「よそ者×スタートアップ」が、業界変革を起こす──増え始めた“産業BizDev”を、ラクスル福島・キャディ・日本農業と共に考察【イベントレポート】

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登壇者
福島 広造

ITコンサルティング会社を経て、ボストンコンサルティンググループ(BCG)に入社。企業変革/テクノロジー・アドバンテッジ領域を担当。2015年ラクスル株式会社へ入社。全社の取締役COO及びRaksul事業CEOを経て、現在はストラテジックアドバイザー。

上村 太介
  • ネットスクウェア株式会社 執行役員 

1981年生まれ。信州大学大学院卒業後、キユーピー株式会社に入社。品質管理を強みとしており、品質や生産性の改善経験が豊富。海外駐在経験を持ち、中国で新工場の立ち上げと運営を担う傍ら、オンラインでMBAを取得。2020年4月にラクスル株式会社へ入社。品質グループのマネージャーを経て、現在は出向先のネットスクウェア株式会社で執行役員を務め、ラクスル事業の経営と産業の変革にチャレンジしている。

内藤 祥平

高校時代に自転車で日本を縦断し、農業に魅了される。その後、イリノイ大学農学部に留学。鹿児島やブラジルの農場でインターンを経験。卒業後、マッキンゼーにて農業セクターのメンバーとして活動。2016年、株式会社日本農業を設立。

幸松 大喜

東京大学を卒業後、マッキンゼーにて約4年間勤務。マッキンゼーでは米国や中国を含む、国内外の製造業を中心にオペレーションやSCM分野を担当。26歳でマネージャーに昇進し、1万人を超える組織のIT戦略や組織改革などをリード。その後板金加工会社の現場に勤務し、町工場の実情を肌身で学ぶ。2017年末にキャディ株式会社の創業メンバーとしてジョイン。

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かつて日本の中心産業であった製造業は、1970年代から成長力を失い、90年代には衰退の様相を呈した。この基幹産業の大きな変動にも関わらず、経済政策と社会体制の見直しは行われず、結果として新産業の発展を阻害し、今なお貿易赤字は拡大を続けている。

そんな先行き不透明な時代に求められているのがゲームチェンジャーの存在であろう。BizDevというワードが市民権を得た昨今、伝統的な産業の変革をリードする者たちに対して、「産業BizDev」という名が新たに与えられつつあるのだ。

この記事は、そんな産業BizDevの在り方を、変革の最前線をリードするプロフェッショナルに伺ったイベントレポートである。

登壇したのは、「BizDevと言えば」のラクスルからCOO福島広造氏、上村太介氏。そして産業BizDevによる変革余地が特に大きい“農業”領域を手掛ける日本農業からCEO内藤祥平氏、さらに産業BizDevに相当する事業に先駆けて取り組んできたキャディから幸松大喜氏の、計4名だ。

第1部では、福島氏、内藤氏から産業BizDevの役割や課題が語られ、第2部では、幸松氏、上村氏を交え、産業BizDevの成功体験について、その要素を分析していくパネルディスカッションが行われた。また、本イベントは日本農業が主催となり、今回を皮切りに計3回が実施される予定。

ぜひ産業変革のフロンティアの緊張感を感じ取って欲しい。

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農業の勝敗を分けるのは「美味しさ」ではない。

オープニングトークでまず、福島・内藤両名が産業BizDevに興味を持った理由が明かされた。

福島私はラクスルに入社してから「企業単位」ではなく「産業単位」で変革するという「産業トランスフォーメーション」に興味を持ち始めました。内藤さんはなぜ農業に興味を持ったのですか?

内藤実家が農家だったとか、そういうことではありません。高校生のころに日本中を自転車で回っていたときに、農家の方においしいフルーツを食べさせてもらい「この業界いいな」と感じたことが、農業への興味を強く抱くようになったきっかけです。

そこで大学時代、世界で一番農業が進んでいそうなアメリカへ留学に行ってみたところ、多くの驚きがあったんです。まず、アメリカの農学部には家業が農家の子供たちが多いのですが、彼らは当たり前のように「M&Aをするとしたら、生産のところなのかその川下のところなのか」「海外展開するのであれば、ブラジルなのか中国なのか」という議論をずっとしているんですね。この視座の違いというものに、世界で一番農業が成長してる所以を見ました。

一方で、現地でフルーツを食べてみると、実はそんなに美味しいとは感じないんですよね(笑)。農業の一番の本質である「美味しさ」では日本が進んでいる、でもビジネス観点で大きく損をしている。そこに実はチャンスがあるのではないか?そう感じて将来的には農業の世界でチャレンジしたいなと思いました。

そんな内藤氏が新卒入社したマッキンゼーを経て創業した日本農業は名前の通り「日本で農業をやっている会社」だ。内藤氏曰く、大きく2つの特徴があるという。

内藤1つ目に、これまで日本の農業は国内に限った産業でしたが、我々は最初から世界で売る、世界でつくることを前提とし、日本の技術を活かしながら、グローバルにビジネスを展開します。

2つ目の特徴として、農業ベンチャーと聞くと、流通だけをやったりだとか、AgriTechをやったりする場合が多いと思いますが、我々は正面から大規模に世界に向けて、モノをつくり梱包から販売までを一気通貫で行い、バリューチェーンのオペレーションを回します。まさにリアルで産業変革を正面から推進していくところに取り組んでいる会社です。

福島新卒ではマッキンゼーに入られたということで。学生時代に地方創生に興味を持つ学生は多いと思いますが、一方でマッキンゼーに入った後で、SaaSスタートアップや大企業に転職される人が周りには多いですよね?そうした、「現実的にも社会的にもキラキラしている」ような企業を選ばずに、なぜ、内藤さんはぶれることなく、農業の世界に戻って来られたんですか?

内藤ビジネス視点で“農業”という世界を見れば見るほど、どこの部分を切り取っても伸びしろや可能性があると、強く信じられるようになったんです。迷いながら農業という分野を選んだというわけではなく、「ものすごいチャンスがある」と常に思いながら、順当に農業をやっているのが、私のキャリアと言えます。

福島産業変革を語る上で、スタートアップであれば、最初は「テクノロジーの有効性が感じられるエリア」を見つけて取り組むのが一般的かと思います。産業が主語だと全領域をカバーするのは困難ですからね。でも、日本農業さんの場合は、最初からど真ん中の生産から販売までバリューチェーン全体に着手していますよね。難度がかなり高くなると思いますが、なぜそのような進め方ができたのでしょうか?

内藤農業って、いわばリアルビジネスなので、ものすごく大変なんです。

たとえば何かの生産を10倍に増やすとなったら、10倍の農地が必要で、すると数十〜数百人の地権者の方々みんなと話して調整していく必要があります。拡大していくスピード感を、そんなに速くはできません。

「リアルなモノを生産すること」って、とにかく効率が悪いんですよね。

では、なぜ我々が農業に真正面から、つまりバリューチェーン全体に挑むのかというと、「農業が本当によくなるための本丸が、まだまだそこに眠っているから」なんです。

たとえば「リンゴの樹形を○○に変える」といったようなプリミティブな方法で、生産性がすぐに2〜3倍になったりするんです。そもそも、テクノロジー活用以外でのアップサイドが、まだまだ眠っているんです。

〇〇テックというのは、テクノロジーが一定浸透した世界において、最後にスケーラビリティを上げるとか営業利益を上げるみたいな話だと認識しています。世の中って、意外とその前の段階、つまりシンプルなリアルビジネスでやらなければならないことが大量に残っていると思っています。

福島すごくわかりますね。流行のChatGPTをラクスル事業でもどのように投入するかを聞かれることがありますが、印刷業や製造業においても、AI以前に適応できていない技術やテクノロジーがまだまだある状況です。なので、まずは前段階からしっかり取り組むことが結果的に大きなインパクトになって返ってくると強く感じますね。

とはいえ、「やり切れば価値が出る」とわかっていてもかなり大変なんですけどね(笑)。内藤さんがここまで「農業の改革に価値がある」と信じられる理由はなんでしょうか?

内藤大きく三つです。

一つ目、あまりかっこよくありませんが、エクセルモデルを弾いただけでも、今までの手法と比べれば、圧倒的に収益性が良くなり、定量的なアップサイドが明確に見込めるから。

そして次が、「海外もそうだった」からです。なんとなく、アメリカの農業って100〜200年前から発達しているイメージがあるかもしれませんが、日本の農業が抱えている課題はアメリカやオーストラリアでさえも、たった20年ほど前に通り過ぎたばかりの世界なんです。10〜20年前までの、プリミティブな手法から農業の改革を行う姿を私は原体験として見ていたので、当然のように日本でも同じことができると信じています。

三つ目、我々の成果というのは、すごくわかりやすいんです。たとえば広大な耕作放棄地を生産性の高いリンゴ畑に変え、冬になればリンゴが取れるようになり、近隣の方々が食べに来てくれて、「美味しいね」と直接言っていただける。そういった成果が目に見えるような経験をすると「いける」という想いが強くなりますよね。

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既存BizDevと産業BizDevの違いは、「競合ではなく共創」

ものづくりにおける産業のビジネスディベロップメントは何か?今回のイベントのテーマに対して、まずは福島氏が既存BizDevと産業BizDevの違いについて自身の見解を述べた。一番のキーは、「競合」についての考え方だ。

福島現在のテクノロジー産業の未来がどうなるかについては大体予想がつきますよね。既存のBizDevにおいては、そのビジネスグループの中で、誰が一番最初に実現するのか、競争の中でどのように戦えばよいのかという大きな流れが存在しています。

一方でものづくり領域を変えていく産業BizDevの場合は、競合との競争は意味を成しません。

というのも、産業の課題とは誰もこの20〜30年で変えられなかった、もしくは誰もビジョンを描ききれないところにこそ存在しているからです。

そう、「競合」を意識するのではなく、「共創」を意識する。それが、産業BizDevだ。

そして、一人ひとりに求められる能力こそが「shaper」だ。

福島世の中がどうあるべきなのか、20~30年後の産業がどうあるべきなのかをしっかりとシェイプできる、つまりかたちづくることができる人が求められていますね。

では「shaper」の条件とは何か?もちろん色々な要素があると思いますが、私が強く思うのはこの三つだと思います。

・何よりもまずはビジョナリーであること

・産業を変えていくために、解像度高くプラクティカルに物事を考えられること

・抵抗がある中でもやり切れる強い意志があること

このようなセットアップが備わった人が産業BizDevとして未来の産業をかたちづくっていけると思います。

今日はこの点を内藤さんともディスカッションできればと思っています。

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プリミティブなやり方でも生産性3倍を目指せる。
日米の命運を分けたファクターとは

福島氏が述べたことを前提に、「農業」という領域での産業BizDevについてここから深掘りしていく。特に、「日本における変革機会」の数や大きさについて、意識して見てみたい。

福島まず農業における日本とアメリカの産業構造の違いについて正しく理解できればと思っています。先ほど、アメリカがここ20~30年で進化できた一方で、日本はその進化に追い付けていないとお聞きしましたが、どんな課題があり、そこにはどんな機会が眠っているのでしょうか?

内藤日本の農業の大きな課題、それは「国内の市場しか見ていない」ということに尽きると思います。

日本の農業は、「需要が国内で伸びていかないから、供給もこれ以上伸ばさなくてもいいか」というような考えが染み付いてしまっています。これによって多くの耕作放棄地が生まれてしまっている状態ですね。

しかし、世界を見渡すと人口はどんどん増えていますので、農地は全然足りていません。すると、「生産性を上げてより効率的にものをつくっていこう」というインセンティブが働きますよね。このギャップが日本の農業の生産性が他国に比べて低いという課題を生み出してしまっています。

一方、これは大きなチャンスとも取れます。近年徐々にアジアの購買力は伸びてきていますし、悲しいことにも日本の人件費は既に決して高くはなくなってきているので、しっかりと美味しいものを、海外に輸出できれば無限にチャンスが広がっていくと思いますね。

福島たとえば自動車のように、国内が伸びない中で海外、特にアジアで売上げを伸ばしている産業もあると思います。このように、海外へ進出できた産業と市場が停滞した産業の違い、はたまた日本の農業がこれまで海外へ踏み出せなかった背景にはどんな課題があったのでしょうか?

内藤日本の果物は海外でもものすごく高く評価されています。いちごやりんごといった一部の分野では「芸術品」とも称されるほどですよ。

そうであったとしても、とにかく値段が高すぎるんです。もう少し正確にいうのであれば、美味しさと価格が釣り合っていない。バリュー・フォー・マネーが見合っていないという表現が正しいでしょうか。例えるならば、「他国の2倍美味しくて、価格が5倍になっている」というような状態です。

なので、生産性を向上させて、品質を担保したままコスト改善を行っていく必要がありますね。

福島なるほど。よくわかりました。そんな課題に対して、日本農業さんはどのようなアプローチを行っているのでしょうか?

内藤我々がやっていることは実にシンプルで、川上・川中・川下とバリューチェーン全ての工程において徹底的にコストを下げながらも、品質を維持するというアプローチを実直に取り組んでいます。

たとえば、皆さんりんご狩りにいったことがあればわかると思いますが、りんごの木って一本の太い幹に枝が無数に生えてりんごの実が実っている姿を想像されると思います。

しかし、実はあれ、ものすごく非効率なんです。

海外ではぶどうの棚のように細かく列状に仕立てるのが常識となっており、これによって面積あたりの収穫量がなんと3倍になるんですよ。

もちろん、これまでできなかった理由もあるわけで、すべての生産物について海外の事例導入を無理やり進めるということではありません。ですがこういったプリミティブなものから、画像認識を用いてサイズや傷を認識して仕分けを自動化するテクノロジーの導入まで、幅広い手法をすべてしっかり検討したうえで、最適な生産プロセスの効率化を図っていく。これが日本農業流の産業BizDevの全体像です。

もちろん販売するという工程も重要ですので、海外へ輸出する前提である程度のロットを見込み、海外に駐在員を置きながら、現地でも生産したり、価格が安く品質の高いものをお客さんに届けるチャネルのコントロールまでを自社で一貫してやっています。

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同じ“変革”でも、農業ならその成果を“五感”で味わえる

福島氏による深掘りは、まだまだ止まらない。内藤氏があまりにマクロな話もするので、気になってくるのが「そもそもこれは、政府の仕事では?」といった問い。福島氏が、率直に問うていく。

福島ぜひ内藤さんに聞いてみたかったのですが、日本の農業の生産性をどう上げるか、農業政策をどうするか、こう言ったことって本来個人や企業ではなく政府が対応したらいいんじゃないかと思うのですが、なぜこの大きなテーマに向き合うことを選んだのですか?

内藤おそらくラクスルさんも、印刷という大きなテーマに挑まれてきたからわかると思うのですが、意外にも「中の人たちが自分たちの産業の可能性を信じられていない」んですよ。

実は先日出張でこれから参入する地域の農家の方々とお話ししていた際、「よくこれから農業なんてやるね」と言われたんです(笑)。

これまでの農業を支えてこられた方々には最大の敬意を持っていますが、やはりこれまでの農業の“前提”であった、国内の需給の状況や、法慣習、世界の情勢などは今と昔で大きく変化しています。

我々のように新参者で、しがらみがなく、まっすぐに突き進める立場にある人間の方が、かえって大きなことを成し遂げやすいんだと思います。それでいて私は農業をビジネスとしてチャンスがあると信じていますしね。

福島ものすごく共感できます。

我々も印刷の専門家やものづくりのエキスパートでもない中で、アウトサイダーとして産業に入り、当初は煙たがられることがあったり、抵抗されることもあったりしました。農業においてもそう言った逆風を受けたこともあったと思いますが、内藤さんがこのチャレンジを続ける重要性や価値をどこに感じられているのでしょうか?

内藤やはり農業であれば日本と海外の需要と供給の問題が生まれるとか、生産性のアップサイドがあるとか、論理的に農業のチャンスを語ることはできます。しかしいざそれをやるとなっても、実際に取り組む内容は、ただひたすら、すごく愚直なことです。たとえば「この品目をやろう」と決めたら、適した農地についての情報をとにかく集めに行くとか、農地を確保するためにたくさんの人に会うとか、何度もシミュレーションして生産効率を考えたりとか、生産環境を考慮した栽培方法を探ったりとか……。結局やることは、愚直で地道で時間がかかる。しかも、課題がいっぱい出てきます。

特にこういうリアルビジネスでは、長期・短期的な課題を考慮しつつ、ロジックだけではなくエモーションも含めて人を巻き込んだりと、ものすごく多様なケイパビリティが求められるので、ものすごく優秀な人たちが頑張らないとうまくいきません。そういう人が増えれば増えるほど、束になって切磋琢磨しながらやっていけますしね。

産業を変えるために我々のような、ある種の“よそ者(アウトサイダー)”が、とんでもない熱量を出した時、やはり地域にいる人たちにも相乗効果が起こるんです。

福島本当に共感する話ばかりです。とはいえ、今ひとつ視聴者(読者)の方にはこの「農業に携わる魅力」がわかりづらいと思います。産業変革に挑むということは大きな構想をロングタームで描きつつも、足元では苦しい中で愚直に取り組んでいかなければならないですしね。

内藤さんが実際日々やりがいを感じたり良かったと思ったりするシーンは、どういう時なのでしょうか?

内藤だいたい1個良いことがあれば9個ぐらいは嫌なことです(笑)。

それでもこのリアルビジネスで本当にいいなと感じるのは、誰でもわかる見た目の強さみたいなところですかね。

これまで耕作放棄地だった場所が畑に変わり、日本にとって重要な外貨を稼ぐ場所に変わるので、頭でも視覚的にもやりがいを感じます。また収穫したものは、味覚でそのやりがいを感じられます。そして、地域の人々と多く携わることで、繋がりを感じられます。

そして何より、このような仲間と大きな仕事終わりに飲むお酒は格別に美味しいです(笑)。このように、農業では、仕事の報酬を“五感”で感じることができるんですよ。

ここまでが、「日本農業流の産業BizDev」についての概観だ。これまで「農業」について考えたことがなかったFastGrowの読者も、“BizDevの第一人者”とも呼べそうなラクスル福島氏の解説と深掘りによって、イメージを持ち始めることができてきたのではないだろうか?

特に、福島氏がここ最近しきりに強調する「産業BizDev」という観点では、まさに日本農業がそのど真ん中にいるとすら言えるかもしれない。ここから、他社の事例も交え、さらにこの産業BizDevについての理解を深めていこう。

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マッキンゼーからなぜ、リアルビジネスの世界に?

さあ、イベント後半は、キャディ幸松氏、ラクスルのグループ会社であるネットスクウェア執行役員の上村氏も交えたパネルディスカッション。モデレーターを務めるのは、引き続き福島氏。4名の視点からそれぞれ産業BizDevに向き合う上での難しさや楽しさ、産業変革に向いている人物像が語られた。

まず、幸松氏と上村氏がなぜ産業変革に興味を持ったのか、前職での経験をどう活かしてきたのかについてディスカッションが進む。

幸松私は、マッキンゼーでは主に製造業を担当しており、個人的に泥臭い現場に興味があったので、その後町工場で3〜4か月ほど修行をさせてもらっていました。そのおかげもあり、現場の痛みを理解しながらキャディに3人目のメンバーとして参画しました。

現在はお客さんとパートナーを繋ぐプラットフォームにおいて、サプライヤー企業全体を管理している状態で、日本・東南アジア・米国を飛び回っています。

福島幸松さんも内藤さんと同じくマッキンゼーの出身ということで、きらきらしたイメージが強い世界からこう言った業界に飛び込む時、心理的な抵抗やギャップはなかったんですか?

幸松私の場合、逆でしたね。マッキンゼーに入社したのが、元々社会課題に向き合いたいなという思いからでした。

ただ、やはり大手のコンサルティングファームだと、クライアントさんも基本的には大手企業です。ではその大手企業が我々がいなくても事業が立ちいかなくなるくらい困っているかといえばそうではないですよね。

一方の町工場であったり、農業であったりといったプレイヤーの中には、本当に困っている、それでいて自分たちだけでは解決できない課題が構造的に残っているというケースが多く。そこを変えていくような仕事をしてみたいとずっと感じていたんです。

上村私は新卒でキユーピーに入社し、現在とは全く違う食品業界からキャリアをスタートしました。キユーピーでは品質改善や生産性改善を主に担当し、海外駐在の経験もあり、中国への海外駐在の際には新しい工場の立ち上げ、組織や仕組みづくり、事業運営も任せていただきました。また、同時にオンラインの学校でMBAも取得していましたので、体系的な学びと事業運営による現場経験が私の糧になっていると感じます。

中国からの帰国と同時にラクスルへジョインし、印刷事業における品質グループのマネージャーを経て、現在はネットスクウェアのラクスル事業経営で産業変革(産業BizDev)にチャレンジしています。

福島上村さんはものづくりのキャリアからスタートしたということで、どういった経緯や想いでスタートアップに飛び込んでこられたのでしょうか?

上村中国での経験が大きな転機でしたね。大手企業であっても、海外では工場の運営を任せてもらい、かなりの裁量を持ち楽しみながら仕事ができていました。

ただ、どうしても日本では大手企業特有のジョブローテーションに近いような異動がある中、帰国後もさらに挑戦し続けられるような環境に身を置きたいと考えたんです。

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他人が信じないこと=非連続成長の種。
伝統産業に向き合う上での難しさ/楽しさとは?

そんな幸松氏と上村氏が感じる、ものづくり領域の変革に挑む中での難しさや楽しさとは一体。

幸松内藤さんの「1個楽しいことを終えるために、9個苦しみがある」という考えにすごく共感するところがありますね。製造業も農業と同様にリアルビジネスという難しさがあります。実際に金属部品をつくる段階で不良品が出てしまえば、その不良品をつくり直すのにもすごく時間がかかります。さらに製造業は物流なども含めてサプライチェーンが非常に長いため、いろいろな課題を複合的に解決する必要がでてきます。

また、イメージ通りITとはややかけ離れた世界なところがあり、それを導入することによる抵抗もまだまだ大きいなと感じています。やはり「未来を信じきれないから」という理由で心が折れる方が多いのもこの業界の事実です。

ただし非連続ってある意味、他の人が簡単に信じないことをやるからこそ成し遂げられるものですし、ほんのちょっとでも、1%でも近づけたなって感じる瞬間はやっぱりやりがいがありますよね。

福島この産業に寄り添って融合していく部分と、一方でしっかり目指す方向性のために変革していく部分を見極めてバランスよく融合していくことこそ、我々のようなスタートアップの価値だと想います。幸松さんはそのバランスをどう考えていますか?

幸松一言で言うとアップデートしている感覚ですね。現場にいきます、ものづくりを体験しますみたいなことは当たり前として、その上で「現場の苦しみを自分で味わう」ことが大事だと思います。

いきなり綺麗な絵から入るのではなく、ちゃんとまずは自分たちで経験することで、「あ、ここはテクノロジーと融合できるな」っていうのが実体験として見えてくるんです。ちゃんと泥水をすすることで、現場の方々にも受け入れられるようになりますしね。

上村幸松さんの話、やはりすごく共感できますね。

我々が日々痛感する難しさは「人が介在してモノをつくる」ということ。たとえ機械のボタンを押して印刷物が出てくるとしても、必ずそのボタンを押す人が介在していきますよね。

その中にこれまでの習慣だったり、カルチャーみたいなものが根強く残っているんです。これまでの経験があるのでそれを急に変えようとしても、皆さんに同意してもらえるわけではありません。

なので、「一緒にやる空気感」が何より重要だと感じます。できない理由なんてものは探せが山ほど出てきますので、この心の抵抗感、慣習を変えていくというのが最初の難しさだと思っています。

ただやはり、その難しさを乗り越えた先に楽しさがあります。改革のスパイラル......とでも言いましょうか。一度の改革が現場単位で回り始めると、そのプロセス自体がすごく楽しいんですよ。

直近でも、これまでなかなか過去の慣習を変えられなかった生産チームが、一つの小さな成功体験がきっかけで変わる楽しみを味わい、どんどん自分たちで「それも変えてしまえばいいんじゃない」と行動するようになり、意識が180度変わるという事例がありました。最終的にはわずか2週間で生産性を3倍にしちゃったんです(笑)。

このように、現場の方々とうまく噛み合い、スピード感を持った変革が実現出来ていくと、楽しくて仕方がありません。

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“産業BizDev”に向いている/向いていない人

幸村氏、上村氏両者の口から語られた産業BizDevの妙味。とはいえ、「だいたい1個良いことがあれば9個ぐらいは嫌なこと」という内藤氏の意見に登壇者が総意で頷いた通り“面白いがかなりハード”なチャレンジであることは確かであろう。どんな志向性やバックグラウンドを持った人に向いているのだろうか。

上村自身の経験をもとにして言うと、「メーカーでものづくりをしてきたバックグラウンドを持つ方は全員対象」だと思っています。現場を大切にすることは染み込んでいるでしょうし、業界が変わってもものづくりをするときの勘所をつかむ能力も備えやすい点で、すごくフィットしていると思います。

また、私自身もそうだったんですが、「業界の知識がないから不安だ」と感じる方も多いと思います。しかし、逆に業界の当たり前に染まらずに新しい変化をつくっていくためには、業界の経験者でない方が良い場合もあります。異質な僕たちが業界の中の人と手を取り合っていくことで新しい価値が生まれるんです。

また、チャレンジ精神を持て余しているような方であればワクワクすると思っています。現在の環境においてチャレンジする機会がなかったり、環境が変わったものの同じことを繰り返している、自分の成長が止まっていると感じたりしている方にとって、産業BizDevは合っていると思っています。「まるごと任せてくれれば結果を出せる」といったように腕試ししてみたいなと感じている方にもすごくフィットするでしょう。

幸松上村さんの話に通ずる部分も多いですが、やはり不確実性を楽しめる人はぜひチャレンジして欲しいなと思います。産業を変えていくことに勝ちパターンは存在しない世界だと思うんです。

違う業界において参考となる他社事例はあるものの、全く同じやり方でやっても成功できるわけではありません。苦しみ抜いた時間が蓄積されて、急にどこかでブレイクスルーが起きるみたいな世界なので。

だからこそ、「90%のつらいことに対してワクワクできる人」は楽しいでしょうね。そこまでストレスに感じることなく、苦しさを面白いと捉えられる人がいて、不確実性の耐性というか楽しみに変えられるかは大事だと思います。

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産業変革の鍵はアービトラージにあり?

イベント終盤には、用意されていたパネルディスカッションテーマのみならず、福島氏を起点に産業変革にまつわる様々なテーマにディスカッションが進展した。指摘されたのは、「変革の主体」のプレイヤーが少なく、偏っているという社会課題だ。

福島農業法人で日本農業さんのように大型のエクイティによるファイナンスも実施する会社って日本にはほとんど存在していませんよね。このように産業の中でも他のプレイヤーと違う戦い方をして、期待も金銭的な責任も背負っていくのは、どういうビジョンや将来像があるんですか?

内藤やはり上場を計画しているからです。というのも、やはり日本の農業って過小評価されていると明確に感じていまして。

近年ニッチな領域のWebサービスなどに優秀な経営者とスタートアップが乱立して、競争を繰り広げていますよね。それ自体は決して悪いことではありませんが、農業はそれ以上にマーケットポテンシャルがあるのに、国内では我々ぐらいしか積極的にエクイティによってリスクをとるプレイヤーがいないんですよ。

これは明確に「バランスが悪い」と思いますし、どこか勿体なさも感じるほどです。なので、日本農業が上場して、資本市場から適正な評価をいただくことで、農業に対して多くの人が抱く「謎の業界」というイメージを払拭したい。そして、より優秀でエネルギーのある人がこの業界を伸ばしていこうという思いで参入してきてほしいんです。

福島キャディも製造業という産業のプレイヤーとしてアグレッシブに大型調達をされていると思いますが、その狙いはどのようなものなんですか?

幸松やはり、投資をしないとプラットフォームは始まらない、という想いが強くあります。

そもそも町工場がなければ物はつくれませんよね。では町工場を強くしたい、いいパートナーシップを築きたいとなっても、何か案件がなければ仕事をお渡しすることはできません。

なので、最初は赤字でも色々なお取引を生み出してパートナーシップを構築していくようなフェーズがキャディにも存在していました。

また、我々は海外にも拠点をつくっているんですが、当然の如く、工数とお金がかかります。基本的には、新しい人を採用して、新しいプロダクトをつくるプロセスには、どうしても初期費用はすごくかかってしまう。

それをリーンに型化していって、数年というスパンでしっかりと黒字化していくモデルをつくっていくのがキャディの強みでもあり戦い方ですね。

福島キャディの強みと戦い方には説得力がありますよね。日本農業さんの場合はどのような強みや武器で勝負をしているのですか?

内藤我々は、「日本にいるだけではわからないけれど、海外から見ると強く感じられるような日本の農産物の魅力」を理解し、需給に合わせて競争力の高いものをきちんと特定してつくっていくことを強みにしてます。

たとえば、アメリカとアジアの消費者では、りんご一つとっても好みとする色味や、味が全く異なるんです。そんな中で、アメリカは供給できない、かつ日本のりんごが強みとして持っている特性を特定して輸出していくと、アメリカ相手でも勝負できるんです。

やはり、川下の「売り」の部分では比較的PDCAを速く回しやすいので、「このドメインで、このプライスポイントだったらいける」を素早くキャッチアップして、川上にもフィードバックして大きくしていくという戦略が我々の強みです。

幸松今の内藤さんのアービトラージをしっかり認識するみたいな話にはキャディの海外戦略にも通ずる部分がありますね。海外に深く入り込む中で、「あれ、ここは全然アセット化されていない技術があるな」というのに気づくことができるんです。

キャディが国内のプラットフォーム事業で培った知見やアセットが、海外展開の際に与えるインパクトは大きいですね。

福島お二人の話にこの産業BizDevの妙味の本質が詰まっているような気がしますね。ある種のタイムマシン経営という見方もできるかもしれませんが、産業という広いくくりで見れば、至るところに先に行ってる国、分野が見つかります。

それが決して最先端のものでなくても、「既に証明された答えが世の中のどこかにある」というのはものすごく面白いことです。それらをちゃんと自国にフィットするやり方に適用すれば、確実に大きなインパクトになっていくので。

伝統産業の課題と向き合い、産業BizDevとして変革を推進していく。業界の最前線を走る3社が集まり、その成功・苦労体験を共有できた意義は大きい。

アウトサイダーとして産業変革を愚直に進めれば、新しい課題が見え次のステップへと繋がっていく。そして仲間を信じて努力を続ければ、難しさや辛さを乗り越えられるだろう。最終的には情熱を持ち、コミットし続けることが成功の近道である。

伝統的な産業において、ビジネスディベロップメントは業界を変える唯一の可能性であり、インパクトにもなりうる。これからも各業界の課題を共有しながら、産業変革にチャレンジする方が1人でも増えることを願う。

今後開催される第2〜3回の産業BizDevイベントにもぜひ注目していただきたい。

こちらの記事は2023年06月28日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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