1兆円企業への挑戦──スタートアップ経営の高度化とラクスルBizDevの進化

登壇者
福島 広造

ITコンサルティング会社を経て、ボストンコンサルティンググループ(BCG)に入社。企業変革/テクノロジー・アドバンテッジ領域を担当。2015年ラクスル株式会社へ入社。全社の取締役COO及びRAKSUL事業CEOを経て、現在はストラテジックアドバイザー。

渡邊 建

1981年生まれ。京都大学大学院工学研究科卒業後、トヨタ自動車を経て2017年ラクスル株式会社に入社。「安い・早い・ラク」の顧客価値と競争優位を生み出すサプライチェーンを構築。その後、BizDevとして新規事業の複数立ち上げや事業部長を経て、ラクスル初のM&AとなるダンボールワンのCEO就任。PMIをリードし、グループの成長を牽引する事業への変革を実現。現在はラクスル事業本部における事業、組織、財務を管掌。

丸山 諒

早稲田大学卒業後、2008年ミスミに入社。5年間営業に携わった後、事業開発に異動してパートナー開拓/事業戦略立案・実行/海外現地法人の事業立ち上げなどに従事。2018年ラクスルに入社。印刷事業のSCM部長としてサプライチェーンマネジメントや自動最適発注のアルゴリズム開発PJを推進。2020年ノベルティ事業のYoY400%成長に携わった後、2021年アパレル・ユニフォーム事業を立ち上げる。2023年8月よりノベルティ・アパレル両事業の事業統括に就任。

藤林 尚斗

不動産特化のコンサルティングサービスを提供するスタートアップに、正社員/新卒第1号として参画。 IT戦略立案実行支援、BPRのPJを経験し、AI建物管理SaaSの立ち上げPdMに従事。 セールス/カスタマーサクセスグループを統括する事業責任者として同サービスの成長を牽引した後に、同社経営戦略室長へ。 2023年4月にラクスルへ入社し、エンタープライズ事業部の事業開発責任者として、新規サービス/プロダクト開発とGTM戦略策定を担う。

中嶋 岬

P&Gマーケティング本部にて消費財の事業・マーケティング戦略⽴案と実⾏に従事。ラクスル⼊社後はノベルティ事業に参画し、グロースフェーズの事業責任者となる。同事業部を経て、現在はマーケティング統括部長として全社横断のマーケティング戦略・実行を担う。

近年、スタートアップ領域で「BizDev」というロールが頻繁に語られるようになった。

事業開発にフルコミットし、非連続的な成長を狙う存在として需要が高まる一方、スタートアップ自体も複雑化しており、より複雑な役割がBizDevに求められるように変化してきている。そこで2024年12月、FastGrowは、国内スタートアップ界で「BizDevリーディングカンパニー」として知られるRAKSUL(ラクスル株式会社)とイベントを共催。経営層から現場のBizDevまで5名が登壇し、「RAKSULだから描ける次世代BizDevに必要な3要件」をテーマに語り合った。

RAKSULだから描ける“次世代BizDev”に必要な3要件──事業グロースの最新潮流と事業開発の新常識

本記事では、約2万字超のイベント内容からエッセンスを凝縮。BizDevの本質やこれからの5年を見据えた戦略思考を、リアルな発言とともにお届けする。

*なお本文中では、主に法人としてのラクスル株式会社を指す場合「RAKSUL」「RAKSULグループ」、印刷プラットフォーム事業単体を指す場合「ラクスル」と表記する。

  • TEXT BY WAKANA UOKA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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BizDevのアイデンティティは、
「どの事業を、どう伸ばすか」にある

RAKSULグループが「BizDevリーディングカンパニー」と呼ばれる背景には、事業開発を担う人材が自身のアイデンティティを「事業成長」に置く独特のカルチャーがある。

2015年にRAKSULへ参画し、従業員約40名・年商約25億円規模(当時)の『ラクスル』事業を率い、COOや事業CEOを経てストラテジックアドバイザーとして活躍する福島氏は、BizDevという存在が、企業名や職種名ではなく「事業価値」で語られることを強調する。

福島多くのビジネスパーソンは、私に何をしていますかと尋ねられたとき、どこどこ企業に勤めていますとか、Webマーケティングを担当しています、という形で企業名か専門領域で自己紹介しますよね。でもBizDevはそうではありません。

BizDevは「(ラクスル)事業を伸ばしています」のように自分が成長させている事業そのものをアイデンティティにするんです。キャリア評価も資格や経験年数ではなく、自分が出した事業価値そのもので決まります。

登壇時のスライド

福島例えば専門家キャリアなら経験を積めば年収1,000万〜2,000万円程度までは狙えるかもしれませんが、それ以上は難しいケースが多いですよね。でもBizDevは創出した価値が大きければ、報酬も青天井になります。逆に何も価値を出せなければ、1円も評価されないことだってあります。ROIで判断されるような世界なんです。

福島氏

福島キャリアパスも決まった資格制度などはありません。最初は小さなP/Lを任され、そこで確実に成果を出せば、次はより大きな事業全体をお任せします。数年でCxOクラスに到達することも不可能ではありません。

登壇時のスライド

福島ただし、そのためには圧倒的なオーナーシップが求められます。自分が担当する範囲については、自分が最後まで責任を負うラストマンシップが必要です。他人任せでは事業は伸びませんし、誰かが非連続成長を引き起こす強い当事者意識を持たないと、新しい価値は生まれないんです。

福島氏の言葉から浮かび上がるのは、BizDevというロールが企業ブランドや専門技術に依存しない、純粋な事業価値創出者としての存在であるという点である。2015年当時、RAKSULはまだアーリーステージで、印刷EC領域でのシェア拡大に注力していた。

その後IPOを経て、M&Aや多角化戦略を通じてポートフォリオを拡げ、BizDevに成長機会が溢れる環境を整えてきた。RAKSULにおけるBizDevとは、自らがどの事業をどう伸ばしたかを直接的な評価軸とし、企業規模拡大や新事業創出に寄与することで、キャリアを築いていく存在なのである。

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陥りがちなBizDevの罠にとらわれず
「アウトカム(成果)」にフォーカスせよ

BizDevが「事業価値を伸ばす存在」だとすると、必然的に求められるのは「本当に成果が出ているか」という点だ。だが、どれだけ人と会い、資料を作り、社内外でプレゼンを重ねても、それが実際の売上拡大や顧客満足度向上、あるいは新規事業の立ち上げ成功率改善につながらなければ、事業価値は生まれない。福島氏は、こうした「アウトカム(成果)不在のBizDev行為」を厳しく問い直す。

福島 BizDevにはまず絶対的なオーナーシップとラストマンシップ(最終責任者)が必要ですが、そのうえで最も大事なのは“アウトカム(成果)起点”で考えることです。

要するに、どれだけ頑張って行動したり、きれいな資料を作ったり、30社のお客さんに会ってインタビューしたりしても、「それで何がわかったのか?」「どうやって事業価値を高めるのか?」を明確に答えられなければ意味がない。よくあるのが“頑張りBizDev”や“フェイクBizDev”と呼べる状態です。

登壇時のスライド

福島 例えば「30社に会いました!」と意気揚々に報告する人がいる。でも、「30社と会って、本当に顧客ニーズが解像度高く把握できたか? 具体的な打ち手はどう設計した? その打ち手で来月の売上や顧客満足は改善する見込みがあるのか?」と問うと、返ってくる答えが「いろいろなお客様がいることがわかりました」程度のケースが少なくない。これでは“数をこなしただけ”で事業価値には結びついていませんね。

登壇時のスライド

福島 さらに厄介なのが、やたらとパワーポイントやエグゼクティブサマリーを綺麗に作り、「アウトプット」を過剰に誇示するケースです。

BizDevの評価は決してスライドの枚数や美しさではなく、「そのアウトプットは事業のP/Lにどう貢献したのか」「顧客体験がどう良くなったのか」に尽きる。アウトプットとアウトカムを明確に区別し、最終的な事業成果につながっていない“フェイク”な状態から抜け出すのが、真のBizDevとしての挑戦です。

では、どうすればアウトプットをアウトカムに転化できるのか。

福島氏は「N=1で捉え、解像度高く考える」姿勢と「大局観」の両立を強調する。N=1とは特定の顧客事例に深く入り込み、定性・定量両面で顧客課題を理解し抜くことだ。同時に、市場全体を俯瞰し、自社のビジネスモデルや競合状況、成長戦略を上位の視点で見据える。大局観と個別事例理解の両輪が揃うことで初めて、勝ち筋となる施策が導き出せる。

登壇時のスライド

登壇時のスライド

福島 アウトプットからアウトカムへの転換率を高めるためには、ちゃんと“次の一手”が顧客価値や収益に紐づくかを検証し続ける必要があります。

30社に会ったなら、その中で「顧客が強く求めているファクターは何か」「それを満たすにはどのリソースをどう組み替えるか」「実際に施策を打ってABテストする際、どの数値指標で効果検証するか」まで考える。

大局観で市場性や将来性を踏まえつつ、N=1で具体的な顧客像を深堀りする。中途半端な理解で走り出すと、結局事業価値に転換できない“やった気”だけが積み上がるんです。

要するに、BizDevにとって重要なのは、努力や資料づくりそのものではなく、事業が本当に変わるまでインプットとアウトプットを回し続ける“知的な実行主義”である。非連続成長を支えるBizDevは、フェイクではなくリアルな価値創造者として、最後までアウトカム創出を追求しなければならないのだ。

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BizDevの必須要件は、
「右じゃない?」と言われても「左です」と答え抜くオーナーシップ

ここで、トヨタ自動車出身で、RAKSULグループ内の新カテゴリー事業を大きく伸ばしてきた渡邊氏も登場。福島氏とともに、BizDevが成果を出すために欠かせない「オーナーシップ」について、より踏み込んだ対話が展開される。上司やファウンダーから意見を押しつけられても、自分なりの解像度と累積思考を持ち、場合によっては毅然とNOを言い、事業価値に直結する判断を貫くことが、本質的なBizDevの素養である。

渡邊我々は事業を伸ばすことそのものが仕事です。採用の場で見られるのは、この人はその会社で実際に何をしたのか、事業価値をどう生み出したのかという点だと思います。

渡邊氏

福島そうですね。私はBizDev採用の最終面接で「あなたが最もコミットしてやり切ったことは何ですか」と必ず聞いていました。成功でも失敗でもいいんです。学生ならサークル活動でも構わない。そのうえで「もう一度同じ取り組みをやるならどう改善しますか」と問います。これに答える中で、その人がどれだけオーナーシップを発揮しているか、累積思考で学びを深めているかがわかるんです。

渡邊実際、事業を伸ばせる人は常にインプットを求めて自分で学習曲線を回していますよね。事業開発は総合格闘技のようなもので、マーケやプロダクト、ファイナンス、オペレーションなど多面的な領域を自力で吸収し、アウトプットを検証し続ける人が強いと感じます。

ここで福島氏が示すのは、オーナーシップの具体的な現れを示すエピソードである。

福島渡邊さんはシール印刷やステッカー関連など、新しいカテゴリーの事業を立ち上げてぐんぐん伸ばしました。その際、私は「この人は必ず大きく事業を伸ばす」と確信した瞬間があるんです。

あるとき一緒に飲みに行ったら、ビールやグラスに印字されたブランドロゴ部分を、渡邊さんが指先で触り始めて「これ、シールじゃないです」と言い出したんですよ。一見するとシールなのか印字なのか判別しづらいものを触覚で確かめ、世の中をシールかシールでないかで分類するほど解像度を高めていた(笑)。その行動を見たとき、彼は徹底的に顧客や商材、サプライチェーンを理解し抜くタイプだとわかりました。つまりオーナーシップを持って対象領域を掘り下げる人ほど、事業価値を押し上げるスピードが格段に違うんです。

福島オーナーシップとは、上司やファウンダーから「そこは右じゃない?」と言われたときでも、自分が深く考え抜いて左だと思うなら左と言い切ることです。

それで失敗しても、自分より考えた人がダメなら仕方ないと素直に納得できる。逆に、他人の言葉に流されてしまうと、ただのサラリーマンシップに陥りやすい。BizDevには、誰より考え抜いて責任を引き受けるラストマンシップが求められます。役割や上司の意向に縛られず、事業価値創出を突き詰める姿勢が成果につながります。

渡邊私自身、振り返ると、人の言うことに安易に乗らず自分なりに突き詰めた経験が成功の鍵だったと思います。役割定義より「どうすれば価値が増すか」に集中する。当事者意識が強い人は、実行過程で多少の障壁があってもブレずに進めます。

福島結果を出したBizDevとそうでないBizDevを並べて見ても、知能やスキルセットの差より、最後までやり切るオーナーシップが明暗を分けています。しかも今は、SaaS一筋で伸びる時代は終わりつつあり、プロダクト統合やコンパウンド戦略が求められる。

Microsoftが周辺プロダクトを統合し、SalesforceがSlackを買収、国内ではSmartHRやマネーフォワードが複数サービスを掛け合わせている状況です。そんな複雑な環境で真の価値を発揮するには、誰かが強い当事者意識で方向を定め、やり切る必要があります。オーナーシップがなければ、目先のタスクに追われるだけで非連続成長は生まれません。

以上の議論から浮かび上がるのは、BizDevが「何をやったか」と問われたときに堂々と応えられる実行者であること、そして他者の意見に流されず自分なりの解像度で戦略を描く“軸”を持つことの重要性である。

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スタートアップの変化が著しい次の5年に向けて、BizDevが押さえておくべき3つのこと

二人の議論から「本質的な素養」も確認したところで、「時代変化」という切り口でも見ていきたい。福島氏が改めて整理したのは、変化が激しいスタートアップにおいてBizDevが次の5年でどんな環境変化に備えるべきか、である。「スタートアップの高度化」「成長戦略の定説化」「起業家のシリアル化」という3つのポイントについて指摘された。

福島次の5年で何が起こるのか、1つはスタートアップの高度化です。

5年前と比べると、今のスタートアップは1個の事業だけでなく複数事業を持つポートフォリオ経営がかなり増えています。M&Aやアライアンスを複数行ったり、大企業と一緒に事業をつくったりする高度化がすでに進んでいます。さらに生成AIによるプロダクト開発上のイノベーションも起きてくる。この中で、従来の純粋な事業開発ロールから一歩踏み込み、テクノロジーやファイナンスまで理解していかないと本当の意味での事業経営者にはなれません。

先日、freeeを退任された東後澄人さんはBizDev的な立ち回りをずっとされていて、CFOからCOO、CPOを歴任し、各フェーズで事業経営の重要な動きをとってきた方です。こういうキャリアがこれからもっと求められます。つまり、マーケをやりたいとか調達をやりたいとか、一つの領域に偏らず、早めに自分の見ていない世界を体験し、M&Aに挑戦してみるなど、幅広いケイパビリティを獲得していくことが必要になってきます。

福島氏

福島そして2つ目が成長戦略の定説化です。

5年前は“BizDev”と検索しても出てくる記事が2個みたいな状態でしたが、今ではnoteをはじめ、コンパウンドSaaSや書籍『THE MODEL』など、学ぶ材料がたくさんあります。

昔は山師的な人が多かったですが、最近は素直な人が増えて、定説を素直に吸収しようとする姿勢が強まっています。ただ定説はあくまで一般論で、自分の事業やモデルに合うかは自分で検証しなければなりません。SmartHRのCOO倉橋隆文さんは海外事例までタグ付けし、自分の棚に整理し、いつ使えるかまで考え抜いています。こうした主体的な使いこなしが重要です。

最後3つ目は、起業家&事業家のシリアル化です。

起業家が顕著ですが、2周目、3周目の起業家が資金調達額ランキングのトップをほぼ独占している状況になっています。事業家も2周目の人が増えて、スタートアップエコシステムが充実してきた。となると、2周目の方が圧倒的に有利ですよね。だからこそ、早めに経営者プールにエントリーして実践経験を積んでおくことが重要です。

登壇時のスライド

以上の3点は、これからBizDevが事業経営者へ進化するうえで回避できない潮流である。次のステージで求められるのは、多面的な武器を磨き、定説を自ら検証し、早めに経営経験を積む戦略的行動だ。

次のセクションからは、RAKSULグループがこのオーナーシップを伴うBizDevをいかに登用し、ポートフォリオ拡大やM&A戦略を通じて非連続成長を実現しているか、具体的な事例を明らかにしていく。

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RAKSULにおける、
高度化したBizDevの経営チャレンジ

渡邊2009年創業のRAKSULは、最初は0→1フェーズで『ラクスル』事業を売上0〜50億円まで伸ばしました。2015年以降、創業者松本が『ハコベル』物流プラットフォームを立ち上げ、多角化が始まります。当時はトップダウンで進めていましたが、複数事業は顧客属性や行動様式、サプライチェーン構造まで違い、1人の指示では限界が見えてきました。

登壇時のスライド

渡邊そこで2019年ごろからBizDevが本格的に活躍し始めたんです。それぞれのサービス特性にディープダイブできる人材が不可欠でした。2023年になると、エンタープライズ(EC×SaaS)やラクスルファクトリー(製造領域)など、さらに多種多様な事業を並行展開しています。売上300億円以降を狙うこのフェーズでは、BizDevが事業経営者として商品や領域を拡張し、圧倒的顧客価値を持つ事業を一つずつ積み上げることが重要です。

単に数を増やすだけでは意味がありません。まず顧客価値の高い事業を磨き、それらを掛け算していく。アーリーフェーズのスタートアップには難しい大規模成長投資や、M&A専門チームの活用、ロールアップによって事業間シナジーを生む戦略を進めています。ノベルティやアパレル、エンタープライズ向けなど異なる特性を組み合わせることで、コンパウンド的な競争優位を狙うわけです。

こうした環境のなかで、RAKSULグループは常にヒト・モノ・カネを管掌できる事業経営者を求めています。BizDevは自ら考え、スピーディにPDCAを回し、泥臭い実行を千本ノックで重ねる。その中で事業家としての能力が鍛えられるんです。

登壇時のスライド

つまり、RAKSULが望むBizDev像とは、多様な事業ポートフォリオをハンドリングし、M&Aや内製立ち上げ、ロールアップを駆使して非連続的なインパクトを生み出す存在ということであろう。

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100→1,000を創る事業チャレンジ。
より複雑な「掛け算」が必要となるシナジー創出を担う

ここからはRAKSULグループの現役BizDevが登壇するパネルセッション。テーマはポートフォリオバリュー構築やM&Aによる産業変革、事業モデル刷新など、同社ならではの実践論だ。

最初に語るのは、中嶋氏。P&Gでマーケターとして3年勤めた後、2015年にRAKSULグループへ入社した。ちょうど「ラクスル」印刷事業が多角化を始める時期で、新たなカテゴリーとしてノベルティを立ち上げるフェーズにあった。

中嶋私は入社する前、「BizDevにはポータブルスキルがあるのか」と尋ねたことがあります。P&Gで培った専門性をどう活かせるのか、スタートアップでも通用する武器があるのか知りたかったんです。

福島中嶋さんからそう聞かれ、「そんなものはありません。価値を出すだけですよ」と答えたのを覚えています。正直、その瞬間はこの人は入社しないだろうと思ったほどです(笑)。でも結果的に来てくれた。以来、私も面接で「ポータブルスキルはない、価値を出すだけ」と言うようになりました。

中嶋ディナーのとき一緒にいた人々からも「絶対に中嶋は入社しない」と言われていたそうです(笑)。でも実際に入ってみて、手段を問わず事業価値を高める仕事は面白いと思いました。

ノベルティ事業は当時、月商100万〜200万円程度の創成期。私はバイヤー的な役割でメーカーと交渉し、プロダクトマネジメントやオペレーション改善にも踏み込みました。担当領域を限定せず、あらゆる施策で事業を伸ばす。3年後には売上15億円規模となり、事業部長として組織づくりも担いました。

左:福島氏、中央:中嶋氏、右:丸山氏

その後、中嶋氏はマーケティング統括部に異動。印刷、ノベルティ、アパレル、さらには『ペライチ』など別ブランドを含む複数商材に対し、数十億円規模の広告投資を最適化している。だがこれは単なるマーケ部長業務ではない。BizDevとして事業価値を引き上げるうえで、最適な戦略や組織を考える総合格闘技的な働き方だ。

中嶋「ラクスル」事業のグロースを考えると、広告投資の最適化やポートフォリオ戦略設計が求められます。M&Aによるシナジー創出で、買収先がマーケティングに強ければ、その強みを生かし、ID基盤やデータベース設計を再構築し、利益率変動を踏まえた投資モデルも見直します。マーケなのかファイナンスなのか、プロダクトなのか、境界は曖昧です。

登壇時のスライド

中嶋BizDevとして、事業フェーズの変化をしっかり意識しながら、どういうことをやるべきか、考え抜いてきました。

現場で最も面白いのは、戦略的なことをやりながら実行課題にも向き合っているところです。BizDevはミッションを全うするためのことならば何でもする役割なので、今はマーケティング統括として投資効率の良いグロースの戦略を構築する部分に主に向き合っています。

登壇時のスライド

中嶋実際に取り組んでいることを4つ紹介します。

まずはM&Aビジネスデューデリジェンス(DD)。人手がなかったから手伝ったというわけではなく、M&Aの対象企業がマーケティングに強みを持っていたりする際に、推進させてもらいました。「マーケティングだけに長けているけど他のことはわかりません」という状態で担うのは難しいですが、マーケティングを基盤としつつBizDevとして価値を出していくことを考えているのなら、DDもできるはず。そんなフルスタック性が求められるようにもなってきたわけですね。

2つ目は事業基盤の設計・実装。プロダクトマネージャーっぽい話ですね。顧客のID基盤やデータベースの話が、M&A関連でよく出てくるんです。ただ統合するのではなく、事業価値が非連続に最大化するためのシナジーが出るような統合を検討しなければならない。企画力が求められます。

3つ目は事業本部のP/Lマネジメントです。マーケティング部長マーケティング統括なので、広告宣伝費のオーナーシップは当然持っているんですが、事業本部全体の粗利や営利の額・率まで把握していないと、予算のマネジメントになりません。ファイナンスの領域にまで染み出しているイメージですね。

最後は投資モデルの構築です。サプライチェーンまで抱えていると、さまざまな場面で全体の利益率に新たな影響があります。しっかり把握して、マーケティングを中心とした投資への分配を検討し直していかなければならない。そのために、サプライサイドの知識が必要です。

名乗りのうえではマーケティング統括ですが、働いているうえではあまりそういう意識ではないというか、『ラクスル』という事業が伸びるために何ができるんだろうか?と、マーケティングに縛られることなく働いています。

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次なる100億円超事業を目指し、
M&Aで価値創出を加速するBizDev

前セクションで中嶋氏が示したように、BizDevは常に価値創出へ総合格闘技的に挑む存在だ。この視点をさらに押し進めるべく、丸山氏がM&Aによる産業変革の可能性を語る。成長余地が乏しい延長線上でなく、垂直統合や新サービス追加でスケールを狙う戦略がここにある。

丸山私は新卒でミスミに入り、10年ほど在籍しました。最初はセールス、後半は事業開発に携わり、流通や海外事業展開など幅広い経験を積みました。2018年にRAKSULグループへ参加し、最初は印刷事業のサプライチェーン部門に所属。サプライチェーンマネジメントや自動発注アルゴリズム開発を経て、2020年からはノベルティ事業へ。その後、アパレル事業を自ら起案して立ち上げ、2023年8月にはノベルティとアパレルを束ねるCustom Goods&Apparel事業統括となりました。

さらに2024年1月には、トートバッグ専業ECのエーリンクサービス社にグループインしていただきました。内製で立ち上げた事業が2つ、グループインしていただいた事業が1つ、合計3つを統括し、次の100億円超規模の成長を支える事業を生み出すミッションを背負っています。

丸山氏

丸山ノベルティ事業は既にトップシェアの一角まで成長しましたが、業界全体のEC化率はわずか2%程度と、まだアナログ色が強く、さらなる成長を狙うには、EC化を推進しサプライチェーンを強化する必要があります。しかし、現状の延長だけでは100億円超の規模に到達するのは難しい。そこで更なるEC化を加速させるために、トートバッグの専門性やECノウハウをもつエーリンクサービス社にグループインしていただくことできました。

登壇時のスライド

丸山M&Aではグループインした瞬間に成果が出るわけではありません。むしろ、グループ内でスピード感や実行強度をシンクロさせ、垂直統合することでサプライチェーンを強靭化し、顧客価値を最大化する必要があります。受注面(蛇口)と生産・供給面(バケツ)の両サイドを自分たちで握ることで、納期や品ぞろえをコントロールし、顧客が求めるバリューを的確に提供できるようになるわけです。

福島これまでは事業を伸ばす使命でしたが、今の手応えはいかがですか。100億円、200億円規模を期待しています。

丸山まだ道半ばです(苦笑)。ただ、このM&Aをてこに、数年後には大きな成果をプレスリリースできるような状況を作りたいと思っています。ケイパビリティの拡張は「何でもやる」BizDevの延長にあると実感しています。ミスミ時代から培った多面性を活かし、RAKSULグループでさらに新たな領域に挑戦していく。M&A未経験だった私も、必要性を感じれば自ら経験を獲得します。

もちろん簡単ではありません。買収した会社とスピード感を合わせ、実行強度をすり合わせることが重要です。垂直統合による「受注も供給も自分で握る」モデルは面白さと難しさが共存しますが、だからこそ顧客に選ばれる価値が生まれると思います。BizDevとして、事業価値を上げるためのアクションをし続けているんです。

こうして丸山氏は、ビジネス拡大への戦略をM&Aによって加速させ、非連続成長を実現しようとしている。ケイパビリティを広げ、既存の枠組みを超えた価値創造へ挑むBizDevの在り方は、次のセクションでさらなる具体事例を通じて深めていきたい。

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顧客課題から逆算する事業モデル変革で、
ブランド頼みを脱却する

前セクションでM&Aやポートフォリオ拡大の話が出たが、ブランドパワーに甘んじるだけでは顧客課題に深く踏み込めない。ここで登場するのは藤林氏だ。彼はエンタープライズ領域のBizDevとして、事業モデル自体を顧客ニーズ起点で組み替え、100倍以上の顧客単価を前提とした新たな付加価値を創出する実践に取り組んでいる。

藤林エンタープライズ事業部の事業開発責任者を務めています。ミッションは大手企業向けに新しいプロダクトやソリューションをつくることです。

前職は不動産スタートアップに新卒第1号として入社し、不動産領域特化のコンサルティング事業に携わっていました。業界の非効率な業務を目の当たりにし、プロダクトを立ち上げたら意外と伸びた。そのまま事業責任者として事業を拡大し、経営戦略室室長として全社戦略策定・新規事業づくりにも関わりました。

藤林氏

藤林RAKSULグループにはBizDevとして参画し、セールス起点で様々な事業に関わった後、エンタープライズセールスマネージャーを経て、今はエンタープライズ事業開発責任者を務めています。グループ会社の執行役員として営業企画も管掌しています。

ここで「ラクスル」エンタープライズ事業について紹介します。「ラクスル」はWebマーケットとテレビCMを活用してSMBを開拓してきた印刷プラットフォームですが、より大手企業に使われるには「安い・早い・楽な発注」だけでは不十分です。大手には固有の経営課題があり、それを解決できるサービスラインナップを構築しなければ利用は広がりません。そこで、従来のモデルをアップデートし、セールスモデルで大手企業への深い提案活動を行う事業部が立ち上がりました。

登壇時のスライド

藤林 現状、詳細な達成率は言いにくいのですが、高いターゲット目標を営業人員増なしで達成できた点は1つの成果です。今期で売上20億円、来期40億円、2〜3年以内に100億円を目指しています。もしテレビCMやWebマーケ並みの投資をエンタープライズへ注ぎ成長できれば、まさに事業モデルが進化したと言えます。

福島最近、大きく変えたことはありますか?

藤林これまでは「顧客数×平均売上単価」的なシンプルモデルで考えていましたが、今は手段や確度を掛け合わせ、1社で月1,000万円~1億円規模の大型案件を狙う方針に大きく転換しました。Why、Who、What、Howを整理し、セリングの仕方のみではなく、価値提供の仕方まで変えました。

登壇時のスライド

藤林加えて、RAKSULグループに入って驚いたのは、初回商談で「ラクスルさんですね」とブランド認知されること。強みではありますが、これに甘えてプロダクト機能を押すだけでは顧客の真の課題を解決できない。そこで、ブランドを武器としつつ、顧客ニーズに遡ってソリューションを提供する変革に踏み切りました。採用強化に頼る戦略を一旦止め、既存顧客とのリレーションを深め、大型案件に集中する戦略へとシフトしています。

福島他スタートアップのBizDevからRAKSULのBizDevへ移った藤林さん、RAKSULグループに来て変わった点は?

藤林氏

藤林拡張性を強く意識するようになりました。前職はバーティカルSaaSでN=1的な発想が強く、1社1億円で10社で10億円、という単純計算でした。でも今はRAKSULグループが時価総額1兆円を目指すなか、そのスケールを埋めるにはどうすればいいかを考える発想が身につきました。

ただ前職ではお客様の経営課題に深く踏み込んでいたものの、今はまだ「ラクスル」事業がその段階に及んでいないと感じています。逆に言えば、さらに顧客課題に入り込んだソリューションを用意できれば、まだまだ伸びしろがあると思うと楽しみです。

こうして藤林氏は、ブランド頼みから顧客課題起点のソリューション提供へ戦略をシフトし、高額案件を狙う発想や拡張性重視の思考へと舵を切った。さて、最後のセクションでは、BizDevが具体的にどのような行動を取り、何を学ぶべきなのか、イベント参加者の質問に答える形で読者も共に押さえていこう。

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非連続成長を求めて、
既存の枠を超え続けるBizDevたち

5名のパネリストが語るBizDev像は、価値創出への強烈な執念とオーナーシップ、総合格闘技的なスキル獲得、顧客課題起点のモデル変革など、多面的な要素が詰まっていた。ここで会場から質問が寄せられ、得意領域を超えるときの心構えや採用戦略、カルチャー形成などが議論される。

──BizDevは何でもやると聞くが、得意領域を超えるときの心構えは?

丸山アドバイザーを求めることもあると思いますが、私は基本的にいらないと考えています。自分が1から10まで合理的に理解しなければ進めないので、他人に答えを聞くのは無意味です。

むしろ「こう考えたけれど合っている?」と主体的に確認する質問でなければ意味がない。自分がわからない領域だとリカバリーが難しく、オーナーとして怖い意思決定になりますが、だからこそ小規模なら自分で踏み込む。見えない領域も制御下に置くことで事業全体をアンダーコントロールできます。

──中嶋さんへ、ポータブルスキルを求めた考え方から、なぜ変わったのか?

中嶋入社時に「ノベルティでエクセレントな事業をつくれ、あとは自分で考えろ」と任された経験が大きいです。最初は戸惑いましたが、事業成長という目的さえ明確なら、手段は何でもよいと思えるようになりました。実務を通じてミッションレベルで背負う経験が、自分の中のマインドセットを変えていったと思います。最初は波にのまれましたが、その過程で自然に切り変わりました。

福島面接時は「大丈夫かな」と思いましたが、覚悟をもって入ってくれました。P&Gの報酬水準とBizDevキャリアとして実力に見合った報酬水準を示し、後者を選んで入社するなど、強い覚悟が印象的でしたよね。

──RAKSULグループが2019年に多角化でBizDev増員が必要になったという話があった。経営者的人材を求めるなら採用が厳しかったのでは?

福島当時はBizDevという言葉も一般的でなく、中途で経験者採用は難しかった。人材プールがないから週200件スカウト×1カ月、面談週5回×3カ月など試しましたが疲弊しました。そこで先天的なオーナーシップを見極め、スキルは後から提供する育成路線に切り替えたんです。経験や前職は問わず、覚悟がある人に機会を与え、場の設計で伸ばしていく戦略です。

──スピード感ある成長を実現しているが、BizDevが周囲を巻き込むカルチャーで工夫していることは?

藤林目標設定が重要です。明確な勝ち筋を示せば周囲はついてきます。また、私は入社当初、毎日5〜7件商談設定してお客様に会い続けました。メンバーはそれを見て「この人は結果を出す」と信頼し、行動してくれるようになったと思います。

──既存の慣習を変える際に気を付けることは?

藤林探索と深化を分けることかなと思います。新規の取組を既存の枠組みに混ぜると、上手くいかないことが多いので、チーム内での役割分担を設計し、探索を背負う人が集中できるようにする環境を創ることが重要であると思います。

丸山定期的に現状をフィードバックして、延長線上ではない世界へ行く必要があると悟る機会をつくります。それを繰り返せば非連続な成長が徐々に積み上がるのではないかと思います。

中嶋「何でもやる」といっても課題が何で、どうなれば成功かを明確にすることが大事です。一気に大きくするのは難しく、最初はN=1の成功例をつくり、そこから拡大する道筋を描く。フェーズごとに課題と目標を再設定し、常に課題解決のスタンスを保つことが重要です。

福島既存売上や仕組みを守る方向に流されがちですが、BizDevの価値は非連続成長にあると振り切らないといけない。徹底的に振り切って初めて、BizDevとしてあるべきポジションを発揮できるのだと思います。

こうして会場からの質問を通じて浮かぶのは、BizDevが常に未知へ踏み込み、覚悟を伴い、自ら課題を設定し続ける点である。オーナーシップを発揮し、既存の常識にとらわれず新たな価値を生み出すことがBizDevの本質だ。RAKSULグループの事例は、事業家を志す読者に多くの示唆を与えるはずだ。もしこの話が興味を引いたなら、一度話を聞きに行ってみるのも一手かもしれない。

こちらの記事は2024年12月27日に公開しており、
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藤田 慎一郎

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