

こうしたアート作品との関わり方は、美術館などでの展示会に足を運ぶ選択肢しかこれまでにはなかったが、ANDARTは関わり方の選択肢を広げている。

取り扱っているのは、国内外の販売実績を分析し、独自の審査基準を満たした作品のみ。プロフェッショナルの助言も受けながら、国内外のギャラリーやコレクターから出品されたものばかりだという。アート作品のオーナー権を持つと、特別展示会への招待や公共展示時のオーナー名表記など保有枠数ごとに設定された優待が受けられる。

「シェアリング」はインターネットの普及によって価値が見直された行為のひとつだ。共同購入のような仕組みや、クラウドファンディングのようにユーザーが共同で何かの活動を支援するためのプラットフォームも生まれてきた。ANDARTは、インターネットによってシェアリングの概念を活かし敷居を下げながら、アート領域で新たな体験を生み出そうとしているサービスといえる。

ANDARTの創業メンバーは、前職でサイバーエージェント子会社のCyberZで働いていた。その経歴を考えれば、インターネット的な価値観を反映したサービスを立ち上げていることも納得だ。だが、そもそもなぜ門外漢であるアートの領域を選んだのだろうか。

株式会社ANDART 代表取締役松園詩織氏

松園クリエイティブなものが見たい、創りたいという気持ちは、人間の本能に近いと考えています。人がなにかを創造する文化は紀元前から存在する。アートを通して生まれる創り手と受け手の感性の交換そのものは絶えることない人間の本能であり、世界共通の欲求だと考えています。

また、大量生産が当たり前となり、あらゆるもののコモディティ化が進む時代。そんな時代のなか、人間から生まれる限りある“表現”の価値は上がっているのではないか。アートが持つ希少性に人は惹かれるのではないか。そういった考えから、アートに可能性を感じています。

人が根源的にアートに惹かれているというのは、数字からも見てとれる。美術展・美術館の来場者数は日本は世界でもトップクラスだという。毎年、何千万人もの人々がアート作品を見に訪れる。だが、アートは日常のものではなく、関わり方は限定されているという面で、生活者との距離がある。松園氏はここに目をつけた。

松園これまで、アートと生活者の関係は、主に美術館や展示会場での“鑑賞”か、富裕層を中心とした“購入”に限定され、選択肢が少ないと思っていました。展示会を見に行くけれど、買うのは難しい人がほとんどではないかと思います。

「見る」と「買う」では、作品との関与度が違うんですよね。金額に関わらず作品を買ったり、アーティストとコミュニケーションをとるなど、インパクトの強い接点を持つと、さらにアートに惹き込まれます。鑑賞以外の接点がないと、アートにさらに関わろうとする人は生まれないと考えました。

「接点が少ないと、アートが神格化されてしまうと思うんですよね」と松園氏は語る。自分はアートに詳しいと胸を張って言える人は多くない。アートに対する敷居が高くなってしまっている。アートとの接点を広げ、よりカジュアルに関われるようにできれば、ビジネスとして成立する可能性がある。それがANDARTがアート領域で起業したきっかけだった。

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信頼関係のある仲間と、クラシカルな業界に挑む

起業において創業期の仲間集めも大事なファクターだ。アートという接点を持ちにくい、歴史の長い業界にスタートアップとして関わっていこうとするのであれば、なおさら仲間の存在は重要になる。

ANDARTは、元同僚などインターネット業界の面々でチームをつくり、あえてアート業界の外からアプローチを始めた。創業者の二人から声をかけられ、創業期のスタートアップにジョインした市川氏は意思決定の背景をこう語る。

市川私は新卒でサイバーエージェントに入社し、ANDARTの創業メンバーは当時の同僚です。その後別の会社で働いていたのですが、ある日代表の松園から突然電話がかかってきて、ANDARTに誘われました。

社会人6年目になり、徐々に役割が増えていく中、ベンチャーに入って大きな責任を背負って事業を運営していくというのは魅力的でした。これまでの経験を生かして、代表が感じた「アートに対する可能性」を事業に落とし込み、もっと世間に広げたいと思いました。

スタートアップは問題の連続だ。アップダウンが続き、休まる日はほとんどない。その中で仲間として一緒に事業を立ち上げていくメンバーの存在は大きい。苦難をうまく乗り越えられず、喧嘩別れになるケースもよくある。

松園目の前の仕事に対して、どれだけ意見が別れても、大げんかしても、人としての愛情や信頼関係がある人と創業期は一緒に働いたほうがいいと思っていました。スキルだけではない人間関係が大切だなって。それで市川を誘いました。

「まじでつらい、どうしよう」といった弱音も含めて共に働いたこともある絆の強いメンバーで、アートというクラシカルな業界に乗り込んだ。マーケットのポテンシャルはある。まずは、業界の特殊性を把握するところから始まった。

市川アート業界が特殊なところは、とにかく情報が出て来づらい点ですね。アーティストが個展や展覧会を開く際、アートファンやアート業界の人にしか情報が行き渡らない。

アーティスト自身も積極的にメディア露出しない場合も多く、情報が可視化されていないという業界課題があります。だから、接点が少ないし、アートを楽しむための受け手への教育も足りていません。

また、アート業界はアナログな面も目立ちます。例えば、高額作品を取り扱っているのに、書面でのやりとりや、口頭でのコミュニケーションが多い。ここをインターネットで最適化したり、スケールさせることができるのではと考えていました。

株式会社ANDART プロダクト責任者 市川真理子氏

不思議と、様々な変化は同時多発的に起こる。ブロックチェーンを活用したアート関連のサービスが登場するなど、アートにインターネットの波が来るのも同時に起きた。動き始め、事例が生まれると、人々の理解は進む。

2018年前後、クローズドだったアート業界で起業する人が増え、プレイヤーが増えた結果、新しいことへの抵抗も下がり、交渉もしやすくなっていった。

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徹底的にアートの敷居を下げ、体験を身近なものに塗り替える

追い風が吹き始めるなか、アート業界で挑戦を始めたANDARTのチームは、業界課題のヒアリングから始めた。業界外からアートに飛び込んだANDARTにとって、まず必要なのは土地勘の醸成だ。

松園アート業界の人たちへのヒアリングを重ねていきました。そのなかで、高額アート作品を知人同士で複数人で買うことへのニーズや事例が、既に存在しているとわかりました。ただ、その体験をオンラインサービスに落とし込めるプレイヤーがアート業界にはいなかった。

ユーザーニーズは発見できたので、これをエンドユーザー向けのサービスとして設計し、マスに届くものにできれば大きな経済圏を構築できると考えました。

人はまったく新しい体験に馴染むことは難しい。なにか既存の体験をより便利に、より付加価値の高いものにしていくアプローチはユーザーのニーズをつかみやすい。ANDARTが照準を定めた共同保有という体験も、存在する体験のアップデートだった。

松園ANDARTプラットフォームがリリースされる以前の個人間での共同購入においては、作品の保管場所や作品を手放すタイミングで意見が割れるなど、課題も多かったようです。

たとえば、Aさんは高値で売ろうとし、Bさんは思い入れがあるから売りたくないとなったとき、交渉が面倒になってしまう。ここに、プラットフォームとしての介在意義があると思います。

また、より多くの人とシェアすることによって、少額からでも大きな規模で複数作品とのアクセス権がつくれると思いました。

会員権を共同で購入することで、気軽にアートコレクションを始められる。これによって、もともと考えていた「アートを身近にする」という目的に沿うサービスが生まれた。だが、ANDARTはここからさらにアートへの敷居を下げようと取り組んでいる。

市川ANDARTでは、とにかくアートと接するハードルを下げることを大切にしています。アートの情報は知ることも難しいですし、アーティストのことを知ろうと思っても、情報がどこに存在するのかがわからない。

誰にでも開かれたオンラインの世界で、一級作品といわれるような魅力的なアート作品を持つ機会や、アートコレクターの体験を再現して提供していくことがANDARTの価値なんです。

会員権を得ると、作品やアーティストの情報や鑑賞機会が自然と流れてくる状態をつくるんです。さらには、クローズドなオーナー限定アートビューイングイベントも予定していて、そこに参加すると共同保有中の作品を実際に鑑賞できます。

2020年末頃開催予定のイベントでは、実際にアーティストに登壇頂き、作品を説明してくれるような機会をつくる予定です。

提供:株式会社ANDART

会員権の購入は、アートを身近にするための入口に過ぎない。ANDARTを通じて、アートを共同購入すると、その先に様々なアートを体験するための機会に触れられるようになっている。こうした積み重ねが、アートの敷居を下げていく。

市川ANDARTプラットフォームの軸はアート作品の小口化ですが「1枠1万円から」という価格設定によりまず購入ハードルを下げることを意識しています。これにより「アートって高そう」というイメージから「手に届かないものはシェアすればいい」という選択肢のアップデートを目指しています。

また、買い手の立場となり「欲しい情報」をフラットになるべく多く提供することにも注力しています。リアルな場では、例えばギャラリーに入ってもわかりやすい価格表記などはほとんどされておらず、ピュアに目の前の作品と対峙し選ぶ力が問われます。しかしこれは、作品を見て選ぶことに不慣れな上に情報も持ち合わせていないアートビギナーにとって、不安要因にもなります。

そういった現状に対し、ANDARTでは金額表記はもちろん、アーティスト情報、作品情報、作品価格の裏付けとして参考となる市場相場のデータや、アーティストにまつわるニュースや企業とのコラボの過去の話題など、あらゆる情報を網羅的に公開しています。

「わからない」と諦められがちなアートだからこそ、直観と情報の両軸で選ぶ楽しさも体験してもらいたい。これは、オンラインかつ元々普通の生活者であった私たちだからこそ率先して実行していることかもしれません。

これまでは一部の人しかアクセス方法を知らなかった情報もオープンにすることによって、ANDARTはユーザーの敷居を下げ、アートの価値を可視化しようとしている。ただ、情報の非対称性をなくすためには、まず自分たちが乗り越えなければならない情報格差があった。

松園「見る」「知る」のハードルを一般的に下げるためにはまず私たちがアートについての情報を仕入れ、蓄積していかなければならない。

アート業界では日常的な会話の中で「あのアーティストがこういう作品を作ったらしい」「コレクターのあの人がこのアーティストに着目していて、これからブームが来そう」といった重要な生の情報が入ってくる。

これはアカデミックな歴史的文脈だけでなく、最新のよりリアルな嗅覚を持つということなので、特に最初は苦労もしました。もちろん今でもまだまだですが、少なくとも作品のセレクトにおいて独自の価値観が形成できるようにはなってきました。

サービスの立ち上げ前は、まず数少ない応援者を見つけて、身一つで海外の大きなアートフェアに参加してみたり、アートコレクターと愚直に関係性を築いていったんです。

そうして業界のひとたちに覚えてもらうこと、理解してもらうこと、少しずつ信頼を築くこと。するとその先でいい情報や作品が集まり、それを見た人の中からまた協力してくれる方が増えてくる。この循環を創るまでの苦労が、今思うと一番の参入障壁だったなと。

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シンプルに、シンプルに考えて共通言語を見つける

様々なハードルを乗り越えてきたANDARTは、サービスリリースから約1年が経過した。現在、ユーザーにはリピーターが多く、コアなファンも生まれているという。

市川1〜2ヶ月に1回のペースで新作を取り扱うようにしているのですが、最近はリピーターの方が増えています。なかには、全部の作品を買ってくださるコアなファンの方もいらっしゃいます。ありがたいことに、リピーターやコアなファンユーザーに恵まれていますね。

アートの市場規模は約2600億円。この数字は一部のコレクターや熱狂した人々によって支えられている。1日で約3億円の取引が行われることもあれば、国内のアートフェアでは4日間で約30億円が動く。購入者数は多くないニッチな市場だが、ニッチな人々のロイヤリティが高い領域だ。アートにお金を投じる人々の数を広げていくことが、ANDARTのビジネスの成長にもつながる。

松園サービスをリリースして1年。「日本で初めてのビジネスモデルだ」といった目新しさがなくなってくる段階です。これからは地道なUI/UXの改善や、ユーザーとの対話を深めていくなどの地道なマーケティングも含めて活動が必要になってくるでしょう。

みんなが知っているものを買うのと、みんなが知らないものを買うのは違います。知らないものを買うのは難しい。泥臭くアートの価値を伝えていかなければなりません。

こうした試行錯誤は、新規事業に取り組む人が皆やらないといけないこと。全くの新規の市場に参入する場合は暗中模索が当たり前。ユーザーの声を拾いながら、一人ひとりに価値を伝えていくという過程が大事です。あまり戦略的な話ではありませんが、絶対にやるべきだと思いますね。

「アート業界ができていなかったことを10倍の速度と量でやる」──松園氏は力強く語る。それだけのバイタリティで挑戦し、事業をどう成長させていきたいと考えているのだろうか。

松園短期的には、お出かけとして美術館へ足を運ぶような20〜30代の人々のアートとの関わりを鑑賞から一歩踏み込んだものにしたいですね。会員登録後にメルマガを購読してもらったり、定期的にアートの情報を発信したり、様々なトライを重ねています。

長期的には、誰もがアートを趣味にできるような世界にしたい。海外だったら、お金持ちに限らず、日常的にアートにお金を払う文化がある。ファッションや読書のように、アートが趣味やエンターテイメントの一つとなるよう広げていきたいですね。

日本において、アートをスタンダードにする。そのために、業界の中でも先駆的な取り組みを仕掛ける一方で、人々に価値が伝わるように泥臭くコミュニケーションを重ねていく。その根本にあるのは、人とアートをつなげたいという思いだ。

市川シンプルにやりたいことを考えると、人とアートをつなげたい。共同保有というスキームを使うことで一見複雑そうにみえますがシンプルにシンプルに……と考えることで、人々が持つクリエイティブなものに対する欲求を満たしていくことを大事にしているんです。

こちらの記事は2020年06月26日に公開しており、
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藤田 慎一郎

編集

小山 和之

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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