「スケールするの?」はなぜ愚問か。
ニッチに見えるユニーク事業を、壮大なビジョンで考え抜き実現させた起業家2人に聞く
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「フリーマーケットに出展する人」というのは決して日本において多数派ではなかったはず。だから、メルカリのことを「ニッチなマーケットを攻めている、スケールするわけがない」と嘲笑していた人もいた。
この話を聞いたことがあってもなお、スタートアップに対して「ターゲット市場がニッチ過ぎるのでは?」「スモールビジネスに終わり、スケールさせるのは難しいのでは?」と批判する人たちはいる。
一見、事業成長が難しそうなスタートアップは、珍しくないかもしれない。ただ、世の中を本当に良くしようとする強いビジョンがあれば、突破口が開ける可能性はあるし、それをしてこそアントレプレナーだという声も起業家界隈からは聞こえてくる。
今回ゲストに招いたのは、「香りとITの力で、世の中をアップデートする」をミッションに掲げ、香りのパーソナライズ事業に取り組むコードミー代表の太田賢司氏と、高齢者などの転倒骨折事故を防ぐべく、転んだときだけ柔らかくなる床『ころやわ』を開発したMagic Shields代表の下村明司氏。
ユニークな事業を展開する二人。10年以上在籍した大企業を離れて起業に踏み切った点が共通している。その背景を聞くと、起業準備の段階で取ったアクションにも、共通点があることがわかった。ニッチでスモールにも見える市場で挑戦を続ける二人を形作った経験に迫り、起業の神髄を探りたい。
- TEXT BY ICHIMOTO MAI
「大企業を辞めユニークな分野で起業」を選べた理由と決意
長年在籍した大企業を飛び出し、スタートアップを立ち上げる。無謀な挑戦に見えたとしても、前職で培ってきた知識や経験は少なからず役に立つだろう。しかし経営者になるためには、経営に関する知識や人的ネットワーク、マインドセットなど、さまざまな要素が必要なのも事実だ。
会社員だった太田氏と下村氏は、どのように経営者としての素養を身につけ、起業家としての一歩を踏み出したのだろうか。まずは二人の原点に遡ってみよう。
コードミーの太田氏は、もともと大学院で有機化学の研究をしていた。新卒では国内最大手の香料会社である高砂香料工業に入社。11年在籍し、香りの研究開発に勤しんだ。
太田シャンプーや入浴剤、芳香消臭剤などに付いている香りは、実はメーカーではなく、香料会社が開発しているケースが多いんです。就職活動で香料会社の存在を知り、「目に見えない香りを作るなんてクリエイティブだし、おしゃれだな」と思って入社しました。
暮らしで触れるフレグランス製品の香りは、2,000種類以上の香料素材を駆使して、スペシャリストが創り上げていく。そのために香りの開発に関わる専門職は、各香料の記憶から調香、そしてマーケットに求められる香りを見極める官能評価の力など、必要とされる専門スキルが非常にユニークです。
国や文化、時代によっても生活で求められる香りは変わってくるので、マーケターと研究者の両面のセンスと力量が問われる。香りの世界は知れば知るほど奥が深くて、本当に面白かったですね。
のめり込むように研究に専念していたが、20代後半に差し掛かると、ふつふつと起業への興味が湧いてきた。
太田社内では自分のやりたいことをスピーディーに実現する難しさを感じていました。そんなときに南場智子さんの「不格好経営」など経営者の本を何冊か読んで、新しいことをゼロから始める人生に憧れて。30歳になる頃には「ベンチャー起業家の仲間入りをしたい」と明確に考えていました。
どうせやるなら、最大手の香料会社で10年間香りの研究開発をしてきた自分でなければできないことをやりたい。自分の強みである「香りを作る技術と経験」にテクノロジーを掛け合わせれば、独自のビジネスが創れるのではないか。そう思い、香りとテクノロジーをテーマにした事業にすることは、最初から決めていました。
そして生まれたのが、香りのD2C『CODE Meee』だ。ユーザーのプロフィール情報をもとに、一人ひとりに合った「オリジナルの香り」を調香したアロマミストを自宅に届けるもの。さまざまな領域でパーソナライズを売りにしたサービスが広まりつつある中、「香りのパーソナライズ」を展開するサービスは、少なくとも国内には未だ存在しないはず。ここに商機を見出した。
「国内最大手の企業にいたからこそ、日本だけでなく世界の香りのトレンドも学べた。今後の海外進出に生きてくるはず」と、グローバル展開にも意欲を示している。
一方、転んだときだけ柔らかくなる床『ころやわ』の開発・販売を手掛ける下村氏は、物心ついたときから、「ユニークなものをつくりたい願望があった」と話す。
下村氏は大学院でロボットの研究を手掛け、新卒でヤマハ発動機に入社した。14年在籍し、レース用バイクの設計を中心に、設計の立場から製品の企画や製造、調達、マーケティングなど、ハードウェアの開発プロセスに幅広く関わってきた。バイク好きが高じ、週末には開発したバイクでレースに参加する充実した日々を送っていた。
「早くて、強くて、かっこいいものを作りたい」。そんなシンプルな思いが、下村氏の原動力だった。しかし、ある出来事をきっかけに、その考えは変化する。
下村バイクレースの事故で、親友が亡くなってしまって。それがきっかけで「人を守る」ための発明活動を個人的に始めました。
豪雨で被害を受けた地域が発生したときには「バイクに乗っている人を雨から守るために風が出る装置」を開発し、テロで怪我人が大量に出た事件が話題になったときには「持ち歩けるシールド(盾)」を作りました。
痛ましいニュースを目にするたびに、事故や暴力によるケガを無くしたいと本気で思い、形にしてきました。
下村氏がこれまで検討してきたアイデアは100個余り。そのうち10個は事業計画を作成し、3個はMVP(Minimum Viable Product、必要最低限の機能だけを搭載した製品)を作って検証。そのうちの一つが現在の事業につながった。
『ころやわ』は、通常時は普通の床のように硬いが、転んだ時など大きな力がかかったときだけ柔らかくなるのが特徴。日本では毎年約1,100万人の高齢者が転び、そのうち100万人が骨折している。『ころやわ』が病院や高齢者施設、住宅などに導入されれば、こうしたケガで苦しむ人をゼロに近づけられるのだ。下村氏は前職で培ったものづくりの知見を、今は社会課題の解決に役立てている。
マーケットポテンシャル批判を、磨き抜いたビジョンで覆す
「データに基づいて香りをパーソナライズする」「転んだ時だけ柔らかくなる床でケガを防ぐ」と、頭では成し遂げたいことについて理解はできるものの、そもそもの実現も、さらにそれをビジネスとして成立させることも、その限定的な市場感だけを考えてしまうと、なかなかイメージするのが難しい。確かに、まだ世の中にないビジネスではあるが、「事業内容が面白く、他にないものであれば成功する」わけではないのが、スタートアップの難しいところだ。二人もまさに、そうした厳しい意見に接してきた。
特に多かったのが「市場が小さく、事業として成長していくイメージが持てない」という声だ。
太田香水をつける習慣は浸透していますが、香水はあくまでファッションとして「人にどう見られたいか」を意識してつけるもの。一方『CODE Meee』が提案しているのは、「自分のコンディションを最大化するための香りを持ち歩く」というライフスタイル。
今までにない習慣のため、「行動変容を促すなんて、本当にできるの?」という指摘は、数多く受けました。
下村私も、「そのビジネスはスケールするの?」とよく言われました。でも、病院や高齢者施設などの現場に行くと、ほとんど全ての人が応援してくれます。
知られていないだけで、現場のニーズは高いのです。否定的に解釈する人は現場に触れていないだけで、なんとなく「難しい」と思ってしまっているのではないでしょうか。
では、将来の出資者や、ともに働く仲間となる人たちに、事業の成長可能性をどう理解してもらうのか。二人は「経営者がビジョンを丁寧にしっかり説明すること」と強調する。下村氏は、次のようなビジョンを周囲に発信し続けていると言う。
下村毎年転倒をして骨折をする100万人、世界でいうと2000万人を、一刻も早くゼロにしたい。そのために、国内の住宅建材メーカーには、特許の使用許可を出す代わりに早く導入してもらうよう、働きかけています。
いま、エアバッグのない車に乗る人なんていませんよね?人の命を守るエアバッグが一気に広まったように、『ころやわ』で超高齢社会の住環境における新しいスタンダードづくりが、企業のミッションです。
すでに大手ハウスメーカーなどから問い合わせをいただいている状況を踏まえると、「床の技術に特化したものづくり中小企業」として独占市場を創るのは、そこまで難しくないかもしれません。
例えば資本を入れてもらう代わりに「特定の住宅メーカーにしか卸さない」とすれば、一定の規模まで成長していける。でもこれは、絶対にやりたくないんです。それでほんの数万人をケガから救えたとしても、事業の目的に照らせば全く不十分ですからね。
太田氏もまた、「マーケットが限定的に見られてしまうのは、この先何を目指しているのかが十分に伝わっていないのが原因」だと、経営者がビジョンを語る重要性を訴える。太田氏の描く未来はこうだ。
太田科学的なデータをもとに、香りをパーソナライズするBtoCの事業に参入している企業はまだないので、『CODE Meee』で集められる香りの嗜好性に関するデータは、香料会社もメーカーも持っていない貴重なものです。
2017年の創業から蓄積してきたこのデータを活用し、将来的にはBtoBでの香り空間のコンサルティングや、SaaS型のデータ販売ビジネスへと発展させる計画があります。
また、最近は「自分のブランドを持ちたい」と思う方が増えているので、インフルエンサーとのコラボレーション事業も始めています。大手企業は、例えば世界中にファンがいる一部の芸能人やスポーツ選手の香水を作ることはあっても、特定の領域でコアなファンを抱えているインフルエンサーのオリジナル香水開発にはなかなか手を出しません。「数十万人のフォロワーがいる」という事実だけでは正確な販売効果が見込みにくいからです。
そうした中、自分たちはインフルエンサーにオリジナルの香り開発をスピーディーにワンストップで提供できます。規模が見えないゆえに大手と差別化して攻められる領域において、新しいマーケットを創っていきたいと考えています。
つまり、「一見、ニッチに見える」というのはむしろ、ブルーオーシャンに漕ぎ出していく事業であるという目安なのかもしれない。誰も見ることのできないビジョンを描き、その世界観に向かって地道に進んでいく、このことが、二人の起業とその歩みに共通する点だ。
マーケットが既に存在し、誰もが認識しているのなら、その事業を行うのは誰でも良い。一方、自分にしか見えないマーケットで事業を起こすのは、他の誰も手を出していない挑戦であるがゆえ、理解されなくて当然だ。だからこそ、スケールの可能性が存在するのである。
MBAで得たのは「学び」だけでなく「チーム」と「出資」
魅力的なビジョンを語る二人だが、元は組織の一員として働いていた。一体どこで、ビジョンの描き方や、経営の素養を身につけたのだろうか?
下村グロービス経営大学院(以下、グロービス)で学びました。個人の発明活動では、経済的な理由から、つくったものを多くの人に届けることが叶わなかった。たくさんの人を守るためには、ビジネスを学ぶ必要があると感じました。海外でMBAを取得し起業した同期がいたことが、グロービスへの入学を考えたきっかけです。
太田大学が理系で、会社でもずっと研究職だったので、起業する前に経営を体系的に学ぶ必要があると考えました。また、起業家としてやっていく上では人とのつながりも大事だと思い、ビジネススクールならこの2つの課題を解決できると考えました。働きながら学べる柔軟性と、実務家教員から学べる実践性が決め手になり、グロービスを選びました。
起業への足掛かりとして飛び込んだグロービス。そこでは期待以上のものが得られたと、二人は声を揃える。
太田経営に関して体系的な知恵を得られたのは、期待通りでした。また、単に新しい人と知り合うだけでなく、専門知を持つ方に自分のチームに参加してもらえました。得たものの中で最も大きかったのは、在校中に最初の資金調達が決まったこと。2016年7月に出場したグロービス・アントレプレナーズ・クラブ(※)主催のピッチイベントがきっかけで、2017年4月にVCからの出資を受けることができ、起業後のメンタルの余裕につながりました。
下村私も在学中に、グロービスで共に学ぶ仲間たちと、創業チームを形成しました。6人で事業をスタートし、今に至るまで一人も辞めていません。在学中に半年ほどかけて事業計画を作り、グロービスの教員でありエンジェル投資家でもある長尾景紀氏がチームについて、みっちり指導してくださいました。
知識や人との繋がりに加えて、事業を始めるファーストステップを踏むことができたのは、グロービスが能力開発だけにとどまらず、学生同士のつながりや学生たちの可能性を重視するビジネススクールだからなのかもしれない。
ビジネスの基礎を学んだら「動きまくる」
グロービスでの学びが、現在の礎となっていると語った太田氏と下村氏。とはいえ、実際に経営をやってみて初めて知ることもたくさんあった。太田氏は「過去に学んだ知識はずっと使えるものもあるが、アップデートは必要」と話す。
太田例えば、製品には「導入期」「成長期」「成熟期」「衰退期」の4つのステージがあり、そのステージ応じた行動を取る必要があるという「プロダクトライフサイクル」の概念はこれからも変わらないものだと思います。
しかし今は、そのサイクルがどんどん短くなっています。グロービスのカリキュラムは環境変化に応じて常にアップデートされていますが、在学中に学んだ先人の知恵をどうアップデートし、自分の事業に活かしていくかは、自分で考え続けていく必要があります。
下村氏も、起業前に経営の基礎を学んだことの価値を実感している。
下村「起業にMBAは必要か?」と、よく問われます。でも、考えてみてください。中高で英語を全く学ばずに海外に行ったら、相当苦労するのは目に見えていますよね?
いきなり実践に取り組むよりも、基礎を学ぶに越したことはありません。自分が今これだけ起業家として動けているのは、グロービスでの学びやネットワークが糧になったから。あの時間がなかったら、今はなかったと思います。
そんな二人が、起業家や、新規事業創出を目指す読者に贈る言葉とは。組織から飛び出して新しいチャレンジをしたいと考えていた、かつての自分を思い出しながら語ってもらった。
太田在籍している企業に貢献するのが前提ですが、恵まれた環境を使い倒すことをぜひ意識してください。
会社の外に出るとわかりますが、大手だからこそ得られた経験が外で活きることはたくさんあります。そのことを知った上で、今やれることに全力で取り組むこと。会社員時代をどう過ごすかで、今後何かに挑戦する際の「個」としてのポテンシャルに大きな差が出ると思います。
下村「動きまくれ!」ですね。スティーブ・ジョブズの「コネクティング・ドッツ」の話はご存知の方が多いと思いますが、夜空に星座を描くにしても、星が少なければわずかな星座しか描けません。たくさん動いて、たくさん星を打ち上げるからこそ、それらを繋げて豊かな星座とストーリーを描くことができるのです。
好きなこと、興味があることに意識を向けて、常に動いていきましょう。事業を実現させるために最も重要である「起業家の使命感」は、動き続ける過程で生まれるのだと思います。
どんな事業を構想していても、起業準備において必要なアクションは基本的には変わらない。二人の事業が成長し続けているのは、地に足をつけて経営を学び、人的ネットワークを構築するプロセスを省かなかったからだ。しかし、どんなに万全な準備をしても、それだけで成功するほど起業は甘くない。
大切なのは、起業前も後も「動き続ける」こと。学びと実践を常に行き来できる起業家には、周囲の批判をよそに、自ら掲げたビジョンに向かって走り抜ける力がある。二人の挑戦はきっと、それを証明してくれるはずだ。
こちらの記事は2021年01月22日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
フリーライター。1987年生まれ。東京都在住。一橋大学社会学部卒業後、メガバンク、総合PR会社などを経て2019年3月よりフリーランス。関心はビジネス全般、キャリア、ジェンダー、多様性、生きづらさ、サステナビリティなど。
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