連載VCが産業を語る

投資「領域」はあえて絞らない。狙うは構造変革を起こす“ゲームチェンジャー”──DCM Ventures・原健一郎氏の市場観に迫る

インタビュイー
原 健一郎
  • DCM Ventures プリンシパル 

日本、中国、イギリスにおけるeコマース、資産運用サービスでの事業開発、プロダクトマネジメント、ブランディング・マーケティングの経験を活かし、金融、B2C/C2Cのマーケットプレース、シェアリングエコノミー、不動産などの、大きな市場をターゲットにしたB2C/C2C、中小企業向けビジネス領域での投資を担当。中国において、中国市場に向けたアパレル商品をデザイン、生産、オンラインでの販売までを実施するスタートアップを立ち上げた。

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産業の未来を見据え、 次代のスタープレーヤーに投資しているベンチャーキャピタリスト。 本連載では、既存産業の行く末と新産業勃興の兆しを捉えるため、 彼らが注目している領域について話を伺っていく。

第4回となる今回は、日本、アメリカ、中国に拠点を持ち、約4,500億円のファンドを15人の投資チームで運用する少数精鋭の世界的ベンチャーキャピタルのDCM Venturesで、プリンシパルを務める原健一郎氏にインタビュー。国内ではシード期のfreee株式会社やSansan株式会社、株式会社FOLIO、キャディ株式会社、国外ではSoFiやLimeなど、さまざまな領域のベンチャーに投資を行ってきた原氏は、「特定の投資“領域”は決めていない。構造変革を起こせるようなゲームチェンジャーを求めている」と語る。

グローバルな現場で活躍する原氏に、その可能性がある企業の見極め方を訊いた。

  • TEXT BY MONTARO HANZO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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投資案件は7年で11件。グローバルVCだからこその「少数精鋭」を狙う投資

原氏がプリンシパルを務めるDCM Venturesは、シリコンバレー、北京、東京に拠点を構える世界的なベンチャーキャピタルだ。近年のポートフォリオには、ペット情報メディアを運営する株式会社PECOやシェア電動スクーターを提供するアメリカのLime、製造業の受発注プラットフォームを運営するキャディなどが名を連ねる。

同社のVCとしての特徴は、新規案件数の少なさだ。DCM Venturesの日本投資案件は、2012年から2019年現在まで計11件しかない。できる限り分散投資を行い、リスクヘッジするのがセオリーとなっているVC業界では、異例の投資スタイルだといえる。

この特異性の理由を原氏に尋ねてみると、「アメリカや中国を含めてポートフォリオを構築しているため、日本では十分に吟味した上で、数を絞って投資先を決められている」と語る。確かにDCM Venturesのホームページを覗くと、日本に比べ、米中の投資先の数が多い。世界規模のポートフォリオのなかで、日本チームの役割は「シード/アーリー期でポテンシャルのある会社を見つけること」に絞られているのだ。

DCM Ventures プリンシパル・原健一郎氏

また、日本の投資先が少ない理由として、日本のスタートアップエコシステムの特殊性も挙げてくれた。とにかくプレイヤーが少なく、ある特定の領域での投資候補の選択肢が少ないという。

アメリカや中国はスタートアップの数が多いため競争が激しく、中国では同じ領域に200社、アメリカでは20〜30社が競合していることなんてザラです。一方、日本では競合がいるとしても、せいぜい3〜5社程度。だから、投資先の候補となりうる企業の数からして、少なくなってしまいます。

そうした状況下で投資「領域」を絞ると、投資先候補がかなり限られるため、「テーマに合致している」という理由だけで投資したくなってしまう。前のめりになってしまうといい投資にはつながらないため、僕はあえて投資「領域」を決めず、“ゲームチェンジャー”たりうる企業に広く投資するようにしているんです。

選択肢は少ないと言えども、長期的に投資を行うことを見据えているため、リサーチには時間をかける。例えば、freeeのシード期の投資額は数千万円に過ぎなかったが、追加出資を重ね、現在では総額25億円もの投資を行っている。ここまで濃密な関係性を築くことが前提であれば、入念なリサーチが必要なことも頷ける。

原氏は、投資先を決める基準のひとつに「この経営者の下で働きたいと思うかどうか」を挙げる。理想が叶えられそうな可能性が少しでもあれば通い詰める。2018年に投資を行ったキャディの加藤勇志郎氏とは、1年半ものコミュニケーションを重ねた結果、投資に至ったという。

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「物足りない」感覚がゲームチェンジャーを見つけだす

“ゲームチェンジャー”を見つけるために、原氏はユーザーの声に耳を傾けることを信条としている。日常生活のちょっとした違和感や物足りなさを自分のなかにストックし、そんな「負」を解消してくれる会社を探し続けているという。

「予約システムが面倒臭い」「電車が遅れて不便だ」…生活をしていると、さまざまな消費者のペインに出くわします。自分自身が感じる身近な不満にも耳を傾け、ストックするようにしていますね。ビジネスパーソンへのヒアリングも積極的に行っています。大企業に勤める企業人は、何かしらの構造的欠陥による不満を抱いているもの。そういった不満を抽象化し、敷衍したところに、投資先の決め手となる「キーワード」が眠っているんです。

原氏は例として、2016年に投資したFOLIOを挙げる。当時、スマートフォンでのeコマースはすっかり一般的になっていたにも関わらず、証券や銀行はモバイルでの取引が行えず、サイトもわかりづらいなど、UXの悪さに不満を感じるユーザーの声を多く聞いていたという。

FOLIOへの投資も、「モバイルで証券や銀行の取引が行えないのは不満だ」 「今のオンライン証券はとにかくわかりづらい」といったユーザーのペインをもとに意思決定しました。

既存のオンライン証券にとって、UXを根本的に作り直すのは予想以上に困難。ユーザーの声を聞くなかで「10〜20年後に今の若い層が既存のオンライン証券を使っているとは思えない。この業界は大きく変わるのではないか」と確信し、投資を決断。FOLIOは現在、LINE Financial株式会社と事業提携を結ぶなど、急速にユーザー数を伸ばしている。

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「アセットドリブン型」と「データの潜在的ニーズ」──原氏が注目する2つのキーワード

投資先を決めるための手法として、原氏は「事業の肝」「ユーザーの特定のペイン」「業界構造の歪み」といった抽象度の高いキーワードを「手札」として10〜15枚ほどストックしている。抽象的なキーワードをストックしておくことで、専門外の業界を前にしたときでも、敷衍してアナロジーを効かせやすくなるという。

そんな「手札」のなかでも原氏が特に注目しているキーワードとして「アセットをドライブしたビジネス」を挙げた。創業期から大規模な事業投資を行い、初速を最大化させる戦い方に可能性を感じているという。

代表的な企業が、アメリカで学生向けローンを提供する金融会社SoFiだ。同社はソフトバンクなどから調達した1,000億円を、認知向上などではなく、学生ローンの原資に充てて貸し出しを実施。圧倒的なアセットのサイズを武器にすることで、速やかに市場で存在感を発揮することに成功したのだ。

スタートアップの一番の強みは、大企業で10年かかる事業を2〜3年で実現できる「スピード感」です。ひとくちにスピード感といっても、意思決定の速さやPDCAサイクルの速さなど、さまざまな要素がありますが、もっとも重要なのは「お金」なんですよね。僕らのようなVCは、スタートアップがスピード感を生み出すための投資を行う必要がある。そのひとつのキーワードが「アセットをドライブしたビジネス」だと思っています。

また、もう1つ注目しているキーワードとして、「明確な利用ニーズがあるデータ」を挙げる。あらゆるデータが溢れる昨今、使われるデータを逆算して組み立てたビジネスが、加速度的な事業のスケールを生み出すという。

原氏は2016年に投資を行った、ペット専門情報アプリを運営するPECOを例に、「VCには潜在的なニーズのあるデータを見つけ出す能力が求められる」と語る。

PECO」は動画やテキストでペットに関する情報を載せているメディアです。月間利用者は1,000万人を超え、アクティブユーザーは1日に20本近く動画を見るほどエンゲージメントが高い。そんな特性を活かし、現在は「ユーザーがどのような品種のペットを飼っているのか」のデータを収集しています。

これまで、ペットのデータはあまり世の中に出回ることがありませんでした。しかし、品種によってどのような病気にかかるリスクがあるかは違うため、どんなペットをどのユーザーが飼っているか、より精緻な情報を知りたいと思っている企業は多いはず。PECOにはそんな潜在的ニーズを持ったデータが集まっています。これからデータを活用し、ペット保険などの新しい事業展開ができると考えているんです。

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日本のVC業界には「厳しさ」が足りない

グローバルな現場で日々活躍している原氏に日本のスタートアップ市場の展望を尋ねると、神妙な面持ちで「厳しさが足りない」という答えが返ってきた。スタートアップコミュニティは起業家、VC、LPが三位一体となり、切磋琢磨しながら成長し続ける必要があるが、お互いを評価しあう“真剣勝負”が足りていないのではないかと指摘する。

日本の起業家は非常に優秀です。一方で、起業家を支える側に改善の余地があると感じています。VCが適切に投資をしているのか監視するのがLPだと思いますが、LPがVCに対して厳しい目でリターンを求めているか、プロとしてお互いを見ているか、国外とはここに大きな差があると思います。やっぱり、お互いに厳しさがないとレベルを上げることはできませんからね。起業家-VC間も、VC-LP間も、それぞれが支援し続け、尊敬し合う前提の上で、もっとお互いに対してシビアでなければならないと感じています。

前回の連載で話を伺ったセールスフォース・ベンチャーズの浅田慎二氏は、日本のスタートアップ市場を「“ムラ化”している」と語った。その言葉の裏には、原氏が提示するようなお互いを監視し合う“厳しさ”の欠如があるのではないだろうか。原氏は、自分がフィールドとしているグローバルな現場と、日本のスタートアップ業界の温度差に、違和感を覚えていると語る。

DCM Venturesでは定期的にアメリカ、中国オフィスとのミーティングを行うのですが、お互いが厳しくガバナンスを効かせあっています。例えば、僕らがキャディに投資をしたいと思ったとき、「中国ではこういう事例があるけど?」「この数値について調べたのか?」「どれくらいのリターンが期待できるのか?」と、徹底的かつ激しく質問ぜめにされます。

もちろん、市場の動向が完璧に読める人間はいませんし、中国のシェアサイクルのように、急速に衰退する業界もあります。正解のない世界だからこそ、ぎりぎりまで考えた投資計画に対して、客観的な視点から徹底的にフィードバックする。日本のスタートアップ業界にも、そんな“厳しさ”があればいいのかなと思っています。

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最終的には「学問」となるような投資を

日本の起業家やVCコミュニティを、鋭くも暖かい眼差しで見守る原氏。こうした市場観は、学生時代のアメリカMBA留学後にその下で働いた、南アフリカ人のヘッジファンドオーナーが大きな影響を与えているという。

彼のファンドの投資哲学は3つありました。1つ目は逆張りです。トレンドから外れていようが、自分の目を信じることを最も大切にしていました。2つ目は、長期的な思考。投資先企業の業績が低調であっても、自分の判断を曲げず、その企業を信じ続ける。3つ目はファンダメンタル、「会社」を知ること。時流にあっているから投資するのではなく、会社そのものを細かく調べ上げ、深い理解のもとに投資をしていました。

僕自身、学生時代は1つのことに没頭できずに模索する「モラトリアム学生」で、何かに人生を懸けている人を強く尊敬しており、そういう才能への応援ができる仕事がしたいと思っていました。彼を通じて「投資家」という仕事を知り、僕も挑戦する起業家の右腕としてVCで働きたいと思うようになったんです。

インタビューの最後に、原氏の展望を尋ねると、3段階の目標があることを教えてくれた。1つ目は「時代を作るスタートアップに投資をすること」、2つ目は記事前半でも触れたように「産業を作る“ゲームチェンジャー”となるスタートアップに投資する」こと。

数十年前、インターネットは多くの人にとって必要なものだとは思われていませんでした。ディスラプトを起こすものは、その瞬間に必要性を説明できないものが多い。僕は、いち早く「次のインターネット」を見つけて、産業を作るような投資をしたいですね。

3つ目の目標は「『学問』になるような投資をすること」だ。コンピューターが勃興して「情報科学」が生まれたように、既存領域の構造変革を起こすだけでなく、さらに体系化された「学問」となりうるような領域に投資したいと、野望を覗かせる。

新たな産業を構築し、さらに「知」として体系化され、大学の学部を新しく作れてしまうような、そんなスケール感の投資をしたい。

業界を選ばず、“ゲームチェンジャー”となる企業に投資する原氏のスタイルの裏には、グローバルな現場に揉まれながら身についた、厳しくも暖かい産業への視線があった。

DCM Venturesの投資案件は年に数件。答え合わせができるのは10年、20年後になる。原氏が今後、どのような企業に投資し、産業にディスラプトをもたらすのか。今から楽しみである。

こちらの記事は2019年05月08日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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姓は半蔵、名は門太郎。1998年、長野県佐久市生まれ。千葉大学文学部在学中(専攻は哲学)。ビジネスからキャリア、テクノロジーまでバクバク食べる雑食系ライター。

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藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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