100年続く“構造的暴力”を変革。マッキンゼー出身者が立ち上げたキャディは、「マッチングシステム」で180兆円市場に挑む

インタビュイー
加藤 勇志郎

東京大学経済学部卒業後、外資系コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。同社マネージャーとして、日本・中国・アメリカ・オランダなどグローバルで、製造業メーカーを多方面から支援するプロジェクトをリード。特に、重工業、大型輸送機器、建設機械、医療機器、消費財を始めとする大手メーカーに対して購買・調達改革をサポートした他、IoT/Industry4.0領域を立ち上げ時から牽引。100年以上イノベーションが起きていない製造業の調達分野における非効率や不合理を、産業構造を改革することで抜本的に解決したいと思い、2017年11月にキャディ株式会社を創業。モノづくり産業の本来持つ可能性を解放することをミッションに、テクノロジーによる製造業の改革を目指す。

幸松 大喜

東京大学を卒業後、マッキンゼーにて約4年間勤務。マッキンゼーでは米国や中国を含む、国内外の製造業を中心にオペレーションやSCM分野を担当。26歳でマネージャーに昇進し、1万人を超える組織のIT戦略や組織改革などをリード。その後板金加工会社の現場に勤務し、町工場の実情を肌身で学ぶ。2017年末にキャディ株式会社の創業メンバーとしてジョイン。

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2018年5月に上場を果たしたラクスル株式会社をはじめ、レガシー産業をテクノロジーでアップデートしようと挑むスタートアップが存在感を放っている。

なかでも、自動車や建設を中心に180兆円もの市場を誇る「ものづくり産業」で変革を起こそうとしているキャディ株式会社の成長が著しい。同社は、町工場が多くのリソースを割いてきた「見積もり」を、独自のアルゴリズムで効率化するサービスを提供。2017年末の創業以降、急速に成長を続け、現在では3,000社以上のクライアントを抱える。2018年12月には、約10.2億円の資金調達も実施した。

同社の経営や技術を支えるメンバーの経歴には、マッキンゼーやアップルなど、きらびやかな文字が浮かび上がる。いわゆる“エリート企業”の出身者が多いのだ。今回取材したCEOの加藤勇志郎氏、サプライパートナーサクセス本部長の幸松大喜氏も、マッキンゼー出身である。

インタビューでは、マッキンゼーという出自からは想像できない“泥臭い”経験から生み出された、キャディの真髄となる「現場感」の概念に触れられた。レガシー産業変革の裏側には、密接なコミュニケーションで「現場感」をつかむための下積み時代があった。

  • TEXT BY MONTARO HANZO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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受発注プラットフォーム「CADDi」は、大手メーカーとの“依存”関係をなくす。

スカイツリーがそびえる東京都墨田区のなかでも、住宅街や個人商店が密集する地域の一角。そこにキャディの東京本社がある。

「あんまりガヤガヤしたところが好きじゃないんですよね」と、CEOの加藤勇志郎氏は穏やかな笑顔で答える。しかし、取材を進めていくなかで、オフィスを「下町」に選んだことへの戦略と、製造業への想いが浮かび上がってきた。

インタビュー冒頭、加藤氏が話をしてくれたのは、先日までクライアント“だった”ある町工場の話だった。

加藤先日、お付き合いのあった町工場さんが倒産してしまったんです。売り上げの80%を占めていた、大手電機メーカーの下請け事業が恒常的に赤字となってしまっていたそうです。銀行からの融資が下りず、最後は消費者金融にまで借り入れをしたと聞きました。

技術があるのに、正当な評価を受けられず、元請けの業績によって運命が決まってしまう。町工場では“あるある”となってしまっていますが、確かな技術を持っている人たちが食べていけない現在の構造は、産業全体にとって不利益でしかないと思っています。

キャディ株式会社代表取締役社長 加藤勇志郎氏

鴻海(ホンハイ)精密工業によるシャープ株式会社の買収、レノボによるNEC(日本電気株式会社)パソコン事業の買収など、中国をはじめとした新興国の台頭により、日本の製造業における苦しさを感じ取る人は多いはずだ。「遅れをとる」とも言われるなかで、実際に職を失い、路頭に迷う人がいる。加藤氏の言葉に、ニュースからは見えない実態を思い知らされた。

加藤氏は前職のマッキンゼーで、大手メーカーをクライアントとして、資材を町工場に発注する「調達」の現場で2年以上働いていた。その現場で目にしたのは、非効率な部品の調達方法だった。

町工場が夜遅くまでマニュアル作業で見積もり計算し提出するも、複数社の競合に敗れれば徒労に終わる。一社依存のキャッシュフローから抜け出せず、コストカットを言い渡された瞬間、赤字に転落してしまう。確かな技術を持っているはずの町工場が、業界の「構造的暴力」によって淘汰されていたのだ。

それを変革すべく、マッキンゼーを退職し、立ち上げたのがキャディだ。ミッションは「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」。独自開発の原価計算アルゴリズムを用い、品質・納期・価格が最も適合する会社とのマッチングを可能にする受発注プラットフォーム「CADDi」の提供に乗り出した。

価格と納期の見積もりは、なんと「7秒」で完了。従来、発注側の調達担当は1日に何百枚もの図面を捌かなければならず、複数社に見積もり依頼を出し、そこからさらに価格調整交渉を行わなければならなかった。しかしCADDiを用いることで、それらをまとめて発注することができ、かつその加工に最も強みを持った町工場を全国から自動で選定してくれるので大幅な業務効率化とコスト削減の両方を実現できる。長いと数週間かかっていた見積もりから発注までが「即座」に完了できるのだ。

また、CADDiは相見積もりをせずに黒字保証で確定発注ができるので、町工場にとっては複数社の競合入札による失注で奪われていた時間を有効活用でき、安定的に自社の強みに特化した仕事を受注することもできる。発注者も、マッチングが成立すれば希望通りの加工品を低価格で手に入れることが可能となる。

同社の生産管理責任者を務める幸松大喜氏は「見積もりの工数が減らせることで、より本業に集中できるようになる」と語る。

キャディ株式会社サプライパートナーサクセス本部長 幸松大喜氏

幸松町工場は昼間に現場作業やお客さま対応を行うため、見積もりの時間は営業時間後になってしまう。徹夜になることも少なくありません。それにも関わらず、必死に見積もりをしても仕事に繋がるのは2〜3割ほど。これまでの町工場は、非常に無駄が多い構造のなかで商売をしてきたんです。

しかし、CADDiを使えば、確定発注という形で相見積もりを経ることなく案件を受けられるので、大幅な業務効率化に繋がります。多くの会社さんから「嬉しい、こういったサービスを待っていた」といった声をいただけていますね。

2017年11月にサービスをリリース後、導入社数は3,000社を超え、提携加工会社数は約100社に達した。2018年末にはDCMVenturesやグロービス・キャピタル・パートナーズなどから約10.2億円の資金を調達。現在、アジアでNo.1の加工品取扱い量を誇るサービスになることを目指し、受注できる金属部品の領域を拡大している。

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アルゴリズムを支えるのは「現場の声」。創業1年半で3,000社超の取引先を獲得した手法とは

現場では常に新しい部品が求められるうえに、原材料となる鉄やアルミニウムの相場も一定ではない。常に変化する部品調達の現場で、「CADDi」の生命線であるアルゴリズムを、どのように適応させているのだろうか。

幸松一番の参考になるのは現場の声ですね。アルゴリズムにどの部品のデータを組み込む必要があるのか、町工場とキャディの間に立ち、適切なアクションに結びつけるのが、生産管理を統括する私の仕事です。

しかし、これまでIT化が進まなかった町工場の現場で、新参のベンチャー企業が円滑にコミュニケーションを取るのは容易ではないはずだ。コミュニケーションのコツを尋ねると、幸松氏からは「共感を得ることが最も大事ですね」という答えが返ってきた。

幸松町工場にお邪魔する際も、いきなりビジネスの話はしません。「お見積もりは誰が作っているんですか?」「どのくらいお見積もりが来ますか?」「そのうちの受注は何割くらいですか?」…。私たちが町工場のことを知ろうとしている姿勢を見せることではじめて、「同じ業界で仕事をしている人間」として認めてもらうことができます。

「やっぱり、人と人との繋がりがすごく大事な産業ですからね」と、幸松氏は付け加えた。“レガシー産業”において、オフラインでのコミュニケーションの重要性は依然として高い。

加藤幸松が言ったように、「共感されること」を大切にしています。CADDiを使うことでどれだけ業務が効率化されて、どれだけ黒字が出せるのか。工場の目線に立った提案をしなければ、聞く耳を持ってもらえません。私たちの持つテクノロジーの先進性なんて、現場からしたら関係ないですからね。

現場とのすれ違いを減らすために、従来の商習慣にあったコミュニケーションを徹底する。町工場とのコミュニケーションに妥協はない。こうしたキャディの「現場感覚」は、企業のカルチャーとして通底している。

加藤キャディのポリシーは、町工場さんの技術を買い叩かないこと。また、それぞれの会社が得意領域で効率良く生産し、利益を確保できるモデルを目指しています。

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創業前の“タダ働き”が「現場感覚」に繋がっている

創業から1年半で3,000社以上のクライアントを獲得したキャディは、なぜここまでの「現場感覚」を持つことができたのだろうか。

そんな疑問を幸松氏にぶつけると、「マッキンゼー出身」という出自からは想像し難い、“泥臭い”経験を話してくれた。

幸松実は創業前、横浜の板金工場で、3ヶ月間フルタイムで働かせていただいたんです。ヤスリがけや製品の洗浄、バリ取りなど、あらゆる工場業務を経験しました。現場でどのようなコミュニケーションが交わされ、何に困っており、何にこだわりを持っているのか──町工場のビジネスを深く理解するために、「現場感覚」を身につけていきました。

幸松書籍やヒアリングで得られる知識だけでは、表面的な理解しか得ることができません。一方で現場を知っていると、現場が本当は何に困っているのかを体感できます。

CEOの加藤氏は前職のマッキンゼーで「現場でのコミュニケーションの機微」を学んでいたという。

加藤当時は発注する立場で、工場に常駐しながら部品調達の方々とやり取りをしていました。2年近く現場の業務にフルコミットするなかで、発注側がどういった思考で工場に依頼をするのか、肌感覚でつかめたと思っています。伝統的な業界でビジネスを手がけるためには、現場経験からノウハウを得ることが大事だと思っています。

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「最年少マネージャー」となったマッキンゼーを辞めてまで、起業したのはなぜ?キャディの創業前夜

加藤氏は東京大学在学中にIT企業を立ち上げた経験を持つ。しかし、「このままだと専門性がなく、ウェブに特化した領域でしか戦えなくなってしまう」と危機感を抱き、大学卒業後はマッキンゼーに入社。2年で「最年少マネージャー」となった。

加藤「もっと社会課題の根本を変えるようなビジネスを手がけたい」と考えたとき、さまざまな産業を俯瞰できるコンサルティング会社が最適解だと思ったんです。「3年経ったら起業する」と決めたうえで、マッキンゼーに入社しました。

起業する際、製造業の「調達領域」に決めたのは、120兆円という圧倒的なマーケットサイズを誇っていながら、いまだに非効率な慣習が横行しているからだ。この領域は、100年以上も大きなイノベーションが起きていないという。

幸松氏も、加藤氏の同期としてマッキンゼーに勤めていた。学生時代より社会課題に関心があり、「いい仕事をしている人が報われない社会を変えたい」想いがあったという。

幸松大学時代から社会課題に関心を持ち始め、病院に泊まり込みで働いたり、農業体験やホームレス支援などの活動を行なっていました。誠実にものごとに向き合っているのにも関わらず、社会に認められず経済的に苦しんでいる人びとを目の当たりにし、「正しいことをしている人が報われる社会を作りたい」と思うようになったんです。

キャディへのジョインを決めたのは、加藤と食事に行ったことがきっかけでした。「業務の非効率を解消しながら、作り手も買い手も豊かになる世界を目指す」というビジョンが、僕の持っていた社会への問題意識と一致する部分があったんです。

加藤会社のミッションとして「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」と謳っていますが、それも本来自分自身が持っている、「人がそれぞれ持っている可能性を最大化したい」というコアな欲求の延長戦上にあります。根っこの欲求がかなり近いメンバーと創業期から一緒にやれていることは、とても恵まれていると思いますね。

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伝統的産業は「課題だらけ」。イノベーションを起こすなら、今しかない

キャディがいれば、日本の製造業が活気を取り戻す日がくるかもしれない。そんな期待を抱きながら、今後の展望を伺った。加藤氏はこれからの若者に「レガシー」領域での起業を勧める。

加藤一度身を置けばわかりますが、伝統的産業には、不合理や非効率がたくさん存在しています。もし社会課題に興味を持ち、なにか新しいことをやりたいと思っている人がいたら、現場に実際に身を置いてみることをオススメしたいですね。旧態依然としたコミュニケーションが残るため、信頼を得るためには“泥臭さ”が必要ですが、課題を発見することは難しくないでしょう。

幸松氏は、キャディとして目指す製造業界の展望を語ってくれた。

幸松キャディが目指すのは、それぞれの町工場が得意な分野で勝負できる世界。いま町工場は、「この会社からの発注だから」というだけの理由で、得意でない製品まで受注しています。しかし、不得意なものは納期の遅延、質の低下や外注コストの高騰など、受発注者それぞれにとってデメリットが生じる。業界にとっては損失でしかありません。

キャディは個々のプレイヤーの強みを見つけ、そこに対していろんな案件をお出ししていくことで、質の高い部品を短納期、低価格で提供することを可能にします。「受発注マッチング」によって、お客さんも町工場も、製造業全体がハッピーになる世界を目指していきたいですね。

加藤氏は「今年5月頃から、板金加工以外にも製品カテゴリを広げ、将来的には世界的な製造業プラットフォームを構築していきたい」と語った。数年後、日本を代表するベンチャーとして、キャディが製造業の星になっているかもしれない。

現場にコミットすることで業界の問題を肌で感じ、確かなニーズに刺す。新参者だろうが若者だろうが関係ない。現実を客観視し、必要とされるサービスを生み出せば、イノベーションは起きる。レガシー産業での起業の醍醐味を、2人から教えてもらった。

「構造変革」や「イノベーション」といった文字が踊るイメージの強い、レガシー産業での起業。しかし、伝統的な産業だからこそ、地に足をつけた「現場感覚」が求められる。

加藤氏と幸松氏は、マッキンゼーでの経験や、現場に入り込んだ体験から、ビジネスの機微をつかんでいたのだろう。気鋭のベンチャーらしからぬ「下町のオフィス」からは、日本の製造業を想う優しさと、「自らが支えていくのだ」という強い覚悟が感じられた。

こちらの記事は2019年04月04日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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姓は半蔵、名は門太郎。1998年、長野県佐久市生まれ。千葉大学文学部在学中(専攻は哲学)。ビジネスからキャリア、テクノロジーまでバクバク食べる雑食系ライター。

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藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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