なぜ、スタートアップに事業の深化と探索を両取りする「両利きの経営」が求められるのか?

寄稿者
ミナベ トモミ
  • 株式会社DONGURI CEO 
  • 株式会社ミミクリデザイン COO 

早稲田大学第一文学部(現文化構想学部)卒。スタートアップベンチャーを中心に50社以上の組織構造設計や、事業立ち上げのコンサルティング、デザイン組織変革に従事。「両利き状態実現による、組織イノベーション」の実践に強みを持つ。

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イノベーション研究の大家クレイトン・クリステンセン氏による『イノベーションのジレンマ』。誰もが知る有名な理論であり、スタートアップでも基礎概念として知られている。

この理論を乗り越える方法として近年提唱され、世界のイノベーション研究において注目を集める概念が、既存事業を深め伸ばす“深化”と、新しい事業を開拓する“探索”を両立する『両利きの経営』だ。

本記事は、2020年3月にミミクリデザインと資本業務提携し、横断組織でのイノベーションマネジメントに取り組むドングリCEO、ミナベトモミ氏による寄稿連載。同氏が推進する『両利きの経営』を、いかにスタートアップがインストールしていくかを伺っていく。

第一回目は、スタートアップこそ『両利きの経営』を実践すべき理由について解説をしていただいた。

  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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両利きの経営がスタートアップのスケールに必要な理由

プロダクトを市場に適合させてキャズムを超え、グロースフェーズへ進むPMFはスタートアップの経営層にとって悲願かと思います。ただ、PMFの実現方法に関する議論の多さに対して“PMF達成後”に関する議論は少なく、解像度はまだまだ低いように感じます。

しかし、PMF達成後に経営課題が存在しないわけではありません。代表的な例として以下の二つが挙げられます。

一つ目は“組織の崩壊”。「シード/アーリーステージを超えPMFがなされた=ひねる蛇口ができた」ことを意味し、大量の外部資金がマーケティングと採用に投資されます。これが、組織崩壊の引き金になるのです。

PMFを目指す間は、事業におけるKPIの管理や組織構築、オペレーション構築を後回しにしているケースも少なくありません。そうしたマネジメントが緩い中で、資金を活かし大量採用がなされていく。広報的観点で成功していれば人は集まるものの、内部体制や判断軸が曖昧なままでは、その質も低下しかねません。

結果、数値は伸びているのに、社内にはネガティブな話題が生まれ、雰囲気が悪化し、問題が起こり始める。マネジメント層はモグラ叩きのように次々と発生する課題に対処することになります。そうするうちに本質的な業務に当れなくなり、フォローで疲弊したマネジメントや優秀層の離職が始まります。「○○人の壁にぶつかり、事業が伸び悩む」といった話を、耳にされた方も多いのではないでしょうか。

二つ目は“2本目の柱議論”。グロースフェーズになれば、冠となったサービスのスケールだけでなく、次なるプロダクトを立ち上げて「2本目の柱」の探索に力を入れることもあるでしょう。

創業陣は成功体験も得て自信もつき、0→1を好む性分もあって、次々にプロダクトの創出を目指します。しかし、1本目の柱を生む以上に2本目の柱は難産を強いられます。その要因は経営のステージの変化にあります。

創業時は全員が0→1を生み出すことに力を入れればよかったのですが、2本目の柱を探るときは、経営のステージが異なります。1本目の柱が10→100フェーズに入る中、2本目は0→1や1→10フェーズだと、組織内で異なるモードを両立させなければいけません。

では、“組織崩壊”のような課題を避けつつ、“2本目の柱”のように新たな事業を生み続ける組織をどのようにして作れるのか。これに答えたのが『両利きの経営』です。

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スケール最大の壁、サクセストラップ(両利きの偏り)

両利きの理論において参考になるのが国内でも2019年に翻訳出版された『両利きの経営』です。この書籍の英題は『Lead and Disrupt ~ How to Solve the Innovator’s Dilemma』で「企業が一定規模になった際に、イノベーションが起きなくなる事象をどのように解決するか」を主題としています。

両利きの経営(ambidexterity)の理論とは、“知の深化”と“知の探索”の二つの活動で構成され、これらのバランスを高い次元でとることで、規模によらず継続的なイノベーションを可能にするというものです。

スタートアップでいう“深化”とは、既にPMFした手堅い既存事業をより深めていく活動。ROIを重視し絶え間ない改善を繰り返すことを指します。“探索”とは、新しい事業の開拓に向けておこなう、実験と行動を通した組織能力を拡張させる活動を指します。

PMF前のスタートアップはそもそも生きるか死ぬかのフェーズのため、強制的に探索活動をおこなわざるを得ません。目の前の課題と向き合いつつ、同時に新たな領域の探索を続けていくこととなります。

しかし、PMF後は蛇口をひねれば伸び続けていく。その状況で、組織を両利きにするためには構造変革の必要があるのですが、大変な困難を伴います。多くのスタートアップがPMF後に対峙することとなる壁といえるでしょう。

まず、PMF後の組織は放っておくと、短期利益を得られる意思決定をしがちのため、資源は“深化”に偏る傾向が顕著に現れます。

例えば人材配置では、経験のない若手や初期の泥臭いステージを知らない中途人材に、探索活動を任せがちになります。PMFを成し遂げたトップ人材は、次の成功確度を上げるために“探索”に配置転換すべきですが、往々にして既存事業からの転換はおこなわれません。既存利益が下がるリスクを負う意思決定は、困難だからです。

また、社内稟議では、ROI観点の説明責任が多分に要求される文化が強まります。ビジネスモデルが明確化した既存事業の“深化”には有効ですが、PMFしていない探索中の事業で同様の責任を果たすのは非常に困難です。こうした状況を継続すると、“探索”への投資は徐々に削減されていくこととなります。

組織開発においても、そもそも組織に関する議論がおこなわれにくくなります。ミドルステージ以前で、組織内の対話に力を入れMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を定義し、実践もされていても、“深化”に活動が偏ると組織目線でコトが語られる機会は減り、目の前のHOWに対するROIについてのみ議論されがちです。結果、組織内では枝葉の問題解決にリソースが割かれ、本質的な事業のスケールに向き合うことができません。

このように事業規模の拡大によって、既存事業の“深化”に資源が偏り、リスクをとって新規事業を“探索”する割合が自然と減る事象を「サクセストラップ(成功の罠)」といいます。日本企業の多くがサクセストラップにかかっていることが、海外スタートアップに負けている大きな要因ではないかと私は考えています。

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サクセストラップ打破に必要な4つのリーダーシップ

サクセストラップに陥り「組織崩壊」「2本目の柱」などの課題にぶつかると、リーダーは事業リスクの懸念から、周囲への説明責任要求を強化し、定量管理などの“深化”を強め、問題を複雑化させがちです。

そうした安易な「管理強化によるリスク軽減」ではなく、判断を留保し、リーダーシップを持って「探索推進の、課題解決」に取り組む必要があります。この状況を打破するためには「4つのリーダーシップ」が必要とされています

  1. 戦略意図
  2. 経営陣の関与と保護
  3. 両利きのアーキテクチャー
  4. 共通のアイデンティティ

それぞれ順番に説明していきましょう。

1.戦略意図
大前提となる短期的なP/L目線である深化活動と、長期的なB/S目線である探索活動に対する、戦略ポートフォリオを描く。その上で、意図を説明し理解を得ていきましょう。すでに1本目の柱がある中で新たな事業を生み出すことは、再びクリエイティブカオスに突入することにほかなりません。短期的に見れば経営層の発言や行動に現場は混乱します。その中でも、トップが長期展望を持って説明責任を果たすことが重要です。

2.経営陣の関与と保護
PMF後も経営層は覚悟を決め、“探索”にコミットする。“深化”に意思決定が流れていく中、事業はROI重視の決定(という名の無難な決定)がおこなわれ、説明責任が過度に要求されるようになります。すると、探索活動は目減りすることになりかねません。こうした状況を防ぐためにも、リーダー自身が入り込み、明確な保護のもと“探索”をおこなう必要があります。

3.両利きのアーキテクチャー
組織構造は深化ユニットと探索ユニットに分割する。深化にはコストダウンや生産性向上、改善などが求められ、探索には曖昧な状況下で、迅速かつ柔軟な実験が求められるなど、前提が大きく異なります。その中では、人材評価方法やマネジメントのあり方も大きく異なるでしょう。ゆえに、組織ごと分割したほうがよいと通説として語られています。

4.共通のアイデンティティ
現場が一丸となり“探索”に力をいれる文化づくりのために必要です。“深化”に力点が置かれる中では、トップがリーダーシップを発揮しながら長期的な視座のもとコアバリューの定義と実行を通し、現場に文化を浸透させていかなくてはなりません。そのためには、対話を通じて自らのアイデンティティを見直し、深める時間が欠かせません。長期的な視野を持ち続けることは、両利きの経営で最も重要な基盤とも言えます。

事業規模を拡大する中で、新たな探索活動をおこなうことはリーダーにとっても今まで以上の覚悟が必要になります。しかし、さらなるスケールを目指すには、リーダー自身がさらなるHardthingsを乗り越える意思が求められるのです。

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両利きの実践に必要な組織開発と組織デザイン

本稿ではスタートアップにとって必要な、両利きの経営について述べてきました。スタートアップはスケールしようとする限り、常に資源不足に陥り充足することはありません。ゆえに事業拡大のために組織能力をさらに拡張させ、組織のアイデンティティをアップデートし続けなければいけません。

自分たちは何者かを問いながら、常に学び、学んだことを捨てるアンラーニングの両面を追求し続けられる状態こそが、イノベーションが起こり続ける両利きの状態と言えます。

このような、両利き状態の実現には、基盤となるリーダーシップの発揮とともに、ステージに合わせた組織開発と組織デザインが必要です。ビジョン構築や長期バリューを現場もしくはトップが話し合いながら明確化し、異なる二つのモードが矛盾しないようなアイデンティティを皆でつくる組織開発。“深化”と“探索”それぞれが推進されるような、ジョブディスクリプション設計、資源配置、レポートライン設計といった組織デザインの双方が欠かせません。

次回からは、今回の話を前提にしつつ、スタートアップが両利きの経営を実現するために必要な、具体の施策について解説をしていきます。

こちらの記事は2020年04月09日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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編集

小山 和之

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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ミナベ トモミ
  • 株式会社DONGURI CEO 
  • 株式会社ミミクリデザイン COO 

早稲田大学第一文学部(現文化構想学部)卒。スタートアップベンチャーを中心に50社以上の組織構造設計や、事業立ち上げのコンサルティング、デザイン組織変革に従事。「両利き状態実現による、組織イノベーション」の実践に強みを持つ。

公開日2020/06/04

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